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第41話 王宮殺人クッキー事件

お待たせしました!

第二章開始となります!

「マキナ! おい、しっかりしろ! マキナ!」


 いつもはちょっかいを出してくるぐらいには元気で明るいメイドの少女が、今は俺の腕の中で憔悴しきっている。


「アル……さま…………」


「何があった、誰にやられたんだ!?」


「…………っ……」


 マキナは最後の力を振り絞るかのように、指である場所を指し示す。

 彼女の指先に在るのは、床に落ちて割れてしまったのであろう、散乱したティーカップの破片。元は中に紅茶が注がれていたのだろうか。仄かに上品な香りが漂っている。


「どういうことだ!? 紅茶がどうかしたのか!?」


「逃げ…………て……」


 それだけを言い残し、マキナは息を引き取るかのように静かに瞼を閉じた。ぱたり、と力なく手が床に落ちた。……息はある。死んではいない。ただ意識を失っただけだ。


「そんな……マキナさんが……!?」


 衝撃を受けている金色髪の少女はシャルロット・メルセンヌ。

 メルセンヌ公爵家の令嬢にして、このレイユエール王国第三王子である俺の婚約者である。


「マキ……ナ…………」


 マキナは俺の右腕だ。幼少の頃から行動を共にし、俺の為に尽力してきた少女でもある。実力はよく知ってるし、信頼もしている。だからこそ、そんなマキナが成す術もなく倒されたという事実に動揺を隠せない。


「一体、何が起きたんだ……!?」


     ☆


 俺とレオ兄の御前試合から一ヶ月ほどの時が過ぎた。

 婚約破棄をきっかけとする決闘。そしてその最中に起きた、王都襲撃事件。

 人々の尽力のかいあって今では王都の復興もかなり進んでいる。事件の爪痕はまだ残りつつも、民は平穏な暮らしを取り戻していた。


 シャルにかけられた嫌疑が全てルシルという謎の少女の仕業であると分かり、周囲の目も少しずつ変わりつつある。


「シャルが望むなら、そろそろ学園に復帰できるかもしれないな」


 俺とシャル以外誰も居ない王宮図書室。

 テーブルの上に積み上げられた無数とも呼べる量の書物に囲まれながら、俺は婚約者に向かって何気ないていを装いながら話をふってみた。


 元々シャルはレオ兄……第一王子の婚約者だった。

 しかし、ルシルという謎の少女に陥れられたことと、レオ兄自身の暴走をきっかけに婚約破棄。その後、俺の婚約者となった。


 それによって俺とシャルは学園を一時休学。

 風評に晒されることを防ぐためであり、余計なトラブルを未然に防止するという目的もあった。だが、全てが明るみになって無実が証明された今なら、学園に復帰できるかもしれない。


 ……が、俺は別にそれを強制しようとは思わない。むしろまだ休んでいてもいいとさえ思っている。シャルにとってあの婚約破棄は悪夢以外の何物でもなく、心に傷を負った出来事でもある。


 学園を辞めるという選択肢もあるが、体裁が悪いという面があるのは否定できない。

 だからこそまずはシャル自身の意志を確認する必要がある。学園に対して拒否反応を示すのであれば、見送ってもいいし。


 俺個人としては、まだ時期尚早だとは思ってるけどな。

 シャルが無実だと判明したとはいえ、復学すれば腫物扱いは変わらないだろう。色々なことが水に流れるには、まだ少しの時間がかかると踏んでいる。


「そうですね。自習もいいですが、学園は様々な教師から学びを得られる貴重な機会でもありますし」


 こっちが拍子抜けしてしまうほど、シャルはアッサリと復帰の意志を示した。


「どうかしましたか?」


「あ、いや……学園に戻るのに少しぐらいは抵抗感があるもんだと思ってたから」


「まったく不安がないと言えば嘘になりますが、いつまでもこのままでいるわけにもいきません。アルくんがレオル様と向き合ったように、私も逃げずに向き合おうと思います。それに……」


