0126 玄関広間の大食堂にて
グレゴールさんと一緒に玄関の社交広間兼大食堂の「デパーチャー」に出ると、俺たちを見た他の組合員たちが、いきなりざわめく。
どうやら俺たちが首から上白銀等級や、一級の登録証を下げているので、驚いているようだ。
「おい!あいつら、白銀等級で出てきたぞ?」
「しかも上白銀だ!」
「今日登録したのにか?」
「あの魔法学士のエルフはともかく、あのガキもか?」
「そりゃ、ありえねえだろ?」
「あの獣人娘も一級だぞ?」
「何かコネでもあるのか?」
「納得いかねえな」
広間でざわざわと騒いでいると、そのうちの一人が俺たちの前に立ちふさがり、声をかけてくる。
「おい!お前ら!」
「何ですか?」
首に下げている登録証は陶器で、それには黒丸が∴のように三つ描かれている。
今ちょうど目を通した規約の等級によれば、五級以下は登録証の材質と●の数で、すぐに等級が分かる。
登録証から見ると、この男は白い陶器で●が三つなので、五級のようだ。
下位の等級では一番上だ。
横線は赤なので、魔法は使えない戦士だな。
ならばレベルは40から50の間のはずだ。
しかし、一応鑑定をしてみると、レベルは52・・・
おや?これなら等級的には四級になれるはずだが・・・?
ははあ、さては先ほど説明のあった、「ブロンズの壁」という奴で、まだ昇級が出来ないのか?
レベルは十分だが、何かの理由で、まだゴブリンロードが倒せないと言うことだろうか?
それとも傀儡の騎士が倒せないのだろうか?
まあ、レベルが50だからと言って、実力も50とは限らないしな。
何か理由があって四級に上がれないのだろう。
それで尚更いきなり特級の上白銀等級になった俺たちを許せないという事か?
それなら合点がいく。
その五級の男が俺たちに因縁をつけて来る。
「一体、どんな手を使ってシルバーになった?」
「どんな手って・・ただ普通に等級試験を受けてきたんですけど?」
「ウソを言うな!
初心者のお前らがいきなりシルバーに受かる訳がないだろう!
お前らには白丸がお似合いだ!」
「白丸?白丸って、何です?」
俺の質問に相手は愕然として、情けない表情になる。
「お前!そんな事もわからないのか?」
「いや、そんな事言われてもね」
俺が困惑していると、そばにいたグレゴールさんが説明をしてくれる。
「白丸というのは十級の俗称ですよ。
十級は木の板に、ただ一つ丸が描かれているだけですからね」
「なるほど」
俺はグレゴールさんの説明で納得がいった。
そのままグレゴールさんは広間にいる組合員たちに聞こえるように、大きな声で説明を始める。
「この広間にいる諸君!よく聞きたまえ!
こちらの御二人は正規の試験を通って、本日、白銀等級になった!」
「え?組合長」
組合長自らが俺たちが白銀等級であるのを保証すると、この五級の男も戸惑う。
「私自身が試験官となって、二人が傀儡の騎士からグリフォンまでを倒すのを全て確認した!
試験内容にも何も問題はない!
この方たちの等級を疑うのは、私の言葉を疑う事だと思っていただく!」
そのグレゴールさんの言葉に、またもや周囲がざわつく。
「ホントかよ?」
「今日いきなりでか?」
「しかし組合長がそこまで言うんだから」
「すげーな、あいつら!」
「白銀等級って事は、あいつらレベルが150以上って事か?」
「いや、上白銀等級なんだから180以上って事だろう?」
「おいおい!とんでもない新人が出てきたもんだな」
「ああ、俺たちもうかうかしていられん」
「ぬう、これは全く大した物よ。
人生、驚きの連続とはよく言った物」
「そうだな、ライデーン」
「全くじゃ!」
広間にいた組合員たちが、驚き感心したように話し合う。
何か視線が俺たちに集中して、ちょっと恥ずかしいな・・・
あ、感心している人たちの中に、いつも解説している鯰髭の人と、その仲間もいる。
俺たちの事を見て、腕を組んで唸っている。
後できっとこの事をどっかで解説するんだろうな。
そして俺の前に立っていた男も言葉を失う。
「そ、そんな・・・白丸の意味もわからないこんな奴らが・・・」
「そんな俗称の符号を知る知らないなど関係がない!
この方たちの実力は間違いなく上白銀等級で、そちらの御嬢さんも間違いなく一級だ。
そのようなどうでも良い、俗な知識を知る知らないで、勝手にこの方たちの力を憶測しないように願いたい!
それは大変失礼で、無礼な事だと言っておく!」
「そんな・・・」
愕然としている五級の男にグレゴールさんが問いかける。
「そこの君!
