第102話 改造の鋼腕
「『火炎魔法球』『大地魔法矢』『烈風魔法槍』『水流鎖縛』」
流れるような詠唱。口遊む傍から魔力の光が弾け、ゴーレムが砕け散ってゆく。しかし何度、何体破壊しようとも、床下に刻まれた魔法陣から次のゴーレムが召喚されるばかり。
「終わらない。えんどれす?」
ゴーレムの軍勢は途絶えることはない。召喚による供給は無限に続いていく。
だが、ソフィとて無駄に魔法を連発していたわけではない。
「…………ゴーレムの性能も、魔法陣の位置も数も全て把握した」
ただ考えなしに迎撃していたわけではない。ゴーレムを召喚し続ける魔法陣の位置と
数、召喚スピード……様々な情報を収集していただけに過ぎない。
「造ろう――――『ダ・ヴィンチ』」
『王衣指輪』より契約精霊『ダ・ヴィンチ』が現れ、ゴーレムたちを牽制しながら霊装衣となってソフィに宿る。
「見渡す限りにオモチャがいっぱい。造り甲斐がある」
ゴーレムの軍勢を前にしたソフィの背中に六つの鋼腕が現出する。
霊装衣は、精霊の力によって編まれた『衣』と『装備』の二つで構成される。そして、『装備』は契約する精霊によって様々だ。たとえばアルフレッドの『アルビダ』ならば『舶刀』と『銃』。ロベルトは『拳』だったり、ルーチェは神という己の肉体や存在そのものを『装備』としてしまうような例外もあるが、そのカタチは様々だ。
そしてソフィの契約精霊『ダ・ヴィンチ』の『装備』は『六本の鋼腕』。これは魔道具の一種であるとされ、歴代王族の中でも存在しなかった新種の『装備』とされている。
「――――!」
鋼の腕はソフィの意志のままに駆動し、押し寄せるゴーレムを正面から掌で押し留めた。ビクともしないとはまさにこのこと。仮に、この岩石が如き巨体を誇るゴーレムに意志があったとすれば驚愕の面相を見せていたことだろう。ソフィの背中に浮かぶ六つの腕。その一本に秘められた出力は、地面に大穴を開けたロベルトの拳にも匹敵する。
しかし出力の高さなど、ほんのオマケ。
ソフィの精霊『ダ・ヴィンチ』が誇る鋼腕の真価はここからだ。
「じゃあ、まずは君たちから」
精霊の魔力で構築された鋼鉄の掌から、ゴーレムの内部にソフィの術式が侵入する。
ソフィによる敵ゴーレムの術式への侵入・構造解析までの速度は、人間の神経細胞の反応速度、毎秒百二十メートルに等しい速度で行われる。
これによりソフィは、ゴーレムたちがどのような構造でどのように動いているのか、内部に秘められている詳細な情報全てを手に入れた。今のソフィは、ゴーレムの巨体を形作っている砂粒一つ一つの形状すら把握している。
だが、これはまだ準備段階に過ぎない。
「改造ね」
敵の術式。その全てを把握した後、『ダ・ヴィンチ』によって行われるのは――――術式の改造。
ソフィの鋼腕に触れたゴーレムたちは、一瞬にして内部の術式構造を改造され、主をソフィとして認識。ソフィの意に沿い動く忠実なるしもべと化し、押し寄せてくる他のゴーレムたちに牙をむいた。
その上、術式の改造によって性能も大幅に強化され、ゴーレム一体当たりの戦闘力は飛躍的に向上。一体だけで十体以上のゴーレムを相手にすることすら可能となり、ソフィに襲い掛かる他のゴーレムたちを圧倒していく。
その程度では止まらない。ソフィは鋼腕を巧みに操り、更に自分のしもべとして稼働するゴーレムを増やしていく。その数は時間が経つごとに増加し、数分後にはもはや一つの軍団として機能するまでに至った。
これこそがソフィの精霊『ダ・ヴィンチ』の魔法、術式改造。
そもそも術式とは、魔力という万能のエネルギーに形や性質を命じるための式だ。
たとえば『火炎魔法球』の魔法。これは魔力に対し『火の弾になって真っすぐ飛べ』という術式を与えることで発動させている。
