0165 ジャベック流れ図法
次の日になって、いよいよエレノアがユーリウスさんの弟子たちに講義を始める。
俺もまだ少々ハムハムの事がショックだったが、昨夜エレノアに言った通りに講義を手伝う事にした。
それに昨日の約束通り、シャルル君も講義を受けに来ているので、俺も参加しない訳にはいかない。
場所はユーリウスさんの屋敷の中の教室で、人数は20人ほどだ。
まずはユーリウスさんが俺とエレノアの紹介を始める。
「さて、諸君、まずは今日の講義に集まってくれた事を感謝する。
ここにいらっしゃる御二人は、今日の講義のために私がわざわざ呼んで来ていただいた御二人だ。
こちらの女性はエレノア・グリーンリーフ先生と言って、私の魔法、特に使役物体魔法の師でもある。
今回、非常に画期的なジャベックの学習法を講義していただく事になった。
御覧の通り、奴隷ではあるが、その広範な知識と魔法力は他に比べる者も無いような方だ。
決して失礼がないように。
諸君はこの講義を本格的に聴く、初めての生徒となる訳だ。
これは大変、名誉な事だと言っておく。
そしてそちらの方は、シノブ・ホウジョウ氏で、グリーンリーフ先生の弟子ではあるが、同時に奴隷である先生の御主人でもある。
しかも今回の講義内容「ジャベック流れ図法」の考案者でもある。
まだ若干15歳ではあるが、魔法、事に使役物体魔法に関しては驚くべき才能を持ち合わせていらっしゃる。
この方が考案し、グリーンリーフ先生と御二人で完成させたのが、今回の講義内容である「ジャベック流れ図法」である。
また、この方はすでに知っている諸君も多いと思うが、「ホウジョウ式行列整理ジャベック」の考案者その人でもある」
ここまでユーリウスさんが説明すると、一部で「おお・・・」「あの・・・」と声が上がる。
へえ?
俺のあのジャベックって、もうそんなに有名になっているんだ?
俺がメディシナーであれを発明してから、まだそれほどの日数は経っていない。
電子機器もなく、情報伝達が遅い世界にしては意外な浸透の速さに俺はちょっと驚いた。
「残念ながらホウジョウ氏は、まだ魔法教師資格をもっていないので、今回の建前は見学と言う事になるが、講義が終わった後で、個人的に質問する事は自由だ。
しかし、まずは講義を始めていただこう。
ではグリーンリーフ先生、どうぞ」
ユーリウスさんに促されたエレノアが挨拶をする。
「ただいま、御紹介にあずかりました、エレノア・グリーンリーフです。
今回は私の御主人様である、シノブ・ホウジョウ様が考案した「ジャベック流れ図法」という物の講義をさせていただきたいと思います。
そしてそれに先立って「算用数字」という物の説明をさせていただきます。
こちらは10個の文字を覚えれば全ての数を表す事が可能で、計算が驚くほど簡単になる方法です。
これはこの後のジャベックの講義だけでなく、今後の生活全てに活用が可能ですので、是非拝聴ください。
では早速ですが教本の最初の部分を開いてください。
ここに書かれている10個の文字が算用数字という数字で・・・」
こうしてエレノアの講義で算用数字が紹介され、その計算方法が説明される。
講義が一旦終わると、休憩に入り、受講者たちが騒ぐ。
「これは凄い!
たったの10個の数字を覚えるだけで、全ての数字を表せるだけでなく、計算も今までとは比較にならぬほど速くなるとは!」
「全くです」
「これだけでも今日の講義を受けに来た甲斐があったと言うもの」
「この四則演算の記号がまたわかりやすい!」
「うむ、+-×÷=たったこの5つの記号で、これほど計算が楽になるとは・・・」
受講生たちはエレノアの講義に大興奮のようだ。
休憩が終わると、いよいよ今度はジャベックの講義となる。
「今度はいよいよ、本日の命題である「ジャベック流れ図法」の講義をさせていただきます。
さて、早速ですが、この方法ではまず、いくつかの記号があります。
まずは、それを覚えていただきます。
皆さん、用意した教本を開いてください。
最初の部分にその記号の説明がございます。
その記号の組み合わせにより、全体の流れが分かり、術式を明快に理解する事が可能となってまいります。
その記号は線の流れで繋がり、一般処理、実際の行動、判断、繰り返しなどの・・・」
いよいよエレノアのジャベック流れ図法の講義が始まった。
受講者たちはみんな真剣にエレノアの講義を一言も聞き逃すまいと聞いている。
しかもユーリウスさんは自分の弟子たちと言ったが、ここに集まっている人たちで、若い人はほとんどいない。
若い人間はシャルル君だけだ。
他の受講者たちは、みんな少なくとも30歳以上ほどに見える。
どうやら今日呼ばれた受講者たちは、弟子と言っても、すでに自らが教鞭を取っているような人たちがほとんどらしい。
エレノアは俺が教えた流れ図をすでに完全に掌握し、自分の物としていた。
その説明は分かり易く、実践的で、考案した俺が説明するよりも上手だ。
やがて一通りエレノアの講義も終わる。
「・・・以上で、「ジャベック流れ図法」の講義を終わらせていただきます。
皆さん、御静聴ありがとうございました」
エレノアの講義が終わると、教室は大絶賛の拍手の嵐だった。
「素晴らしい!
