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第五話

 今日は十月九日、十月に入って二回目の金曜日、いよいよ掛川祭の初日だ。特に今年は四年に一度の大祭の年、この時はいつも以上に祭が盛り上がる。

 掛川祭は十月の第二週に行われる芸能と屋台、獅子舞の三大余興が有名な祭典である。特に大祭はこの時限定の出し物もあり、大変な賑わいとなる。

 この祭りの始まりは定かではないが、少なくとも幕末には現在の原型が出来上がったと言われている。市内に所在する七つの神社、四十一町によって行われる合同祭で、戦後から現在は、それ以前、大祭にのみ曳き廻されていた屋台も登場するようになり、獅子とともに毎年、祭の重要な位置づけになっている。中でも獅子は大祭、小祭を問わず重要な位置づけにあり、特に大祭の年のみに行われる“獅子舞かんからまち”は県の無形民俗文化財に指定されている。また同じく“仁藤の大獅子”は日本一の大きさと言われ、国内外のイベントにも単独で出演するほど有名である。その他にもいろいろな出し物があり、祭を盛り上げる。

 俺は今年の大祭は特に楽しみにしている。それは俺が指導している大学のダンスサークルのみんなが獅子舞にも、そして他にも祭りを盛り上げる手踊りでサークルのみんなが参加するからだ。

 俺は家で出かける準備をしていた。そして今日の俺の家にはもう一人、可愛い住人がいた。風見瑠々、そう、いつも一人で暮らす俺のためにいろいろ親切にしてくれるご家族の一人娘だ。瑠々はまだ小学校入学前の五歳の女の子だが、それでもとてもしっかりしていて、この歳で俺のことを本当に心配してくれる、俺が今、一番大切にしている素敵な小さな彼女なのだ。

なぜ、俺の家に一人でいるかと言うと、それは今日、本当は家族みんなで祭見物に行く予定だったが、瑠々の父親が風邪をこじらせて寝込んでしまったため、母親が看病しているのだ。祭を楽しみにしていた瑠々のために、瑠々の両親に連れて行って欲しいと懇願されたのだ。もちろん、俺は二つ返事で快く了解した。いつも大変お世話になっている風見親子のためだから、何も断る理由は微塵もなかった。

「ねえ、優兄ちゃん、準備できた?」

「うん、できたよ、瑠々ちゃん。でも残念だったね、パパとママと一緒に行けなくて。一緒に行くのが俺で良かったかな?」

「だって、パパが病気だもん、仕方ないよ。ママもパパのお世話で大変でしょ。だからこんな時くらい、私がいない方がママもパパの看病に専念できるでしょ」

「本当に瑠々ちゃんは凄いな。できた娘だな、パパもママも今の話聞いたら泣いちゃうぞ」

「でも、優兄ちゃん、ごめんね。本当は一人でゆっくり見に行こうと思ってたんでしょ、お祭り。こんな小さなお邪魔娘のおまけが付いてしまって。迷惑かけないように優兄ちゃんの言うことちゃんと聞くから、宜しくお願いします」

 俺はこの言葉を聞いて、こんなに大人びた気遣いができる瑠々がたまらなく愛おしくなった。俺は思わず涙目で瑠々を抱きしめてしまった。

「本当に瑠々ちゃんはいい娘だ。本当に可愛いな」

「優兄ちゃん、どうしたの?泣いてるの?痛いよ、ねえ、早くお祭りに行こうよ」

「そ、そうだね、よし、瑠々ちゃん、車に乗って、出発するよ」

 そして俺は瑠々を車に乗せ、祭りで賑わう市内の中心部に向かった。

「うわあ、凄い人だね、優兄ちゃん」

「本当だね、瑠々ちゃん、俺とはぐれないようにちゃんと手を握っててね」

「うん」

「さあ、瑠々ちゃん、何が欲しい。いろいろお店も出てるから、食べたいものあったら言いなよ」

「ううん、いい。だって優兄ちゃんにここに連れて来てもらってるだけで、楽しいから。だってママにも無駄遣いしちゃダメよって言われてるから」

「瑠々ちゃん、ママからもらったお金は使わなくていいから。俺が出すから」

「それならもっとダメだよ。優兄ちゃんのお金で買ったら余計に怒られる。優兄ちゃんに無駄遣いさせてって」

「もう、瑠々ちゃん、本当に君って娘は。いいんだよ、無駄遣いじゃないから。無駄遣いかどうかはお金を出す俺が決めること。俺が瑠々ちゃんにそうしたいんだから、絶対に無駄遣いじゃないんだよ。それに瑠々ちゃんとパパやママにはいつも俺が御世話になってるんだから遠慮しないで、何でも言うんだよ、いいかい、瑠々ちゃん」

「でも、本当にいいのかな?」

「もう、瑠々ちゃん、じゃあ、俺のためだと思ってね。俺だって瑠々ちゃんと祭りに来られて楽しいんだ。こんな小さな可愛い彼女と来られてるんだから。もっと瑠々ちゃんと一緒に祭を楽しみたいんだ。お願い、俺のことを彼氏だと思って、いろいろわがまま言ってよ。あ、でも瑠々ちゃんにも好みがあるか。それにこんなおじさんを彼氏なんて思える訳ないか」

「ううん、そんなことない。だって私、優兄ちゃんのこと大好きだもん」

「そうか、嬉しいな。それなら、いいかい、遠慮なくわがままを言うこと、いいね」

「うん、あのね、優兄ちゃん、私食べたいものがあるの」

「何?言ってみて」

「でも笑っちゃいやだよ」

「うん」

「私ね、イカ焼きと焼きそばが食べたい」

「ほお、どちらも出店の定番中の定番だけど、イカ焼きとは瑠々ちゃん、かなり渋いチョイスだね。でも両方とも俺も大好きだ。よし、じゃあ、イカ焼きも焼きそばも二つずつ買おう」

「ううん、一つずつがいい」

「何で、両方とも一人で食べたいだろ、瑠々ちゃん」

「違うの。いいの、一つずつで。だって、私、優兄ちゃんと分けて食べたいから。だって優兄ちゃん、私のこと彼女って言ってくれたもん。だったらこういうものを分け合って食べるの、カップルの定番でしょ」