目の前のゴーレムも同様だ。『ソフィは敵』『敵を殺せ』という術式が刻まれている。この術式を、『ダ・ヴィンチ』の能力によって『ソフィは主』『出力向上』といった術式に改造した。
魔法と術式は切っても切り離せないもの。それを自由に干渉・改造することのできるソフィの『ダ・ヴィンチ』は反則的な強さを持っていると言っていいが、当然のことながら弱点もある。
(……そろそろ疲れてきたかも)
術式の干渉と改造は負担が大きい。数をこなせばこなすほど、疲労が蓄積してまだ幼いソフィでは耐え切れなくなってしまう。ルシルが、ソフィにとって恰好の改造対象となるゴーレムによる物量攻撃を仕掛けたのも、これが目的だったことは間違いないだろう。
そして、その狙いにソフィが乗ることも解っていた。
なぜなら大量のゴーレムを制御下におくことはソフィにとってもメリットのあることだ。この広大な王宮を調べるためには多くの手下が要る。状況によっては援軍や救援にも使うことができるだろう。
かといって、この格好の改造対象を逃すという選択肢はない。総合的に考えればデメリットの方が多い。手のひらの上で転がされていることは否めないが、乗るしかない。むしろ代償がただの疲労で済むならマシだと思える。
「……でも、もう要らない」
必要なゴーレムは集まった。そう判断したソフィはゴーレムを召喚している全ての魔法陣の術式を改造。一ヶ所――――ソフィの目の前に、全ての魔法陣を連結させる。そしてそのまま、六本の鋼腕全てを魔法陣に直接突っ込んだ。
魔法陣の先に繋がっている空間は、ゴーレムの保管庫。
そこに六本の鋼腕だけが顔を出している状態だが、ソフィにとってはそれで十分すぎた。
六本の鋼腕。その一つ一つには鋼の手が駆動しており、指の一つ一つには魔指輪が装備されている。一本の鋼腕につき五本の指。それが合計で六つ。つまり、今のソフィは三十の魔法を同時に操ることができる状態にある。
「フルバースト」
ゴーレムの保管庫が、二秒もしないうちに爆炎の渦に巻き込まれた。
魔法は指輪一つにつき一つ。人の手の指は最大で十個。
ソフィはその三倍以上の数の魔法を同時に発動させることができる。
単騎で集団を相手にできるだけではない。一対一の状況においても、圧倒的な火力を叩きつけることも可能。ソフィの『王衣指輪』、『ダ・ヴィンチ』はまさに万能。その呼び名に相応しい能力を備えている。
「……完全勝利」
爆炎が迸る前に魔法陣を閉じたところで、しもべにしたゴーレムが、最後の敵ゴーレムを砕いた。もはやここに在るのは、ソフィが掌握し、改造したゴーレム軍団だ。
「……制御室を探して。罠があったら除去。残りはわたしの護衛」
ゴーレムたちに命令を与えて散開させる。目的の制御室はすぐに見つかった。走行用に改造したゴーレムに乗ってその場所に向かう。『ダ・ヴィンチ』は強力な精霊だが負担が大きい。自分の足で走ることも控えて、極力温存しなければならない。
「罠の類はなし」
妙だ。制御室とはこの王宮の中枢。ここに兵士の一体すら配置していない。
少なくともソフィが調べた限りでは先ほどの魔法陣のような術式による仕掛けや、魔道具による罠すら存在しない。
やはり、妙だ。妙だと分かっていても、ソフィは制御室にゴーレムを送り込むことを選んだ。何かあっても独力で対処できる。それだけの万能性が『ダ・ヴィンチ』にはあるという自信と、ここで悩み、足を止めることがルシルの策略である可能性を考慮した結果だ。
「…………何も起きない?」
予想外の罠にも対処できるように備えたが、待っていたのは静寂と無人の室内のみ。怪しみながらもソフィ自ら制御室に入り込む。やはり、何も起きない。制御を担っているであろう魔道具にも不審な点はない。
「どういうこと?」
