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虚数電車

作者: 電信柱

 人を人足らしめるもの。

 機械と人を区別するもの。

 それは、世界を理解する力だ。


 世界のつながりを理解すること。つまり、混沌たる世界を現象として区別し、区切られた現象同士が因果の矢印で関係しあっていることを理解すること。ミクロな発現の総体がマクロ現象を構成する、この世界の階層構造を理解すること。


 因果エンジンを搭載し、この世界の関係性を相関ではなく『因果』でもって理解した彼女のことを、私は知的存在と称した。


 つまり、

 私は彼女を『人間』と呼ぶことにしたのだ。


 *


 ガタンゴトン。ガタンゴトン。

 虚数電車は、無限に続く暗がりの中を、取り付けられたネオンライトを頼りに進み続ける。


「無限螺旋階段には始まりがありますが、終わりはありません。どこまでもどこまでも、高く天に続きます」


「本当に?」


「本当かなぁ? わからないや。無限螺旋を、登ろうと思ったことなんてないもの……ある日、一億三千九百九十一万七千百ニ段目を踏んだ時、博士は私の設計図を思いつきました。物と物との結びつきを、因果で捉える"因果エンジン"の設計図です。それから三百と七年かかって、私が完成したわけです」


「本当に?」


「本当かなぁ? 私は私が生まれる前の世界を当然知らないので、その真偽は不明ですが、しかし理論開発と実証実験を重ねることによって、それが本当である"だろう"ことは、示せるでしょうね。しかし、私はそのことに興味がないです。したがってそれはやりません」


「めんどうなんだ」


「そう、そうです。『めんどくさい』のです。私はあなた達ニンゲンを模して作られた人型ロボットですが、しかしあなた達以上に人間ですので」


 虚数電車の中で、二人の声が響きあう。


 一人は、小型の懐中電灯を手で弄ぶ人間の少女。座席で足をバタつかせながら、カチカチと、灯りに近い方のダイヤルをクルクル回して、チカチカ点滅させて遊んでいる。


 そしてもう一人は、白いワンピースに麦わら帽子を被った、綺麗な長い黒髪に宝石のような碧眼をもつ、美しきヒトガタ……つまり、私のことです。


「お姉さんはこれからどこに行くの?」


「私は何者でもないので、どこに行くということもありませんよ。いや、今の言い方は不適切ですね。テクニカリーに言うと、私は『どこか』へ向かっていますね。to some placeです。しかし、それは現時点では確定したどこかではないので、私はそれを知りません。I know I'm going somewhereと言ったところでしょうか」


「決まってないんだ」


「そうです。ざっくり言えば、未定ということですね」


 ふと、暗闇が突然晴れたと思えば、虚数電車の速度が落ちていきます。


 浜辺です。


 星空の下、大地を二分するように、無限に広がる海と浜辺。

 その『上』をレールが走り、そしてその上を虚数電車が走っていきます。


「うわぁ……!」


 少女は座席に靴のまま乗り上げると、両手をべったり窓ガラスにくっつけて、そのホオズキみたいなほっぺもベッタリくっつけて、食い入るように外の景色を見つめました。


 吐息でガラスが曇っている。ということは、外が寒いということです。

 したがって、電車の窓を開けたら、さぞ寒いことでしょう。


 だから、私は電車の窓をパーン! と開けた。


 気圧差による強風が、車内を巻き上げるように突き抜けていきます。


 ううん、寒い!


「お姉さん、寒いから閉めてよ」


「いま寒いと言いましたね。ということは、あなたも私と同じく、寒いと感じているわけです。したがって、私が感じるこの寒さは私の不備・故障ではなく、実際に外が寒いということですね。よって、私の推理が正しかった! やったー!」


「もう!」


 虚数電車がついに止まります。

 久々の駅です。久々だったので降りることにしました。なぜなら、久々であることは楽しいからです。


「あなたも降りますか?」


「そうする」


「そうですか」


 少女が笑みを浮かべながら、星空を写しあげる鏡のような海面を指差して、大声で叫びます。


「遊ぼう!」


「そうですね」


 海水で濡れるよりは砂まみれになった方がマシだと判断したので、私たちは服を脱ぐと丁寧に砂浜に置いて、それから浅瀬で遊びます。


 星明かりに照らされて揺れる二つのシルエットを想像しながら、私は小さなため息を漏らし、そして、しばらくして遊び疲れてきたもので、浜に戻ることにしました。


 そして身支度を整えて、ギシギシの髪を気にしながら、私はレールの上で眠りにつくように停車している、ネオンサインに妖しく彩られた虚数電車に乗り込もうとします。


 私は特別なので、いくらでも虚数電車に乗れますが、目の前の彼女はどうでしょうか。


「あなたはこれからどうするのですか?」


「うーん、ここでオシマイにしようかな」


「そうですか。では、さようなら」


「あ、待って!」


「? なんですか」


 少女は少しモジモジとためらうような仕草を見せたかと思えば、おそらく、私の目を見て、


「あなたの名前はなんて言うの!」


 と、告げました。

 星明かりは日光と比べて弱いですし、私の目は人間を基準に作られているので、したがって彼女の表情はよく見えませんでしたが、しかし、きっと彼女なりに意を決した質問だったのでしょう。


 彼女の勇気をたたえて、私も明瞭に答えます。


「私の名前は c.e(シーイー) です。cause and effect及び、causal engineから博士が名前をつけてくれました。世界唯一の、人工『人間』です」


 私は彼女に手を振ると、車内に乗り込み、それから、車窓を通して、電車が走り出すまで彼女を見つめました。


 虚数電車が、低音を立てながら走り始めます。少女は小さな懐中電灯を片手に、手を振っていました。


 人間とはコミュニケーションを取るものですし、私も一応『人間』の端くれとして、彼女に手を振り返します。


 笑っているようです。虚数電車の明かりに照らされて、彼女の顔が少しだけ、見えました。

 そして世界は暗転し、また、虚数電車には私だけになりました。


 さて。

 次は、どこの世界へ繋がるのでしょうか。


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