 本をパタン、と閉じて。

 シャルは窓の隙間から入ってくる風に、長い金色の髪を揺らしながらにこやかに微笑んだ。


「……アルくんが一緒ですから」


 たまに、シャルのことをずるいと感じてしまう時がある。たとえばどんな時かと言われると、今みたいな時だ。

 惚れた弱みというやつなのだろうか。この真っすぐで純粋な意思を向けられると、どうにも甘くなってしまう。


「……俺はまだ復学するとは言ってないぞ」


「じゃあ、お願いします。一緒に復学してください。アルくんがいないと寂しいです」


「……婚約者を差し置いて、俺だけ悠々自適の王宮暮らしってのもダセェしな」


 やられっぱなしなのが悔しくて、ちょっといじわるを言ってみたものの、逆にカウンターをくらってしまったような気分だ。


「では、アルくんも復学するということで……」


 にこやかな笑顔のまま、シャルは積み重なった分厚い書物をテーブルの上に追加してきた。


「お勉強を頑張りましょうねっ! 学園の授業は随分先に進んでいるでしょうしっ!」


「待てシャル。いくら何でもこれは過剰な気が……」


「予習は大切ですよ? 今の内から進めておけば、授業についていくのも楽になるはずですし」


「で、でも、この量は流石に……」


「大丈夫です! 大抵のことは、気合と根性があれば何とかなりますからっ!」


「…………………………………………はい」


 そんなシャルのスパルタ勉強会を終えた後。

 酷使された脳の休憩がてら甘いものを求め、部屋に戻った時のことだった――――倒れたマキナを発見したのは。


 意識を失ったマキナをベッドまで運び、ひとまず寝かせておく。

 果たして、いつ目が覚めるのだろうか……。


「見たところ外傷はありませんね……ただ意識を失っているだけのようです」


「そうか……ありがとな」


「いえ。それより、医務室に運んだ方がいいのでは?」


「……いや。医務室も安全かどうかは分からない」


 マキナが最後に言い残した言葉は「逃げて」だ。

 つまり、敵はこの王宮内にいるということになる。移動中を狙われればひとたまりもない。


「シャル。ここでマキナを護っててくれるか」


「アルくんはどうするんですか?」


「ここでじっとしていても事態は進展しないからな。敵を探す」


「…………分かりました。マキナさんのことは、私に任せてください」


「頼んだぞ。……けど、油断はするな。相手はマキナを倒したほどの実力者だ」


「はい。アルくんもお気をつけて」


「……何かあったら、すぐに駆け付ける」


 約束を結び、俺は周囲を伺いながら慎重に部屋を出た。

 今のところ敵らしき気配は感じられない。


「まずは『影』を使って探るか」


 王宮の中に紛れ込んだ敵を俺一人で探し出すのは骨だ。手っ取り早く『数』を使って捜索するのが一番早い。

 そしてこの『影』とは、俺が独自にメンバーをスカウトして立ち上げた部隊である。

 マキナが右腕だとすれば、こいつらは頼れる手足のような存在だ。情報収集や護衛など、あらゆる任務をこなしてくれる。


(確か今の時間なら……だいたいあそこにいるはずだ)


 そうして、俺が向かったのは庭園の片隅にある地下空間だ。

 ここは俺が偶然見つけた秘密の隠れ家(アジト)のようなもので、『影』の面々を招集したり鍛錬場として使ったりと、色々と重宝している。

 今の時間なら、鍛錬を行っているやつらが集まってるはずなのだが……。


「…………ん?」


 どういうわけか明かりがついていない。それだけではなく、鍛錬をしている時に感じられる、刃を静かに研ぎ澄ませるような独特の気配も感じられなかった。サボるような奴らじゃないことは俺が一番よく分かっている。


