0015 屋台街での出来事
宿を出て町の中心方向へ向かうと、そこは大通りで、人がごった返していた。
道の両側にも店があるが、道の中央にも屋台が出されていて、そこでは様々な物が売られていた。
食べ物、飲み物、服、帽子、靴、おもちゃと何でもありだ。
その様子を見て、俺は昔行った台湾の夜市を思い出した。
たくさんの色々な屋台と人々の群れで郷愁感を誘う。
「ここは屋台街ですな。
色々と雑多な物を売っています。
大抵の物はここで揃いますな。
しかし、紛い物や、あこぎな商売をやっている者もいるんで、気をつけてください」
「なるほど」
「あっしもその辺をちょっと見てまわりますから、先生もその辺を見ててくだせえ」
「ええ、そうさせていただきます」
言われた通りに、俺は物めずらしげにその辺をウロウロとしていた。
色々な屋台があって、見るのだけでも楽しい。
品物の種類、量、どれをとってもサーマル村の道具屋とは比較にならない。
俺はおのぼりさんよろしく、キョロキョロと田舎者のようにあちこちを見ていた。
服、靴、帽子、パン、ソーセージや串焼きのような物、オレンジジュースやレモネードのような飲み物、食器に、箒や鞄のような物を売っている店もある。
中には何なのか想像もつかない売り物もあった。
一つの屋台では3cm四方のサイコロのような物と、牛乳のテトラパックより小さい、高さ3cmほどの正四面体のような物を売っていた。
それは金属か、ガラスのような光沢があって、色も様々な物がある。
最初は何かの飾りか、おもちゃかと思ったが、大の大人が真剣にそれを手にとって考え込んでいるのを見ると、どうも違うようだ。
また、別の店では弾丸のような物を並べて売っていた。
大きさと言い、形と言い、どう見ても弾丸にしか見えず、こちらも表面には、金属かガラスの光沢のような感じがある。
サイコロ型の方もそうだったが、それぞれ赤や青、白、紫などの色がついていて、中々カラフルだ。
この世界には銃はないはずだが、俺が見る限りでは、それはどう見ても弾丸のように見える。
事実それを売っている人間や、その周囲の人々はガンベルトのような物をしていて、そのベルトの周囲に、その弾丸のような物を挿して歩いている。
それはちょうど西部のガンマンがベルトに銃の弾丸を仕込んでいるように見える。
何かの時にすぐに取り出して使うためにそうなっているのは、ほぼ間違いないだろう。
そうでなければ、わざわざベルトなどに挿しておく意味がない。
ポケットか鞄にでも入れておくはずだ。
しかし弾丸でないとしたら、一体あれは何だろうか?
そのうち、ふと、俺はある屋台の売り看板に目を引かれた。
「ミスリル短剣 特価」
と書かれている。
飾ってある物を見ると、ミスリルナイフよりも少々大きめの剣だ。
(ふ~ん、ミスリル短剣か・・・これはクラウスに買ってやったら喜びそうだな)
そう考えた俺が店の主人に声をかける。
「これはいくらですか?」
「・・・大銀貨5枚だよ」
大銀貨5枚か、思ったより高かったな。
相場がよくわからないが、それって本当に特価なのか?
ちょっと子供には高い品物かな?
迷っている俺に店の親父がぶっきらぼうに話しかける。
「どうすんだい?それが最後の品だよ」
「わかった、買うよ」
初めてこの町で買う物なので、御祝儀だ。
多少高くても目をつぶってやろう。
そう考えて支払おうと、首からぶら下げている買い物用の銅貨袋を見たが、大銀貨は3枚しか入っていなかった。
そう言えばここの所、銀貨の収入が多かったので、昨夜、銀貨のほとんどを銀貨袋にしまったのだった。
背袋にある銀貨袋を出しても良かったが、ここには最初に入れた金貨が1枚入っている。
(ま、これでいいか)
そう考えた俺は、金貨を1枚出して店の男に渡す。
「はいよ、これで釣りをくれ」
男はしばらく俺の渡した金貨をしげしげと見ていたが、突然叫びだした。
「なんだこりゃあ!偽金貨じゃねえか!」
「え?偽金貨?」
突然の言葉に、逆に俺も驚く。
「そうだ、こんな物でうちの物を買おうなんて、ふてぇ小僧だ!」
「ちょっと待った!それは偽金貨なんかじゃないよ!」
神様からもらった金貨だ。
偽物の訳がない。
だいたいそれが偽物だったら銀貨や銅貨だって偽物だったはずだ。
だが、男はあくまで偽物で通すつもりだ。
「なに言ってやがる!こんな偽物で大人を騙そうとは、とんでもねぇガキだ!」
こんにゃろう!
