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第110話 共闘

 夜の魔女が発した瘴気が貫いたのは、彼女の娘たるルシルの身体。

 そして魔女の操る闇に、ルシルの身体が沈んで――――否。喰われていく。


「あぁ……ルシル。お前がいてくれて本当によかった……」


 ルシルの身体が瘴気に喰われるにつれて、夜の魔女の身体が塞がり、凄まじい速さで修復が進んでいく。


「クローディアの魂を宿していたシャルロットは、奴の負の感情から生まれた私の素体としては最高の相性だ。故に心を砕き、絶望に落とし、光の魔力を闇に反転じょうかさせて取り込んだ。そして私は蘇り、新たに『絶望』の力を手に入れることができた……しかし唯一欠点を挙げるとすれば。それは戦闘経験の不足。こればかりはどうにもならんが……ルシル。歴史の闇に葬られし、かつての勇者。我が娘よ。お前を喰らえば、勇者として蓄積した濃密な戦闘経験、磨き上げられた技を取り込むことができる」


 ルシルの身体。その全てが闇に沈み、完全に喰らい尽くし――――


「ルシル……お前が娘でいてくれたおかげで、私はこうして身体を修復し――――更なる強さを手に入れることができた。ありがとう。感謝している。だから、お前を喰っても許してくれるだろう? 私はお前の母であり、お前は私の娘なのだから」


 ――――魔女が、再臨した。


「くはっ……くはははははははははははっ!」


 魔女の身体から闇が爆ぜ、床に、壁に、天井に、この空間のあらゆる場所に広がり、侵食していく。まるで植物が大地に根を張っているような、そんな光景を彷彿とさせる。


「これ……って…………!」


「マキナ、どうした?」


「まずい……あいつ、この王宮そのものを取り込もうとしてます!」


「なんだと……!?」


 オルケストラの王女としての能力か。マキナが感じ取った現象は、最悪の事態を告げていた。


「ですが、瘴気が取り込めるのは生物だけのはず……! 機械仕掛けの王宮を取り込むことは、できないはずです!」


「……違う。アイツの狙いは魔力だ! この王宮を稼働させている膨大な魔力の全てを自分の中に取り込むつもりか!」


 この王宮を稼働させている魔力の量は計り知れない。それを全て取り込めば、もはや無尽蔵にも等しい量の魔力を手中に収めることになる。


「なんだ? 今の振動は……」


 瘴気の影響だろうか。王宮全体が激しく揺れ始めた。


「……アルフレッドよ。この王宮が今、どこに向かっていると思う?」


「どこに、だと?」


 わざわざそれを問うてくる理由。それを考えれば、おのずと答えには辿り着いた。


「まさか……王都か?」


「そう。レイユエール王国の王都だ。そしてこの王宮はじきに――――王都に落下する」


「――――――――っ!」


 この王宮が王都に向かっている、と聞いた時に脳裏をよぎった最悪の想像を、目の前の魔女は容赦なく叩きつけてきた。


「これほど巨大な王宮が落下した際に生み出す破壊力は説明するまでもないだろう? そこに、王宮の全てに張り巡らせた私の瘴気と、取り込んだ魔力を落下に合わせて炸裂させれば……王都はおろか、この国そのものが焦土に変わる」


「お前……!」


「あはっ! い顔だ! あぁ……視たかった! お前のその貌が見たかったよ! ずっとずっと、愛しいほどに焦がれていた! あの男に、バーグ・レイユエールにも、そんな貌をさせてやりたかった! さぁどうするアルフレッド! あまり時間は残されていないぞ! あはっ! あはははははははははははははははっ!」


