第四話
十月一日、私は喜美と香奈と一緒に北海道の網走市に来ていた。
「はあ、疲れたね、月、香奈。さすがに遠かったね、網走市は。私たちも山形出身だけど、もうこの時期にこの寒さなんだね。さすが北海道って感じだね」
「本当に。でも大丈夫なの、月が言うから宿泊するホテル決めずに来ちゃったけど」
「大丈夫よ、きっと。熱身さんが何とかしてくれるわよ」
「でも本当にそんな風に頼っちゃっていいのかな?」
「だって私達が決めるより、地元の人に聞いた方が確かじゃない?」
「でもあの時、あんなに迷惑かけたのに、また熱身さんに頼っちゃっていいのかな。それに今日は網走市の一大イベントでしょ。もし、宿泊施設が全部塞がってたらどうするの?」
「あ、そうか。そこまで考えてなかった。まあ、なんとかなるよ」
「もう、月は本当にその辺り、抜けてると言うか、ちょっと天然なんだよな」
「えへへ、ごめん。でも大丈夫、三人いれば何とかなるよ」
「何よそれ。泊まるとこ決めるのに、三人いれば何とかなるの意味が分からない。もう本当に昔から月はそういうとこあるよね。あれもそうだけど、不思議ちゃんなんだよね」
「香奈、私の性格のことはいいけど、あれのことは熱身さんに言わないでよ」
「うん、分かった。でもあの日、熱身さんの怪我に使ったんでしょ」
「うん、でも怖がられるのも嫌だったからごまかしたの」
「でも大丈夫じゃない。だって熱身さんだって、あんな不思議なことできるんだから」
そして私達は熱身さんには来ることを連絡せずにお店に到着した。
「いらっしゃい、え!あ、君達は」
「どうも、熱身さん、お久しぶりです」
「すいません、突然お邪魔して」
「熱身さん、来ちゃった」
「喜美さん、香奈さん、そして月さんでしたね。まさか、こんなに遠いところに来てもらえるなんて」
「だって、機会があったら来てねって言ってたでしょ。あ、でも機会なんてないか。無理して来たって感じ」
「おい、まるで俺が無理させた感じに聞こえるけど」
「そんなつもりじゃないよ。ごめんなさい、熱身さん」
「ハハハ、相変わらずだね月さんは。どこまで本気で言ってるのか分からないけど、やっぱり楽しい娘だね君は」
「何だ、火練、知り合いか?」
「おう、親父、ほら、この前、話しただろ。山形に花笠踊りを見に行った時に、酔っ払いの男たちに襲われてた女性を助けたっって。その時の女性がこちらの三人」
「初めまして、私、鴨田喜美です」
「突然お邪魔してすいません。桐山香奈です」
「どうも、ヤッホー、熱身パパ、私は夜長月です。宜しくね」
「ちょっと、月、初対面なんだから、もう少し挨拶の仕方、考えなさいよね」
「どうもこちらこそ初めまして。火練の父、火呂輝です。火練、お前もやるな。三人とも凄い美人じゃないか。それにセレーナさん?は名前もそうだけど、体型からしてハーフ美女か?それともクウォーターか?」
「いや、そんなこと俺に聞かれても。ご両親見たけど多分ハーフではないと思う」
「熱身パパ、そう、私は山形県出身のパパと愛知県出身のママとのハーフです。名前はね、ギリシャ被れのパパが付けたの。ギリシャ語で月をセレーナって言うんだって」
「ぷっ、おい、火練、月さんは何だ、本気で応えてくれてるのか?それとも思い切り笑っていいのか?どっちなんだ」
「うーん、多分、笑ったらいけないな。多分、本気で応えてると思うから」
「そうか、じゃあ、まともに返さないといけないんだな。ごめん、月さん、ハーフってそういう意味じゃなくて、外国人とのハーフなのかなって意味で聞いたんだけど」
「ああ、そうなんだ、ごめんなさい。勘違い。へへへ、そうならハーフじゃない。ピッチピチの日本人だよ」
「すいません、おじさま、対応に困りますよね。月はかなりの天然、不思議ちゃんなので」
「ハハハ、そうなんだ。いいよ、凄く楽しくていい娘じゃない」
「ああ、そうだ、香奈、月、私達、この前のこと、お礼とお詫びをしておかないと」
「そうだ、そうだね。この前は火練さんに危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました」
「いやいや、どうせ火練のことだ。現場を見て許せなかったんだろ。自分の考えにそぐわないことにはとにかく口を挟む太刀だからな。でもこいつ、話が長かったんじゃない?こいつはとにかく説教臭いからさ」
