0013 馬車の旅
サーマルさんの家についていくと、すでに馬車が用意してあった。
二頭立ての中々立派な馬車だ。
早速、二人で馬車に乗ると、サーマルさんがうれしそうに話しかけてくる。
「いやあ、それにしても助かった。
おっと言い忘れていましたが、先ほども名乗った通り、あっしの名はガルテ・サーマル、一応この村の村長をしております」
なるほど、村長だけあって、それなりのレベルだ。
先ほど鑑定したレベルなら、この辺の魔物など物ともしないだろう。
「村長さんでしたか?」
「ええ、まあ小さな村なので、村長といっても大した仕事はありませんから気楽ですがね」
「そうすると、クラウス君は御孫さんですか?」
「ええ、そうです、あいつは2番目の息子の子供でね。
その息子は病に倒れて亡くなっちまいましてね。
それであそこにその息子の嫁と孫の二人で住んでいますんで、あっしが時々様子を見に行ってるんでさあ」
それでメリンダさんの家は母子二人だったのか。
俺はてっきり旦那さんは、どこかに出稼ぎか、何かの用事で家にいないのかと思っていた。
「なるほど、それで、町までは遠いのですか?」
「そうですな、この馬車で今から出れば、夕方までにはつくはずです」
まだ朝食を食べたばかりで、朝も早い。
これから馬車を出して夕方に着くとは、その町までは結構な距離がありそうだ。
「1日がかりですか?結構遠いのですね?」
「いやあ、距離は50カルメルほどなんですがね。
さっきも言った様に途中で魔物が出ましてね。
それで時間を食われる事が結構あるんです」
「なるほど」
俺は、そのための護衛要員な訳だ。
カルメルというのは、距離の単位で、確かkmとほぼ同じだったな。
その町まで約50kmって事か。
「森の迷宮に一人で行く人だ。
問題はないと思いますが、念のために聞いておきますが、魔物が出ても大丈夫ですね?」
俺の年若い、華奢な体を見て改めて心配になったのか、サーマルさんが念を押して聞いてきた。
「それほどレベルの高い魔物でなければ・・」
「ああ、もちろん森の迷宮に比べれば大した事はありやせん。
強い奴でもせいぜいアプロとかルーポですから。
一匹や二匹ならあっしでも楽勝なんですが、ルーポが群れになっていると、さすがに一人ではちょっとね」
ルーポという魔物にはまだあった事がないが、確かレベルは10位で犬型の魔物のはずだ。
レベル自体は大した事はないが、大抵は群れを成して襲ってくるので、その点は注意が必要だ。
「ええ、それ位だったら、何も問題ないはずです」
「そりゃ心強い!じゃあ出発しますぜ!」
「はい」
俺が返事をすると、馬車が出発する。
馬車を進めながらサーマル村長が俺に話しかけてくる。
「それにしてもあんたのような人が、なぜうちの村に?
確かに近くに迷宮はありますが、他にいくらでもレベル上げに良い場所はあったでしょうに?」
「いえ、たまたまこの近くを通ったものですから」
「そうですか?何にせよ助かった。
町につくまで一丁お願いしますぜ」
「はい」
しばらくの間、馬車は順調に進んでいた。
俺とサーマルさんは、のんびりと話をしながら馬車の旅をしていた。
「中々順調ですな、このままで行けばいいんですが」
「魔物にはどれ位の頻度で会うのですか?」
「そうですな、それほどいる訳でもないんですが、町につくまでに少なくとも5・6回、多い時は10回以上も出くわす時があります」
「魔物と出会った時は、いつもはどうやって戦うのですか?」
「相手と状態によりますな。
馬車をかっ飛ばした時が良い時は逃げますし、追いつかれそうな時は、逆に馬車を止めて、総がかりでやっつけますな」
「なるほど」
「おっ、話していたら早速きやがったな、ありゃアプロか?」
確かにそれはアプロだった。
一匹のアプロが猛突進して馬車に向かって来る。
「あいつに追いかけられたら厄介だな、仕方がない、馬車を止めて迎え討ちますか」
「いや、このまま普通に走っていていいですよ?」
「え、どうしてです?」
「私がこのままでやっつけます」
「え?どうやって?」
その質問に答える代わりに俺は呪文を唱える。
「フラーモ!」
火炎魔法弾をボッ!と撃ち放つと、その火炎球はあやまたずアプロに当たり、アプロはその場で倒れた。
一発で黒焦げだ。
「こうやってです」
「ほう!こりゃ魂消た!
あんた、火の魔法が使えるんですかい?」
「ええ、ほんの初歩的な物ですが」
その後も何回かアプロや他の魔物が出てきたが、馬車を止める事もなく、俺の火炎球で悉く屠られる。
「お、今度はルーポだ」
そうサーマル村長が言った方向を見ると、なるほど犬のような魔物が5匹ほどいる。
あれがルーポか。
はじめてみる魔物だが、俺は魔法火炎弾を放って、5匹全てを黒焦げにする。
サーマル村長は上機嫌だった。
「あっはっは!こりゃ助かる、楽だ!
