0171 シャルルの決意
デニケン宅へ着いた俺はシャルルを呼び出した。
「こんにちは、僕はシノブと言いますが、シャルル君はいますか?」
「今、御呼びします。お待ちください」
しばらくするとシャルルがやって来る。
「やあ、シノブ、どうしたんだい?」
「ああ、ちょっと時間が出来たんでね。
君と遊びたいと思って誘いに来たんだ。
今、時間はあるかい?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、ちょっと僕と出かけないかい?」
「ああ、構わないよ」
俺はシャルルを誘い出すのに成功すると、一応尾行などに気をつけながらユーリウスさんの家へとつれてくる。
そこにはユーリウスさんを初めとして、エレノアやポリーナ、ヴェルダたちが待っていた。
一応エレノアとユーリウスさんが二人掛りで何か不審な点や、怪しい物を持たされていないか探知魔法で調べる。
しかし、どうやら大丈夫なようだ。
一安心した俺たちは、部屋の中へシャルルを招き入れると、俺が改めて話し始める。
もちろん部屋の戸口にはガルドとラピーダを立たせて警戒させておいた。
「シャルル、実は君を呼び出したのは遊ぶためじゃないんだ」
「え?どういう事だい?」
「こちらの人はポリーナ・パーシモンさんと言って、君の家に昔いたアルマン・パーシモンさんという人の玄孫なんだ。
彼女の話を聞いて欲しい」
俺の説明を聞いたシャルルは嬉しそうに話す。
「え?アルマンの玄孫?それは嬉しいな!
僕は彼には小さい頃、よく遊んでもらっていたんだ。
とても可愛がってもらっていたんだよ!
懐かしいな!
でもいつの間にか父の用事で旅に出てしまって、帰ってくるのを待っていたんだよ」
どうやらシャルルはアルマンさんをかなり覚えていた様子だ。
これならポリーナも話しやすいだろう。
「そうか、それなら尚更彼女の話を聞いた方が良い」
「うん、そうするよ。
アルマンは元気ですか?
ポリーナさん」
そのシャルルの言葉にポリーナは困ったように答える。
「その・・・高祖父は亡くなりました」
「え?亡くなった?アルマンが?」
「はい、その事に関して、私は高祖父の代わりにお話にきたのです」
「・・・伺いましょう」
ポリーナは俺たちに話したのと同じ事をシャルルに話した。
但し、ヴェルダの秘密の部分はぼかして、デニケンがシャルルの父を殺した事、シャルルが18歳になったら秘密がわかるという部分だけをだ。
話を全て聞き終わったシャルルはうなずきながら答える。
「・・・なるほど・・・」
「いかがでしょうか?
正直に言って、今の話の証拠は何もありません。
それでも私の話を信じていただけるでしょうか?」
ポリーナが恐る恐る聞くと、シャルルは腕を組んでうなずいて答える。
「・・ええ、信じますよ。
僕も以前から不審に思っていた事があるのですが、それと辻褄も合いますしね」
「不審な事?」
「ええ、彼は妙に自宅の警備に力を入れたり、他の都市の人たちと交流して軍事的な話をしたり、色々とあるのです」
「なるほど」
「それに彼の僕に対する扱いです」
「扱い?」
「ええ、どうも腫れ物に触ると言うか、本当はそばにいて欲しくないのに、何か理由があって仕方なくそばに置いている・・・
そんな感じがするのです。
事実、彼は私が近くに居ると鬱陶しそうにするのですが、何かの折に僕の姿が見えないと必死になって探す場合があるのです」
「なるほど」
「そもそも僕は父が亡くなった後は、本来祖父母に引き取られるはずだったのです。
母は早くに亡くなり、父方の祖父母は遠い場所に住んでいるので、まだ会った事もありませんが、母方の祖父母はこの町に住んでいて、健在です。
普通ならば祖父母が僕を引き取り、育てるのが筋ですが、デニケンさん、いえデニケンは半ば強引に僕を引き取って育てると言って聞かなかったのですよ」
「それは・・・」
「ええ、僕にその秘密とやらが隠されているので、それがわかるまではそばに置いておきたかったのでしょう。
それで、建前は自分の執事見習いとして教育をするという形を取ったのだと思います」
「確かにその可能性は高いですね?」
「それに彼は僕が高等魔法学校に行くのを何故か止めるのですよ」
「進学を止める?」
「ええ、僕はすでに中等魔法学校を卒業して魔道士になったのですが、父と同じく魔法学士になろうと思って、進学しようとしたのですが、なんだかんだと言って引きとめて、学校に行かせようとしないのです。
何しろ魔法高等学校は、帝国内にはマジェストンと帝都、それにメディシナーの3箇所しかありませんからね。
どれも遠いし、どうしてもこの町から出て行く必要があります。
しかしデニケンは僕が18歳になったら自分が責任を持って進学させるから、それまでは自分の側で執事見習いをして勉強をしろと言うのですよ」
「え?18歳になるまで?」
それはまさにヴェルダの話しと時期が一致する。
それだけでも確かに怪しい。
「しかし、その割には僕の事はよく言えば、放任、悪く言えば放ったらかしで、何も仕事や彼の手伝いをしなくてもほとんど文句を言いません。