「うるせーな。親父のくせに余計なこと言わなくていいんだよ」
「うるせーとは何だよ、親に向かって」
「ああ、それと、その後で、家まで送ってもらったのに、私達の父親が勘違いで火練さんを殴ってしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。お詫びします」
「何?勘違い?殴られた?」
「はい、助けて頂いた後、火練さんに家まで送ってもらったんですけど、私達の父親が火練さんを私達に酷いことをした男と勘違いして殴ってしまったんです」
「ええ!そうなの?ハハハハハハ、こりゃ最高だ。何だよ、火練、女性を助けた話はしたけど、お前、こんな最高に笑える話、何で隠してたんだよ」
「う、うるせーな。どうせ親父のことだ、こんな話したら、こんな反応になるって分かってたから言わなかったんだよ。ほら見ろ、絶対にこんな爆笑しやがると思ったんだよ」
「おじさん、何で、そんなに笑うんですか?」
「ごめん。いいよ、謝らなくて。でもダメだ、腹が痛い。まあ、こいつのこの風貌だから仕方ないんじゃない。前もこっちでも一回、遭ったんだよ、こんなこと。助けた女性を送っていって、同じように、その女性の父親に殴られたこと」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、こいつ、まあ、それなりにイケメンだとは見られるみたいだけど、この風貌だからさ、一歩間違えば犯罪者顔なんだよ。だから、勘違いされて当然なんだよ」
「てめー、親父のくせに何てこと言ってんだ。そもそも、この顔はテメーの遺伝子のせいだろうがよ。いくら何でも親だろうが今の発言は許さねーぞ」
「お前、親を今度はテメー呼ばわりか。こっちこそ、もう我慢の限界だ。表へ出ろ、久しぶりにボコボコにしてやる」
「おう、こっちが返り討ちにしてやるよ、この老いぼれ」
「てめー、もう許さねえ。ここでやってやるよ」
火練と父親はお互いの胸倉を掴んで喧嘩を始めようとした。それを同じ店の仕事仲間が制止した。
「ちょっと、火呂輝さんも火練もやめろよ、店の中で。それにこちらのお嬢さんたちもお客さんだぞ。お客さんの前で失礼だろ、ほら、二人ともやめろって」
「くそ、親父が悪いんだぞ」
「何言ってやがる。お前が俺に楯突くからだろうが」
私は火練と父親がこんな状況になっている中で天然を爆発させた。私は二人の状況を無視するように自分の世界で話した。
「わあ、このお人形、可愛い。ねえ、これ、火練さんが作ったの?」
火練と父親は私に二人して突っ込んだ。
「おーい、何だよ、俺たちのこの状況を完全スルーなのかよ」
「ちょっと、月、今はその話じゃないでしょ。すいません」
火練は父親の胸倉を掴みながら大声で笑ってしまった。
「ハハハハハハ、ダメだ。親父、ごめん。悪かったよ、止めよう。久しぶりに会ったのに、月さん、本当にゴーイングマイウェイなんだな。月さんもあの時、送っていったんだけど、いつでもこんな感じなんだよ、親父。月さんの両親もこんな月さんのことを優しく見守ってるというか、凄くいいご家族だったんだ」
「フフフ、本当にこの娘は掴みどころのない娘だな。そうだな、こんなことで喧嘩してる俺達が馬鹿みたいだ」
「ねえ、こっちのお人形は熱身パパが作ったの?こっちも可愛い」
「そう、そうなんだよ。気に入ってくれた?」
私が火練の父親と話してる間に、喜美と香奈が火練と話し始めた。
「火練さん、ごめんなさいね。突然。私達は連絡を入れてから来た方がいいって言ったんだけど、月がサプライズの方がいいって言うから」
「いいよ、それは。本当に嬉しいよ。それにこの日に来てくれるなんて。もう少ししたら火祭りも始まるし。それを見に来てくれたんでしょ」
「はい、それもありますけど、メインはここ、火練さんのお店来ることだったので。火練さんの作った二ポポが欲しかったし、もう一度、お礼とお詫びをしたかったので。だからこれ、山形から持ってきました。月のパパとママが持って行ってくれって渡されたので。こっちは私の両親と香奈の両親からです」
「そんな、わざわざ良かったのに。重かったでしょ。それにしても喜美さんと香奈さんの荷物が多すぎない?」