なぜここまで制御室が無防備なのか。ルシルの手駒が足りていないのか。
「…………違う」
最悪の予感が頭を過ぎる。外れていてほしいと願いながら、ソフィは『ダ・ヴィンチ』の鋼腕で魔道具に接触。ゴーレムとは違い『オルケストラ』は超技術の塊であり、さしものソフィとて把握には時間がかかる。しかし、だとしても、かかった時間はおよそ三十秒。
「……………………!」
そしてソフィは三十秒で、この危機的状況を把握してしまった。
現在このオルケストラは王都に向けて高度を下げながら移動をはじめている。
このまま進み続ければ、最終的には地上に落下するだろう。そして、ルシルが設定した最終落下地点は――――
「…………王都。ルシルはこの機械仕掛けの王宮を、王都に落下させるつもり……!?」
オルケストラには様々な魔導兵器が搭載されている。それで地上を攻撃することも、それこそ王都に対して一方的に魔力の砲弾を浴びせることだってできた。
だがルシルはその行動を選ばず、そして正解だったと言わざるを得ない。
現在の王都には大規模魔法攻撃に備えた対魔法用の防御結界が全体に張り巡らされている。ルシルの襲撃以降、更にその術式は強化が加えられている。オルケストラの火力でさえ突破することはできないほどに。
だが、この機械仕掛けの王宮を直接地上に落とすとなれば話は別だ。
王都の結界で強化したのはあくまでも対魔法。無論、物理的な防御力も最高クラスではあるが、王宮が丸ごと一つ空から降ってくることなど想定されてはいない。これほどの大規模・大質量の攻撃を防ぐ手段が、王都には無い。
魔法による迎撃でオルケストラを砕いてしまう――――現実的ではない。
王宮を一つ破壊できるほどの魔法はそう容易く用意できないが、それ以上にオルケストラは硬い。魔力・魔法に対する強靭な耐性を持った素材を惜しみなく投入して造られたこの建造物を破壊できるだけの火力を用意することができない。
「進路の変更……高度の上昇……できない。機構が物理的に破壊されてる……!?」
進路や高度を変更するための機構が物理的に破壊されていては、『ダ・ヴィンチ』でいくら術式を改造しようとも意味がない。術式が命じようとも、動かしようがないからだ。
ルシルがこの制御室を手つかずにしていた理由がようやく分かった。
既に必要なくなっていたから、手放したのだ。同時に、ソフィに対して『もはや成す術がない』という事実を突きつけるため。
「…………っ」
万能の精霊を以てしても対抗策がない。ここにきて、ソフィにはじめて焦りが滲む。
(どうしよう……どうしよう……どうしよう……どうしよう……!)
どくん、どくん、どくん、と心臓の鼓動が早鐘を打つ。
「このままじゃ王都が……たくさんの人が……どうしよう……にぃに……わたし、どうすれば…………」
焦る最中、大好きな兄の姿が頭の中に浮かぶ。
――――ああ。この中で一番その役割に向いているのはお前だ、ソフィ。悪いけど頼むな。
「……………………にぃには。わたしに頼むって、言った」
頭の上に乗せられた手。信頼という名の温もりを思い出す。
「現在のにぃになら、ここで諦めない」
留学から帰ってきた兄は、諦めることを止めていた。前に進みだしていた。
だとすれば。その背中を見ている妹の自分が、どうして立ち止まることができるだろう。
(考える……わたしに、何ができるか)
考える。思考で焦りを埋め尽くす。今の自分にできることは、すぐに浮かんだ。
「ゴーレムたち。今すぐ散って。何でもいいから素材を集めて」
命令を下しながら、ソフィは機構部へと急ぐ。
「…………破壊されてるなら、改造せばいい」
進路や高度の変更をするための機構を改造を以て修復する。
やるべき課題がハッキリとしたら、ソフィの身体は動き出してくれた。
「…………わたしも諦めないよ。にぃに」