とにかく自分の目の届く範囲内にいれば、何をしても構わないという感じでしてね。
もっとも今回、僕がシノブやグリーンリーフ先生の手伝いにずいぶん時間を割けたのも、そのおかげなのですがね」
「ははあ・・・」
「そして決定的な事は、ある時、僕はデニケンと誰かが密談をしているのを聞いてしまったのです。
その内容は自分がノーザンシティを掌握するとか、どこかの組織に忠誠を誓うとかいう内容でしたね」
「どこかの組織?」
「ええ、その密使らしき人間は「魔王軍」と言ってましたが・・」
「魔王軍?それって・・・エレノア?」
「ええ、ゴーレム大会の時の一件と関係があるのかも知れませんね」
「何ですか?それは?」
「実は先日ロナバールで行われたゴーレム大会の決勝戦の時に騒ぎが起こったのですが、その時の中心人物が魔王という言葉を最後に口走ったのです。
その時は何の事だか全くわからなかったのですが・・・」
「ええ、それは私も少々気になっていました」
ユーリウスさんも俺たちに賛同する。
「なるほど」
「それで、あなたはどうしますか?シャルル?」
「そうですね。
デニケンが父の仇と知ったからには私も何とかしたいのは事実です。
しかしポリーナさんの話を疑うわけではありませんが、何と言っても証拠が何もありません。
それでは私がいくら信じても、他人は信じないでしょうし、裁判にも出来ません。
それに実はデニケンが父を殺したのではないという可能性も厳然として残ります。
現状では正直どうして良いかわかりません」
確かにその通りだ。
どうやらシャルルは俺たちが相談した通りの道筋を辿って同じ結論を出したようだ。
それならばここで俺たちの出番だ。
ここで俺がうなずくと、エレノアが決然と言い放つ。
「では答えを言いましょう。
シャルル、あなたはすぐにでもデニケンの家を出て行くべきです」
その言葉にシャルルもうなずくが、残念そうに話す。
「エレノア先生、それは私も思います。
しかし出ていこうにも行く当てもありませんし、ただ出て行くのでは意味がありません。
祖父母の所や知り合いの場所に行っても、すぐにデニケンに見つかって理由をつけて連れ戻されるでしょうし、何よりどうすれば父の仇を取れるのかの算段が今はまるでありません。
それで出て行けば自殺行為も良い所です」
シャルルの言う事は正しい。
俺はシャルルがまともに考えてその結論に至ったのをホッとして話し始める。
「そこで俺が協力をするのさ」
「え?シノブが?」
「ああ、シャルル、俺と一緒に俺の家に来ないか?」
「君の家に?」
「ああ、うちならばしばらくは良い隠れ家になるし、デニケンにもわからないだろう。
まさかついこの間会った人間の家にいるとは思わないだろうし、そもそも場所も知らないんだからな。
それでうちに隠れている間に、お前は修行をするんだ」
「修行を?」
「ああ、一人で何でも出来るくらいにな」
「そんな事できるかなあ?」
「出来るさ。お前、今の俺のレベルを一体いくつだと思う?」
「え?君のレベルかい?
さあ、年の割には随分強そうだから、ひょっとしたら100近くあるのかな?」
「298だ!」
俺の言葉にシャルルが愕然として答える。
「ええ?290って・・・本当かい?」
「ああ、だが、ほんの数ヶ月前まではレベル10だったんだぜ?」
「ええ?そんな事がありえるの?」
愕然とするシャルルにミルキィも微笑んで説明をする。
「私も2ヶ月ほど前まではレベル18でしたが、今は163です」
「ミルキィも?二人とも凄いじゃないか!」
「それもこれもみんなエレノアのおかげなんだ」
「グリーンリーフ先生の?」
「ああ、エレノアが鍛えてくれたおかげで俺たちもこんなレベルになれたのさ」
「凄いね・・・」
呆然とするシャルルに俺が決意を促す。
「だからお前も俺と一緒に来てエレノアに鍛えてもらえ!
そうすれば将来、何があっても対応出来る様になる。
どうせもう何年も経っているんだ!
あと3年位待ったって遅くはないさ!
そしてその間に父親とデニケンの事を調べるだけ調べて状況や場合によっては証拠も掴むんだ!
デニケンと対決するのはそれからでも遅くはない!」
このままシャルルがデニケンの所に居れば18歳まで飼い殺しにされるのは目に見えている。
そして秘密がわからなければ、結局は殺される算段が高い。
わかっても恐らくは殺される可能性が高いだろう。
おそらくデニケンがシャルルのレベルや魔法能力を可能な限り上げさせようとしないのもそのためだろう。
それならば、姿を隠し、修行をして来るべき日に備えて、準備しておいた方が良い。
その一時的な避難所として俺の家は持ってこいだと思ってシャルルを誘ったのだ。
俺の言葉にシャルルはしばらく考えていたが、決心をしたようだった。
「わかりました。僕は自分を鍛えたいと思います。
シノブ、それにグリーンリーフ先生、お願いします」
そう言ってシャルルは俺達に頭を下げて頼んだ。
こうしてシャルルはデニケンの家を出て俺の屋敷で修行をする事が決定事項となった。




