0101 新・最高評議長
「私、パラケルス・メディシナーは過去数年に渡る、元監督者の横暴を止められなかった責任により、最高評議長を現時点で辞任し、本会議終了以後は評議員も辞任いたします。
そして次期最高評議長として、レオニー・メディシナー評議員を指名いたします。
評議員の皆様方には御賛同いただきたい」
その言葉にレオニーさんが驚いて声を上げる。
「曾御祖父様!」
この様子からすると、どうやらレオニーさんにも知らせていなかったようだ。
「レオニー、今回の騒ぎで私は何の役にも立てなかった。
お前が率先して動き、レオン、それにグリーンリーフ先生たちがいなければ、永いメディシナーの歴史も、あの女によって終わっていたかも知れない。
引き際を認めてくれ」
「曾御祖父様・・・」
「では、レオニー評議員以外で、今の発案に賛同の方は挙手してください」
パラケルスさんの声に全員の手が上がる。
「満場一致により、本案は可決されました。
ではレオニー最高評議長、こちらの席にどうぞ」
パラケルスさんが立ち上がり、自分の席にレオニーさんを導く。
「はい・・・」
レオニーさんが震える声で返事をして、自分の席から立ちあがり、ゆっくりとした足取りで議長席に着くと、たった今まで、自分の曽祖父が座っていた席に座る。
「では最高評議会議長、就任の挨拶を」
パラケルスさんに促されて、レオニーさんが評議員一同を見渡すと、挨拶をする。
「・・・この度、メディシナー最高評議会議長に就任したレオニー・メディシナーです。
始祖ガレノス、曽祖父パラケルスの意思を継ぎ、このメディシナーの発展と存続に力を注ぎ、過去の最高評議長たちに恥じる事のない務めをしたいと考えておりますので、どうか評議員の皆様もお力添えをお願いいたします」
レオニーさんの挨拶に全員から拍手が起こる。
その拍手がやむと、今度は父親であるソクラス・メディシナーその人が発言を求める。
「次は私から緊急動議を提案したい」
「御父様?いえ、ソクラス評議員、どうぞ」
「まず私、ソクラス・メディシナーは力不足を感じ、本会議終了後、評議員を辞職し、当主を息子である、レオンハルト・メディシナーに譲ります」
「父さん・・・」
「レオン・・・頼むぞ」
「はい、父さん」
「・・・そして私は元監督者であるクサンティペ・メディシナーの横領、贈賄、脅迫その他に加担し、共謀した罪状により、残りの生涯を犯罪奴隷として過ごす事を、私自身に求刑します。
どうか賛同をお願いいたします」
その驚くべき発案に娘と息子が思わず声を上げる。
「御父様!」
「父さん!」
驚く娘と息子には答えず、そのままソクラスは話を続ける。
「また、今回の一連の事件の責任は、クサンティペと私にあり、プラトス、クリトンの両評議員には何の罪もなく、二人には今後も評議員を務め続ける事を強く要望します」
「ソクラス様!」
「我々も一緒に!」
一緒に罪を受けようとする二人に、ソクラスは首を横に振り、静かに答える。
「君たちがあれに脅されて仕方なく賛同していた事は、私も祖父も知っている。
すでに祖父も評議員を辞める事に決まったし、私も辞める事となる。
これ以上評議員が減ってはメディシナーの運営に関わるし、あの女さえいなくなれば、君たちもメディシナーのために働いてくれる事はわかっている。
ここは私一人に任せ、君たちはどうか若い者たちの手助けをして欲しい。
もし君たちが今回の事に罪を感じているならば、それが君たちの罪滅ぼしだと思って、どうかこの案に賛同して欲しい」
そのソクラスさんの言葉にプラトス、クリトンの二人が涙を流し、無言でうなずく。
「レオン、レオニー聞いてくれ、私は愚かな父で夫だった。
レオンが私を見下げ果てて家を出たのも無理はない。
この歴史あるメディシナーが崩壊しかかった最大の罪人は妻ではない。
それを見て見ぬふりをしていた私なのだ。
私がしっかりとしておれば、こんな事にならなかった。
だが気弱な私にはそれが出来なかった。
しかし最後くらいはしっかりと己の罪を清算して去りたい。
それにそれでもあれは私の妻なのだ。
例え、政略のために無理やり結婚した妻であってもだ。
その妻を死刑室に送る事に賛同し、私だけが安穏と残りの生涯を暮らす事は許されない。
もっと私が早くに事を解決していれば、あれを死刑室送りにする事もせずに済んだのだ。
どうか私の罪を認めて、犯罪奴隷に落としてくれ。
それにあれは帝国の名家ボイド侯爵一族の者だ。
その者を死刑にしたのだ。
必ず、何かあちらから言ってくるだろう。
しかし、すでに最高評議長は辞任し、当主であり夫である私が犯罪奴隷の身に落としていれば、それ以上は何も言えまい。
それでも何か言ってくれば、遠慮なく私の首をボイド家に差し出して、事を収めるがいい。
そのために私は本来死刑であるべき罪深い自分を犯罪奴隷にとどめておくのだ。
どうかわかってくれ」
「お父様・・・」
「レオニー・・・頼む」
「わかりました・・・では、最高評議長として初の仕事をさせていただきます。
・・・評議員ソクラス・メディシナーの罪状に・・・関して・・・
何か意見のある方は申し出てください」
誰も何も言わない。
いや、言えなかった。
数瞬の静寂の後、レオニーさんが再び話し始める。
「では、票決を取らせていただきます。
評議員ソクラス・メディシナーの罪状を認め・・・犯罪奴隷として・・・求刑する事に・・・賛同する方は挙手してください・・・」
その場にいる全員の手が静かに上がる。
「・・・では・・・満場・・・一致で・・・ソクラス・メディシナーは犯罪奴隷として・・・
確定いたしました・・・警備員は・・・罪人を・・・連れ出してください・・・」
全員が声も無く静まる中、静かにソクラス・メディシナーは立ち上がり、おとなしく警備員を待つ。
たまらなくなったレオニーが立ち上がり、父にすがりつく。
「御父様!」
「良いのだ、レオニー・・・お前は最高評議会議長としての務めを果たした。
立派だったぞ。
私も最後にお前の立派な姿を見て、ここを去る事が出来たのだ。
幸せ者だろう」
「御父様!」
「今後はレオンと共にお前の道をすすむのだ」
「はい」
こうして後の世に「クサンティペ事件」または「メディシナーの御家騒動」と言われる、メディシナーの一連の事件は終わった。
しかし、その後始末のために、メディシナーには激震が走った。