 ――――どうする。どうすれば、落下を止められる。考えろ。諦めるな。もう諦めないって、決めただろ。


「もはや打つ手はない! 諦めろ! 諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろッ!」


「諦めるかよ」


 どれほどの絶望が目の前を覆い尽くそうとも、その結論だけは変わらない。


「お前がどれほどの絶望を創り出そうと、俺は絶対に諦めない」


「まだそんな戯言を――――……!?」


 魔女の言葉を遮るように、無数の魔法が降り注いだ。

 炎、水、風、土。様々な属性の魔法を同時に、巧みに操っていたのは、白衣を纏った頼れる妹。


「ソフィ!」


「……わたしだけじゃないよ」


 告げると同時。二つの影が飛び出し、迫る瘴気を薙ぎ払う。

 雷と拳。輝くは『第五属性』の金色。生まれた時から慣れ親しんだ魔力を忘れるはずがない。


「ルーチェ様! ロベルト様!」


「主役は遅れてやってくる、ってね。お待たせ、シャルちゃん」


「はっはっはっ! うむ! 流石は我が弟! 無事に助け出せたようだな!」


 この二人が来たということは、恐らく……。


「『華吹雪ブルムザード』!」


 怒涛の如き氷河の一撃が、更なる瘴気の波を凍てつかせる。

 氷の力。そして、妹と共に自らの腕の中に取り戻したであろう婚約者を連れて現れたのは、氷雪王子。


「ノエル様に、マリエッタ王女……それにそちらのお方は……」


「お兄様の婚約者、リアトリス・リリムベル様ですわ。マキナさん」


「取り戻したんだな、ノエル」


「……お前もな。アルフレッド」


 それだけの言葉と、目を合わせるだけで十分だった。

 俺とノエルは、同じ婚約者を失った者同士。同じ思いをした者同士。取り戻せたことの嬉しさも、込み上げてきた感情も、語らずとも分かり合える。


「……ノエル、本当に友達ができてたんだ」


「どういう意味だ、それは」


「ふふっ……だって、あのノエルに友達ができるなんてさ。前までなら考えられなかったから」


 俺はリアトリスという少女がどういう人間なのかを知らない。けれど、ノエルが彼女に注ぐ眼差しと、彼女がノエルに向ける顔を見れば。少なくとも悪い人じゃないことぐらいは分かる。


「婚約者との談笑を邪魔して悪いんだけど、リアトリスちゃんだっけ。あんたもあの魔女と一緒に戦ってくれるってことでいいのよね?」


「……はい。あたしにできることは、少ないかもしれませんけど。一緒に戦わせてください」


「オーケー。そんで、あとは……」


 ルチ姉が向けた視線の先。そこにいるのは、裂かれた瘴気の帳から抜け出してきた……レオ兄の姿だ。俺はルチ姉が次の言葉を紡ぐより先に、レオ兄のもとへと一歩踏み出す。


「レオ兄。俺たちと一緒に戦ってくれ」


 レオ兄は俺たちのことなど気にしたそぶりもなく、ただ着々と瘴気の闇を広げていく夜の魔女を睨んでいた。しかしその眼はやがて、確かに――――俺たち家族の姿を捉えた。

 逃げることも、背けることもせず。俺たちはようやく向かい合えた。


「…………オレは、家族おまえたちが嫌いだ」


「知ってる」


「お前のことは、もっと嫌いだ」


「それも知ってる」


「それは今も変わらん。才に溢れるお前たちを見ているだけで、どこまでも自分が惨めに思える。忌々しい。吐き気がする。目障りだ」


 前は知らなかった。でも今の俺は知っている。レオ兄が家族や俺を嫌っていることを。


「それでも、オレと共に戦うと?」


「ああ。俺にとってレオ兄は、今でもヒーローだからな」


 絶望の力に成す術もなく倒され、命を奪われかけた時。

 レオ兄は俺を助けてくれた。見捨ててもよかったはずなのに。レオ兄は俺を嫌ってるのかもしれないけれど、自分を卑下するけれど。根っこの部分は変わってない。泣いている俺を慰めてくれた、あの頃のレオ兄だ。


「たとえ何度、拒絶されたとしても。俺はレオ兄のことを諦めないよ」


「……………………」


 嫌いになんてなれない。なれるはずがない。

 レオ兄は俺にとって、どこまでもいつまでも、ヒーローなんだ。


「…………くだらん」


 返ってきたのは拒絶。そして。


「…………オレはルシルを救いたい。だが、それはオレ独りの力では成し遂げられん」


 あの時、届かなかった手。重ならなかった手が。


「力を貸せ――――アルフレッド」


「…………ああ!」


 ようやく、重なった。


「ルシルを『救う』だと?」


 広がる闇の根源。中心の地で、魔女が俺たちを睨む。


「言葉は正しく吐くものだ。ルシルは私の娘。この母の役に立つことこそが最大の救いだろうに!」


「何が救いだ。いい加減、子離れしやがれ。夜の魔女」


 精霊を切り替えて『アルセーヌ』を纏う。手に取り戻した刃の先を、闇へと向ける。


「そんな風に自分の視点だけが正しいって決めつけてるから、この期に及んでお前は独りなんだろうが」


 ここには俺がいる。レオ兄がいる。シャルがいて、マキナがいて。ルチ姉も、ロベ兄も、ソフィも、ノエルも、マリエッタ王女も、リアトリスさんもいる。誰一人として諦めなかった。人間が持つ混沌とする心と向き合い、光と闇を受け入れた。だからここにいる。


 けど夜の魔女は独りだ。人間の本性は悪だと、ただの一面しか目を向けていない。自分の視点や行動だけが正しいと信じて疑わず、娘すらも喰らい、取り込んで。


 あいつは今、自ら独りぼっちの魔女になった。


「それがどうした! 私は人間の悪意から生まれた永遠の存在! 唯一無二にして、完成された存在だ!」


「だったらお前はそこまでだ。限界なんざ見えている。けど、俺たちは違う。独りじゃ無理でも、二人なら越えられる。二人で無理なら三人。三人でダメなら四人……人の数ってのは、ただの数字じゃない。可能性だ」


 一人じゃここまでたどり着けなかった。

 ソフィが飛行船を作ってくれたから王宮に乗り込めた。ロベ兄やルチ姉、ノエルたちが俺を先に行かせてくれた。レオ兄とマキナが助けに来てくれなかったら、俺はとっくに死んでいた。シャルがいなかったら、『絶望』の魔法への対抗策もなく詰んでいた。