「いえ、これ月の荷物もありますから。結構三人で旅行も行ってるんですけど、私達二人はいつもこんな感じです。月に荷物持たせてると荷物無くなっちゃうから。あの娘、メッチャ忘れ物が多いから。こんなに大きい荷物でも平気で忘れちゃうので」
「ハハハ、そうなんだ。月さんらしいな。でもお二人も良く付き合ってるね。たまに頭に来るときとかないの。はっきり言って凄く損な役割のような気がするんだけど」
「はい、そんな時も昔はありました。でも月は、火練さんも分かりますよね、あんな性格だから、不思議とあんな感じで周りを癒しの世界に連れてっちゃうんです」
「そうか、確かにね。俺も話してて、話題が突然あっちいったりこっちいったりで、月さんの家で話してた時もカチンときた時があったけど、ずっと月さんを見てると何か自分が腹を立ててることが馬鹿らしくなっちゃうもんな」
「あーあ、火練さんも月マジックにかかっちゃってるね、これは」
「そうなのかな。本当に不思議な魅力のある娘だよね、月さんてさ」
「はい、だから私たちも月のこと大好きなんです」
「いい関係だね。そうだ、それより三人はオロチョンの火祭り見た後、どうするの?ご飯はどこで食べるか決めてるの。あ、宿泊先で食べるの?」
「いえ、そこまでまだ決まってないです。まだ泊まるところも決まってないので」
「えー、嘘だろ。泊まるところ予約もしないでここに来たの?」
「はい、月が来てから火練さんに聞けば何とかなるからって言って」
「参ったな。普通の日ならともかく、今日はこの町の一大イベントの日だからな。多分、どこに行っても満室だと思うよ」
「そうなんですか?あーあ、やっぱり月の見切り発車に乗った私達が馬鹿だった。どうしようか?香奈」
「お祭りが終わってからなんて、とてもじゃないけど帰れないよね」
「いいよ、喜美さん、香奈さん、もし良かったら、うちに泊まっていく?」
「え!そんな、せっかく、この前のことでお礼とお詫びに来たのに、またご迷惑をおかけするなんて」
「大丈夫だよ、迷惑だなんて。ちょっと狭いかもしれないけど、部屋も一つ空いてるし」
「でも本当にいいんですか?」
「いいよ、せっかく俺に会いにこんなとこまで来てくれたんだから。それに長旅で疲れたでしょ、宿泊施設みたいなおもてなしはできないけど」
「ありがとうございます、火練さん」
「うん。でも本当に月さんは自由奔放だね。何か周りを振り回しちゃうけど、それでも見てるとほっこりしちゃうと言うのか、不思議だ」
そして私達は火練と父親が今日はオロチョンの火祭りに参加するという予定だったので、早めに店じまいし、会場に向かった。
オロチョンの火祭り、今は俺の住む網走市でイベントの一つとして実施される祭りで、先住民族の慰霊と豊穣を祈願して行われる儀式として、北方少数民族の衣装に身を包んで太鼓やコロホルに合わせて炎を囲んで踊るものである。この踊りは終戦後の千九百五十年に市の夏祭りとして正式に組み込まれ、その後、十月一日から実施される“カムバックサーモンin網走湖”の観光イベントとして人気なのだ。だからこのイベントの初日は、特に観光客が多く、混み合うのだ。
俺はこのイベントの初日の踊りを任されていた。
「うわあ、何か凄い厳かな雰囲気の中で踊るのね。ああ、火練さん、あそこ、いたいた。火練さん頑張ってー」
「ちょっと、月。静かに。もう、あなた厳かの意味分かってる?そんなに大声だしたら雰囲気が台無しでしょ」
「そっか、し・ず・か・にだね。わあ、でも火練さん、かっこいい、素敵だね」
そして火祭りを終えて、俺と父親とともに月たち三人を連れて途中で食事をしてから家に戻った。
「どうぞ、狭くて男二人のむさ苦しいところだけど」
「あれ?火練さん、お母さんは、お出かけしてるの」
「ああ、お袋はあそこ」
そう言って俺は天井を指差した。するとまたここで月の天然が爆発した。
「ああ、お二階にいるのね。寝てるの?」
「待て待てーー。参ったな、どこまで天然なんだよ」
「もう、月、あなたは。もっと火練さんの気持ちを察しなさいよ。ごめんなさい、何時ですか亡くなられたのは」
「ああ、もう俺が小学二年の時だからもう十七年前だね」
「ごめんなさい、そうだったの。だって火練さん、天井を指差すから、私はてっきり二階にいるのかと思って」
俺は父親に頭を叩かれた。
「痛ってーな、何するんだよ親父」