「我が…………主、よ……」


 闇の底から這いずりだしてきた声。それは部下のものであることは間違いない。

 周囲の状況を確認すべく、俺は慌てて地下に備え付けられていた明かりを灯した。


「なっ…………!?」


 地下を明かりが満たした途端、目に飛び込んできたのは屍の山――――否。俺の部下である『影』たちが倒れ伏した姿だった。


 かろうじて意識を保っているのが、俺に声をかけてきた仮面の部下だ。それ以外のメンバーは全員が瞼を閉じてピクリともしていない。


 ――――全滅。


 そんな言葉が頭を過ぎる。


「しっかりしろ! 一体何があったんだ!?」


「申し訳……あり…………ま、せん……油断…………しました……」


 最後に言葉を残し、彼は意識を失った。


「…………っ……!?」


 あまりにも突然の出来事に思考が追い付かない。

 この狭い地下空間で、これだけの人数を一度に相手にして、なおかつ全員を無力化することが出来るほどの実力者。しかもその敵の正体を、俺は尻尾すら掴めていない。


 せめて何か手掛かりはないかと周囲に視線を巡らせるが、マキナの時のようにティーカップが落ちているわけでもないし……。


 ――――申し訳……あり…………ま、せん……油断…………しました……。


「油断、か……」


 敵は『影』やマキナが油断してしまう人物……つまり、味方だと思っていた人物ということになる。


「…………あまり考えたくはないが」


 裏切者の可能性。

 ないとは言い切れない。事実として油断による隙をついて仲間が倒れているのだから。


 味方側の人間。評判の悪い第三王子である俺の味方となると数は少ない。

 容疑者の一人として浮かび上がるのは、『彫金師』のエリーヌ。

 魔法を発動させるための指輪を作るエルフ族の女性だ。


 しかし、あいつは俺のことを嫌ってこそいるが、婚約者であるシャルのことは気に入っている。多少腹の立つ奴ではあるが、だからといって毒を盛るような真似をする奴とも思えない。


 ……頭の中で考えていても仕方がない。ひとまず俺は、エリーヌのいる工房を訪ねることにした。


「悪い、エリーヌを探してるんだけど…………っ……!?」


 工房に足を踏み入れた俺の目の前に広がっていたのは……意識を刈り取られた職人たちの姿。普段は『彫金師』たちで賑わっている工房が、死を彷彿とさせる静けさに満ちていた。


「まさか…………!」


 冷や汗が滲み出てきた俺は、最悪の予感を振り切るようにして工房の奥へと走る。

 されど、最悪の予感は見事に的中してしまった。


「くそっ! 遅かったか!」


 工房の奥で倒れていたのは、エルフ族の女性……彫金師のエリーヌ。

 王族嫌いの彼女は、顔を合わせるといつも一言二言は俺に対してちょっぴり棘のある態度をとってくるものだが、今はマキナや『影』の面々と同じように、物言えぬ状態となっている。


 表の職人たちと同じように、何らかの手段で意識を刈り取られてしまったのだろう。


「…………シャルが危ない!」


 予想外だった。まさかこれほどの被害をもたらすほどの敵だったとは。

 丁度近くに会った解毒用の魔指輪リングを引っ掴み、俺は部屋へと走る。

 無事でいてほしい。ただそれだけのことを願いながら――――。


「シャル!!」


 全力疾走して辿り着いた先の扉を叩きつけるように開く。


「アルくん?」


「無事だったか!」


「はい。こちらは何事もありませんでしたよ」


 部屋の中には穏やかな紅茶の香りが漂っている。

 新しく淹れ直したのだろうか。テーブルの上に置かれたティーカップの傍には、クッキーの入った小鉢があった。


「マキナさんのお見舞いに来てくださった方が、クッキーを差し入れてくださったんです」


「そうだったのか……何も無いなら、よかった」


 どうやら敵の魔の手はシャルには及んでいないらしい。それも時間の問題だ。何とかして対策を考えないと……とはいえ、敵の手がかりが全く掴めない。まるで霞でも相手にしているような気分だ。それでもどうにかしてシャルを護らないと……考えろ。今の俺には何が出来る?