おかげで早めにつきそうですぜ」
「それは良かったですね」
早く町に着くなら、俺にとっても良い事だ。
俺も早く、町が見てみたいからね。
しかし、しばらく行くと、少しばかり状況が変わってきた。
「むっ?」
「また何か出ましたか?」
「ありゃ、またルーポの群れだが・・・」
「そうですね」
すでにここに来るまでに、ルーポも何回か倒している。
「ああ、あいつらはそんなに強い魔物じゃないんですが、こりゃ数が多い」
見ると確かに犬のような魔物が15匹ほどもこちらへ向かって来る。
「なるほど、これは数が多いですね」
「いつもの倍以上いる。珍しいな・・・
こりゃ、さすがに馬車を止めて、二人がかりでやった方がいいですな」
「ではそうしましょう」
そう言って、二人でルーポの群れを迎え撃つ。
群れが近づいてくる間に俺の火炎球が打ち出され、まずは5匹ほど倒れる。
いよいよ、接近戦になると二人で剣を振るう。
サーマル村長も中々強く、戦いなれしているせいもあって、次々とルーポを倒していくが、いかんせん数が多かった。
ついにその内の一匹が俺たちを突破して馬に襲い掛かった。
2匹いた馬のうち、一匹の馬は驚いて暴れ、馬車を傾ける。
その拍子にガチャン!と、馬車のどこかが壊れたような音がする。
「あっ、こんにゃろ!」
すかさずサーマル村長が、そのルーポをやっつけるが、馬は足に怪我をして、馬が暴れた時に馬車の車輪が壊れてしまったようだ。
その間に俺が残りのルーポを退治して魔物は全滅した。
結果として俺が11匹、サーマル村長が4匹ほど倒したようだ。
俺が周囲を見回して、何もいないのを確認すると、サーマル村長に報告する。
「とりあえず、全滅はしたようです」
「ええ、お陰さまで助かりました・・・しかし、ああ、畜生!」
「どうしました?」
「一匹、馬の奴に襲い掛かった奴がいて、おかげで馬が怪我をして、馬車の車輪が壊れちまいました」
それは確かに困った。
こんな場所で立ち往生か?
「直せますか?」
「馬車は予備の車輪があるから直せるが、馬の奴がなあ・・・」
一応二頭立ての馬車なので、一頭でも助かっていれば馬車は動かせるが、馬が一頭いなくなってしまうのは厳しいだろう。
「ちょっと、その馬を見せてください」
「どうするんです?」
サーマル村長は俺が何をする気なのか、興味深げに問いかけてくる。
俺は馬に近寄ると回復魔法をかけてみる。
「クラーチ!」
自分以外に回復魔法をかけた事はないが、おそらく馬が相手でも効くはずだ。
果たして俺が回復魔法をかけ終わると、馬は元気になり立ち上がった。
やはり、治療魔法は動物にも効果があるようで、助かった。
「良かった。どうやら馬は助かったようです」
俺が治療魔法をかけている間、サーマル村長は驚いてみていた。
「あ、あんた、回復魔法も使えるんですかい?」
「ええ、火と同じで、ほんの初歩の魔法だけですが・・・」
「いや、回復魔法を使える魔法使いは少ないって聞くが、こりゃ大した先生だ」
どうやら俺は村長に「あんた」から「先生」に格上げされたようだ。
「ええ、でも私も馬にかけた事はなかったので、少々心配でしたが、うまく治ってよかったです」
「そりゃそうさ、しかし先生みたいな魔法使いは見た事がないねぇ」
「え?回復魔法ですか?」
「いや、そうじゃねえよ。
まあ、確かに回復魔法もあまり見た事がないが、回復魔法を馬にかけてくれる魔法使いなんて見た事がねえ。
俺が言っているのはそっちの方よ。
あいつら御大層にふんぞり返っているから、回復魔法を獣にかけるなんて事、間違ってもしねえよ!」
なるほど、そういう事か。
まあ、確かに回復魔法の使い手は少ないと聞いているし、人間様にかけるのだって珍しいのに、馬に回復魔法をかけるのは奇特な奴かもな。
でも、馬もかわいそうだったし、動けないと、ここにおいてかれて魔物の餌になるしかないだろうしな。
それじゃ、ますますかわいそうだ。
「ああ、でも、人によっては馬も貴重な財産で、友人でもあるでしょうからね」
俺はごく当たり前の事をいっただけのつもりだったが、村長はえらく感激した様子だ。
「先生!あんたわかっているねぇ!
そうだよ、馬ってのもただの動物じゃなくて俺たちみたいな村じゃ仲間みたいなもんなんだ!
正直ルーポにやられた時はあきらめて、こいつはここに捨てていくつもりだったんだが、先生のおかげで助かった!