「本当に瑠々ちゃんは五歳なのか。考え方が大人びてるな」

 そして俺はイカ焼きと焼きそばを買って、近くの公園のベンチで瑠々と座って食べた。

「美味しそうだね、優兄ちゃん」

「そうだね、いいよ、瑠々ちゃんが食べたいだけ食べて。残ったら俺が食べるから」

 俺がそう言うと瑠々は少し怒った顔をして膨れた。

「もう!優兄ちゃんは私の乙女心が分かってないんだから」

「え?何、どういうこと?」

「分け合って食べるって、そういう事じゃないでしょ」

「違うの?」

 そう言って瑠々は焼きそばを俺の口元に持ってきた。

「はい、優兄ちゃん、アーンして」

「なるほど、そう言うことか?でも瑠々ちゃん、いいよ。恥ずかしいよ」

「何で」

 瑠々はそう言うと俺の口元に持ってきた焼きそばを下ろして、下を向いてしまった。

「さっき私と楽しみたいって、優兄ちゃん言ってくれたのに。私、寂しいな」

「ご、ごめん。兄ちゃんが悪かった。瑠々ちゃん、はい、ちょうだい、アーン」

「やったー、はい、どうぞ」

 俺と瑠々はこんな感じで歳の差カップルの雰囲気を楽しんでいた。

「よし、お腹も膨れたし、瑠々ちゃん、獅子舞と手踊り、見に行こうか」

「うん、見に行く。私もダンス大好きだから、今度、優兄ちゃんに教えてもらって、もう少しおおきくなったら祭にも参加したいな。教えてくれる?優兄ちゃん」

「もちろんだよ、瑠々ちゃんも踊るの好きなのか、そうか、嬉しいな。今度、一緒に踊る練習しようか」

「うん、楽しみにしてるね」

「そうだ、お祭りの踊り、兄ちゃんがダンス教えてる大学の教え子が出るから。今度、その教え子たちにも瑠々ちゃんを紹介するよ。そうしたら一緒にダンスも教えられるし」

「うん、でも私邪魔にならないかな」

「ないない。そんなのある訳ない。瑠々ちゃんを連れってたら、男子学生がやばいな。瑠々ちゃんのこと、気に入って好きになっちゃうかもな」

 そして俺は沿道で獅子舞や手踊りを瑠々を肩車して見ていた。

「安藤、こっちこっち、頑張れよ」

「おう、優風、見に来てくれたのか」

「当たり前だろ、教え子の晴れ舞台だからな」

「あれ?優風、その子?まさか隠し子か」

「バカなこと言うな。いいから、ほら、遅れるぞ、頑張れよ」

「ああ、じゃあな、優風」

「ねえ、優兄ちゃん、あの人が兄ちゃんの教え子なの?兄ちゃんの名前呼び捨てしてたよ」

「うん、あいつは特別、というか最初からあんな風なんだ。瑠々ちゃんの方がよっぽど大人だよ」

「フフフ、でも優兄ちゃんて好かれてるんだね。あんな呼ばれ方して怒らないし」

「あいつは言っても聞かないんだよ。まあ、それなりに俺に敬意を払ってくれてることは分かるから。もうあの呼ばれ方は諦めてるよ」

 そんな他愛もない話を瑠々としてると、周辺が消防車のサイレンの音で騒がしくなった。

「何だ?近くで火事か?」

 祭を見ていた誰かが火事だと思われる方角を発見した。

「あ、あそこじゃないか?凄く火の手が上がってる」

 それは俺と瑠々の家がある方角だった。

「嘘だろ、もしかして。まずいな」

「ねえ、どうしたの?優兄ちゃん」

「うん、何か瑠々ちゃんの家と兄ちゃんの家の方で火事みたいなんだ。瑠々ちゃん、パパとママが心配だから戻ろう」

「うん」

 俺は瑠々を車に乗せて家路を急いだ。火事の現場近くまで行き現場を見た俺は目を疑った。現場は瑠々の家だったのだ。それも沢山の消防車が来ていたが、全焼して家が完全に焼け崩れていたのだ。隣で俺の脚にしがみついていた瑠々の顔を見ると涙は出ていなかった。自分の家の信じられない光景に放心状態だったのだ。

「ねえ、優兄ちゃん、私の家、無くなっちゃった。パパとママは。パパとママはどこ?」

 俺は急いで近くにいた消防士に状況を聞いた。

「すいません。私、この家の住人の知り合いですが、何が起こったんですか?この家にいた方は、無事だったんですか?」

 消防士は俺の質問にゆっくりと口を開いた。

「どうやら放火のようです。ほら、今、向こうで警察が取り押えているでしょ。あの喚いているのが犯人のようです。すいません、我々も必死に消火活動にあたったのですが、なにせ周辺に家屋が少ないため、発見の連絡が遅れたため、我々が来た頃にはもう、家全体が火の海で。残念ですが、どうやら家にいた住人の方も逃げ遅れたようです」

 俺は頭が真っ白になった。いつも見ていた瑠々の両親の優しい笑顔が無くなってしまったと思うと、勝手に目から涙が零れていた。俺は止まらない涙を零したまま瑠々の顔を見た。瑠々も泣き喚いてはいなかったが、その可愛い瞳から涙が頬を伝っていた。

「優兄ちゃん、パパとママ、し、死んじゃったの?何でパパとママが・・・」

 瑠々はここまでで言葉に詰まった。俺には分かった。瑠々は辛い思いを必死に押し殺していた。まだ五歳の少女がだ。俺はこれを見て心の奥底から殺意が芽生えていた。許せない、瑠々の笑顔を奪ったあの放火犯、俺が殺してやる。そう思った瞬間、俺は警官に取り押えられている放火犯に向かって走っていた。そのタダならぬ俺の状態に気付いた警官に俺は取り押さえられた。

「君、何をする気だ」

「離せ、離せよ。俺があいつを、瑠々の笑顔を奪ったあいつを殺してやる。てめー、許さねーぞ。いいから離せよーー」

 そう言って、俺が放火犯の方に向かって下から上に左手を振り上げると、不思議な現象が起こった。自分でも少し感じたが、俺の手からピチッと空気を切り裂くような音が聞こえた瞬間、放火犯が悲鳴を上げたのだ。

「ぎゃあああ、痛いよ、何だよ」

 放火犯の右頬が切れて、血が噴き出したのだ。

「おい、何だ、どうしたんだ。早く、救急車に運ぶぞ」

 俺はこれを見て再び同じことをしようとしたが、さらに加勢にきた警官に動きを封じられてしまった。

「離せって言ってるだろ。おい、邪魔だ、あんな酷いことをした犯人を警察が庇うのかよ。離せって、くそーーー」

 そう言って激昂している俺の隣に静かに瑠々が近寄って、頬を涙で濡らした顔で俺に語りかけた。

「優兄ちゃん、もういいよ。そんなことしたってパパとママは帰って来ないんでしょ。私、これから一人ぼっち。優兄ちゃんもいなくなったら、私」

 これを聞いて俺はハッと我に返った。こんなことをしてる場合じゃない。瑠々のこれからのことを考えないといけない。

「すいません警官のみなさん、もう大丈夫です。取り乱してしまって申し訳ありません。離してください。説明します。この娘、この家の一人娘、風見瑠々ちゃんです。俺はこの娘のことを想ったら、どうしてもあいつが許せなくて」

「そうでしたか。でもこんなことを言うと失礼かもしれませんが、娘さんだけでも助かって良かった。でもこの時間に何で娘さんだけ」

「はい、今日はこの娘の父親の具合が悪くて、母親が看病してたので。でも今日は掛川祭だったでしょ。本当は一緒に祭に行くはずだったんです。だからこの娘の両親がどうしても連れてってやりたいって、僕がこの娘を連れて祭に行ってたんです。だから、この娘は家にいなかったから」

「そうですか、だから。しかし、失礼ですけどあなたは?」

「ああ、私は樹神優風と言います。私はここからさらにこの森の奥で一人暮らししています。だから一番近いお隣さんはこの風見さんご家族で。このご家族は私のことをいろいろ気遣ってくれて、すごくお世話になってて仲良くさせて頂いてたので」

