第10話 初代親方
「……で、あんたらは何者だ? 見たところ盗賊って感じじゃあなさそうだけどさ」
ゴーレムの残骸の傍に佇んでいるエルフの女性。
見た目は二十代半ばから後半といったところだろうか。まあ、エルフであることを考えると見た目の年齢などアテにならないだろうが。
気だるげかつクールな雰囲気をまとっているものの、その眼は俺たちを品定めしているかのようだった。
「立ち入ってしまって申し訳ありません。……俺はアルフレッド。アルフレッド・バーグ・レイユエール。このレイユエール王国の第三王子です」
「レイユエール……アンタが現在の世代の王族か。にしても今の世代は随分変わってるんだねぇ。それっぽっちの護衛だけで、王子様が自らこんな山の中に踏み込んでくるなんてさ」
「色々と個人的な事情がありましてね。……失礼ですが、貴方はもしかして王家『工房』初代親方……エリーヌ殿ですか?」
「そうだよ。あたしがエリーヌだ。……で? 二百年前に引退したエルフに、王子様が今更何の用事があるんだか」
「話せば少し長くなるんですが……」
「……だったら、ここじゃなんだ。あたしが住んでる小屋なんかで良けりゃ、案内するよ。続きはそこでしようじゃないか」
大方の見当はついてるだろうに話は聞いてくれるのか。
「その代わり、あんたらが壊したそこのガラクタは運んでおくれよ」
「……喜んで」
荷物運びをさせるためかよ。
まあ壊したのは実際、俺たちだし構わないけど。
ひとまず『大地鎖縛』で残骸を鎖で括りつけた俺は、そのままゴーレムの残骸を引きずってエリーヌさんの背中についていく。
しばらく進んでいくと、森になっている山奥の中に木組みの小屋が見えた。
ひっそりと佇んでいるその小屋は、はじめからこの山の緑の一部だったかのように、自然に溶け込んでいた。
ゴーレムを運ぶために小屋の中に入ると、外観とは違い随分と散らかっている。脱ぎ散らかしたままになっている服や、雑多に詰まれた本の山。食器やら瓶やら、色々な物がごちゃごちゃと散乱していて、とても客を招けるような場所ではない。
ここのどこにゴーレムを置けばいいんだと悩んでいると、室内で小奇麗になっているスペースを見つけた。作業台のようなものがあるその周辺だけ、この物が散乱している室内においてぽっかりと穴が空いているかのように見えた。
ひとまずそこの壁際に、ゴーレムを立てかけておく。
「ちゃんと運んでくれたようだね」
「言われた通り、部品一つ残さず運びましたよ」
これで話を聞いてもらえるはずだ。
「――――よし。もう用はない。さっさと帰りなクソガキ共」
「ぶっ飛ばすぞ」
「ちょっとアル様。こっちは頼みごとをする側なんですから、もう少し抑えてくださいよー」
「そうだぞクソガキ王子。そこの乳がデカいだけで頭の中になーんにも詰まってなさそうなメイドの言う通りだ」
「アル様。こいつ簀巻きにして魔物の餌にでもします?」
「生ぬるいぞ。こいつが泣いて許しを請うような処刑方法を考えろ」
「二人とも、ちょっと落ち着いてください!?」
マキナとエリーヌを亡き者にする計画を練っていたらシャルに止められてしまった。とても残念だ。
「あの、エリーヌさん。どうかお話だけでも聞いてもらえませんか?」
「……どうせ王家の『工房』に戻って、そこのクソガキ王子に協力しろとでも言うんだろう? 恐らくは派閥か何かか……ま、身内のイザコザであることは間違いないね」
「ど、どうしてそれを……」
「黒髪黒眼。夜の魔女の祝福を受けた王子様が、わざわざこんなとこまで来るんだ。それぐらいの想像はつくさ」
エリーヌはどっかりと椅子に座り、つまらなさそうに息を吐く。
「……あたしはもう引退した身だ。戻る気はないし、王宮内のくだらないイザコザに付き合う気もない。何のためにこんな山の中で暮らしてると思ってるんだ」
そりゃそうか。戻ってくる気があるのなら、俺たちが来るまでもなく戻ってきてるだろう。
「もうしばらく魔指輪を作ってないからねぇ。こんな隠居を引っ張り出したところで、あんたの力にはなれないよ」
「それは嘘だな」
エリーヌが迂闊にも零した嘘を、すかさず射抜く。
「失礼な王子様だね。勝手に人を嘘つき呼ばわりかい」
「作業台だよ。部屋がこんだけ散らかってるのに、作業台の周りだけは綺麗なままだ。埃もなかったし、道具も手入れされてあった。頻繁に使ってる証拠だろ」
「……目敏いね。王子様じゃなくて泥棒の間違いじゃないかい?」
「こんだけ散らかってる部屋であそこだけ片付いてたらそりゃ目立つだろ。自分が散らかしてることを棚に上げて人を泥棒呼ばわりとはな」
「へぇ……言うじゃないか」
どうやら、こちらに興味を惹きつけることは出来たらしい。
……とはいえここからどうするかな。向こうがなぜ失踪したのか何も手がかりがないから、今日は様子見のつもりだったんだけど。
「どうやらあんたは、あたしが知ってる王族連中とは違うようだ。……いいだろう。そっちの事情ってやつを少しは聞いてやろうじゃないか」
俺たちはエリーヌに、簡単に事情を説明した。
シャルが婚約破棄されたことをきっかけに、俺たちが婚約関係になったこと。
二週間後の御前試合のこと。
その時に備えて王宮内に味方を増やしたいことなどを。
「……なるほど。それで、あたしみたいな隠居に目をつけたってわけか」
「どうにかお力添えしていただけませんでしょうか。こちらに出来ることなら、何でもします」
おいシャル。不用意に何でもしますとか言うなよ。
そりゃ俺らには現状、エリーヌを説得する手札がないからそうなるのは分かるけど。
「…………ん?」
その時。エリーヌはふと、何かを感じ取ったかのように気を逸らした。
「チッ……こんな時に、面倒なのが来たね」
エリーヌはすぐに立ち上がると、そのまま外に飛び出していった。流れ的に俺たちもそれを追いかけていく。
「何かあったんですか?」
「賊だよ。あたしが管理してる魔法石を狙ってるんだ」
魔法石。
魔力の宿った特殊な石のことで、魔指輪はこれを加工して作成される。
そもそも魔法石とは魔力の塊のようなもの。このレイユエール王国は世界最高峰の魔法石採掘地でもあるが、魔法石は掘り当てるだけが入手方法ではない。たとえば妖精から贈られる例も確認されている。……が、それでもイトエル山から魔法石がとれるなんて話は聞いたことがない。
「いつもはあたしのゴーレムに守らせてるんだが、どっかの誰かさんたちにぶっ壊されちまったからね」
やっぱりアレはエリーヌが作ったゴーレムだったか。
何が隠居だ。何が引退だ。あれを見ればエリーヌの持つ腕がどれほどのものか分かるというもの。少なくとも錆びついてなどいないだろう。
「じゃあ、罪滅ぼしに手伝ってやるよ。泣いて喜べ」
「はっ。足引っ張るんじゃないよ」