先生!おりゃ先生が気に入ったぜ!」
「はあ」
馬を治しただけで、俺はずいぶんと、このサーマル村長に気に入られたようである。
「さて、馬を助けてもらったから次は馬車の修理か・・・
先生、すみませんが手伝ってくだせぇ」
「はい」
サーマル村長は馬車の中から予備の車輪を出して交換しようとする。
「先生、悪いが、ちょっと馬車を持ち上げてていただけますかい?」
「こうですか?」
そう言って俺は馬車の一方を持ち上げる。
さすがにこりゃ結構重い。
「そうです、そうです・・・」
しかし、しばらくすると村長が悲しげに声を上げる。
「ああ、こりゃダメか・・・」
「どうしたんです?」
俺も一旦馬車を下ろして質問をする。
「いや、ちょっと変わった壊れ方をしていましてね・・・
馬車を持ち上げている人間と、ここの車軸を支えている人間がいないと直せそうにないんですよ」
「つまり人手がもう一人いると?」
「そうです、こりゃ誰かが通りかかるまで待つしかないなあ、参ったなあ」
急いでいるのに、いつ誰が通るかもわからない道で、人が通るのを待たねばならないのは確かに困る。
ぼやく村長に俺が尋ねる。
「え~っと、人手というか、要は馬車を持ち上げている役と、車軸を支えている役がいればいいんですよね?」
「そうですが、今ここにはあっしと先生しかいないんですぜ?」
「ちょっと待ってください」
俺は馬車の横で呪文を唱える。
「アニーミ・エスト」
俺が使役呪文を唱えると、近くの土がむくむくと持ち上がり、ゴーレムとなる。
出来上がったゴーレムは、そのまま数歩歩くと、先ほどまで俺が支えていた馬車を俺の代わりに持ち上げて支える。
「これで私が車軸の方を支えていれば修理できますか?」
俺の質問にたいして村長はポカンと口をあけてたっている。
「先生、あんたゴーレム魔法まで使えるんですかい?」
「ええ、これもほんの初歩だけですが」
「いやいや、ゴーレム魔法は回復魔法以上に難しいって聞いてますぜ?
その若さでそれまで扱えるなんざ、本当に大したもんだ。
先生は大先生だよ」
今度は「先生」から「大先生」に格上げされたらしい。
俺は苦笑しながら言った。
「まあ、これで修理が出来るなら早く修理をして出発しましょう」
「おう、任せてくれ!これでバッチリでさ!」
ほどなく無事に修理は終わり、馬車を動かす。
「よし、車輪の修理もバッチリ!馬も元気になって万々歳だ!
これも全て大先生のおかげですぜ!」
「私は雇われた事をしただけですよ」
「いやいや、ただの用心棒が馬を元気にしたり、馬車の修理をゴーレム使って手伝ったりはしねえよ!
本当に大先生には感謝しているぜ」
そう言われると面映い。
でも、考えてみれば、ルーポが出た時に、俺がゴーレムを出して戦っていれば、馬も馬車も無事だったかも知れない。
あの時はとっさで、そこまで考えなかったが、俺もまだ戦闘経験が浅くて未熟だな、と考えていた。
まあ、過ぎた事は仕方がない。
この反省を次の戦いに生かそう。
「まあ、修理で時間もとられたし、先を急ぎましょう」
「全くでさあ」
そう言うとサーマル村長は馬車を町に向かって走らせ始めた。
馬車が順調に走り始めると、サーマル村長が感心したように話し始める。
「それにしても魔法使いってのは凄いもんですな」
「そうですか?」
「いや、正直言って、魔法使いなんてもんはえばっているだけで、ろくな事をしないと思っていたんですが、先生みたいな立派な魔法使いもいらっしゃるんですねぇ」
「私なんてほんの初心者ですよ。
魔法使いも色々いるでしょうから、確かに悪い魔法使いもいるでしょうが、
もっと凄い魔法使いで、立派に人の役に立っている人たちがたくさんいると思いますよ」
先ほどの戦いでゴーレムを出し損ねた事といい、俺は間違いなく、まだまだ初心者だ。
そして、確かに俺もまだ自分以外の魔法使いには会った事はないが、そういう凄い魔法使いは広い世界には必ずいると確信している。
「いや、ははは・・・実は俺には先生と同じ年位の娘が一人いるんですが、そいつが意外にも魔法がちょいと使えましてね。
本人が本格的に魔法を勉強したいってんで、今は遠くの町の魔法学校にやってるんですが、先生みたいにちゃんと役に立つ魔法使いになるといいんですがねぇ」
「サーマルさんの娘さんなら、きっと良い魔法使いになると思いますよ」
「だと、いいんですがねぇ・・・」
そんな話をサーマルさんと話しながら馬車は順調に進む。
その後、何回かの魔物の襲撃はあったが、俺が全て火炎球で倒せる程度の物だったので、結果として、予定よりも早く町に着く事が出来そうだった。
古都ロナバールとは一体どんな街なのか?
俺は期待に胸が膨らんだ。