5.魔法剣士の自己紹介
コンコン、と控えめな音が部屋に響いた。
「入りなさい」
失礼します、と鈴が鳴るような高い声が部屋に響く。
扉から顔を覗かせたのは、先ほどまで一緒にいた少女だった。男に乱暴に汚いローブを被せられ、煤汚れていた顔はすっかり貴族の令嬢らしく綺麗なものになっていた。プラチナブロンドの長髪は、室内灯に反射し輝いていた。
「お父さま、わたくしもアルノルトさまとお話ししてもいいでしょうか?」
「もう遅いから、少しだけになさい」
父親の言葉に、顔全体にぱっと笑顔が広がった。その表情は、年相応な表情で、素直に可愛らしかった。
「……アルノルトくん、先程の件なるべく良い条件で検討しよう。詳細は、君のお父上へ連絡する」
「ありがとうございます」
ベヒトルスハイム卿は、そう言うとソファから腰を上げた。
「私は、今回の件の後始末をしてくる。リリィ、アルノルトくんを遅くならないうちに客間へ案内してあげるんだよ」
まだ扉の近くに立ったままの少女を一度抱き締めると、卿は部屋を後にした。父親が部屋を出るまで見送ると、少女は僕の近くへ寄った。
「アルノルトさま、おとなりに座っていいですか?」
「もちろんです。リリア嬢」
ソファの端に移動すると、隣には小さな女の子が座った。
「あらためまして、リリアーヌ・ベヒトルスハイムです。本日は助けていただき、ありがとうございました」
綺麗な所作で頭を下げた少女は、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。その姿は、幼くとも高貴な貴族の令嬢そのものだった。
「きちんとした自己紹介はまだだったね。アルノルト・エーベルハルト、東の国境沿いにあるエーベルハイトの町治める子爵家の三男です」
「ぶしつけですが、アルノルトさまはおいくつでしょうか?」
くりっとした2つのエメラルドグリーンの瞳が、興味深そうに見上げてくる。本来なら、侯爵家のご令嬢に様づけで呼ばれるような立場ではないんだけれど、……この少女はずいぶんと自分に気に入っているらしい。
「今年で13歳。三男だけれど、特級の特殊能力を持っているから、今年から王立学園の中等部へ通っている」
「本当ですか! わたくしも、来年から王立学園の初等部へ通うことが決まっているんです」
来年から初等部ということは、今年6歳になる歳だ。初めて彼女に出会った時、男に拐われながらも気丈に振る舞う姿はずいぶんと年不相応に感じたが、この部屋でニコニコと笑う姿はまるで別人のようだ。アルノルトさまがいらっしゃるならとても楽しみです、とニコニコと破顔する表情は6歳の無垢な少女そのもので、あの時の彼女が大人にならざるを得ない環境に置かれていたことがとても悲しかった。
「学園の生活は、楽しいですか?」
「うん。僕は初等部は地方の学校へ通っていたんだけど、王都の学園は特殊能力を持った人も多いから、話が合う人が多いよ」
地方では珍しがられる特殊能力も、王都へ来ると珍しいものではないようで、やっかまれることもなく、話の合う友人たちに出会うこともできた。さすがに超特級の特殊能力を持った人にはまだ会ったことがないけれど、
「リリア嬢も、気の合う友人に出会えるといいね」
「はい。とても楽しみです」
メイドが部屋に入ってきて、新しく用意してくれた紅茶を口に運びながら、そうして他愛のない話を続けた。
遅くならないようにと言われたものの、彼女は淹れてもらった紅茶が冷めるまで、学園の話や僕の生まれの話を興味深く聞いていて、結局、僕たちはベヒトルスハイム家の執事に、声をかけられてから、書斎を後にした。
「わたくし、力のこともあって家族以外とこうしてたくさんお話しすることもなくて、……今日はとても楽しかったです」
「来年からは、学園でたくさん友達ができるよ」
客間の前まで案内してくれた彼女は、どこかまだ話し足りなそうにそう切り出した。寂しそうに呟く彼女を少しでも安心させたくて、今日何度かそうしたように腰を落として目線を合わせると、その掌をぎゅっと握った。
――大丈夫、世界は広くて、君の味方はいっぱいいるよ。
「あのっ、また今度お手紙を出してもいいですか?」
不安そうに瞳を揺らした彼女に、なるべく優しく、ゆっくりと言葉を返した。
「もちろん、僕でよければ喜んで」
その返事にやっと安心したように笑って、彼女はおやすみなさい、と手を振り、自室へと帰っていった。
それが笑顔がとっても魅力的な、ひとりの少女と僕が出会った1日だった。