第28話 訓練場で【★改稿済】
「――――ふっ……!」
剣を振る。刃が風を切る。握りしめた柄の感触は手に馴染んでいて、生活の場が変わっても愛用している木剣の感触は変わらない。
「……まだまだ、ですね」
シャルロットの脳裏に浮かぶイメージ。『ラグメント』と戦うアルフレッドの姿。
自分の体の動きはまるで追いついていない。
学園の寮を離れて王宮に住むようになってからも剣の鍛錬は欠かさず続けてきた。以前までは父に倣った『型』をひたすらなぞるだけだったが、ここ最近はアルフレッドの動きが頭の中から離れない。
「――――っ……」
再び息を吸って、吐いて。
頭の中に浮かぶアルフレッドの姿。それをイメージして……剣を振るう。
イメージの軌跡はシャルロットよりも速く、まるで追いつかない。
型通りの動きかと思えば、途端に型から外れた豪胆で荒々しい動きにもなる。これまでひたすら『型』通りの動きしかしてこなかったシャルロットではまるで追いつけなかった。
「ふぅ…………」
一通り剣を振って、休憩を挟む。
イメージは鮮烈に残っているのに追いつけない。それがたまらなくもどかしい。
特にここ数日はひたすらあのイメージを追い続け、どうすれば追いつけるのかを考える時間も増えた。
「……なんだか、アルくんのことばかり考えてる気がします」
御前試合まで残り数日。
数日後には遂にアルフレッドとレオルの戦いが始まってしまう。
そのアルフレッドは今、騎士団長との『打ち合わせ』に出席している。マキナは『影』としての任務があるらしくここにはいない。
「…………」
さあっ、と。訓練場に爽やかな風が吹き抜ける。
金色の髪が風邪に揺られて揺蕩い、時間が緩やかに流れていくような感覚を抱いた。
思えばアルフレッドの婚約者になってから、こんな時間はあまりなかった。二人の傍に居るといつも明るくて騒がしい。
そしてそれが、不思議と嫌じゃない。むしろ心地良いとさえ思える。
温かな安堵感。彼が背中を押してくれるからこそ、エリーヌを説得する時も心のままに自分の言葉を叫ぶことができた。こんなことは今までには考えられなかった。
第一王子の婚約者として正しく在らねばならない。心のままに叫ぶことなど許されないと自分を戒めて。
剣を振っていても何も感じなかった。ただ一心不乱に刃を振るい、『型』をなぞっていた。
思えばそれは、シャルロットの人生そのものだ。夢というものを胸に抱きながらも、盲目的に正しく在ればそれでいいと思っていた。それだけでいいと、思っていた。
(…………違う)
きっと自分は、大切な何かを見落としていたのだ。何も見えてはいなかった。その結果が――――婚約破棄だったのかもしれない。
さりとて、今更になって『型』を破ることが出来るのだろうか。夢はあっても、歩むべき道筋すら曖昧だというのに。
「…………っ……」
不安と疑念が胸にチクリと刺さり、アルフレッドの背中がどうにも遠く感じた。
それを振り払うかのように剣を振るう。イメージの中のアルフレッドを追いかける。
「――――随分と歪な剣だな」
敵意を剥き出しにしたような声。肌を刺すような視線。
訓練用の木剣を手にして佇んでいたのは、ドルド・グウェナエル。そして、フィルガ・ドマティス。あの婚約破棄された夜……レオルと共に、シャルロットを糾弾していた二人だ。
レオルの婚約者だった頃はたまに顔を合わせることもあり、言葉を交わしたこともある。少なくとも会えば挨拶の一つもしていたものだが、今は違う。以前まではあれほど自然に出てきた言葉が出てこない。
「……ご機嫌よう、ドルド・グウェナエルさん。フィルガ・ドマティスさん」
「フン……顔を合わせて不愉快なのは僕も同じだ」
