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第三話

 8月7日、いよいよ今日は山形花笠まつりの最終日、私は喜美と香奈と初日と中日も参加し、そしてこの日も大好きな花笠を踊りまくっていた。

 花笠まつりは菅笠に赤い花飾りをつけた花笠を手にし、“花笠音頭”に合わせて街を練り歩く山形県を代表する祭りだ。山形県内の数か所で開催されているが、私達が参加している例年8月に行われる山形花笠まつりが有名である。

 花笠まつりで歌われる“花笠音頭”の起源は諸説あるが、大正中期に尾花沢で土木作業時の調子あわせに歌われた土突き歌が起源と言われており、昭和初期にこれが民謡化され“花笠音頭”になったと言われている。踊りについては、菅で編んだ笠に赤く染めた紙で花飾りをつけたものを景気づけに振ったり回したりしたのが発祥と言われている。

 花笠まつりの振り付けは県内各地域に約十種類存在していたものが、昭和三十八年に一本化され“正調花笠踊り 薫風最上川”が制定された。以降これが標準的な振り付けとされた。これは紅花摘みの作業唄からとったとされる踊りのため、女性の踊り手が中心となっていた。その後、平成十一年に“正調花笠踊り 蔵王山暁光”が“薫風最上川”と並ぶ標準的振り付けとして制定され、こちらは豪快な動作を取り込んでいるのが特徴のため、男性の踊り手の増加に寄与したと言われている。

「ああ、今年最後の花笠踊り終わっちゃったね、喜美、香奈」

「そうだね、楽しかったね」

 私は喜美と香奈と最後の花笠を踊り終えて近くにあった神社でジュースを飲みながら休憩していた。

「でもさ、私達、今までの花笠踊り、薫風も暁光も踊るけど、何かこれをベースにさ、新しい花笠踊りを来年、三人で作ってみない。どう?香奈、月」

「うん、いいね。三人で来年、新しいことにチャレンジしてみようよ」

 三人で楽しく話していると、そこにほろ酔い気分の三十代くらいの男性三人組みが近づいてきた。

「おお、いいね。花笠踊り終わって休憩かい。どう、これから俺達とホテルの部屋で花笠踊らない?」

「やめて、あなた達お酒飲んでるでしょ。臭い、近寄らないでよ。行こう、喜美、月」

「何だよ、釣れないこと言うなよ」

 そう言って香奈は一人の男に手を掴まれた。

「いや、離してよ」

 男は香奈に手を振りほどかれ、酔っていたこともあり、倒れ込んでしまった。

「痛ってー、この女、こっちが下手に出てればいい気になりやがって。もうホテルは止めだ。おい、ここで遊んでやろうぜ」

 そう言って酔った勢いで頭に血が上った三人組は私、喜美、香奈を神社の境内の裏手で地面に押し倒した。

「おお、この娘、可愛いぜ。レベル高いぜ。そっちはどうだ?」

「こっちも最高だ。俺の好みにジャストミートだ」

「いや、止めて、離してよ」

「お願い、いやだ、乱暴しないで」

「おい、こっちも凄いぞ。この娘、身長もたけーし、凄いモデル体型だ。最高に綺麗だよ」

 私は大きい体を使って、私を抑えつけている男の股間を膝で思い切り蹴り上げた。

「ううっ、痛ってー」

 男は私に股間を蹴られてその場をのた打ち回っていた。解放された私は近くに落ちていた木の枝を振り回して喜美と香奈を襲っていた男たちを叩いて、喜美と香奈から引きはがした。

「大丈夫、喜美、香奈」

「月、怖いよ」

「大丈夫、喜美と香奈は私の後ろにいて。私が守ってあげる。私が一番体が大きいから、あの人達よりも大きいんだから」

「くそ、この女、女だからって甘く見てたぜ。体がデカいだけあって結構力あるよ。よし、後ろの二人は後だ。このデカ女を先に遊んでやろうぜ。お前はそっちの二人を見張っておけ」

 そして男たち三人は一人が喜美と香奈を脅しながら見張り、私は男二人に襲いかかられた。いくら体が大きいと言っても所詮、女性なので力が強いと言っても知れている。大の男二人がかりでは太刀打ちできるはずもなく、私は男二人に地べたに押さえつけられた。

「いやー、離して。やめて」

 そして私は着ていた浴衣の腿の辺りを破かれた。そして私の腿の辺りが露わになった。

「いやー、やめてーー」

「おい、お前、口抑えておけ」

 そして私が涙目を閉じた途端、倒されていた頭上、香奈と喜美がいる方から鈍い音とともに、二人を見張っていた男が飛んできた。私は閉じていた目を開けた。その途端、私を襲っていた二人も私の頭上から出てきた逞しい拳にあっという間に吹き飛ばされた。