 この後、風間家族の身辺について調べてもらった結果、瑠々を引き取ってくれそうな親類も全く皆無で、瑠々があの時言ったとおり、本当に一人ぼっちになって、このままだと瑠々は俺のように施設に引き取られることになる。そう、実は俺も小学二年生の時に両親を事故で亡くし、それ以来、ずっと高校卒業まで施設で暮らしてきたのだ。

 その後、俺は五歳で一人残された瑠々に寄り添って、何とか両親の葬儀を出し、瑠々の両親の最後を見送った。そして俺は警察で瑠々の今後の生活について話を聞いていた。

「そうですね、瑠々ちゃんは、どうやら親類も全くいないようですし、このままだと余裕のある施設を探して、そこで新たな生活を始めてもらうしかないですね。酷な言い方ですが」

 俺は瑠々の今後を考えると今の話はどうしても納得がいかなかった。自分がずっと施設暮らしをしてきたこともあったからだと思う。さらに瑠々は俺よりもまだ小さい小学校入学前の五歳だ。それも女の子、そんなことを考えていると、俺は話しを聞いていた警官の前で涙を流していた。

「どうされたんですか?」

 そして俺は決心した。

「ダメだ。瑠々にそんな思いはさせられない。お願いします。瑠々をここに連れてきてもらえませんか?俺が瑠々を引き取ります」

「え!本当ですか?本気で言ってますか?」

「はい、本気です。こんな大事なことで冗談を言う訳ないじゃないですか」

 そして瑠々と俺は葬儀後に別れた後、再会した。

「瑠々」

「優兄ちゃん」

「良かった、元気か?ちゃんとご飯食べてたか?」

「うん、大丈夫だよ。これから寂しくても一人で頑張らないといけないから・・・」

「瑠々、俺と一緒に暮らそう。いや、俺と一緒に暮らしてくれ」

「だって、私、兄ちゃんのこと好きだけど、親戚でも何でもないのに」

「いいんだ、俺は瑠々を一人にしたくない。それに俺も瑠々のこと大好きだから。これでお別れなんて嫌なんだ。パパやママのこと忘れるなんてできないと思うけど、とにかく俺と暮らして、一緒に少しずつ前向きに生活していこう、な、瑠々」

「いいの、そんなことしたら、私これからずっと優兄ちゃんに迷惑かけることになるよ」

「迷惑なんかじゃないよ。瑠々が俺と一緒にいてくれるなら。それより瑠々がいないところで俺が瑠々の心配をしてる方が迷惑なんだ」

「ぷっ、何それ、優兄ちゃん。それって私のせいじゃなくて、兄ちゃん自身の気持ちの問題でしょ」

「ああ、そうか。ごめん、つい、自分の気持ちのことなのに瑠々のせいにしちゃった」

「フフフ、やっぱり、優兄ちゃんといると楽しい」

「良かった、また瑠々の笑顔が見られた。瑠々の笑顔は俺に幸せをくれる。だから、俺の傍にいてくれ。そして俺を幸せにしてくれ」

「ほら、また自分のこと?もういい。そこまで言うなら一緒にいてあげる」

「そうか、本当だな瑠々」

「うん」

 こうして俺は特別養子縁組として瑠々を養女として迎えた。


「瑠々、まだ行きたくないなら、いいんだよ。俺も大学をもう少し休ませてもらうから。一緒にいるから」

「ううん、大丈夫。だって優兄ちゃんだって私のためにもう一週間も大学行ってないでしょ。それに優兄ちゃんを待ってる生徒さんがいっぱいいるでしょ。これ以上、優兄ちゃんに迷惑かけれらないから」

「もう瑠々は、そんなこと心配しなくていいんだよ」

「いいの、本当に大丈夫だから。私、保育園に行く」

「分かったよ、瑠々。本当に瑠々は優しい娘だね。よし、出かけようか」

「うん、優兄ちゃん。あ!でも今日からこんな呼び方はダメなんだよね。優兄ちゃんはもう私の・・・・」

 俺は瑠々の話したいことが何となく分かった。

「瑠々、そんなことは気にしなくていいよ。今までどおり優兄ちゃんで。無理して呼び方を変えなくても。自然にそんな風に呼ばれるようになったら嬉しいけど。ずっとこのままでもいいんだ。俺は瑠々とこうして暮らせれば、こんな嬉しいことはないから」

「うん、でも」

「もう、瑠々は俺に気を遣いすぎ。俺と瑠々はもう家族なんだから、遠慮しないでいっぱい甘えてくれていいんだよ。はい、出かけるぞ」

 そして俺は保育園に瑠々を送って大学に向かった。

「先生、今日からまたお願いします」

「こちらこそ、今日から宜しくお願いします。でも良かったです。あの事件で瑠々ちゃんの御両親が亡くなられたのを聞いた時は、もう瑠々ちゃんとお別れなのかなと思って、凄く私、悲しい気持ちだったんです。そうしたら、先日、樹神さんが瑠々ちゃんと一緒に挨拶に来られたので、凄く嬉しくて」

 こう言ってくれているのは、瑠々のクラスの担任の然恵だった。

「調べてもらったら瑠々は頼れる親族がいないということだったので、このままだと施設暮らしになってしまうと聞かされたので。瑠々にそんなことは絶対させられないと思ったら、自然に自分が引き取るって口にしてしまっていて。いくら施設の暮らしで仲間がいると言っても、やっぱり遠慮なく甘えられる大人がいるというのは、それだけで安心できますから。その辺りの辛さは私もよく分かっていますから」

「え!樹神さん、それって、どういうことですか?」

「あ、いえ、何でもありません。然先生、とにかく瑠々のこと宜しくお願いします。何か気になることがあったら遠慮なく私の携帯に連絡ください」

「はい、分かりました。よし、じゃあ、樹神瑠々ちゃん、お部屋に行きましょうか?」

 瑠々はこの先生の名前の呼び方に反論した。

「違うもん。私は風見瑠々だもん」

「瑠々ちゃんはもう樹神さんの娘でしょ。だから樹神瑠々ちゃんで・・」

 俺は先生を制止した。

「然先生、いいんです。まだ両親が亡くなって二週間しか経ってないんです。それに両親があんな全く予期できない形で突然いなくなってしまったんです。まだ五歳の瑠々に目まぐるしく変化する環境に全て対応させようとするのが酷なことなんです。瑠々のことです、そのうち自分で少しずつ乗り越えてくれると私は信じてます。私はそれを陰ながら支えるだけです」

「すいません、保育士である私がそんなことも気付けなくて」

「いいえ、然先生は間違ったことはしてませんよ。保育士なんですから、瑠々のことも、そして親代わりである私のことを気遣って下さるのも当然のことだと思います。でも、特に瑠々の今の状況は特別ですから、私のことは何も気遣って下さらなくていいです。瑠々のことを一番に考えてもらえますか?」

「分かりました。樹神さんて凄く素敵な方ですね。何で全く血縁のない瑠々ちゃんのことをそこまで」

「ええ、まあ、あ!すいません。私ももう出かけないと。先生、瑠々のこと宜しくお願いします。失礼します」

 俺は大学に到着して、四コマ目の講義をしていた。

「よし、いいか、ここのところ、来週の講義の時に小テストするから、その時に出すぞ。聞いてるのか、安藤、お前が一番危険だと思うんだけどな」

「安心しろよ、優風、俺は要領がいいから何とかするよ」

「バカヤロー、自分でそういう事言うな。はあ、お前がこの状態で卒業して社会に出たら心配だな」

「大丈夫だって」

 講義の最中に携帯に着信があった。瑠々の通う保育園からだった。

「みんな、ちょっと御免な。もしもし、あ、然先生、どうしたんですか?え!瑠々が泣き出して俺を呼んでる。わ、分かりましたすぐにそちらに向かいます。ごめん、みんな。今日はもうこれで終わりにする」

