第70話 混沌の指輪
「ご紹介しましょう。今日からわたしたちのカワイイ妹になる――――ネネルです」
ルシルが俺たちの前に連れてきた少女の姿に、隣でシャルが息をのんでいる。
「なーんだ。アルフレッドさんは驚かないんですね」
「……驚いてないわけじゃない。ただ、こうなることは覚悟してた。それだけだ」
「つまらないですねぇ。シャルロットさんみたいに驚いてくれれば可愛げもあるのに」
人を手玉にとったような顔に今すぐ弾丸をねじ込んでやりたいが、手負いとはいえそれが容易い相手ではないことは身に染みている。
「……………………」
ネネルは無言を貫いている。だがその小さな体を覆っているのは……。
「瘴気……? どうしてネネルちゃんから、瘴気が……」
「言ったでしょう? この子は、わたしたちの妹になるんです。家族としてお母様――夜の魔女からの祝福を授かるのは当然のこと」
かつてこの世界を混沌に包み込んだ存在。レイユエール王国の初代国王や聖女クローディアをはじめとする『第五属性』の魔力を持つ者たちによって打倒されたはずの存在。
「はっ。なァにが祝福よ。夜の魔女なんて大昔に倒された存在でしょう」
「あはっ。天下無敵の第一王女様も、動揺してらっしゃるようですね」
「言ってくれるじゃない……このクソ女」
ルチ姉が動揺しているのも無理はない。俺だって似たようなもんだ。
シャルから報告を聞いた時から今も尚、ルシルの言葉を信じ切れていない。
「人間や聖女如きに、愛しいお母様が倒せるわけないでしょう?」
「永劫。永久。そこに在り続ける者。それが夜の魔女。喜べ。我らが母は永遠にして不滅の存在だ」
倒しても死なない? つまり不死身ってことか?
「お母様の力は圧倒的でした。敗北などありえない。それほどまでに、アナタたちのご先祖様とは力の差があった……ですが、ええ、認めましょう。お母様はかつて敗北を喫した。死ぬことはない。消えることはなくとも、死と見紛うほどに衰弱したことは紛れもない事実」
ルシルはくるりと廻る。ステップを踏んで、華麗に踊るように。
「お母様は賞賛しておりましたよ。アナタたち人間が持つ――――心の力を」
心。それはルシル自信も称賛していたものだ。
たとえ歪んでいたとしても。あいつは人間が持つ心の力を肯定していた。
……それが、夜の魔女に由来するものだったのか。
「圧倒的な力の差を埋めたのは人間が持つ心の力。彼らの諦めない心が奇跡を生んだ。……それが、偉大なるお母様に唯一足りないもの。欠けていたもの。ですから、お母様は欲したのです。人間が持つ心の力を。そのために、わたしたちは力を授かった」
ルシルは独り、踊り続ける。己が愛しさの全てを捧げるように。
「喜び。怒り。哀しみ。楽しみ。憎しみ。愛しみ。人間が持つ六つの感情を司る子供となり、お母様の欠落を埋める存在となった。わたしたちが、お母様を完璧なる存在へと押し上げる」
愛しき神へと祈りを捧げるような舞踏を終え、ルシルは優雅にカーテシーを披露する。
「では、あらためましてご挨拶を。わたしはお母様より祝福を授かりし『六情の子供』。愛しみを司る者、ルシルと申します」
六情の子供。夜の魔女から力を授かった者たち。人間が持つ心の力。感情を司る者。
それがルシルの正体。
……これで一つ、合点がいった。
シャルへの婚約破棄。レオ兄への取り入り方。度重なる言動。
ルシルの行動は全て、人の『愛』に関わるものばかりだった。『愛』こそが、奴の行動原理。
そういう存在なんだ。『六情の子供』とやらは。
「ロレッタお姉さまが司る感情は『喜び』。そしてこれよりネネルが司るのは――――『憎しみ』」
ルシルは背後から、ネネルの頬に指を這わせる。己の物だと主張しているのか。
「素質のある者にお母様の力を授けたとして、覚醒には強い感情が必要なんです。ですがもう、この子には十分に強い『憎しみ』が宿っている。……感謝しますよ、この子を見つけてくれて」
「ネネルちゃんを利用して……いえ。『土地神』の汚染も、彼女の両親のことも、最初から全て仕組んでいたんですか!」
