0985 スターク・メッシーナの大アンジュ来訪 後編
スタークが思いのほか興奮して、科学商店やゴーレム商店で長居をしてしまったので、少々夕食は遅めになってしまった。
本人はそれを気にしていたようだったが、俺は面白かったので、気にしないで良いと言っておいた。
初日の夕食には俺が大アンジュにあるサクラ魔法食堂に招待をした。
そこでスタークは初めて会ったペロンに驚いたようだ。
「これは・・・ひょっとして、噂に聞く、猫型妖精のケット・シーという者ですか?」
「ああ、そうだよ、ケット・シーを見るのは初めてかい?」
「ええ、書物や図鑑などでは知っておりましたが、ガルゴニア帝国には一人もケット・シーがいなかったので」
その話は俺も聞いていた。
どうもガルゴニア帝国は国自体がケット・シーに嫌われていたらしく、どこにもケット・シーがいなかったようなのだ。
「ケット・シーのペロンですニャ」
「あ、ああ、スターク・メッシーナです。
よろしく御願いしますね?
ペロンさん」
「ボクの事はペロンと呼んでくださいニャ。
スタークは良い匂いのする人なので、会えてうれしいですニャ」
「それはどうも」
どうやらスタークはペロンに気に入られたようだ。
少なくとも悪い奴ではないのは間違いない。
俺も高性能ジャベックなどを購入させてしまった手前、一安心した。
そして食事が始まると、スタークは大喜びで自分の前に持って来られた料理を食べていた。
最初なので、頼んだ料理はサクラプレートだ。
「むむう・・・これがサクラ魔法食堂の本場の味ですか!
素晴らしい!
クジョウで味わった料理も素晴らしかったのですが、やはり本場は違いますね!
全くこんな素晴らしい料理を食べたなどと言ったら、クジョウの連中に恨まれてしまいそうですね!」
「はは、大丈夫さ。
君も聞いていると思うが、君がここに来ている目的は「事情聴取」だからね」
「はは、そうでした。
全くそこまで御配慮していただいてありがとうございます」
「何、気にするほどの事でもないさ」
そう、俺はこのスタークを大アンジュに招待するに当たって、流刑の者を流刑地から出すのは世間体が憚れるので、一応建前としては「流刑した者の代表を呼び出して事情聴取をする」という事にしてあるのだ。
だから今の状態は「ヒッタイト総督閣下が流刑民に事情聴取している事」になっている。
「ええ、しかしおかげで助かりましたよ」
「残りの元公爵家の連中は何か言っていたかい?」
「ええ、最初はなぜ私だけ流刑地であるクジョウから出れるのだと不思議がっていましたが、私がこの地での様子をホウジョウ様に報告するために事情聴取でジェイル代官に連れていかれるのだ、と説明したら、少々青くなって、どうか自分たちの事は悪く報告しないで欲しいと懇願されたので、そんな事は言わないので大丈夫だと言ったら、多少は安心した様子でした」
「ははは、それは少々面倒だったね?」
「いえ、どうという事はありません。
それよりもこれは大アンジュにいる間が本当に楽しみです!」
2日目になると、スタークはサクラ魔法食堂の講義をせめて初歩だけでも受けてみたいと言って、「科学概論」「計量学」「衛生学」の講義を受けた。
そして一緒に自分が購入したジャベックにも受けさせた。
「いや~出来ればクジョウでここで食べた料理の全てを再現してみたいのですが、それが無理でも可能な限りは再現できるようになっておきたいですね!」
そして購入したジャベックの半数は、そのまま引き続き講習を受けさせて、スタークが希望する全ての講習を受け終わった後で、クジョウへ送る事となった。
三日目にはスタークは科学局へ行って、熱心にグリモアやグレイスなど、科学局の連中と話し合った。
特に現在うちで最新の機械になる蒸気機関などを見て興奮していた!
取りあえず俺が見せたのはニューコメン式の蒸気機関模型だ。
「なるほど!つまりこれは蒸気の力で動く物なのですね?」
「その通りさ。
水という物は液体から気体になると1800倍も体積が膨らむんだ。
これはそれを応用した機械という訳さ」
「ううむ、それにしても気体というか、空気ですか?