あくまで俺を詐欺師扱いする気か?
こいつ、どうしてくれようか?
念のためにこの男を鑑定してみると、男のレベルは12だ。
特殊能力も特にないので、こいつ自身は大した事はない。
すると、その騒ぎを聞きつけたのか、サーマル村長がやってきた。
「どうしたんです?先生?」
何事かと問うサーマル村長に、俺が簡単に状況を説明する。
「ここでミスリル短剣を買おうとして金貨を渡したら、ここの主人が俺が渡した金貨を偽物だっていうんですよ」
俺の説明を聞いたサーマル村長が、店の主人を問い詰める。
「ほほう?おい、親父!一体こいつあ、どういう事だ?」
「今、そのガキが言った通りだ。
偽金貨でうちの品物を買おうとしたんで、俺が怒ってやったところさ」
「ほ~う、じゃあ、その偽金貨ってのを見せてくんな」
「見せるまでもない、間違いなく偽物だ」
「だからその偽物を見せてみろってんだ!
それとも見せられない理由でもあるのか?」
凄むサーマル村長に店の親父はたじたじだ。
「い、いや、それはない」
「じゃあ、見せてみな」
そう言われて、店の親父がサーマル村長にしぶしぶと金貨を渡す。
その金貨をしげしげと見たサーマル村長が、店の主人にねめつける様に話す。
「ほう、で?これのどの辺が偽金貨だって言うんだ?
俺にはどっからどう見ても本物にしか見えねえがね?」
「ど、どうやら本物だったようだ」
「あ~ん?じゃあ、てめえは本物の金貨を渡した俺の恩人を、偽金貨使い呼ばわりしたって事だよなぁ?」
「す、すまなかった、謝る!」
「謝る?てめえ、ここで俺が来なかったらどうする気だった?」
「そ、それは・・」
動揺して返答に困る屋台の親父に、サーマル村長が畳み掛ける。
「いいか?てめえのために言っておいてやる!
この先生はな、俺なんか問題にならない位お強いんだ!
お前なんか片手でちょちょいのちょいで、魔法の玉一発で黒焦げよ!
実際、俺はさっきまでこの先生と一緒にいて、何匹もルーポやらアプロが黒焦げになったのを見ていたんだからな」
そのサーマル村長の言葉に男はかなり動揺した。
「ル、ルーポやアプロを一発で黒焦げ?」
「ああ、そうさ、お前は運がいいぜ?
もう少し俺が止めてやるのが遅かったら、この先生に丸焦げにされている所だ」
サーマル村長の脅しは相当効いたらしい。
男は今や泣き顔だ。
「ひ、ひぃ!お、俺が悪かった!
いや、悪かったです、
どうかご勘弁を!」
しかしサーマル村長は追及を緩めない。
「それにこれがミスリルだって?どういうつもりだ?」
「え?」
その言葉に俺も驚いて良く見てみると、確かにこの短剣はミスリルではない。
念のために鑑定してみると、「白銅の短剣」だった。
(あちゃ~)
ミスリルと白銅はかなり似ている。
危うく騙されるところだった。
それまで傍観者だった俺だったが、思わず怒りが湧いてきた。
俺もサーマル村長にならって、男に脅すように話しかける。
「うん、よく見てみたら似ているけど、これは白銅だな。
おい、あんた、この白銅の短剣がミスリルだって?」
「ひいぃ!すみません、どうかご勘弁を!」
「ふぅん・・・で、じゃあ、この短剣は本当はいくらなんだい?」
「ぎっ、銀貨1枚で・・・」
「え?何だって?よく聞こえなかったなあ?」
俺はそう聞きながら、右手で火炎球をボッ!と出してみせる。
その炎を見た瞬間、店の親父は縮みあがる。
「い、いえ、どどど銅貨1枚!銅貨1枚で結構です」
「そうか、そりゃ安いね、それじゃ銅貨1枚と・・・」
俺は炎をズバッ!と、天高くに放つ。
店の親父はそれを見て、さらに顔を青くさせる。
その後で袋から改めて銅貨1枚を出して親父に渡すと、短剣を受け取る。
「うん、良い取引だったよ」
「へへ、そりゃどうも、毎度あり・・・」
「ところでさあ?
今度さっきみたいな商売をしているのを見たら、次は店ごとあんたも焼くよ?」
そう言いながら俺はまたもや炎をボッ!と出してみせる。
「ひっ!勘弁してください!
