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第16話 エリーヌ①

「人間……? その魔法石が、元は人間だったっていうんですか?」


「そうさ。ただの人間。あんたらと同じようにこの世界に根差し、生きていた人間さ」


 金色の輝きを秘めた魔法石は何も語らない。かつては人間だったらしいそれは、今の俺たちからすれば、魔力を秘めた物言わぬ石。

 だがエリーヌからすれば、きっと違うのだろう。今でもなお、その石を誰かとして見ているのだろう。


「……今からもう、二百年以上前のことさね」


 エリーヌは見上げる。篝石の明かりで星空のように輝く、洞窟の天井を。


     ☆


 自分の才能を信じて疑わず、絶対のものだと無垢に信じていた時代があった。


「こんなちっぽけな里の中に何百年もいたんじゃ、あたしの才能が腐っちまう」


 当時のエリーヌは『彫金師』としての腕を磨くべく、多くの傲りと少しの荷物を抱えてエルフの里を飛び出した。

 剣の腕にも自信があり、自分の手で作り出した魔指輪リングにはもっと自信があった。事実、外の世界で危機に陥ることがあっても剣と魔指輪リングの力で切り抜けられていたし、冒険者として日銭を稼いでいたぐらいだ。


 往く先々で技術と腕を磨き、刺激を受け、エリーヌの『彫金師』としての腕は里にいた頃とは比べ物にならないほどとなった。いつしか自分の名が広く知られるようになったエリーヌは、冒険者を引退して腰を落ち着けて『彫金師』に専念することにした。


 そうして拠点として選んだのが、当時から大陸最大級の国……レイユエール王国であった。


 たちまち王都で一番の工房となり、当時の国王の目に留まったエリーヌはその腕を買われ、新たに立ち上げられた王家専属工房の初代親方に就任した。


 様々な苦労はあったものの、こと『彫金師』としての才能と実力に関して挫折することはなかった。世界で一番の『彫金師』だという根拠のない自信もあり、特に王家専属工房の初代親方に就任したことでその自信を更に肥大化させ、作品作りに没頭していった。


 ――――だがある時。彼女は長い人生で初めての挫折を知る。


 それは休暇をとり、素材探索を兼ねつつ新たな刺激を求めてイトエル山を訪れた時だった。当時からあまり人けのないこの山を気ままに探索していたエリーヌは、そこで遭遇した魔物に不覚を取った。


 イトエル山の主である魔猪。

 ただの魔物と高を括ったところを突かれた、完全な油断。冒険者を経験していたという驕りが生んだ、ある意味で必然でもあった。魔猪との戦闘で崖から足を滑らせて転落してしまったエリーヌは、山で一人身動きが取れなくなってしまっていた。


「……っ……情けないねぇ……崖から足を滑らせたなんて聞いたら……里の連中にバカにされちまうよ」


 山の中には他にも魔物がいる。這いずってでも移動しなければ、やがては喰われてしまうだろう。

 されど身体はピクリとも動いてはくれなかった。指一本、足一つ、動いてはくれない。

 こんな時に回復系の魔指輪リングが使えればよかったのだろうが、回復の魔法は属性とは別に、ある程度の素質がなければ使うことは出来ない。残念ながらエリーヌは、回復魔法を使うことが出来なかった。


 出来ることはせいぜい神様に祈ることぐらいだが、しばらくして無慈悲にもそれは現れた。エリーヌを突き飛ばした魔猪。イトエル山の主。


「……へっ。神様ってのは、信仰心のないやつには厳しいねぇ」


 自分の命はここまでだと悟った。しかし、死にたくはない。死にたくなかった。やり残したことはまだまだある。まだ魔指輪リングを作っていたかった。だからこそ、エリーヌは傷で痛む身体を無理やり動かして刀を握った。抗う意志を示した。


 それを、神が見ていたのかもしれない。


「グオオオオオオオッ!!」


 木霊する悲鳴。エリーヌではなく、魔猪の。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。少し遅れて理解したのは、どこからか現れた何者かが、魔猪を思い切り蹴飛ばしてしまったということだけ。


「なにっ……!?」


 あの魔猪と戦ったエリーヌは、アレが防御力と耐久性に優れた魔物であることを知っていた。だからこそ、魔猪を蹴飛ばしてしまえるだけの力に驚愕した。


「ねぇ、貴方」


 乱入者は少女だった。快活な雰囲気を感じさせる、十代の半ばぐらいの少女。

 手には魔指輪リングをつけている。やはり今のは『強化付与フォース』による肉体強化。しかし、それで今の威力を実現させるには使い手がよほどの強者であるか、或いは魔指輪リングそのものの性能が良いか。エリーヌの見たところ、今回は後者だ。


 魔猪を蹴っ飛ばした少女は、エリーヌを見て可愛らしく首を傾げる。


「そこで何してるの? 日向ぼっこ?」


「……んなわけないだろ」


「あははっ。だよねー」


 感じた雰囲気そのままに、少女は明るく元気に笑ってみせる。

 一点の曇りも感じさせない温かな光のような少女だった。


「グルルルッ……グオオオオオオオッ!!」


 魔猪はすぐに体勢を立て直したらしい。

 起き上がり、血走った眼で少女を睨みつけている。既に獲物はエリーヌではなく、この少女に向いていた。


「ん。流石は山の主。元気いっぱいだね」


 涼し気に言うと、少女は魔指輪リングに更なる魔力を込めた。


「『水流魔法球シュート』」


 球体状に形成された水の魔力の塊が、こともなげに放たれる。

 着弾した魔法球は、魔猪を更に山奥へと吹き飛ばしていった。

 エリーヌが戦った時は、いくらぶつけても……威力に優れた火属性の魔法球をぶつけても、構わず突進してくるような魔猪を、たった一発で。


「なっ……嘘だろ……!?」


 一目見れば分かる。分かってしまった。

 今、少女が放った一発の『水流魔法球シュート』を見ればもう十分だった。


 彼女が身に着けている魔指輪リングは、エリーヌが制作した物よりも優れていると。


「あんた……何者だい……?」


 その質問は、無意識の内に口から零れ落ちていた。



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