「今のはお前が悪い。こんなとこで上を指差したら勘違いするに決まってるだろ。家でそういう説明をするなら仏壇とかを指差すのが当然だな。月さんは悪くない」
「待てよ。喜美さんと香奈さんは理解してくれたぞ。普通は二人の反応が当然だろ」
「そうかも知れんが、誰でも同じような理解ができる説明ができなかったお前が悪いと言ってるんだ」
「だからと言って、何も二十五にもなった息子の頭を殴ることないだろ」
「殴られたくなかったらもう少しましな説明をしろ、バカ息子」
「何だと!」
そんな俺と父親のやり取りを横目に月は相変わらずマイペースだった。月は勝手に家の中を歩きまわり、仏壇を見つけるとその前に正座して、自らお焼香してくれた。
「熱身ママ、初めまして、夜長月です。すいません、私のせいで三人も今日ここに泊めてもらうことになっつちゃいました。ご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします。よし、これで熱身ママも許してくれるかな?ね、熱身パパ、火練さん」
「もう、月、何勝手に火練さんの家を徘徊してるのよ。それに勝手にお母様のご焼香まで」
「いや、香奈さん、いいですよ。月さん、本当に行動がマイペースで読めないけど、とても素敵だよ。こんなに優しい行動ができるんだから。母さんも喜んでくれてると思うよ」
「じゃあ、私達もご焼香させてもらっていいですか?」
「もちろん、お願いします」
喜美と香奈が焼香を済ませると月はすぐにまたみんなを自分のペースに巻き込んだ。
「ねえ、火練さん、私疲れちゃった。お風呂借りていい?」
「あ、ああ、ちょっと待ってて、浴槽にお湯貯めるから」
「はあ、火練さん、お父様、本当にすいません。月に悪気はないんです。とにかく月は天然が突き抜けすぎるときがあるんで」
「ハハハ、大丈夫だよ、喜美さん、香奈さん。ここまで自分の気持ちに素直な娘だとおじさんも気持ちいいよ。それにこの家にこんな綺麗な女性三人も来てくれて、久しぶりに家が華やかになったよ」
そして月たち三人は冷えた体をお風呂で温め、ゆっくりと眠りに就き、良く晴れた朝を迎えた。そして俺はこの朝、月の驚くべき姿を目撃した。
「おはようございます、火練さん、お父様」
「ああ、おはよう、喜美さん、香奈さん。昨日は疲れただろうから、もっとゆっくり寝てて良かったのに。朝ご飯ができたら、起こしてあげたのに」
「ああ、お父様、ご迷惑をかけたので私達が朝ご飯作ろうと思ったのに」
「いいよ、ゆっくり座って待ってて。君達はお客さんなんだから。あれ?でも月さんは?」
「ああ、もうすぐ起きてくると思います。あの娘は朝弱いから、無理矢理私達が起こしたので」
「んんーーー、はあーあ、おはよう、エブリバディ。もう、喜美のせいでお尻痛いじゃない。あんなに思い切りお尻叩いて起こすんだもん」
月は喜美と香奈と違って、着替えず寝ていたときの上下スウェットの姿で起きてきた。
「ちょっと、月。ちゃんと着替えてから起きてきなさいよ。もう、ここは自分の家や私達の家じゃないんだよ」
「いいじゃない、昨日、熱身ママにもお願いしたし、それに何かここ、凄く落ち着くんだもん」
「喜美さん、香奈さん、いいよ。こんなにくつろいでくれてるなら私も嬉しいよ。よし、もう少し待っててね。後はお刺身出すだけだから」
そうして父親は刺身として魚をさばき始めた。しかし、父親は手を滑らせて掌をさっくり切ってしまい、大量の出血をした。
「痛っ!」
「親父、どうしたんだよ」
「しまった、俺としたことが。いつもやってることなのに、やっちまった。手、切っちまった。可愛い娘が三人もいるから緊張しちゃったかな?」
「お父様、大丈夫ですか?」
喜美と香奈が心配そうに近づこうとすると、それを制止して月が父親の横に来た。
「どいて、喜美、香奈。熱身パパ、手をかして」
父親は月に切った左手を両手で包み込まれた。
「月さん、ダメだよ、触ったら。いっぱい血が出てるから月さんの手についちゃうよ」
「いいから、少しの間、このままにしてて」
どれくらい、この状態が続いただろう。三分くらいだろうか?とにかく月が父親の手を離したあとの光景が信じられなかった。
「いいよ、血も止まったみたい。はい、熱身パパ、もう大丈夫」