「何だよ、優風、まだ、始まって三十分だぞ」

「悪い。急用ができたので、ごめん。許してくれ、来週の小テストはなしにするから。じゃあ、みんな気を付けて帰れよ」

 そして俺は逸る気持ちを抑えながら車で保育園に急行した。

「瑠々、瑠々」

「えーん、優兄ちゃん、ごめんなさい、私、私」

「どうしたんだ、瑠々、何があった。ん?誰かにいじめられたのか?どうした?パパやママのこと思い出して寂しくなったのか?」

「うえーん、パパ、ママ、何で死んじゃったの?私を残して何で。私もパパとママのところに行きたいよ」

「ごめん、瑠々。やっぱり、まだ、保育園は無理だったな。ごめん、瑠々」

「樹神さん、どうやら、お友達の帰りを見ててご両親のことを思い出してしまって寂しくなってしまったようなんです。他のお友達はみんなママがお迎えに来てくれて、嬉しそうに帰っていくから。ごめんなさい、こんな場面を瑠々ちゃんに見せるなんて私の気配りが足りませんでした」

「いえ、先生のせいじゃないです。私が、親代わりの私の責任です。瑠々、本当にごめんな。よし、明日からはまた家でずっと俺と過ごそう。もう少し家でゆっくりして落ち付いてからまた保育園に行けばいいから」

 そんな自分が苦しい状況でも瑠々は俺を気遣い泣きながら答えた。

「ううん、明日も保育園に行く。明日は優兄ちゃんのこと呼んだりしないから。今日はごめんなさい、自分でもどうしようもなくて、優兄ちゃんの名前呼んじゃった。明日は自分で頑張るから、だから、ね、今日だけ」

「もう、何で瑠々はそこまで。まだ五歳の女の子なのに。ごめんな、俺もまだまだ頼りない親代わりだけど、瑠々のために頑張るからな」

 俺は瑠々がもっと愛おしくなり、さらにきつく抱きしめた。

「ごめんなさい、先生。明日も来るから。また迷惑かけてしまうかもしれないけど、宜しくお願いします。明日は頑張っていい子にするから、許して下さい」

 瑠々にこんなことを言われて、然先生も涙を零していた。

「何で、何で瑠々ちゃんが謝るのよ。先生がもっといい先生だったら良かったのに」

 先生はそう言って、俺が瑠々を抱きしめてるところにさらに被せて瑠々を抱きしめた。俺は然先生と顔が数十㎝の距離で向かいあった。

「樹神さん、すいません」

「いや、こちらこそ」

「あまりに瑠々ちゃんが愛おしくなってしまってつい、抱きしめたくなってしまって」

「じゃあ、帰ります。今日はいろいろありがとうございました。さあ、瑠々、帰ろうか」

「うん、じゃあね、先生。また明日ね」

「うん、瑠々ちゃん、明日また会えるの楽しみにしてるね。でも無理しちゃダメだよ。優しい樹神さんがいるんだから、辛いときは遠慮なく甘えていいんだからね」

 そして翌日も瑠々は保育園に行った。俺は瑠々を送った後、大学に行ったが、昨日のことがあったので気が気でなかった。でもそんな俺の気持ちに反してこの日は何の連絡もなく、ちょっと保育園には無理をお願いしていたが、遅めのお迎えに俺は向かった。

「すいません、然先生。無理をお願いして遅くまで」

「いえ、今日は瑠々ちゃん、頑張りましたよ。みんな帰るまで職員室で待ってていいよって言ったのに、ずっと自分で部屋にいてお友達を見送ってたんですよ」

「瑠々、何でだよ。然先生が気遣ってくれたのに」

「だって、優兄ちゃんだって恵先生だって私のことを想って優しくしてくれてるのに、それに甘えて辛いことから逃げてたらダメだと思ったから。また、パパやママのこと思い出しちゃったけど。頑張ったよ。今日は優兄ちゃんのこと呼びたかったけど我慢できた」

「バカだな。呼べば良かったのに」

「だって昨日も迷惑かけたから、今日は一人で頑張ろうと決めてたから」

「本当に瑠々は優しい娘だな。よし、明日も二人で頑張ろうな。でもどうしても辛くなったら俺のことを呼ぶんだぞ」

「うん」

「それじゃあ、帰ってから先ずは一緒にお風呂でも入ろうか」

「うん、じゃあね、先生、遅くまでありがとう。ばいばい」

「樹神さん、瑠々ちゃん、気を付けてね」

 そして俺と瑠々は帰宅して、お風呂に入ってからリビングで少しだけくつろいでいた。

「瑠々、今日は本当に頑張ったね」

「ねえ、優兄ちゃん、膝の上に座っていい?」

「うん、おいで」

 俺は瑠々を膝の上に乗せ、後ろからそっと抱きしめた。

「優兄ちゃん、そんなにもたれたら重たいよ」

「ご、ごめん。さあ、そろそろご飯作らないとな。よし・・・」

 その時、インターホンが鳴った。

「はい」

「あ、夜分にすいません。樹神さん、然です」

「え!先生?はい、今開けます」

「すいません、突然」

「いえ、どうしたんですか?瑠々が何か忘れ物したとか?」

「ああ、恵先生だ」

 然先生は両手に買い物袋を提げて重たそうにしていた。

「そういう事ではなくて。樹神さんも仕事もして瑠々ちゃんの面倒も見て、ご飯も作らないといけないから大変かと思って。ご迷惑かもと思ったんですけど、これ?材料も買ってきたので。晩御飯、作らせて頂こうと思いまして」

「ええ、そんな、何言ってるんですか?先生だって仕事して、大変でしょ。それに保育士の仕事って、子供たちのお世話が終わった後もいろいろやることがあるって言うじゃないですか?」

「樹神さんが言われることも確かにありますけど、何か今日、お二人のことを見てたら、どうしても自分の気持ちが抑えられなくて、気付いたらスーパーで食材を買ってしまってたんです。お願いします。こんな量、一人暮らしの私では食べきれないので。ごめんなさい、もう重たくて」

「ああ、先生、ごめんなさい、持ちます。でも本当にいいんですか?」

「あの、ご迷惑ですか?ご迷惑なら帰ります。でもこの食材は樹神さんと瑠々ちゃんのためにと思って買ってきたので、置いていっていいですか?」

「そんな、こんなとこまで来て頂いて、このまま先生を帰すわけにはいかないです。どうぞ、あがってください。お疲れのところ、ありがとうございます」

「それでは、作らせて頂けるんですか?」

「そんな作らせて頂けるとか。そんな低姿勢で先生に言われたら。作って頂けるなら、私も瑠々もこんな嬉しいことはありません。じゃあ、お言葉に甘えて、お願いしていいですか?先生」

