0125 上白銀等級(ハイ・シルバークラス)
グレゴールさんから、俺とエレノアは白銀等級をもらう。
ミルキィは一級の登録証をもらう。
これが組合員の登録証か!
俺とエレノアの登録証は、縦4cm、横2cm、厚さ5mmほどの銀色の板で、同じく銀色の鎖がついているペンダントだ。
銀のペンダントか?中々渋いな。
その銀色の板の上半分にはダイヤモンドのような宝石が一つ埋まっていて、下半分には緑の横線が一本ある。
ミルキィの登録証は、俺たちのと同じ大きさで、新しい十円玉のようにピカピカと光った青銅製だ。
上半分にはきれいな青、赤、緑の3つの宝石が埋まっており、下半分には黄色い横線がある。
一般規約の図に描いてあった通りだ。
あれ?
何か俺たちのより、そっちの方が派手で格好良くない?
まあ、いいか。
そして両方とも裏側には、俺たちの名前と、何かの番号と日付が刻まれている。
俺たちが登録証をしげしげと見ていると、グレゴールさんが説明をしてくれる。
「この板は、白銀等級はミスリル銀、一級から四級は青銅で出来ていて、裏には各自の名前と登録番号、それに有効期限が刻まれております。
シノブさんとエレノアさんは、上白銀等級の組合員の証となっております。
再発行には高い金額がかかりますので、紛失には御注意ください」
「上白銀等級?」
「ええ、特級からはレベルが50ごとなので、かなりレベルに幅があります。
ですから上級と並級の2段階に分けて、上20レベルは上級、下30レベルは並級としているのです。
例えば、白銀等級ならば、レベル150から179まではただの白銀等級ですが、レベル180以上の方なら上白銀等級となる訳です。
御二人はレベルで言えば、アレナックやゴルドハルコン等級なので、当然、上白銀等級となります。
ちなみに八級以下は木片等級で、登録証も木で出来ております。
七級から五級は陶器等級で白い陶器製ですね。
特級の登録証はその名の通り、ミスリルシルバー、オリカルゴールド、アレナック、オリハルコンなど、各等級の名前の材質で出来ています。
ミッションを希望する時や、仲間を探す時の目安にしてください。
大抵は組合員同士、お互いに誤解の無い様に、分かり易いように首から下げていますね。
ミッションを受ける時に提示していただければ、身分証明にもなります。
また、青銅等級より上の登録証は、各個人の魔法紋特性が、魔法で刻み込まれておりまして、他人がその登録証を身につけると燃え上がりますので、ご注意ください。
それと有効期限が切れても同じく燃えて使えなくなりますので、更新の申請にも注意してください」
「はい」
その説明に俺たちが返事をすると、グレゴ-ルさんも安心したように笑って話す。
「それにしても新規の登録で、これほどの登録は私も始めてです。
組合長の私としても嬉しい限りです。
特に等級が八級から十級制度に移行してからは、あまりレベルの高い新規登録はありませんでしたから尚更ですね。
どうかこれからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
そういえば以前は八級までと聞いているのですが、なぜ十級まで出来たのですか?」
俺は上の方に等級が増えると言うのならばわかるが、わざわざ下の方に増やしたと言うのがわからないので、聞いてみた。
俺の質問に、グレゴールさんが説明をしてくれる。
「それは一口で言えば、世の中が平和になったからですな」
「平和に?」
「ええ、ここ数十年は遠い場所や、地方の小競り合いならともかく、アムダール帝国、特にこのロナバール近郊では大きな戦争などありませんからね。
平和なものです。人の数も増えますしね。
それ自体は大変良い事なのですが、我々アースフィア広域総合組合にとっては、少々厄介な事がありましてね。
戦争がある時は、若者と言っても、ある種の緊張感を持って、組合員になりに来るのですが、平和が続くと、驚くほど何も考えずに迷宮探索をしようとする者が出てくるのですよ」
「どういう事ですか?」
「昔から迷宮探索者や魔物狩人というのは、子供、特に男子の憧れの職業なのですが、平和になると、それを勘違いして組合員になろうとする者が増えましてね。
その対応に苦労するのですよ」
「勘違いの対応に苦労する?」
「ええ、例えば、いきなり受付にやってきて、「自分は一級で登録をして欲しい」という者や、八級で登録したばかりなのに、どこへ行けばドラゴンがいるのか?と聞いて、いきなりドラゴンを倒そうとする者などですね」
「ははあ・・・」
確かについさっき、そのような男を見た俺は納得する。
しかし、なぜそうまでしっちゃかめっちゃかになるのだろうか?
異世界から来た俺にだってわかる事だぞ?
元々この世界で生まれていて、少しでも知識があれば、そんな馬鹿な事をしようとは思わないはずだが?