さっきはほんの出来心だったんです!」
「そうか?じゃあ、今度はまじめに商売しろよ?」
「へいっ、そりゃもう・・・」
「うん、じゃあな」
店を後にして、サーマル村長と話しながら宿に帰る道すがら礼を言う。
「いや~助かったよ、村長さん、危うくぼられた上に犯罪者扱いされる所だった」
「先生、人が良すぎますよ。
さっきも言ったように、町にはああいう輩がたまにいますから気をつけないと」
「いや、本当助かりました」
「まあ、先生はこういっちゃ何ですが、見た目が損ですからね」
「え?どういう事?」
見た目が損?俺はむしろ得するつもりで、この姿を神様に要求したのに、何が損なのだろうかと驚いて聞いた。
すると、サーマル村長が言いにくそうに俺に説明をする。
「いや、だって、どう見ても先生は一見おとなしそうな嬢ちゃん坊ちゃんって感じでしょう?
町には見た目で判断して、女子供相手だと居丈高にする、ああいう馬鹿が結構居ますからね。
先生みたいな見かけは損ですよ」
ガーン!
俺は相手の警戒心を解くためにこの格好を選んだが、こういった場所では甘く見られる見栄えだったのか!
まあ、確かにオネショタを狙った格好なので、そういう感じになるのは仕方がないが・・・そうか、この世界では男は強面の方が良いわけか・・・
これはかなりショックな話だ。
そう言えば、このサーマル村長も俺を始めてみた時に女の子だと思っていた。
そういう事か。
う~ん・・・これはある意味カルチャーショックだなぁ。
・・・文化の違いって、深い。
「な、なるほど、ではこういう見栄えの人間が舐められないにするためにはどうすればいいのかな?」
「そうですな、一番手っ取りばやいのは顔を売る事ですが、それは先生はあまりしたくないんじゃないですかい?」
「顔を売る?」
今一つ意味がわからなかった俺が問いかける。
「そこらじゅうで喧嘩を売って、買いまくって、先生の顔をこの辺の奴らに覚えさせる事ですよ。
先生は強いですから、まず負ける事はないでしょう?」
なるほど、そうすれば確かに、舐める馬鹿は少なくなるだろう。
でもなあ・・・それは確かにちょっとなあ・・・
「う、それは確かにしたくないなあ・・・もっと他の方法はないでしょうか?」
「後はですね。先生の場合は、逆ににっこり笑って相手と握手してやればいいんですよ」
「握手?」
「ええ、それで相手の骨が折れそうな位に思い切り握って、その時に笑いながら「私が誰だと思っているの?」って言ってやればいいんですよ。
そうすれば、あんな奴らは全員ペコペコして謝りますよ」
なるほど、その方法は良さそうだ。
確かに見た目がかわいい系の人間にそれをやられたら怖い。
「うん、その方法が良さそうです」
「そうそう、今度舐められたら相手をそうしてあげなさい。
先生の場合は治療もできるんだから、何だったら本当に相手の骨を砕いてやったっていいくらいですよ」
さすがにそこまではする気にはならないが、言わんとする事は理解した。
「わかりました」
そうこう話しているうちに宿屋へついた。
宿屋にはサーマル村長の息子と村一番のコラージらしき青年が待っていた。
「お帰りなさい、父さん」
「親父さん、御帰りなさい。
おや?そちらのお嬢さんは?
親父さんがどっかで引っ掛けてきたんですかい?
こりゃまたずいぶんと可愛いのをひっかけてきましたね?」
その言葉に俺とサーマル村長が顔を見合わせるとうなずく。
俺は相手の手を取り、握手した。
「私を誰だと思っているの?」
俺はにっこりと微笑みながら力をこめた。
相手は絶叫して倒れそうになった。
四人で夕飯を食べながらコラージが文句をたれる。
「全く、親父さんもシノブ先生も人が悪い」
俺の微笑み握手の最初の犠牲者となったコラージさんは、かなりショックを受けたようだ。
「すまん、すまん!あまりにもタイミングが良かったもんでな」
「どうも、すみませんでした、コラージさん」
謝る俺に、サーマル村長の息子のマンリオが苦笑して賛同する。
「いや、でもその方法は確かに良い方法だと思いますよ?
これをやられた相手は二度とシノブさんを舐めないでしょうよ」
そう話すと、コラージさんもうなずく。
「確かにね。火の玉を喰らうよりはマシだしな」
「さあ、もう今日は寝ましょう」
「そうだな」
俺たちは食事が終わると、それぞれの部屋で寝た。
明日はサーマルさんたちに付き合って、あちこちを案内してもらう事になっているので楽しみだ!