「まさか。『土地神』の汚染は意図的に行ったものですが、ネネルの両親が死んだのはただの偶然に過ぎません。ネネルが『六情の子供』になれる素質があると知ったのは後ですし。……残念でしょうけど、そんな都合の良い仇なんていないんですよ。今回に関しては。わたしはただ、そのへんに転がっていた悲劇を利用しただけ」
「…………っ……!」
「あとはどうやって、彼女の家族への愛を利用して憎しみを育み、力を高めていくかが課題でしたが……お優しいアナタたちのおかげで全てが上手くいきました。ありがとうございます」
ルシルはネネルを一瞥すると、満足げに頷いた。
「さて。そろそろお母様の祝福が身体に馴染んだ頃でしょうか」
あいつの目論見通り、ネネルを纏う瘴気が一気に膨れ上がった。
「最後の仕上げですよ、ネネル。『土地神』を殺しなさい。復讐を成し遂げるその瞬間こそ、アナタの憎しみは頂点に達する。その強い憎しみを以て、我らの家族になりなさい」
ネネルは促されるまま、俺たちの前に敵として立ちはだかる。
「……ルチ姉。怪我してるとこ悪いけど、ロレッタの方は頼めるか」
「元からそのつもりよ。むしろアンタの方こそ、やれるの?」
「要らない心配だな」
「あっそ。じゃあ、そっちは任せてあげる」
ルチ姉はロレッタと視線を交えると、それだけで意志を通じ合わせたらしい。
互いから目を逸らさず、俺たちから離れていく。
「……シャル。お前は」
「私は……ルシルさんを抑えます。それぐらいなら、私にも……」
「浄化で魔力も体力も消耗してるだろ。ここは退いて……」
「やらせてください。ルシルさんが話している間に魔力も少しは回復しましたし……また見ているだけなんて嫌なんです」
どうやらシャルに退く気はないらしい。眼には強い意志が宿っており、説得するには骨が折れそうだ。そんな時間もない。
「……分かった。頼んだぞ」
「ありがとうございます」
俺が頷くと、シャルは預けていた『昇華』の魔指輪を俺に手渡した。
「ネネルちゃんのこと、お願いします」
「ああ。任せろ」
最後にそれだけ言葉を交え、シャルは剣を構えてルシルへと向かった。
俺は視線で『影』の者たちに合図を送り、騎士と共にシャルの援護に回らせる。
「……あいつの妹になるんだって?」
「……別に。どうでもいいよ、家族とか」
ネネルが見ているのは俺ではない。浄化を終え、美しき輝きを取り戻した『土地神』。
「あたしの家族は、お父さんとお母さんの二人だけ。そして今のあたしがやるべきことは……」
ネネルの身体の瘴気がざわめく。
「お父さんとお母さんを殺した『土地神』を殺すこと」
「それがお前の選択か」
「…………そうだよ。これがあたしの選んだ答え」
その瞳に宿るものは憎しみの炎。力強く、荒々しく、自分でも止めようのないもの。
「やっぱり許せないよ。いくら暴走してたとしても、意志が無かったとしても。この『土地神』はお父さんとお母さんを殺した。こいつが殺した。あたしから家族を奪った。だから嫌い。『土地神』なんて大嫌い! どんな手を使ってでも、どれだけ手を汚しても殺してやる!」
漆黒の力は獣の慟哭の如き音を奏で、遺跡の中に響き渡る。
「退いてよ、アルフレッド。あたしの復讐の邪魔をしないで」
「生憎と、お前の復讐の邪魔するのが俺の公務だ」
「だったら、あんたを倒してでもこの道を進む」
ネネルの右手には原典魔法を制御するための魔指輪と、もう一つ。
見たことのない漆黒の魔指輪。アレは……。先ほどモーガンが使用していた魔指輪に似ている。
「貪り尽くせ――――『黒狼群』!」
漆黒の瘴気を纏いて現れたのは、グリフォンの翼と蛇の尾を持った巨大な闇色の狼。
「『禁呪魔指輪』? いや、違う……」
この感覚はどちらかというと……。
「『王衣指輪』か!」
「違うよ」
俺が抱いた感覚を証明するかのように、グリフォンの翼と蛇の尾を持った闇色の狼は波動と共に遠吠えをあげると、瘴気から無数の黒狼が現れネネルへと集約されていく。
「これは『混沌指輪』。悪魔を使役するための力」
なぜルシルがレオ兄から魔指輪を奪ったのか。その謎が解けた。
『王衣指輪』に匹敵する、独自の魔指輪を創るために……!
「この力で、あんたを超える」