「テメェが居ると知っていれば、気晴らしに剣を振りに来ようとも思わなかったぜ」
忌々しいという感情を隠そうともしない露骨な表情と声。
あの時、あの夜は余裕など存在しなかった。だが今は違う。今ならハッキリと分かる。この向けられている感情と向き合える。
この眼は。この向けられる感情は。シャルロットを敵と断じている。あるのは純然たる敵意と、ルシルという少女への想い。ただシャルロットを陥れるための策略や謀略などなく、シャルロットを悪と信じて疑っていない。
(そういえば今日、学園は休みでしたね。時折、騎士団の人と剣を交えているとは聞いていましたが……)
不思議と、頭の中がすっと冷えている。この敵意と冷静に向き合えているのはきっと、アルフレッドのおかげだ。
「……失礼します」
とはいえ、このまま顔を合わせ続けてもトラブルしか生まないだろう。
シャルロットは自分からこの場を去ることを選んだ。
「逃げるのか」
すれ違いざまのドルドの一言は明らかに挑発を孕んでいた。
ここでシャルロットが手を出せば、大義名分のもとに反撃が出来るといったところだろうか。元よりこのような安い挑発に乗るつもりはない。
「ルシルには散々嫌がらせをしたくせに、俺らにはしねぇのかよ」
「反撃の出来ないか弱い相手をいたぶるのは、さぞ気分が良かっただろうな」
そんなことをして気分が良くなるような人間ではないつもりだ。それでも、彼らはシャルロットのことを『そういう人間』だと思っているのだろう。別に言葉を交わしたことがないわけではない。多少なりとも交流があった上でそう認識されてしまうのは、やはり悲しい。
「俺たちにも同じことをしてみたらどうだ」
「あの時……ルシルにしたようにな」
二人の言葉に、歩む足が止まる。
(…………あの時?)
シャルロットは当然のことながら、ルシルという少女を迫害した覚えがない。
しかし思えば、おかしい。
――――とぼけるつもりか? 証言者もいるのだぞ?
証言者。レオルはそう言った。そして出てきたのがこの二人だ。
つまり、彼らはシャルロットがルシルを迫害したという確証を得ている。本人たちに陥れているつもりはない。策略を張り巡らせているわけでもない。
と、すれば。
「……私がルシルさんを迫害した。貴方たちは、その現場を目撃していたということですか?」
「今更しらばっくれてんじゃねぇ!」
フィルガの目に宿る怒りは本物だ。ドルドも同じく、確証のある怒りをぶつけてきている。
「俺たちは見たんだ! 交流パーティー前日の夜、お前がルシルの部屋の窓から出てくるところをな!」
「その後、ルシルの部屋から呪符が発見された……レオルが婚約破棄を決めるには十分すぎる理由だろう。これをどう言い逃れるつもりだ?」
シャルロットは勿論、ルシルの部屋には一歩たりとも入ったことがない。
だとすれば。彼らが見たという『シャルロット』は何者なのだろうか。
「それは本当に私だったのですか? 夜だったのであれば、視界も不明瞭だったはずです。私だと決めつける根拠は何ですか?」
「はっ……言い訳に必死だな。残念だが、月の光が貴様の姿を照らし出していたぞ」
「テメェの面は見間違えようもねぇよ」
どうやらこの二人は、『シャルロット』の姿を見ているらしい。
だが当然、シャルロットに覚えはない。そもそも交流パーティーの前日の夜は自室にいた。しかし、それはアリバイはないも同然だ。他の証言者が居るわけではない。
「それは私ではありません」
「ハッ、そんな見え見えの嘘に引っかかると思うか?」
「貴様が何を言おうとも、それは信じるに値しない」
二人の目を見れば分かる。
信じてもらえないのはやはりまだ慣れない。何度だって悲しい。
(……アルくんもこんな気持ちだったのでしょうか?)