俺はその点を聞いてみた。
「しかし、何故そこまで何もわからないのでしょうか?
ほんの少々考えれば、わかると思うのですが?」
俺の質問にグレゴールさんが大きくうなずいて答える。
「そこが平和になった証拠ですな。
つまり生まれてからずっと街から出なければ、魔物の存在を知識でしか知らなくなるのですよ。
それも歪んで、誤った知識でです。
例えばこのロナバールなどは大きな町ですからね。
極端な話、生まれてから死ぬまで一歩も街から出なくとも、全く困る事は無いわけです。
平和な時代ならば尚更です。
すると魔物という物がどれほど危険な物かもわからないで、育ってしまうのです。
ましてや歪んだ話を聞いて育てば尚更です。
御伽噺のドラゴン退治などの話を聞いて、自分がその勇者になったつもりになってしまうのです。
その結果、魔物を甘く見て、自分はドラゴンでもあっさりと倒せると考えるようになってしまうようですな。
そしてその勢いで、うちに登録に来る訳です」
「なるほど・・・」
俺はその話を聞いて、ふと、前世で聞いた話を思い出していた。
俺が生きていた21世紀の日本では、「火」という物が生活からほとんどなくなっていた。
以前はガスコンロだった物が電磁調理器に、炊飯器や風呂だって、昔はマッチやライターでガスに火をつけていた物が、21世紀の日本では、ボタンを一つポンと押せば終わりだ。
ましてや薪に火を点けて、竈を使うなんて事は、まず経験がない。
だから親や知り合いがタバコも吸わず、家に仏壇もなく、花火もした事がない子供ならば、大人になるまで実物の「火」という物を見ないで育ってしまうという、信じられない事が最近は起こっているそうだ。
実際、小学生が学校でやったキャンプファイヤーで初めて火を見て驚いて、火を持って帰ろうとして火傷をしたり、友達の家で初めてやった花火を綺麗だと思って、触ろうとして火傷をした子供がいたとも聞いている。
それと同じように、魔物を見ないで育った子供は、魔物がどういう物だかわからずに、自分ならどうという事はないと思ってしまうのかも知れない。
それは確かに本人も周囲も色々と困るだろう。
「そして、迷宮探索者や魔物狩人というのは、自慢話が好きな連中が多いですからね。
町の酒場や食堂で、素人や子供に、やれ自分は一級だ、俺は組合員として登録した日にドラゴンを倒して来たとなどと、吹聴する者などが多いのですよ。
それでも本当の事を自慢するならまだしも、五級なのに一級と名乗ったり、ミノタウロスを倒した程度なのに、ドラゴンを倒したと誇張して話したりする者もおります。
ま、酔った勢いもあるので、大目に見てはおりますがね。
ただし、あまりにも目に余る者は、虚偽放言として、罰則を科して強制活動として町の清掃をさせたり、罰金を取る場合もあります。
しかしそういった話を真に受けて、子供や素人が我も我もと登録に来る訳です。
そこまでは仕方がないのですが、あまりにも勘違いをしていて、七級の鎧ムカデすら倒せないのに、ここで八級の登録をすると、その足でドラゴン退治に行こうとする輩までいる始末でしてね。
さすがにそれを見て見ぬ振りも出来ないので、等級を下へと裾野を広げた訳です。
そして場合によっては、新規登録の際に、アプロを倒す事を条件にしたりもします。
何しろドラゴンどころか、大サソリも倒せない連中に、七級の鎧ムカデを相手させるのは危険すぎますからね。
かと言って、そういった連中は、説明やこちらの話を聞きませんし、実地で学ばせるしか方法が無いのです。
それでも無謀にもいきなり八級のスケルトンや七級の鎧ムカデに挑戦して命を落とす者もおります。
中には実際に大サソリと戦って、それすら倒せないのに、それでも自分はドラゴンは倒せると思い込む、信じがたい者もおりますしね。
こちらとしても正直そういった連中は、放置しておくしか方法がありません。
ですから、せいぜい登録水準を十級まで下げて、場合によっては初等訓練校を卒業するのを義務付ける程度が妥協点という訳です」
グレゴールさんの話を聞いて、俺も納得をした。
正直、命の安い世界だ。
自分の実力もわからずに、魔物を相手にする者は、どうしようもないだろう。
それはもう自然淘汰と言われても仕方がない。
「なるほど、確かにそれは大変ですね」
「ええ、ですから七級以上の等級で、新規登録を希望する人の場合には、必ず面接をしてから登録をしていただく事になっているのですよ。
実力もさる事ながら、あまりにも人格的に問題があると、こちらも困りますからね」
「え?そうすると、私達はこれから面接をするのですか?」
「いいえ、あなた方の面接はすでに終了しております。
先ほどの昇級試験の前に話した会話がそれですよ」
「え?あれだけで良いのですか?」
面接って、そんな簡単な物で良いの?