それがそれほど力を持つとは・・・正直、にわかには信じられないですね?」
「ああ、それなら丁度良い実験があるので見せてあげるよ。
今度ロナバールや帝都でも宣伝がてらやってみようと思っている実験があるんだ。
それを見て行くと良い」
「わかりました」
俺は鉄で出来た碗状の半球に鎖がついた物を二つ用意した。
「さあ、スタークこれを見て欲しい。
この鋼鉄の半球には何も仕掛けがないのがわかるね?」
「ええ、それはわかります。
ただの碗型の半球に鎖が付いているだけですね?
ただずいぶんと丈夫そうですが・・・」
「ははは、丈夫でないと困るのさ。
これをこうやって・・・」
俺はジャベックに命じて、その半球をピタリと縁同士で合わせて、半球に組み込んあった空気の栓から、その中の空気を少しばかり抜いてみた。
「ほら!この半球を合わせてちょっと中の空気を抜いて見せたんだ。
これを君が離してごらん」
「こうですか?」
スタークが力を込めてその半球の鎖を左右に引っ張ると、何とかその半球はスポッ!と離れた。
感心したスタークがうなずきながら話す。
「ほほう!これは確かに凄いですね?
こんな何の変哲もない半球が中の空気を抜いただけで、これほど強固にくっつくとは・・・」
「いや、まだまださ。
さあ、もう一回同じ事をするよ?
但し今度は今の状態よりも遥かに空気を抜こう」
そう行って再び俺は半球を合わせると、ポンプで空気を抜いて見せる。
先ほどと違って、今度は中が真空になるほど徹底的にだ。
「さあ、またこれを離してごらん」
俺にそう言われたスタークが力いっぱい半球の鎖を引っ張るが今度はビクともしない。
「これは・・・驚きです!
中の空気を抜いただけで、これほど強固な結びつきになるとは・・・」
「ははは、それどころじゃないよ?
いいかい?見ててごらん」
そう言うと俺は鎖の両端を8頭の馬に結び付け、それを左右に全力で引っ張らせた!
しかしそれでもその半球は離れなかった!
それを見たスタークは驚いた!
「これは・・・凄い!
空気の圧力という物はここまで強い物なのですか?」
「ああ、そら、試しに君がこの球の栓を抜いて、中に空気を入れてごらん」
「わかりました」
スタークが半球に備え付けてあった栓を抜くと、そこからボヒュッ!と音がして空気が半球の中へ流れ込む。
それと同時に今まであれほどビクともしなかった半球がカポロン!と左右に分かれる。
「これは・・・中に空気が入っただけで・・・本当に凄い!」
「ああ、これが空気の圧力さ」
「むむむ・・・これは大変勉強になりました!
ありがとうございます!」
この実験はのちにロナバールや帝都でも行われ、それは「ホウジョウ伯爵の半球」とこの世界では言われ、大気圧の良い実験となった。
そしてその実験が終わると、今度は農場へ行ってオスカーなどと化学肥料の話にも熱中した。
その日の夕食もスタークと一緒に食べたが、その席で俺はスタークから土産に酒を欲しいので、何か良い酒は無いかと聞かれたので、最近大アンジュでも造り始めた吟醸酒を勧めてみた。
吟醸酒を飲んだスタークは驚いていた!
「ほほう!これはニホンシュの一種のようですが、また一味違いますね?
米で作ったと言うのに、まるで果物のような香りです」
「ああ、それは吟醸香と言ってね?
吟醸酒独特の香りなのさ」
「ええ、これは気に入りました。
何本か購入して行きましょう」
「ふむ、そう言えば君が酒を土産に送るのはどんな人物なのかな?」
「ええ、一応3人ですね。
二人は他の元公爵家の当主ですね。
何しろ、事情聴取とはいえ、私が大アンジュへ行くのを羨ましがっていたので、何か多少土産をと思いましてね?
最近では彼らもある程度自分の置かれた状況が分かって来ているので、それを慰めるためにもと考えまして。
しかし彼らは当然科学製品など、全く興味もないので、ここでの土産は酒位しか思いつきませんでしたのでね?
そこで何か良い酒でもあれば、それを土産にしようかと思ったのですよ。
本人たちも希望を聞いたら、土産には何か良い酒を欲しいと言っていたのでね?
もう一人は私の友人で、駐在所の所長をしている老人です」
「ほう?所長と言うと、ローマン・ベルツ所長の事かな?」
「そうです、伯爵も御存知でしたか?」
「ああ、一応、クジョウの駐在所の所長に決定した時に挨拶だけはしたのでね」
「ははは、そうですか?
