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 愛親は桐の家が妖怪に狙われていると分かって直ぐ、骨川に助太刀を依頼していた。まだらに負けた骨川が尋常で無い修練に励み、実力を伸ばしていた事は知っていたし、元より彼の剣の腕を買っていた。信頼していたからこそ、式神が飛んで来た時安心して家を開ける事が出来たのだった。

 また、気配を消す事に長けた骨川がいれば、奇襲をかけてきた妖怪を逆に不意打ち出来るとも考えていた。まさか骨川が一人で妖怪を叩きのめすとは思わなかったが、それは愛親にとって嬉しい誤算だった。


 それから麗麗は今回記憶が戻らなかった。

 マシラと名乗る妖怪を倒した後、斑を倒した時と同じように妖力の塊が光として現れた。しかしそれを取り込んだ麗麗は何も思い出さなかったのだ。

 その件について愛親は骨川と話したのだが、二人の意見は一致していた。それは

「取り込んだ妖力によって記憶は戻るが、弱過ぎると記憶を蘇らせるに至らない事がある」

 というものである。

 今思い返せば、愛親が最初に戦った斑は相当に強かった。相手が本来の力を使い切る前に倒せたから良かったが、最初から実力を発揮されていたら今頃どうなっていたか分からない。

 それに比べて今回のマシラは知恵は働くものの、そこまで強いわけではなかった。弱いからこそ、無抵抗な少女ばかりを選んで襲っていたのだろう。この一件で、今後麗麗の記憶を戻すためには、より強い妖怪を倒す必要がある事が分かった。



「しかし驚いた。貴方があんな優秀な忍を抱えていたなんて」

 事件後、茶屋の座敷で愛親は藤咲と向かい合って茶を飲んでいた。

「まあ、な」

 愛親は一度湯呑みをあおり微妙な笑みを浮かべた。骨川には感謝していたのだが、ある一点でだけ、愛親は違和感を抱いていた。

 それは、どうしてもっと早く助けられた筈の桐を、殺される直前まで見ていたのか、という点である。先日家に来た骨川にその事を聞いてみると、歪な笑みを浮かべてこう言った。

「だって女の子の苦しむ姿と苦悶に満ちた声を聞いてたら、どうもどうも滾ってきてしまいましてね。見入ってしまったんですよどうもね」

 愛親は呆れて暫く口が塞がらなかった。飯が食えなくなる程空いた口が塞がらなかった。

 その夜は「本当に骨川を信頼して良かったのか」という自問自答で眠る事が出来なかった。

「常盤、どうかしたの?」

 愛親の態度を不思議に思ったのか藤咲が顔を覗き込んできた。

「いや別に」

 愛親はかぶりを振った。

「それはそうと藤咲、あの妖怪を討伐出来て本当に良かったな」

 藤咲は珍しく深く頷き、愛親の意見に賛同した。

「ええ。これで菊一に住む娘子も、暫くは安心出来る。あの桐という少女はその後どう?」

「桐は暫く両親の家に住む事になった。どうせあの家はもう使えないし、心の傷が癒えるまでその方が良いだろう」

 だが桐は今も満足稲荷の管理を続けている。行きも帰りも稲荷社の雇った屈強の侍や陰陽師の者が護衛として付き従い、桐が神社で作業をしている間も鋭い目を光らしているという。

 言い方は悪いが、稲荷社からしてみたら桐は金を生み出す千両箱のような存在だ。失うわけにも、満足稲荷の管理を他者に譲るわけにもいかないのだろう。

「俺の所にも一度顔を見せたが元気そうだった。もう心配無いさ。それより」

 愛親の目が鋭くなる。


「忘れていないだろうな。『お前が知っている妖怪の情報を全て教えてもらう』というのが今回俺が協力した条件の筈だ」

「あ、そろそろ時間だから帰らないと」

「おいおいおいおいおいおいおい」

 愛親は寝そべりながら藤咲の袴をグイッと引っ張った。

「時間なのは本当。離して。袴が脱げる」

「脱げば良いだろう。何なら全部脱がしてやろうか」

「触らないで汚らしい」

「約束を破る奴の方がよっぽど汚い」

「いいから離して。妖怪についてはまた今度教える」

「じゃあ一つだけ教えろ」


 そう言って愛親は立ち上がった。

「俺と麗麗が菊一を巡った時、不思議に思っていた事がある。それはどうしてマシラの妖力しか辿れなかったのかという事だ。麗麗の探知能力があれば、もっと多くの妖怪が引っ掛かっても……」

「居ないの」

 愛親の言葉を遮った藤咲の声は硬かった。

「居ない? どういう事だ? その、最近菊一では妖怪の被害が増えてるんじゃないのか」

 藤咲は俯いたまま暫く黙っていたが、独り言のように話し始めた。

「三年前から妖怪の被害が増えているのは確か。でも菊一の中で一度に現れる妖怪は決まって一匹。その一匹が暴れているうちは絶対に他の妖怪の被害は起こらない。でもその妖怪が討伐されると、待っていたかのように別の一体が現れる。その繰り返し。まるで……」

 そこまで言って藤咲は愛親を見つめた。

「まるで、何かに操られているかのように」

 窓から入ってくる光で眼鏡が光り、彼女の目色を隠している。

「それが、百鬼会の仕業だという事か?」

 藤咲はそれに答えず愛親に背を向けた。

「マシラが倒された事でまた新たな妖怪が動き始める。貴方も用心した方が良い」

 遠ざかって行く藤咲の背中を見つめながら、愛親の胸にある種の不安が芽吹いていた。妖怪の数を管理しているというのは、百鬼会が何かを企み、試しているという事に他ならない。

 では何のために? 連中はこの菊一で何を起こす気なのか?

 もしかすると、これから菊一で流れる血はこれまでの比にならない程増えるのではないか。


 そんな考えを巡らしながら愛親は座り込み、湯呑みに残った茶を一気に飲み干した。

 窓から差し込む初夏の木漏れ日が揺れ、愛親の足元を照らしている。

次章は辻斬りの話です。

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