「よかった。それでは台所お借りしますね」

 そして然先生は晩御飯の支度を始めた。

「先生、何かお手伝いすることは?」

「大丈夫です。樹神さんは瑠々ちゃんとテレビでも見てて下さい。お願いするときは私からお声をかけますから」

「分かりました」

 テレビを見ながら然先生の料理してる姿を見てると、遠くから見てても凄い手際の良さが分かった。そして一時間ほどで五品も作ってくれた。

「樹神さん、瑠々ちゃん、できました。こちらのテーブルで食べられますか」

「はい、それじゃあ、瑠々。先生が作ってくれたから、お料理並べるのお手伝いしよう」

「はーい」

 瑠々は何かとても嬉しそうだった。

「わあ、美味しそう。ああ、ねえ、優兄ちゃん、肉じゃがだよ」

「おお、本当だ。美味しそうだな」

「それでは、お味噌汁も鍋にありますので、朝も温めて食べられると思います。それから、今日のメニューと同じになってしまいますが、お弁当箱におかずを詰めて冷蔵庫に入れておきました。良かったら、樹神さんの明日のお昼にお持ち下さい」

「え、でもそんなお弁当箱なんてどこに?」

「はい、食材を買いにいったついでに買ってきちゃいました」

「何でそこまで」

「いいんです。もともと私、お料理するのが大好きなので。それでは私はこれで」

「何で?先生、食べていかないんですか?」

「はい、だって私は作って帰るつもりでしたから」

「それはいけませんよ」

「恵先生、帰っちゃうの?私、先生と一緒に食べたいな。先生の作ってくれたご飯だもん。先生とお話ししながら食べたい」

「ね、先生。瑠々もこう言ってますし」

「でもいいんですか?私がお二人と一緒に」

「当たり前じゃないですか?先生が作ってくれた料理じゃないですか。それも先生の家って保育園から見ると逆方向じゃなかったですか?それなのにこんな山奥まで来てくれて。瑠々だけじゃないです。私だって先生とご一緒したいです」

「はい、それじゃあ、お二人の団欒にお邪魔します」

 そして俺と瑠々は然先生と三人で食卓を囲んだ。

「ああ、お味噌汁も美味しい。このお浸しも最高だ。このネギ入りダシ巻きも、先生って本当に料理お上手なんですね」

 隣では瑠々が泣きながら食べていた。

「あれ、瑠々ちゃん、どうしたの?ごめん、お口に合わなかった。ごめん」

 然先生は瑠々の頬を伝った涙をハンカチで優しく拭った。

「違うの、美味しいの。この肉じゃが、ママの味とそっくりなの。ママの肉じゃがを思いだしちゃって」

「本当か、瑠々。ん?本当だ、瑠々のお母さんのあの肉じゃがの味だ。凄いよ、まさか先生の味が瑠々の母親の味だなんて」

「ごめんね瑠々ちゃん。辛いこと思い出させちゃったね」

「ううん、私嬉しいの。何かママが生き返ったみたいで」

「そう、よかった。瑠々ちゃんにも樹神さんにも喜んで頂けたみたいで。二人のお口に合わなかったらどうしようかと思ってたから。だから早く帰りたかったんです。一緒に食べててもしまずいなんて言われたら、私、凹んじゃいそうだったから」

「そうだったんですか。でも先生はもっと自信を持っていいですよ。こんなに美味しい料理なら誰も不味いなんて言いませんよ。ああ、美味しかった、な、瑠々」

「うん、もう最高に美味しかった。優兄ちゃんも作ってくれるけど、いまいちだもんね」

「ああ!瑠々。ついに本音を言ったな。いつもは美味しいって食べてくれてたのに」

「だって先生のこんな美味しい料理食べたら、嘘つけなくなって」

「まあ、いいや。確かに瑠々の言うとおりだ。こんな美味しい料理と比べたらな。あ、ヤバいな、瑠々がこんな料理食べたら、今度は俺に求めるレベルが上がってしまう。ああ、どうしよう、俺ももっとしっかり料理の勉強しないと」

「何か私、凄く嬉しいです。そんなに喜んで頂いて。もし良かったらまたお邪魔させて頂いてお料理作らせてもらえませんか?」

「え!先生、また来てくれるの?」

「お邪魔じゃなかったら」

 俺は然先生にそう言われて思わず先生の手を握ってお願いしていた。

「いいんですか?是非、お願いします。瑠々が喜びます。もちろん、私も。あ!すいません、つい嬉しくて先生の手を」

 先生は少し頬を赤らめていた。その少し恥らった姿が俺の心をくすぐった。

「じゃあまたご飯作りにきますね」

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした。じゃあ、洗物してから私、帰りますね」

「いえ、もう十分ですよ。洗物くらい私がやりますから」

「だめですよ。料理は最後の片づけまでが料理ですから。片づけができない人は料理が上手いとは言えません。ごめんなさい、勝手な私のポリシーなので。だから私のわがままを聞いてください。樹神さんはそちらで瑠々ちゃんと少し待っててください」

 俺は先生の洗物が終わるまでただボーっと先生の後ろ姿に見惚れていた。洗物を終えた先生はこちらを見て近づいてきた。

「あらあら、瑠々ちゃん、座ったまま寝ちゃったのね」

 先生は瑠々の隣に座り、頭を撫でた。瑠々は寝言を言った。

「ママ、ママ」

 それを聞いて先生は瑠々を自分の腿の上に頭を乗せて寝かせた。

「ごめんね、瑠々ちゃん、私、ママじゃないけど」

「先生、そんなことしたら帰れないじゃないですか」

「あ!そうですね。でも今の瑠々ちゃんの寝言聞いたら、つい瑠々ちゃんのこと愛おしくなってしまって。しばらくこのままで。いいですか?樹神さん」

「はい、ありがとうございます。瑠々も多分、ママだと思って喜んでると思います」

「あのー、樹神さん、聞いていいですか?こんなこと、多分、こういう時しか聞けないと思いますから」

「何ですか?」

「失礼だと思うんですけど、何故、樹神さんは瑠々ちゃんを引き取ったんですか?親類でも何でもないのに。それに樹神さん、独身ですよね。いきなり子持ちになったら、その先の自分の人生設計も変わってきてしまうのに」

「その事ですか。それは瑠々に自分と同じ思いをさせたくなかった。それだけです。瑠々の両親が亡くなって、他に頼れる親類がいないと知ったときに、思ったんです。このままだと俺と一緒の施設生活になってしまうって。そう思ったら、自分の気持ちが抑えられなくて。それに瑠々はまだ五歳、それに女の子だから余計にね。施設暮らしの辛さは良く分かるから。俺も小学二年生の時に両親を亡くしてから高校卒業までずっと施設で暮らしてきたから。瑠々には幸せに暮らして欲しいから。俺と一緒にいることが幸せかどうかは瑠々に聞かないと分からないけど、施設で暮らすよりはマシかなと思うんだ。両親とあんな辛い別れを経験した瑠々を俺が命を賭けて守ってやりたいって思ってしまって。さっき先生が言った自分の人生設計なんて、瑠々のためならいくらでも変えてやる。だってこの先、俺よりも瑠々の人生の方が普通に考えたら長いんだから。瑠々のこの先の人生を考えたら俺のことは後回しでいい。そんな考え方は後付だね。今考えたら瑠々を引き取ることを決めたのは、多分、俺が瑠々を誰にも渡したくなかったからかな、なんてね」