さすがはユーリウス先生の師である方だけあって、内容も素晴らしい上に、非常に分かり易い講義でした!」
「これは確かにジャベックの学習法に革命を起こしますぞ!」
「さよう、今まで分かりにくかった部分や、教えにくかった部分を、図を使って非常に明快に説明をしている!」
「この教本がまた素晴らしい!
今回の講義を分かり易く、順番に説明していて非常に良い!」
「この教本はまだ余りがありますかな?
出きれば写本用に、もう少しいただきたい」
「それは私もだ!」
「それとこの流れ図用の定規も余っている物があればいただきたい!」
「私もだ!」
教卓とエレノアに怒涛のごとく押し寄せる受講者たちに、ユーリウスさんが声を張り上げる。
「落ち着きたまえ、諸君!
君たちが今日の講義に大きな衝撃を受けたのはわかる!
私もそうだったからね。
だからおそらくこうなるであろうと予想して、教本はたくさん予備を用意してあるし、流れ図用の定規も出来る限り作って、持ってきていただいた。
希望者にはこのノーザンシティの逗留中に何回か講義していただく約束もグリーンリーフ先生に取り付けてある!
安心したまえ!」
そのユーリウスさんの説明に受講生たちが色めき立つ。
「おおっ!さすがはユーリウス先生」
「私の教室でも是非講義をしていただきたい!」
「私の所もだ!」
あまりの人気に俺が驚いていると、シャルル君がやってきて、笑いながら俺に話しかける。
「君の先生は凄い人気だね?ホウジョウ君」
「ああ、そうだね、ところで俺の事はシノブでいいよ。
俺も君の事はシャルルと呼ぶからさ」
「ああ、そうだね、でもシノブ、確かにこの流れ図法の講義は凄いよ。
まだジャベックも作れない僕が聞いても凄くよくわかった」
「うん、俺の先生は凄いんだ!」
俺はエレノアの自慢が出来るのが嬉しい。
それこそ隙あらば、子供のようにエレノアの自慢だ。
だがシャルルは首を横に振って答える。
「凄いのは君さ、この方法は君が思いついたんだろ?」
「う~ん、確かにそうなんだけど、まあ、元々俺の国にあった別の物を、ちょっとジャベックに応用しただけだからな~」
「それでも凄いよ」
俺たちがそんな会話をしている間に、エレノアは質問攻めに会い、ミルキィとガルドとラピーダの三人は教本と流れ図定規の販売に大わらわだ。
ユーリウスさんの忠告もあって、教本はかなり多く用意しておいたのだが、それでも制限をせざるを得なかった。
全部売ってしまうと、予定していた残りの講義が出来なくなるからだ。
そしてエレノアに講義の申し込みが殺到して、ユーリウスさんはそれを裁くのに大変だったようだ。
結局一人一人の教室で講義を開いていては話しにならないので、公平を期すためにも、魔法協会の大教室を借りて、そこで講義をする事となった。
しかも、俺たちは1週間だった逗留期間を2週間に延ばしたほどだった。
但し、教本や定規がないと講義が出来ないので、滞在中に講義はあと3回となった。
その間に教本と定規を可能な限り作らなければならない。
そして講義を希望する人たちは、無償で教本と定規を作る手伝いをする事にもなったが、全員がむしろ、それを手伝う事を望んだほどだった。
そして二週間以内にエレノアは講義を終えて、それ以降はユーリウスさんが講義を引き受ける事になった。
その日から俺たちは教本作りと講義の準備で、目が回るほど忙しくなった。