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第105話 運命を変える力

「驚きはしない」


 マキナが放つ魔力の閃光を涼しく防ぎながら、夜の魔女は言葉を紡ぐ。


「お前の窮地にレオルとやらが現れたことも。マキナ・オルケストラが立ち上がり、お前のもとまで駆け付けたことも」


「――――っく……!?」


 影が溢れ、マキナが放つ光線を押し返す。


「『火炎魔法球シュート』!」


 あの影にほんの僅かでも掠ればアウトだ。遠距離線を仕掛け、火球の弾幕を張る。これで倒せるとは思っていない。


「お前が完全に覚醒させた『原典魔法』を考慮すれば当然だろう」


「……っ!? 『原典魔法』……だと……?」


 脳裏をよぎるのは、マキナを救った時に満ち溢れた謎の力。俺の知らない魔法。


「『水流魔法斬クレセント』っ!」


 マキナは右手に掴んだ機構の剣を用いて水の斬撃を振るう。だが夜の魔女が展開する絶望の影に触れた途端、水は停止し、そして消滅した。


「かつての私を打倒した力。運命という名の物語を書き換える魔法。……それこそが、お前がその身に宿した『原典魔法』だ」


「そんな魔法なんざ知るか!」


「知らずとも、お前はこれまで幾度も運命を書き換えてきた」


「――――っ……!」


 夜の魔女の全身から膨大な黒が溢れた。俺とマキナは同時に魔法による攻撃を中断。咄嗟に防御へと切り替える。何が来るか解っていたわけではない。ただ、これまで積み重ねてきた戦闘経験による直感だが、その直感は悪いものほどよく当たる。


「『大地魔法壁ウォール』!」


 咄嗟に土の防御壁を張る。直後、夜の魔女を中心とした全方位に影が満ちた。


「ぐぁぁあああああああああああっ!」


「うぁああああああああああああっ!」


 閃光のように周囲の空間を迸る影の奔流。その衝撃に俺とマキナはまとめて吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。


「ぐっ……なんとか、影は防ぎ切ったか……マキ、ナ……そっちは、無事か……」


「はい……こっちもなんとか、ですね。アル様が咄嗟に壁を何重にも重ね掛けしてくれなければ、あの影に触れずに済みました……」


 それでも、ただの衝撃のみでここまで吹き飛ばされてしまう。

 シャルの持つ膨大な魔力と瘴気が合わさることで、ここまでの威力を持つとは。


「…………やはり、な。お前は無意識のうちに『原典魔法』を行使している」


「知るか。訳の分かんねぇこと言いやがって……」


「今の攻撃にしてもそうだ。本来であるならば今ので仕舞いだった。今のはかなりの消耗を引き起こす魔法でな。そのような防御魔法で防ぎきれるような、生半可な攻撃ではない。だがお前は『原典魔法』を行使することにより、『攻撃を防ぎきれない』という本来の運命を、『攻撃を防ぎきる』という運命に書き換えたのだ」


 夜の魔女の言葉は確信に満ちていて、それを否定することは簡単なはずだった。

 だが奴が言葉を重ねる度、俺の中……奥深くにあるモノが、魔女の言葉に呼応するかのように息づいている。


「お前が描いてきた軌跡、その全てがそうだ。運命を書き換えたからこそ、都合の良いタイミングでレオルとマキナ・オルケストラが駆け付けた。運命を書き換えたからこそ、本来死ぬはずだったマキナ・オルケストラは生き延びた……」


「……全てが魔法のおかげだってのか」


「そうだと言っている。……そもそも、不思議だと思わなかったのか? 自分が好いている少女が、都合よく婚約破棄されたことに。『伝説の彫金師』が都合よく見つかり、仲間に加えることができたことに。その後、お前の実力を示す機会が都合よく転がってきたことに。王都が襲われ、婚約者が窮地に陥った時に都合よく駆け付けられたことに……全てはお前がそう望んだからだ。運命を書き換え、そういう英雄譚ものがたりを創り出したからだ」


 胸の中で刻まれる鼓動は、それを肯定するかのようで。


「最初は半信半疑だったよ。かつて私を打倒したものと同じ、あんなふざけた『原典魔法』を持つ者が現れたのかと。だが……マキナ・オルケストラを救ったあの魔力光を見て確信した。お前はバーグ・レイユエールと同じ、運命を書き換える『原典魔法』を持っていると。……だがな。前回のようにはいかない」


 そんな俺の様子を眺めながら、夜の魔女は広げた手を掴む。


「かつては『夜の魔女は倒される』という英雄譚ものがたりに書き換えられてしまった。だが、此度はこの『絶望』の力がある。この影がある限り、私自身の運命が書き換えられることはない。いかに『原典魔法』といえども干渉した瞬間に改竄そのものが『停止』し、改竄そのものが『喪失』するからだ。故に私にお前の『原典魔法』が届くことはない。私に勝つことはできない!」