「アルくん……?」


「…………っ……ぁ……な、なんだ?」



「少し顔色が悪いですよ?」


「…………っ……」


「焦るのも分かりますが、こんな状況だからこそ私たちが落ち着いて行動しないと」


「…………そうだな」


 守るつもりが守られてしまった。いや、守ると言うこと自体が傲慢だったのかもしれない。


「まずは一口どうですか。さっきまで勉強したり走り回ったりして、頭も体も疲れているはずです。いざという時に倒れては元も子もありませんし、今のうちに休息をとってください。周囲の警戒なら私が代わりますから」


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。肝心な時に倒れたらすべてが台無しになるからな」


 まったりとするわけにはいかないが、軽い食事をとっておくことは必要だろう。

 自分でも気づかないうちに緊張感からくる疲労が身体を蝕んでいたようだ。疲れを自覚した俺は、シャルが差し出したクッキーを一つまみして口へと運び――――


「――――がっ……げほっ……!?」


 クッキーを口にした瞬間訪れる、この不快感。口の中に入ったソレを身体が拒絶し、意識が徐々に遠のいていく……。


(まさ……か…………!?)


 身体の震えが止まらない。原因は間違いなくこのクッキーだ。

 毒を盛られた? だとすれば、このクッキーを差し出してきたシャルは……。


 ――――アル……さま…………逃げ…………て……。

 ――――申し訳……あり…………ま、せん……油断…………しました……。


 マキナが逃げろと言ったのは、俺の傍にシャルがいたから?

 『影』の面々が油断したのは、相手がシャルだったから?


「シャ……ル…………?」


 足から力が抜け、立つことすらままならない。

 ゴトン、と。全身が石像になったかのように硬直し、床に崩れ落ちた。

 そんな俺を、シャルは見下ろしていて……。


「あ、アルくん!? どうしたんですか!?」


 …………? 動揺してる?

 なんで……いや、そんなことは決まってる。

 シャルが犯人じゃなかったからだ。でも、それなら、このクッキーは……。


(…………っ……!? まさ……か……!)


 全身を襲う寒気。口の中に残る、辛さと苦さと甘さと酸っぱさがシェイクされたような、懐かしい味。


 そうか……そういう、ことか…………!


「この……クッ……キー…………は……」


「クッキーですか? これは――――」


「あんたのお姉さまが特別に作ってあげた、スペシャルシスタークッキーよ!」


 威風堂々と言わんばかりに現れたのは、一人の少女だった。

 腰までかかるほどの長い髪。細長い手足と凹凸のハッキリとした抜群のプロポーションを誇り、自信に満ち溢れた表情を浮かべている。


 レイユエール王国第一王女……ルーチェ・バーグ・レイユエール。

 俺の姉さんだ。


「ルチ姉……帰って……たの……か……?」


「カワイイ弟に会うためだもの。馬車を置き去りにして、稲妻のように帰って来たわ。電撃的でしょ?」


 電撃的に痺れているのはルチ姉のクッキーを食べた俺たちの身体だ。


「あんたもそろそろ、あたしの味が恋しくなる頃だと思ってねー。電撃的な速さでお姉さまの手作りクッキーをお届けに来たってわけ」


 どうりで懐かしい味がするかと思った……これは紛れもない、ルチ姉の手作りクッキーならぬ殺人クッキーの味だ。


「みんなシャイだから、あたしの手作りって言うと遠慮するでしょ? だからお店のクッキーって説明して配り回ってたの。味はトーゼン、お店のより美味しいわけだから、お得よね」


(そうか……マキナも、みんなも…………このクッキーに殺られたんだな……)


 マキナの傍にティーカップが落ちていたのは、クッキーに合う紅茶を淹れるためだったから。

 影の者が言い残した油断したというのは、ルチ姉がくれたクッキーを迂闊に食べてしまったから。

 エリーヌは……知らないまま食べてしまったのだろう。哀れなり。


 まあ……今更気づいたところで、もう遅いけどな……。


「あの、ルーチェ様。アルくんが急に倒れてしまって……」


「大丈夫よシャルちゃん。あまりの美味しさに悶絶してるのよ」


「なるほど!」


 なるほどじゃない。シャル。頼むから気づいてくれ。


「それにしても、驚いたわね……クッキーを配ってた時はみんな何ともなかったのに、いつの間にか倒れてるんだもの。電撃的に速く、敵の居場所を突き止めないといけないわね」


 敵はあんただよ!


 ――――俺が意識を保っていられたのは、ここまでだ。





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