ちょっと世間話的な物をしただけのような気がするけど?
俺が言うのも何だが、それで大丈夫なのだろうか?
「はい、本来ならば四級以上の場合は、もっと厳しい面接が行われるのですが、そちらのエレノアさんが魔法学士でいらっしゃいますからね。
ただの魔士ならばともかく、正規の魔道士、ましてや魔法学士の方ならば、魔法協会が認めた方な訳ですから何も問題はありません。
しかもゼロナンバーの方です。
むしろこちらからお願いして登録をしていただきたいほどですよ。
そして御二人はその御弟子さんですから、やはり問題はないでしょう。
私が拝見した限りでも、しっかりとした修行をされているようです。
それに先ほどの会話や魔物との戦い方からでも、皆さん非常に礼儀正しく、迷宮探索の心得も万全なのはわかりましたから、何も問題はありません」
なるほど、エレノアがここに来る前に言っていたように、魔法学士の信頼は非常に大きい物らしい。
エレノアは特に珍しい魔法学士なので、なおさらのようだ。
そして俺とミルキィも、エレノアにきっちりと教わっているから大丈夫と言う事か。
「そうなんですか?ありがとうございます」
「ええ、それと本来でしたら一級以上になる場合も、非常に特殊な面接が必要なのですが、あなた方の場合、それの条件もすでに満たしていたものですから」
「え?非常に特殊な面接?
そんな物が必要なのですか?
しかも私達がすでにその条件を満たしていたって、どういう事なんですか?」
俺たちはここへ来てから軽くグレゴールさんと話して、等級試験をした以外は何もしていない。
いつの間に、その特殊条件とやらをクリアしていたのだろうか?
「はい、その特殊面接というのはケット・シーとの面接なのです。
うちで頼んでいるケット・シーと面接して、認めてもらわなければ一級以上にはなれないのです。
何しろ一級と言えば、うちでも上級者ですからね。
そのような資格を悪意を持った人間に持たれると、対外的に困るので、ケット・シーに判断してもらうのです。
御存知の通り、ケット・シーは人の善悪を判断し、見破りますからね。
ですがあなた方はこのペロンと同居中と伺いました。
ケット・シーは一人でも悪意のある人間がいる場所には決して住みません。
ですからその特殊面接も終わっているも同然と言う訳です」
「そうだったんですか?」
なるほど、そういう事だったのか?
エレノアがここに来る時に、むしろペロンが同行した方が良いと言った訳もこれでわかった。
それにしても俺とミルキィは試験以外の部分は、知らないうちに全部エレノアとペロンに通過させてもらったようだ。
「まあ、何はともあれ、これから頑張ってください」
「はい、ご期待に添えるよう頑張りたいと思います」
「そうそう、これを皆さんに渡すのを忘れる所でしたよ」
そう言ってグレゴールさんが、俺たちに小さな紙の袋を出して渡す。
何だろうと思って、袋から出してみると、登録証のような物が出てくる。
いや、これは間違いなく登録証だ。
俺とエレノアには一級から四級までの登録証を四つ、ミルキィには二級から四級までの登録証を3つ渡した。
但し、全て中央部分に大きめの穴が開いている。
「これは?
一体何でしょう?」
4つの穴が開いた登録証を眺めながら俺がグレゴールさんに質問をする。
「こちらでは四級より下の登録証は昇級した時に回収して粉砕廃棄するのですが、四級以上は思い出に取っておきたいと言う方も多くいましてね。
まあ、四級というのは1人前になった証のような物なので、特に思い入れがあるのでしょうな。
その気持ちは私にもわかります。
ですから五級以下は昇級時に回収するのですが、四級以上の登録証は昇級しても、記念に御渡しする事になっているのですよ。
但し使用できないように、こうして中央に目立つ穴を開けて御渡しする訳です。
みなさんは今日一日で一気に白銀や一級になってしまったので、あまり思い入れはないでしょうが、一応お渡ししておこうと思いましてね。
もちろん、不要でしたら廃棄していただいても結構です」
グレゴールさんの言葉に、俺は4つの登録証を握り締めて答える。
「いえ、私としても記念になりますので、取っておこうと思います」
「ええ、私もです」
「私もそうします。
御主人様やエレノアさんと一緒に取った記念ですから」
エレノアとミルキィも記念に取って置くようだ。
そんな話をしながら俺たちは玄関の社交広間へと向かっていた。
しかしこの時の俺は、玄関広間や建物の外へ出た瞬間に、いきなり揉め事に巻き込まれるとは思ってもいなかった。