「御託は終わりかよ。……黙って聞いてみれば、くだらねぇ」


「………………何だと?」


「運命運命うるせぇな。大仰に語るからなんだと思えば……凡庸なことを語りやがって。聞いて損したぜ」


「凡庸? ハッ。何を言っている。お前が持つ運命を書き換える『原典魔法』は、かつてこの私すらも打倒した特別な魔法だ。それを凡庸? お前は運命を書き換えることが、誰にでもできることだとでも言うつもりか」


「ああ、そうだ。運命を書き換えるなんて、珍しいことじゃないって言ってるんだよ」


 身体に鞭打ち、立ち上がる。何度でも。何度だって。


「俺はただ、諦めることを止めただけだ。失敗して、間違って。だけどもう一度立ち上がって、前を向いて、歩き出しただけだ。諦めてたらそのままだった。間違ったからって、その場でずっと立ち止まったままなら、何も変わらなかった。諦めるのを止めたから、運命が変わったんだ……!」


 前に踏み出す。床を蹴り、走り出す。

 胸の中に灯火のように浮かぶのは、少女の姿。幼少の頃からずっと見てきた、何度も立ち上がってきた、シャルの姿。


「特別なことでもなんでもない! 諦めなければ、誰にだって運命は変えられる!」


 叫ぶ。ただのありふれた事実を。凡庸極まる言葉セリフを。


「ほざけ!」


 魔女の怒号と共に影がうねり、濁流のように押し寄せた。


「アル様!」


 背後から俺の道を作るかのように、マキナの援護射撃が放たれる。

 無数に浴びせられる魔力の砲弾が影を削ぎ、俺の行く道を照らしてくれる。いや、それだけじゃない。マキナから放たれたソレを、俺は掴み――――


「無駄だ!」


 マキナの砲撃が削るよりも速く、速く、速く、闇が溢れ、目の前を漆黒に包み込む。

 魔女の元までたどり着く寸前。あと少しで届きかけたという場面で、回避する術が失せ、ありったけの影に全身を呑み込まれた。


「捉えたぞ! 精霊を纏っていない今のお前を! これなら先ほどのように精霊が『絶望』を代わりに受けることはできない! これで忌々しい『原典魔法』は絶望に呑まれる! 停止し、喪失する! 運命を変えるすべが消える! 勝った! これで私の勝ちだ! あはっ! あはははははははははははははははははははは!」


「――――――――だから、魔法は関係ねぇって言ってんだろ」


 全身を影に包まれようと、絶望に呑まれようとも前に進む。ただひたすらに。真っ黒な闇の中でも足を止めず、諦めず、ひたすら突き進み……影を裂き、その先へと飛び出した。


「――――――――は?」


 俺の手には、咄嗟にマキナが投げた『機械仕掛けの斬撃型(コード・デウス)』の機構剣。


「ほらな。『原典魔法』が『絶望』で消えた凡人いまの俺でも……」


 受け取っていたソレを握りしめ、決して手放さぬまま、振り上げ――――


「……諦めず前に進み続けたから、運命を変えられた」


 ――――振り下ろした。


「がぁぁああああああああああああああっ!?」


 一閃。渾身の袈裟切りを、瘴気で形作られた身体へと叩き込む。

 刃は肩から脇下にかけてを斜めに走り、傷口から大量の瘴気が鮮血の如く噴出した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……まずは一発……ざまぁ、みやがれ……!」


「ぎっ……ぐっ……ぅううううううう……!? おの、れ……! このような傷、すぐに……回復、して……!」


 夜の魔女は苦痛と憎しみに形相を歪ませながら自らの身体を修復しようとして……動きが停まった。全身を糸で絡めとられてしまったかのように。


「ぐ……!? くそっ…………! クローディアめ……!」


 困惑し、叫ぶ魔女の姿に。俺とマキナは、同じ『誰か』の姿を思い浮かべていた。


「アル様。あれって、もしかして……」


「……ああ。思った通り、あのまま終わるわけがなかった」


 瘴気の世界で、誰が立ち上がったのか。俺たちは知っている。

 俺は純白の『王衣指輪クロスリング』をはめた右手を握りしめ、そのまま夜の魔女に向かって駆ける。


「そうだろ――――」


 握った右手は拳となって、振るった一撃を夜の魔女から生じている瘴気の先へと叩き込んだ。


「――――シャル!」


 その先にいるであろう、愛しい人へと手を伸ばすために。



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[気になる点] 「はい……こっちもなんとか、ですね。アル様が咄嗟に壁を何重にも重ね掛けしてくれなければ、あの影に触れずに済みました……」 は 「はい……こっちもなんとか、ですね。アル様が咄嗟に壁を何重…
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