 俺のこんな話を聞いて、先生はボロボロと涙を流していた。

「ごめんなさい、樹神さんの今の話聞いてたら泣けてきちゃった。樹神さんて、なんて素敵な方なんですか?私も子供の頃に樹神さんのような方に出会ってたら、もっと別の素敵な生活があったのかな」

「え、然先生、どういうことですか?」

「はい、実は私も小学校三年生から高校卒業までずっと施設で暮らしてましたから。私も小学校三年生の時に事故で母親を亡くして一人ぼっちになっちゃったから。その前に父親は病気で亡くなってましたけど。女の子が母親を亡くすことがどれだけ辛いことか、私にはよく分かるんです。だから瑠々ちゃんの両親が亡くなったって聞いた時は他人事と思えなくて。それに昨日、今日の瑠々ちゃんの辛いのを隠して健気に明るくしようとしてる姿を見てたら、たまらなくて。だから、今日、気付いたらここに来てしまってました」

 俺はこの先生の自分と同じ境遇の話を聞いて、より先生のことを身近に感じ、そして更に惹かれていった。

「そんな、まさか先生が私と同じ境遇だったなんて。それじゃあ先生は高校を卒業してからずっと一人で」

「はい」

「あ、でも先生は素敵な女性だから、・・・すいません、そんなこと私が聞くことじゃないですね」

「あ、そういうことですか。それなら私は男性とお付き合いは今までしたことはありません。母親が亡くなってからずっと、この境遇が普通の人と違うから引け目を感じていて。男性から告白されたこともありますけど、ずっとお断りしてきましたから」

「先生も辛い思いをしてきてたんですね。でも多分、そのことが先生をこんな優しくて素敵な女性にしたんでしょうね」

「そんな、樹神さん、やめてください」

「あ、ちょっと長話が過ぎましたね。先生、もう帰らないと。瑠々はベッドに寝かせてきますから」

「はい、こちらこそ、長居してしまって申し訳ありません」

 俺は瑠々をベッドに寝かせ、先生を見送った。

「今日は本当に遅くまでありがとうございました。それに最後は瑠々の母親代わりまで」

「いえ、私も瑠々ちゃんと、それに樹神さんと過ごせてとても温かい気持ちになれました。それに樹神さんの瑠々ちゃんを想う素敵な心の中も伺うことができて」

「また、是非、遊びに来て下さい。それと明日の僕のお弁当までありがとうございました。絶対に大学に持参して食べます。それでは気をつけて。明日、保育園で先生に会えるのを楽しみにしてます」

「あ、はい、私も楽しみにしてます。おやすみなさい」

「おやすみなさい、然先生」

 翌日、俺は瑠々を保育園に送って大学に向かった。

「おはようございます」

「恵先生、おはようございます」

「おはよう、瑠々ちゃん。昨日はゆっくり眠れたかな?」

「うん、昨日ね、ママがずっと隣で頭を撫でてくれてた夢を見てたの。凄く気持ち良く眠れた」

「そう、良かった。それでは樹神さん、瑠々ちゃん、お預かりします。樹神さんもお気を付けて」

 そして俺は先生に作って頂いた弁当を見せながら挨拶をした。

「先生、これありがとうございます。行ってきます」

「あ、はい、いってらっしゃい」

 そして俺はこの日、昼休みに大学内のベンチに座り、先生特製の弁当を広げて食べていた。

「いやー、やっぱり先生の料理、最高だな」

 先生の弁当を味わっている俺の背後から安藤の魔の手が迫っていた。

「おい、優風、何だよ、その美味そうな弁当。俺にもくれよ。自分で作ったのか」

 安藤は最後に食べようと思って一つ残しておいたネギ入りダシ巻きを奪って食べた。

「やめろよ、安藤」

「うんめー。何だよ、これ、すげー美味いよ。優風、あんたこんなに料理上手かったか?」

「くそー、安藤、何するんだよ。最後の楽しみに取っておいたダシ巻きなのに、はあ」

「あれ?そんなに悔しがるってことは、ああーー、優風、まさか?これは女の匂いがプンプンするぞ。一昨日、急に講義を切り上げて帰ったことと言い、その前も一週間も大学に来てなかったことと言い、優風、俺たちに何か隠してるだろ」

「あ、いや、そんなことは」

 安藤と一緒にいた阿部理香にも突っ込まれた。

「もう先生、嘘が下手すぎ。やっぱり何か隠してるでしょ」

「あ、あ、それはそのーー」

「これももーらい。うわ、この肉じゃがも何だよ、メッチャ美味いぞ。理香も食べて見ろよ」

「うん、本当だね。これは間違いないね。いつも先生は昼はコンビニ弁当かカップラーメン食べてるとこしか見たことないのに、今日に限ってこんな可愛い弁当持ってきて。安藤の言うとおり、臭いわね」

「おい、安藤、いいから返してくれよ。俺の大事な弁当なんだぞ」

「もう決まりだな。弁当でこんなに優風がムキになるってことは」

 そして俺は安藤と阿部に冷やかされながら弁当を食べて、午後に講義を済ませ、保育園に急いで瑠々を迎えに行った。

「然先生、今日も遅くなって申し訳ありません」

「優兄ちゃん、おかえり」

「ああ、瑠々、いい娘にしてたか」

「うん、いい娘にしてたと思う」

「おかえりなさい樹神さん。瑠々ちゃん、今日もとてもいい娘でしたよ」

「それでは、失礼します、また明日」

「さようなら、瑠々ちゃん、また明日ね」

 そして先生と離れ際に瑠々は俺に話した。

「ねえ、優兄ちゃん、今日は先生、来てくれないのかな?」

「こら、しーー。ダメだろ、先生は昨日も遅くまでうちにいてくれたんだぞ。先生だって大変なんだから」

 俺と瑠々は家に帰り、昨日と同じようにお風呂に入ってからリビングでくつろいでいた。しばらくするとインターホンが鳴った。

「あ、きっと恵先生だ」

「そんな、瑠々、期待しすぎだよ。はい、どちら様ですか?え!然先生」

「ほら、当たった」

「すぐに開けます」

「すいません、二日も続けて」

 瑠々は嬉しくて先生に抱き着いた。

「恵先生、来てくれたんだね」

「ごめんなさい、樹神さん、帰り際の瑠々ちゃんとの会話が聞こえちゃったから。行ったら喜んでもらえるのかな?と思って」

「ほら見ろ、瑠々。瑠々があんなこと言うから、先生に聞こえちゃってたじゃないか」

「ごめんなさい。だって、恵先生といると・・・」

「樹神さん、いいんです。私もこんなに瑠々ちゃんが私を歓迎してくれることが嬉しいから。それに、もっと樹神さんともお話ししたかったから」

 そう言って先生は少し恥らった。

「ありがとうございます。さあ、入ってください」

「お邪魔します。早速、ご飯作りますね」

「いえ、今日は私が作りますから、先生はソファでゆっくり座っててください」

 俺が台所に入ろうとすると、先生が俺の背中を押してリビングまで押し戻した。

「ほら、樹神さんは瑠々ちゃんとここで座ってて下さい」

「いや、先生」

「いいから。はい、でも今日は材料は買ってきてません。昨日、冷蔵庫の中を拝見しましたけど、いろいろと使いきれてない食材が結構あったので、使えるうちに使っちゃわないと腐ってしまいますので。だから樹神さん、今日は冷蔵庫の有り合わせの材料で。勝手に使わせて頂きますね」

