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七の二

 四人の中で急激に緊張が膨らんだ。

 俄かに有明行燈が明滅し始める。明るかった居間にじわり闇がにじり寄る。外は不気味に静かで、風の音どころか虫の声すら聞こえない。

 水を打ったような静寂の中、ガタン、と何かが倒れる音がした。

「ひっ」

 堪らず桐が短い悲鳴を上げる。

「扉を閉めて!」

 藤咲は慌ただしく立ち上がり、四方に繋がる扉を引っ叩くように閉めて回る。次に懐からお札を取り出し、捲し立てるような声で呪文を唱え始めた。

「守り給え!」

 藤咲の言葉と同時にお札がまるで破裂したように散開し、四方の、いや床と天井を含む六方に次々と貼り付いた。

「長くは持たない」

 藤咲は腰の刀を抜き払い、愛親に背を向け立つ。うなじに一筋汗が流れている。


「桐、麗麗、俺の側から離れるな」

 愛親は片膝立ちとなり、先ほど渡された塞魔刀を抜いた。愛親は妖力を感じる事は出来ないが、無数の細い針で刺されるような殺気がぶち当たってくる。正面で感じたと思えば右、後ろ、ぐるり回って天井、あたかも数十匹もの妖怪に包囲されているかのような錯覚に囚われる。


「出て来い!」

 愛親の気迫が静まった家で破裂する。そのすぐ後、まるで呼応するように狂気的な笑い声が轟いた。四人のうち誰のものでもない。低い、濁った男の高笑いだ。それが幾重にも幾重にも重なり、至る所から響いてくる。

 桐も麗麗も、既に正気を失いかけている。耳を塞ぎ、必死に音を遮断しようと泣き叫んでいる。

 愛親も多少の動揺はあるが、それよりも妖怪に対するを殺意に漲っている。

(ここで殺せば全て片が付く)

「野郎が余裕こいてる今のうちに打って出る」

 親は正面の襖にじわりじわり、にじり寄って行く。今にも暴発しそうな力を四肢に充満させ、握る刀は愛親の殺気を吸って鋭く閃く。

「止めろ常盤! 今は少女を守ることに集中するべき!」

「ここにいても何れ入られるのだから同じだろう!」

「馬鹿! それが妖怪の狙いよ、よく考えなさい!」

 愛親は歯噛みをした。藤咲の言っている事は正しい。今まで狡猾に妖怪改方の捜査を逃げ延びてきたこの妖怪が策も無く、護衛のいる部屋に突っ込んでくる筈が無い。

 どん、どん、と壁を叩く音が笑い声に混じって響き始めた。叩かれる度に襖は内側にしなり、壁は軋んでヒビが入る。

 音が大きくなる。まるで雨が地面を叩くが如く、四方から殴打が響く。

 桐、麗麗の悲鳴と合わさって、それはまるで地獄の底から響いてくる音のようで、愛親や藤咲の正気さえ奪ってしまいそうな狂気で膨張していく。

 愛親はグッと刀を握る手に力を込めた。

「常盤! 来るぞ!」

「分かっている!」


 静寂。

 殺気が、急に感じられなくなった。肌を覆っていた針に刺されるような感覚はいつの間にか消えている。

 ついさっきまであれほど響いていた暴力的な音がピタリ止まり、外から徐々に虫の声が染み渡り始めた。

「麗麗、妖怪は? まだ居るか?」

 愛親はしゃがみ込み、桐と抱き合い震えている麗麗に目を合わせた。彼女の目には涙が溜まり、すっかり耳も尻尾もしょげてしまっている。麗麗は小さく首を振った。

「もう、居ない」

「そうか。怖い思いをさせて悪かった」

 愛親は麗麗の頭を優しく撫でると立ち上がった。

「藤咲、野郎は何故引いたと思う?」

「やはり部が悪いと思ったか、あるいはーー」

 藤咲は顎に手を当て、少し間を置いてから言った。

「最初から襲うつもりは無かった、とか。その場合髪の毛と同じで私達を脅し、挑発するのが目的だと思う」

「くそっ」


 愛親の顔がみるみる険しくなっていく。腹立たしくもあったが、それ以上に怖い思いをさせてしまった桐と麗麗に申し訳なく思った。早く打ち倒したい。妖怪を殺して、桐に日常を取り戻してやりたい。

 その時、ふと正面の襖に違和感を覚える。襖の間に何かが刺さっている。

 愛親が少しづつ近づいていき、確かめるとそれは書状のようなものである事が分かった。嫌な気配が再び充満し始める。

 愛親が振り返ると、藤咲は無言で小さく頷いた。愛親は書状を取り、開いた。その顔が強ばる。

「何か書かれていたのか」

 愛親は答えなかった。いや、答えられなかった。この内容を決して桐に知らせてはならぬと思ったからだ。

 愛親の開いた書状にはたっぷり滴る血でこう書かれていた。

 [五日後]



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