黒い魔力を持ち『忌み子』と謳われてきたアルフレッドは、信じてもらえないことなど当たり前だったのかもしれない。
「信じてもらえないことは分かってます……それでも私は、信じてもらうまで諦めるつもりはありません」
瞬間。シャルロットの頬を木剣が掠めた。
木剣を持ったドルドは、殺気すら籠ったような眼で睨みつけてくる。
「貴様もアイツと同じ腰抜けか。大方、レオルに取り入ろうとしていたのだろう? それが阻止されれば今度は無能の第三王子か。権力に取り入るのだけは上手いらしい」
「あんな無能に縋るなんざ、王族なら誰でもいいらしいな? はっ。ある意味でお似合いだぜ。無能と腰抜けのカップルってわけだ」
「……私のことなら何を言われても構いません。でも、アルくんを悪く言うのはやめてください」
「なんだ。共犯者の心配か? 権力には随分と貪欲なようだ」
「あいつが周りの人間を使ってルシルをいじめてたんだろうが」
「違います! あれは私を守るための嘘で――――」
「貴様の言うことなど、信じるに値しないと言った!」
あの時、アルフレッドは自分が悪役を演じることでシャルロットを救い出した。
更に言えば今のシャルロットがどれだけ言葉を尽くしたところで、この二人は聞く耳を持たないだろう。
「……それでも、信じてください」
自分が信じてもらえないこと以上に、アルフレッドをろくに庇うことも出来ない自分の無力さが歯がゆかった。信じてください、と。そう訴えることしか出来ない自分が、あまりにも弱くて、情けなくて。
「――――シャル様」
無力な己を噛み締めているシャルロットに声をかけたのは、マキナだった。
「そろそろ鍛錬を終えられる頃だと思い、お迎えに上がりました」
そんな約束はしていない。恐らくはマキナが助け船を出してくれたのだろう。
「……分かりました。ありがとうございます」
ドルドとフィルガに背を向けて、シャルロットは自分の気持ちを抑えながら一歩ずつの歩みを進めていく。
「また逃げるのか! 腰抜けめ!」
「卑怯者が! テメェの悪事は、絶対に俺たちが暴いてやるからな!」
背中から聞こえる声は、シャルロットの姿がなくなるまで聞こえ続けた。
訓練場を出てすぐ。どうやらこれまでの会話は全て聞かれていたらしく、彼女は何も言わず抱きしめてくれた。
「えらいえらい、ですよ。シャル様。よく我慢しましたね」
「我慢というより……何も信じてもらえない自分が情けないです。アルくんの不利にならないように大人しくしていることぐらいしか出来なくて……」
あそこで下手に手を出していれば、地盤を固めようとしているアルフレッドにとってマイナスになることは間違いない。
「んー。といっても、『ああいうやり方』でしかシャル様を守れなかったアル様のせいでもありますからね。シャル様のおかげでその辺りも反省して、最近はやり方も変えようとしてますけど……まあ、そこまで気にする必要はありませんよ」
「……マキナさんは凄いですね。これをずっと耐えて、傍で見てきたんですか?」
「ですねー。わたしはもう慣れっこですけど……ささ、早く部屋に戻りましょ。あいつらがまた来たら面倒ですし」
「そうですね。……時間的にはそろそろ、アルくんも打ち合わせから戻ってきてますよね?」
「んー。戻ってきてたんですけどねー」
マキナは、小悪魔的に笑ってみせると、
「ちょっと新しく、騎士団長に用事が出来たみたいですよ」
☆
「チッ。ムカつくぜ!」
訓練場で始まった騎士団の訓練。
騎士たちに交じって、フィルガは怒り任せに木剣を振るう。
休日にはこうして騎士たちの訓練に混ぜてもらうことも多いドルドとフィルガは、今日もまた訓練に参加させてもらっていた。それだけの実力を持っており、認められているということに対する誇りと高揚感のようなものをいつもは感じていたが、今日ばかりは怒りの方が勝っていた。
「あんな腰抜けのことを考えても時間の無駄だ。今は訓練に集中するぞ」
「分かってるけどよぉ……あァ、くそっ! どうにも腹の虫がおさまらねぇ! ドルド! もう一本付き合え!」
「お前とは学園でも打てるから、騎士たちと剣を交えたいのだがな……仕方がない。付き合おう」
フィルガに付き合ってやろうと、ドルドが立ち上がったその時だった。
「…………っ……!?」
二人の間に、どこからか投擲された木剣が地面に突き刺さった。
「だったら俺が遊んでやる」
不遜な笑みと共に訓練用の木剣を携えて現れたのは――――、
「アルフレッド……!」




