1.少女と魔法剣士の出会い
「暴れるなよ。商品価値が下がる」
背後に改めて突きつけられた鈍色に光る刃物に、静かに息をのんだ。
◇ ◇ ◇
日曜の午後、王立図書館からの帰り道。馬車の外がざわめき、次いで聞こえる剣のぶつかる音。非日常と思える光景だが、三度目ともなれば、多少は慣れが生じてくる。隣国との戦争、国内の継承権争い。平和が揺らげば、権力者の身内が少なからず危険へと晒されるのは世の常だ。
強引にこじ開けられた馬車の扉。抵抗する間もなく、口を塞がれ、手足を拘束された。乱暴に誘拐犯の馬車へと押し込まれ、何時間が経っただろうか。此処がどこかも分からず、もう逃げることは絶望的だ。
「降りろ」
服の上から粗末なローブをかけられ、縛られた手首とこの場にそぐわないドレスが隠れると、馬車から無理矢理下ろされた。
ーーしずかに、お父さまの助けを待つ。
父から散々聞かされた言葉を繰り返し反芻しながら、背後の人物を刺激しないように意識した。そうでもしないと、悲鳴をあげて走り出してしまいそうだった。学園にすらまだ通っておらず、世界のほとんどが自分の家だけである6歳の少女にとって、そうして大好きな父の言葉を繰り返すことが精一杯の虚勢だった。
「暴れるなよ。商品価値が下がる」
背後に突きつけられた刃の気配を感じて、恐怖から漏れそうになった声も、口に咬まされた猿轡が吸収する。
ーーああ、神様どうして私は今このような目に遭っているのでしょう。リリィは、お父様の言いつけは守っています。お母様のお手伝いだってしております。お兄様の言うことは、……たまに聞かないけど。でもたまにです。いい子にしているのに、なぜ何度も何度もこのような目に遭うのでしょうか。
じわりと、視界が歪み、ついに涙腺が決壊した。いけない、思い通りにならない、人質が無事でいられる保証などないとお父様には何度も言われた。泣いたって何の解決にすらならないのは、とっくに理解している。犯人にバレる前に、何としてでも涙を止めろ。
「っ!」
「走れ!前だけ見て進むんだ!」
突然受けた強い衝撃に、泣いていることがばれて、ついに刺されたのかと一瞬身体がすくんだ。しかし、衝撃を受けたのは、刃が押し当てられた背中ではなく、拘束された自分の二の腕。見上げると、犯人より幾分か小さい影が掴んで走り出したところだった。引っ張られるように何とか転ばずについていくのが精一杯。
「君は誘拐された、で、合っている?」
追え、と後ろから上がる野太い声に、すくみ上がりながら、救い出してくれた、まだ少年と呼べる彼に頷いた。抑えられていたため、声こそ出なかったが、助けて、と、確かにその時私は言った。
「大丈夫。助けるよ」
そう微笑んでくれた彼の顔を、私は一生忘れない。