「あ、はい、すいません。助かります。自分ではとてもじゃないけど、レパートリーが少ないので、どう食材を組み合わせていいかが思い浮かばなくて、ほとんど腐らせてしまうので」

 そして先生は昨日と同じように手際よく冷蔵庫の中の食材を使って、四品を作った。今日はカルボナーラとタコとエビを使ったカルパッチョとポテトサラダ、そして大量に余っていた合挽肉で肉団子入りのポトフだった。

「はい、お待たせしました。瑠々ちゃんも樹神さんもどうぞ」

「うわあ、今日も恵先生のお料理、美味しそう」

「うわあ、本当だな、瑠々。このタコとエビのやつなんて、白ワインと合わせたら最高だろうな。はあ、でも残念ながら今日は用意してないんだよな」

 そう言うと然先生は自分の車から買い物袋を持って戻ってきた。

「そうでした。これ、昨日の冷蔵庫の中身を見て、こちらに来る時に作るものを大体決めてたので、途中で酒屋さんでこれ買ってきてたんです。そんなに高級なものではないですが、樹神さんご希望の白ワイン、冷やしてあるものを買ってきたので、そのままいけると思います」

「嘘でしょ?何でこんなに私の気持ちが分かるんですか?何て気が利く方なんだ先生は。いやー、素敵だ、素敵すぎるよ」

 俺はもうこんなちょっとした心遣いができて、更に胃袋を掴まれて完全に然先生の魅力に引き込まれていた。

「うわあ、やっぱり、最高ですよ。本当にありがとうございます。あ、すいません、こんな美味しい料理を作って頂いて、それに欲しかった白ワインまでご用意頂いて、その上、自分だけ飲ませて頂いて。そうですよね、先生は車で帰らないといえけませんもんね。飲む訳には」

「いえ、気になさらないで下さい。私、もともとお酒は苦手なので。小さいコップでビールを一杯飲んだだけで真っ赤になって酔ってしまうので」

「いやー、そんなところも可愛らしい然先生のイメージにピッタリですね。本当に然先生はビジュアルも中身も美しい素敵な女性だ」

 俺は少し酔っていたので、先生に平気で恥ずかしげもなく思ったことを口にしていた。

「樹神さん、やめてください。少し酔っちゃってますね」

「いえ、そんなことは。ただ素直に思ったことを言っただけです」

 そんな楽しい食卓を三人で囲んでいると、またインターホンが鳴った。

「ん?誰だこんな遅くに。はい、え!あ、安藤、阿部?」

「何だよ、安藤、阿部、こんな時間に何をしに来たんだよ」

「来ちゃった先生」

「優風が隠し事してるから、来たんだよ。身辺調査によ」

「やめろ、帰れよ」

 安藤は玄関にある先生のパンプスと瑠々の小さな運動靴に目を留めた。

「ああ、理香、やっぱりだ。見て見ろよ。これ、パンプスと、まさか、これ?子供の靴だよな。嘘だろ、優風、独身じゃなかったのか?」

「あ、いや、これは」

 そこに瑠々が出てきてしまった。

「優兄ちゃん、誰?あ!お祭りの時のお兄ちゃんだ」

「ああ!掛川祭の時に、優風が肩車してたお嬢ちゃん」

「ああ、ダメだ。安藤、これはだな」

「よし、理香、上がらせてもらおうぜ。優風、もう逃げられないぞ。俺の追及からは逃れられないからな」

「先生、お邪魔しますね」

 安藤と阿部は無理矢理上り込んだ。そして先生とも鉢合わせしてしまった。

「ああ、え!どうも初めまして」

「こちらこそ、初めまして」

「安藤、阿部、こちらの方はだな」

 俺が説明しようとすると安藤は俺の肩を組み、耳元で小声で囁いた。

「優風、誰だよこの美女は。見た感じ俺達とそんなに歳は変わらなさそうだけど。どこでこんな美女と知り合ったんだよ。それにこの娘、いつの間に結婚して子供まで作ったんだよ」

「だから、安藤、話を聞けって。勝手に暴走するんじゃねーよ。こちらの女性は、あ、いやどちらから説明した方がいいのかな?」

 俺がパニくっていると瑠々と然先生が自分で自己紹介した。

「初めましてお兄ちゃん、お姉ちゃん。あ、お兄ちゃんとは初めてじゃないね。私は風見瑠々です。今は優兄ちゃんの娘です。優兄ちゃんとここに住んでます」

「初めまして私は瑠々ちゃんの通う保育園で保育士として働いています然恵と言います」

 そして俺は安藤と阿部に瑠々とここに住んでいる事情、そして先生が俺と瑠々を心配してここに来てくれたことを簡単に説明した。

「なるほどね、そうだったんだ。優風が両親がいなくて施設出だってことは聞いてたから、そうか、瑠々ちゃんを引き取ったことは何となく分かるな、なあ、理香。優風の性格からして瑠々ちゃんのことを見捨てるなんてできる訳ないからな。でも、優風、どうするんだよ。保育園のお迎えとか、瑠々ちゃんのお世話をしながらなんて、とてもじゃないけど、一人で大学の仕事と両立なんてできるのか?講義だけならまだいいけど、自分自身の研究や俺達のゼミの世話まで考えたら」

 そうなのだ。まだ瑠々を保育園に通わせて二日目だけど、安藤に言われたことを自分でも痛感していた。だから俺は安藤にこう言われて、自分の今の気持ちを吐露した。

「ああ、安藤の言うとおりだ。まだ、瑠々を送って大学に行き出して今日で二日目だけど、自分でもどうしようか迷ってたんだ。瑠々と住むようになって、子供を育てることってこんなに大変なんだってよーく分かったよ。でも瑠々と一緒に生きていくことは絶対に止められない。だからお前たちには申し訳ないけど、俺な、大学を辞めようと思ってる。辞めてもっと瑠々と一緒にいられる別の仕事を探そうと思ってるんだ」

「う、嘘だろ、優風、マジか、マジで言ってるのか」

「嘘でこんなこと言う訳ないだろ。瑠々と生きていくと決めたからには、瑠々のことを第一に考えたいんだ。そうなると、どうしても大学の仕事は厳しいなと考え始めていてな」

「でも先生、あんなに先生は自分の植物の研究に熱中してたし、自分の研究にも自信を持ってたのに。それに私達だって研究熱心で、ダンスも上手い先生に憧れてたのに」

 そんな俺と安藤たちとの話を聞いていた然先生が話に入ってきた。

「あの、樹神さん、ちょっといいですか?」

「はい、然先生、どうしたんですか?」

「樹神さん、大学のお仕事は辞めちゃダメです。だって樹神さんは今の仕事が大好きなんでしょ。それに安藤さんや阿部さん達のような教え子さんにダンスを教えることも好きでやってるんですよね。自分のために樹神さんが好きなことを諦めてしまうことなんて瑠々ちゃんだって望んでいないはずです。ね、瑠々ちゃん」