「う、嘘だろ!何だよ、あれだけ深い傷だったのに。親父、何が起こった。大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。な、何だよこれ?俺だってビックリだよ。信じられん」
「な、月さん、何を?何をしたの?どういうこと?」
「あーあ、喜美、香奈、へへへ、やっちゃった。ダメだ、熱身パパのあんなところ見たら、思わず」
「うん、仕方ないね」
「何?どういうこと?」
「月、二人には話すしかないね。私が説明しようか?」
「うん、お願い」
この不思議な現象を香奈が説明し始めた。
「ごめんなさい、火練さん、お父様、驚かせちゃいましたね。実は月には、そう今見てもらったように不思議な力があるんです。私達も高校生の時、部活で怪我したときとか、どれだけ月に助けられたか。そうなんです、月は今のような怪我とかを治せる力があるんです」
「ごめんね、驚いた?よね。でも一緒でしょ、火練さんだって、あの時、あんなことしたんだから」
「いや、そうだけど、凄いな。ビックリだよ」
「月さん、驚いたけど、ありがとう、まさかあれだけ深く切ったのに、三分くらいで跡形もなく治っちゃうなんて」
「怖がられると思ってたから隠しておきたかったけど、ばれちゃったな。でも便利でしょ、あれくらいの傷なら、カップラーメンだね」
「カップラーメン?」
「だって三分で出来上がりでしょ」
「ああ、しかし月さん、凄い能力だけど、いつから?」
「はっきり気付いたのは、高校時代に喜美や香奈の怪我したところを心配して触り出してからかな」
「そうなんです、月が血が出てるとこ触りたがるから、最初は嫌がったんですけど、月が触ってるといつの間にか治ってしまって。そんなことが何回もあったから、月ってもしかして不思議な治癒の力があるんだって私達が気付いて。でも月はそうなんだって感じで、いつものマイペースなんです」
「へえ、そうか、だからあの時、俺が月さんの家で月さんに殴られた傷を触られた時、傷もコブも治ったんだ」
「あの時はごまかしたけど、結局、ばれちゃったね。でも誰にも言わないでね。パパやママ、喜美にも香奈にも迷惑かかっちゃうから」
「ああ、凄いけど、これはそうだね。誰にも言えないね。良く分かるよ。俺もあの時に見せた力があるから」
「ああ、火練さん、あの燃えてた手の?」
「何だ、お前。あの力、三人の前で見せちゃったのか?」
「ああ、ムカつく奴らだったから、殴り倒して警察に突き出してやろうと思ったけど、月さんたちが怖がってたから、ビビらせて追い払ったんだ。警察沙汰になったら、この三人も警察で事情聴取とかで面倒だろ」
「でも何か私、運命を感じました」
「え、何?喜美さん」
「だって、ただでさえ、火練さんと月がそれぞれ持ってるその力だけでも不思議な能力なのに、住んでるところ、北海道と山形でこんなに離れてるのに、その二人がこうして出会っちゃうなんて。不思議な運命を感じませんか?」
確かに俺は喜美にそう言われて納得した。俺達は月の不思議な癒しの能力を目の当たりにした後、朝食を食べ、俺は車で三人を札幌まで送っていった。
「じゃあね、喜美さん、香奈さん、月さん、本当にありがとうね。凄く楽しかったよ。それと月さん、親父の怪我治してくれて、何てお礼したらいいか」
「いいよ、山形では私達が助けてもらったから、おあいこだよ」
「バカ、月。このやり取りでおあいこは何か違うような気がするんだけど」
「いいじゃない、もう、香奈は。そんな細かいこと言わないの。もう火練さんとはお友達なんだから、持ちつ持たれつだよ。ね、火練さん」
「ああ、だね。あれ?何か俺まで月さんの不思議病が移ってきちゃったかな?」
「何よ、私のこと病気にして。あれ、何か違う?」
「いや、月さん、そこは私のこと病原菌扱いして、だろ?」
「そうそう、それ。その病原菌が出てこなかった」
「ハハハ、本当に、月さんは楽しいね。見てて飽きないよ。それじゃあ、今度はまた俺が山形に遊びに行くよ。いいかな?」
「もちろん、お待ちしてます、火練さん」
「うん、火練さん、待ってるね。美味しいお土産も楽しみにしてるね」
「もう、月。それはこっちから催促することじゃないでしょ」
「ハハハ、月さんらしいな」
「じゃあね、火練さん、熱身パパにもママにもよろしくね」
そして月たちは山形に帰っていった。