いや、その所長がこれまた酒好きで、田舎の駐在所である事を良い事に、仕事中でも酒を飲もうとするほどでしてね?
今では私の良い飲み友達になっているのですよ。
おっと、これは内密に願いますね?」
「ははは、その位は大目に見るよ。
実はショーナンにある魔法診療所の所長も実に呑兵衛でね?
私も最初に会った時に少々呆れたんだ。
まあ、一応仕事はちゃんとやるので、見逃しているよ」
「そうそう、そう言えば甥っ子が自分と同じ呑兵衛で、ショーナンで診療所をやっているとか言ってましたね?」
「え?ではクジョウの駐在官はリュウセイの親戚なのかい?」
「そうそう!甥の名前はリュウセイとか言ってましたね?」
「ほう?それは少々驚いたな?
あの呑兵衛魔法治療士のおじじゃ、確かにいくらでも飲みそうだな?
そうか・・・では少々奮発をする事にしよう」
俺は給仕の者に少々言伝をすると、しばらくして酒瓶を5瓶ほど持って来た。
「これを君にあげよう。
他の酒とは別に土産として、その元公爵家の当主と呑兵衛所長にあげるがいい。
一人に一本ずつね。
後の二本は君の物だ。
好きにして良いよ。
そしてこれはこの酒と同じ酒だ。
ちょっと試してごらん」
そう言って俺はもう一本ある、すでに栓が開けられた瓶の中身をグラスに注いでスタークに勧める。
グラスに注がれた酒をしげしげと見て、スタークは話す。
「これは・・・ずいぶんと色の濃い酒ですね?
そしてこの香りは・・・ウイスキーですか?」
「ああ、それは「ハットウサの銘酒」と言ってね?
現在アムダール帝国の一部で人気の酒なんだが、とても入手が困難な酒なのさ。
何しろ200年物のウイスキーなのでね?」
「200年物?!
そんな酒があるとは驚きですね!
ずいぶんと熟成されている酒ですね?」
「ああ、中々手に入れられない酒なんだがね?
それも5本ばかり君にあげるよ。
それと同じように200年物のブランデーもだ。
この二つは「ハットウサ・ウイスキー」と「ハットウサ・ブランデー」と言って、かなり入手が困難な酒なんだ。
悪いがクジョウはおろか、ショーナンやサンドロスでも手に入れる事は出来ないほどさ。
それこそ金貨を何枚積んでも買えないほどにね。
購入するには少々特殊な伝手が必要なんだ。
それを相手に説明してやれば、連中もありがたがると思うよ」
俺の説明にスタークも驚いたようだ。
「宜しいのですか?
そのように貴重な酒を?」
「ああ、今回だけ特別だがね」
「ありがとうございます。
その説明をすれば、彼らも喜ぶでしょう!」
まあ、200年物の酒なんて、明らかに俺が関わっているとは思えないだろうからね?
まさか俺がついこの間造り始めた酒だとはさすがにスタークも思わなかったようだ。
そしてスタークは次の日以降も様々な所を見学して俺もそれに多少は付き合った。
チョコレートを食べて驚いて土産にしたり、フルーツパフェを食べて仰天したりしていた。
また、迷宮にジャベックを連れて行く時のためと言って、アレナックやミスリル銀の剣や防具などを買っていた。
聞いた所によると、多少は大アンジュの迷宮へも行ってみたようだ。
そこで昇降機を見て驚いたらしい。
まあ、確かに迷宮で昇降機なんぞあるのは、大アンジュのほかにはマジェストンの迷宮やロナバールの迷宮など、数えるしかない。
ガルゴニア帝国では昇降機がある迷宮などないので、かなり驚いたらしい。
そのようにして、あっという間に滞在期間である一週間が過ぎた。
帰る時にスタークは俺に言って来た。
「これほど興味深く、刺激的な事は生まれて初めてです!
総督閣下、この科学をクジョウで広めても良いでしょうか?」
「ああ、もちろん構わないよ。
いくらでも広めてくれ」
「承知しました」
そうしてスターク・メッシーナはクジョウへと帰った。
後日、このスターク・メッシーナはクジョウに科学を広めるだけでなく、ショーナンにおいても、科学の発展に関しては、なくてはならない存在となる。
すみませんが、クジョウの駐在官の名前を変更しました。
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