「それをもう一度教えてやるよ。お前が、初代の王様に負けた時みたいにな」


「自惚れも度が過ぎるぞ!」


 王宮全体に根付いた瘴気から、数え切れぬほどの異形が顕現する。これまで瘴気が取り込んできた生物を基に造り出されたものたち。歴代の王族たちが戦い続けてきた怪物、『ラグメント』の群れ。


「瘴気は喰らう現象! そこに果てはなく、ついもない! 故に無限! 無尽! 無数の『ラグメント』で圧し潰してくれる!」


「シャル!」


「はいっ!」


 精霊クローディアが放つ『希望』の輝きが、俺たちの身体を包み込む。これで奴の『絶望』の魔法にも全員が対抗できるようになった。そして無数の『ラグメント』が発する夥しい数の咆哮を前に、輝きを纏いながら先陣を切ったのはロベ兄とルチ姉だ。


「はっはっはっ! 兄妹全員で戦うのは久しぶりだな! 心が躍り、滾って仕方がない!」


 ロベ兄の拳が迫る異形の怪物の尽くを吹き飛ばしていく。

 連続して放たれる拳圧による衝撃。その一つ一つが中級の魔法をも上回る威力を有し、瘴気や『ラグメント』が放つ攻撃すらも穿ち、祓う。


「ま、今回はこのあたしがよりにもよって引き立て役だけど――――」


 迸る紫電。ルチ姉は希望の力を付与された雷をその身に纏った。


「――――今日だけは我慢してあげる! 『成神』! 『雷霆ケラウノス』ッ!」


 雷の閃光が闇を薙ぎ払う。迫る異形の群れの大半が消し炭となり、魔女の元へと続く道が切り開かれた。


「行きなさい! 背中はあたしとロベルトで受け持つ!」


「安心しろ! 一匹たりとも通しはせん!」


 最高のしんがりに背中を託し、瘴気から『ラグメント』が完全に顕現しないうちに、俺たちは一気に瘴気の狭間を駆け抜けた。数秒遅れて俺たちが通った後を新たな『ラグメント』が塞いでいくが、塞いだ瞬間に雷と拳が薙ぎ払う。


「にぃに。今、わたしのゴーレムたちに王宮の機構を改造しゅうりさせてる。……作業が完了すれば王宮の針路を変えられると思う。でも……」


「……その機構を動かすための魔力が足りないんだな」


「……ごめんなさい」


「なんで謝ってんだ。むしろよくやってくれた――――おかげで、希望が見えた」


 無限に現れる『ラグメント』の群れ。

 圧倒的な力を取り込んだ魔女。

 迫るタイムリミット。


 人はそれを絶望と呼ぶのかもしれない。

 確かに絶望的な状況なのかもしれない。


 だけど俺は、それだけじゃないことを知っている。

 闇の奥底に、希望があることを知っている。


「アルフレッド様、何か策があるのですね」


「だったらあたしたちで、君たちを送り届けるよ」


「迷わず進め。決して振り向くな」


「にぃにたちが進む道は、わたしたちが造るから」


 ソフィの背中から展開している六本の鋼腕アームが消失し、


「『魔法目録編集リストカスタム』――――『選択セレクト』――――『決定デシジョン』」


 そして、再度出現する。駆動する五本指に装備された指輪は、先ほどまで装備されていたものとは異なる組み合わせに編集されている。


「『付与対象拡大付与マルチ』・三重付与トリプル、『攻撃範囲拡大付与エクステント』・三重付与トリプル、『貫通付与ブレイク』・四重付与カドラプル、『水流付与アクア』・五重付与クインティプル、『火炎付与フレイム』・五重付与クインティプル、『強化付与フォース』・十重付与デキュプル


 まさに付与の暴力とも呼ぶべき数の魔法。ソフィだからこそ行える膨大な強化。それらはノエル、マリエッタ王女、リアトリスさんの三人へと与えられた。


「わたくしに与えられた付与を『ジャックフロスト』で魔力に変え――――お兄様、リアトリス様! お受け取りください!」


 ソフィの『付与』において唯一、与えることができないもの。

 それが魔法を発動させるために必要な源、即ち魔力。だがその唯一の欠点とも呼ぶべき場所は、マリエッタ王女の『ジャックフロスト』が補った。


「合わせるぞ、リアトリス!」


「うん! いこう、ノエル!」


 ノエルが纏う『ウンディーネ』の氷は水となり、リアトリスさんが発する炎と混ざり合う。

 本来相反するはずの二つの属性は互いの力を削ぐことなく折り重なり、混ざり、蒼と紅の光を生み出した。


「「『華吹雪ブルムザード炎水束エンゲージ!」」


 水と炎の乱舞が、目の前の闇を切り払う。

 その先に佇むは闇の根源。その身に瘴気を纏いし、夜の魔女。遮るものはもう何もない。


「後は託すぞ」


「任せろ」


 前だけを見る。背中は今、すれ違った友達ノエルが見てくれる。


「勝負だ――――夜の魔女!」



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