「うん、だって優兄ちゃん、祭の時言ってくれたよ。今度、大学のお兄さんたちと一緒にダンス教えてくれるって。私のことが優兄ちゃんのお仕事に邪魔なら、私、頑張って保育園も一人で行くし、お迎えもいらない。自分で家に帰って一人でお留守番もする。家のお手伝いも何だってするから。だから、優兄ちゃん、大学は辞めちゃダメ」

 俺は健気な瑠々の言葉に涙しながら抱きしめた。

「ごめん、瑠々。瑠々にこんなに自分のことで心配させてしまって。でもな、瑠々と二人で暮らすには、俺が何とかするしかないんだ。瑠々にはこれ以上、辛い思いはさせたくないから」

「嫌だ、私のために優兄ちゃんが辛い思いする方がもっと嫌だもん」

「あの、樹神さん、私じゃダメですか?私が保育園終わってから瑠々ちゃんのお世話しますから。それなら樹神さんも今の仕事続けられますか?」

「然先生、何を言ってるんですか?そんなことお願いできる訳ないじゃないですか。まだお若い先生にはまだこれから自分のために進むべき道があるんですから。そんな私のために先生の未来を削らせる訳にはいきませんから」

「やっぱり私では樹神さんの支えにはなれませんか。そうですよね、樹神さんだって女性の好みがありますもんね。すいません余計なこと言って」

「おい、優風、おまえ、乙女心が何にも分かってないな。恵ちゃんがどんな想いで話したと思ってるんだよ。これは恵ちゃんからの愛の告白だぞ。これから優風と瑠々ちゃんと一緒に生きていきたいって言うよ。それくらい察してやれよな。ねえ、恵ちゃん」

「やだ、安藤くん、そんなズバリの説明されたら恥ずかしい」

「ほら見ろ、見たか、優風、俺の模範解答を、どうするんだ、優風、恵ちゃんの愛の告白、俺の模範解答付きで受け取るか受け取らないか、どうするんだ。恵ちゃんだって二回も言えないぞ」

「本当にいいんですか?然先生」

「はい、私、樹神さんが保育園に瑠々ちゃんと挨拶に来られた時から気になってたんです。そして昨日、こちらに来て樹神さんの想いを聞かせてもらって、もっと気になってしまって。こんなに素敵な男性だと思ったの、樹神さんが初めてなんです。頼りない支えかもしれませんけど、樹神さんと瑠々ちゃんのために少しでも力になれたら」

「何かダメだ、涙が出てきた。こんなに私と瑠々のことを想ってくれるこんな素敵な女性が近くにいてくれるなんて、幸せだ。実は私も昨日、然先生の話を聞かせて頂いて、凄く気にはなってたんです。でも独身だけど子持ちだし、こんな男に告られても迷惑かなって思ってたから」

「はあーあ、全く優風もこの歳になって恋愛下手だな。それに恵ちゃんも恋愛慣れしてないような感じだもんな。世話が焼けるぜ。まあ、これで一件落着だな、なあ、理香」

「そうだね」

「くそ、今日ばかりは安藤に頭が上がらないな。でも安藤、お前、さっきから気になってたんだけど、いくら歳が近いからって、然先生のことを恵ちゃんて呼んでただろ。俺だってそんな呼び方したことないのに」

「だから優風はダメなんだよ。女性と距離を縮めるには、遠慮してちゃダメなんだよ。サラッと流れるように呼んでしまえばいいんだよ。ほら、呼んでみろよ優風」

「う、うるさいな安藤、まだそんな呼び方」

「まだそんなこと言ってるのか。じゃあ、いつ呼ぶんだよ、今でしょ。ほら」

「め、恵さん、これからも宜しくお願いします」

「ありがとうございます、樹神さん」

「違うでしょ恵ちゃん、君も名前で呼ぶんだよ」

「あ、はい、こちらこそお願いします。優風さん」

「そう、それでいいんだよ。本当に最後まで世話の焼ける二人だな、ねえ、瑠々ちゃん」

「そうだね、でも私、嬉しい。これで恵先生ともいっぱい一緒にいられるんだね」

「そういうことだよ、瑠々ちゃん」

 安藤のお腹が鳴った。

「はあ、優風が余計な世話を焼かせるから腹が減ったよ。なあ、優風、何かご馳走してくれよ」

「それでは優風さん、沢山作りましたからポトフを安藤さんと阿部さんにお出ししていいですか?」

「ええ、ありがとうございます。お願いします」

「そ、そうか、そういう事かよ。今日持ってきてた弁当は恵ちゃんのお手製だったんだな。だからあんなに美味かったんだ。それに俺がつまみ食いしたらすげー勢いで怒ったもんな」

「うるさいな安藤。余計なこと言わなくていいんだよ」

「じゃあいただきます」

「はい、どうぞ。さあ、阿部さんもどうぞ」

 安藤と阿部は先生の作ってくれたポトフ、残っていたポテトサラダを食べた。

「うめー、何だよ、これ。サラダもポトフも家庭レベルじゃないな。恵ちゃん、こんな美味いなら保育士じゃなくても、料理屋できるんじゃないの?これじゃあ優風が惚れちゃうのも分かるわ。男は胃袋掴まれたら終わりだからな。それにこのビジュアルで性格もいいときてたら、な、優風、文句のつけようがないもんな」

「あ、ああ、安藤の言うとおりだ。でも、さっきからお前が先生を馴れ馴れしく呼ぶのが、俺は凄く気になるんだけど」

「いいから、気にするなって。でもいいな、優風、うらやましいぜ。理香もこれだけ料理上手なら俺ももう少し幸せを感じられるんだけどな」

 安藤はそう言うと阿部にほっぺを思い切り抓られた。

「いてててて、いてーよ、理香、離せよ」

「何よ、今、この私に失礼なこと言ったのはこの口か?ええー」

「いてーよ、本当に、離してくれよ、わ、悪かった、つい本音が漏れちゃった」

「だ・か・ら。本音って何よ。悪かったわね、こんなに料理が上手くなくて。ああ、そうよ、私は然さんみたいにこんなに上手く作れないわよ。悪かったわね。そんなに料理上手な彼女がほしかったら、別れてやるわよ」

「いてーよ、ごめん、ごめんなさい、理香。別にそんなつもりで言った訳じゃないんだよ」

「じゃあ、どんな訳よ」

「いや、それはその・・・」

「まあ、阿部もそんなに怒らなくても、いいじゃないか」

「だって」

 こんな安藤と阿部のやり取りを見てて、然先生も瑠々も最高の笑顔で笑っていた。

「本当に安藤さんて楽しい方ですね。ちょっと口が過ぎるところがあるみたいですけど、素敵な彼じゃないですか?阿部さん。安藤さんて周りをあっという間に明るくしてしまう。これは私には到底真似できない凄い才能ですよ」

「参ったな、恵ちゃんにこんなに褒められて。恵ちゃん、俺に惚れるなよ」

 今度は俺と阿部が安藤の頬を抓った。

「誰があんたに惚れるって?」

「安藤、気安く恵さんを呼ぶなって言ってるだろ」

「痛いって。本気になるなよ、冗談だろ」

「フフフ、安藤のお兄ちゃんて、本当に面白いね」

 こうして俺は教え子の力も借りた末に、然先生とお付き合いすることになった。


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