君も人の詮索などしている暇があったら、自分を鍛えたまえ!
己を磨かず、人を羨んで言いがかりをつけるなど、空しい事などやめたまえ!
君は五級になって、どれ位になるのだ?」
「ご、5年です」
「その間に上がったレベルはいくつだね?」
「・・・3つです」
え?5年で3つって、平均して1年にレベルが一つも上がってないって事か?
確かに俺は30倍の経験値をもらって、人の30倍でレベルが上がってはいくが、通常の人間とはいえ、いくら何でもそれはさぼりすぎだろう?
エレノアみたいにレベルが600を超えているならともかく、二桁程度でそれはない。
案の定グレゴールさんも、その部分を指摘する。
「5年で3レベルしか上がらないとは、いくら何でも訓練をしなさすぎだろう?
人を羨んでいる暇などあったら、迷宮に行って己を磨きたまえ!」
「は、はい」
どうやら痛い部分を指摘されて、五級の男が呆然としていると、グレゴール組合長が話を続ける。
「ここにいる他の組合員諸君にも、もう一度言っておく!
この方たちは正規の手続きを踏んで、昇級試験を受けて、本日それぞれが上白銀と一級になった。
私自身が全てを確認したので間違いはない!
だから妙な勘違いをして、この方たちに迷惑をかけないようにしていただきたい!
私から言いたい事は以上だ!」
そのグレゴールさんの言葉でざわついていた広間が一気に静かになる。
しかし、しばらくすると、何事もなかったかのように元の状況に戻る。
一罰懲戒で、この男に渇を入れたのも効いたのだろう。
俺の前に立っていた五級の男も、そのまま無言で立ち去る。
「ありがとうございました。
グレゴールさん、おかげで助かりました」
「いえいえ、ここの組合員というのは血の気が多い連中が多いですので、これ位の釘をさしておきませんと、あなた方に迷惑がかかりますからな」
「なるほど」
「ただ、彼らの気持ちもわからないではありません。
何しろ今の男のように、五級に何年もいる人間もいる訳ですからね。
当然、二級や三級に何年もいる者も大勢います。
むしろそれが普通ですからね。
それが今日登録に来た人間が、いきなり一級や白銀等級になったのでは、気持ちが落ち着かないのも当然でしょう。
しかもそれがあなた方のように年若い方なら尚更です。
そこはわかってあげてください」
「そうですね」
その気持ちは俺にだってわかる。
俺はたまたま、神様に恵まれた才能をもらった上で、偶然エレノアに出会って、鍛えられたから、こうしていきなり白銀等級などという等級になった。
しかし、そのどちらが欠けても、登録日にこんな冗談のような等級になる事などなかっただろう。
俺が逆の立場だったら、今の男のようにあからさまに言いがかりはつけなかっただろうが、羨んだのは間違いない所だろう。
ここにいる他の連中だって、気持ち的には大同小異に違いない。
俺がそんな事を考えていると、グレゴールさんが話を続ける。
「しかし、かと言って、今の男のように、人を羨んで文句を言っても仕方がありません。
確かに人によって、魔法の才能がある者、格闘の才能がある者と、人それぞれですが、人は自分の出来る範囲内の事をやるだけです。
そしてちゃんと努力をすれば、相応の結果は出るものです。
あなた方とて、何もしないでこのレベルになった訳ではないのですからね」
全くその通りだと思う。
俺は無言でうなずいた。
俺の前世では、これという才能はなかったが、それなりに努力した結果、一応まともな人生を歩む事は出来た。
この世界だって同じだと思う。
「ただ、これだけ言っても、まだ納得の行かない連中はあなた方に突っかかって来るでしょうから、その辺りはお任せいたします。
まあ、そういった連中は軽く揉んでやってください。
本来の規則では組合員同士の諍いは禁止なのですが、こういった特殊な場合は仕方がありません
多少の摩擦が起こるのも止むなしと言った所です」
「わかりました」
「もし、あまりにも目に余ったり、しつこいようでしたら特級権限を使用していただいてもかまいませんので」
「特級権限?」
「はい、後で特級規約を読んでいただければ分かりますが、特級の方は一般等級の人間に対して、規約に違反した者を処罰する事が可能なのです。
すでに特級であるあなた方に絡んでくるようでしたら、規約違反と取れますので、処罰していただいても結構です」
「なるほど」
特別等級の人間はそんな事が可能なのか?
後で規約をよく読んでみよう。
「では、また。
何か問題があれば、いつでも私かアレクシアに御相談ください」
「はい、ありがとうございました」
俺たちはグレゴールさんに挨拶をすると、アースフィア広域総合組合を出て行った。
建物から外に出ると、そこには一人の男がいた。
しょぼんとして地面に座り込んでいる。
おや?確かこの男は・・・