「大丈夫か、しっかりしろ」

 私は逞しい拳の持ち主に抱き上げられて起こしてもらった。私は引き裂かれた浴衣の腿の辺りを隠しながらお礼を言った。

「ありがとうございます。やだ、どうしよう、あ、そんなことより、喜美、香奈、大丈夫?」

 私はお礼を言った後、自分が一番酷い目に遭っていたのに、真先に喜美と香奈の心配をした。

「月の方こそ大丈夫?あなたが私達を助けるために一番酷い目に遭ってたんじゃないの」

「くそ、何だテメー、突然、出てきやがって。これから楽しもうとしてたところだったのに」

「ああ、何言ってんだお前ら。お前らだって今まで花笠まつりを楽しんでたんだろ」

「ああ、楽しんでたよ。終わった後にこうやって楽しむために、いい女を物色してたからな。だから、もっと楽しむのはこれからなんだよ」

「テメーら。祭を楽しむことがどういうことか、はき違えてるんじゃねーよ」

「ああ、まつりはいつでも無礼講ってよく言うだろ。何でもありなんだよ」

「ふう、くだらねえ理屈だな。また一から無礼講の意味を勉強しろ、バカどもが。お前らが今やってたことは無礼講でも何でもねえ。単なる乱暴だろ。こんなこと小学生でも分かるわ。それにな、せっかくの楽しい祭を酒の力で台無しにするな。祭はお酒が飲める人だけが楽しむものじゃねーんだ。酒を飲めばストレス解消になってより楽しい気持ちになることも、俺だって酒を飲むから分かる。でもそれで他の人を不愉快にしてたら、飲まれてる酒が可愛そうなんだよ。まあ、お前らはこの女性たちにここまで酷いことをした時点で祭を楽しむ資格はなしだ。これで許してやるから、とっとと帰れ。あ、許すかどうかは、この娘たちが決めることだった。勝手に話を進めてごめん、君達、どう?」

 私達三人は揃って、助けてくれた男性に言った。

「はい、もういいです。私達、怖いから早く帰りたいです」

「と言うことだ。ほら、」

 男たち三人に背を向けて私達と話していた男性は振り向いた途端、三人組の一人に顔を殴られた。

「痛ってーー」

「おい、お助けマン。お前、自分の立場分かって俺達に説教垂れてるのか。その三人を助けるということは、お前一人で俺達を相手にするということだぞ。許してやるかどうかを決めるのは俺達、分かるか?おバカお助けマンさんよ。さあ、来いよ。祭に喧嘩はつきものだからよ」

 私は確かにあの三人組が言ってることもあると思った。私達三人が加わったところで役に立つ訳がなかった。私もそうだけど、喜美と香奈は私以上に怯えて足が震えていた。でもそんな私の思いとは裏腹に、何故か、私達を助けた男性は、殴られた頬を摩りながら笑っていた。

「うわ、俺の一番嫌いな言葉言いやがった。何が祭に喧嘩はつきものだ。そんなのお前らのような理不尽人間の勝手な言い分だな。祭の内容に関係のない傷つけ合いを見て誰が楽しめると思う?あーあ、せっかく、この娘たちが許してくれるって言ってるのに、もういいや。君達、そこの境内の角に下がってて。これだけ説教してもこの三人は話の内容を理解できないようだから。仕方ないな、花笠まつりを楽しんで気持ちよく北海道に帰ろうと思ったけど、この拳に不愉快な気持ちを擦り込んで帰るしかないか」

「何、言ってるんだお前。おい、こいつ話がなげーからさっさと片付けて、あの娘たちと再戦といこうぜ」

「そうだな、よし、やっちまおうぜ」

 三人組はその男性に襲いかかった。私達は心配そうに見ていたが、その心配は全くいらなかった。私達を助けてくれた男性は、笑いながら一発ずつ殴って三人を地面に這わせてしまった。

「おいおい、許してやるのは俺達の方だって言っただろ。それとも俺に殴ってごめんなさい、痛かったでしょ、許してねって、こんな風に謝らせたかったのか?」

「くそー、おい、もう容赦なしだ」

 三人組は三人とも近くに落ちていた角材を持ってその男性に襲いかかろうとしていた。いくら何でもあんな武器を持たれたら、そう私達が思った瞬間、その男性は信じられない行動に出た。私達は目を疑った。その男性は近くで焚かれていた周辺を照らす松明の籠の中に両手を突っ込んだのだ。

「仕方ねえな。大事な商売道具だからあまり手を痛めたくないからな。こいつらビビらせて帰ってもらうか」

「うわー、何だこいつ。自分で手を燃やしてるぜ。お前、頭の中大丈夫か?」

 その男性が松明から両手を取り出すと、その男性の両手は炎を上げて燃えていた。私達は口を抑えて息を呑んだ。しかし、当の本人は平気な顔をして話していた。

「さあ、どうする。帰るか。それとも黒焦げになって死にたいか」

「ハハハ、黒焦げになるのはお前の方だろ。自分の手が燃えてるんだぞ。よし、しばらく見ててやろうぜ。そのうちに自分が黒焦げだ。こいつが死んだって俺達には関係ねえ。だって自分で火の中に手を入れたんだからな」

 しばらくの間、硬直状態が続いた。しかし、燃え広がると思っていた炎はずっとその男性の手からは燃え広がらなかった。

「何で?何でだ。もう五分は経ったぞ。何で全く変化なしなんだよ」

「何だよ、せっかく帰る余裕を五分も与えてやったのに、そんなに黒焦げになりたいのか。だったらお望みどおりにしてやろうかな」

 そう言ってその男性はそのままの位置で三人組に向かって拳を突いた。すると突いた拳の先から火の玉が三人組に向かって飛んで行った。飛んで行った火の玉は一人の胸の辺りに当たった。その火の玉が当たった男の胸の辺りの服に少しだけ火が燃え移った。

「わあ、ヤバい。燃え出した。消してくれ。はあ、良かった」

「さあ、お遊びは終わりだ。どんどん行くぞ。さあ、どうする」

「うわあ、やめろ。おい、こんな化け物と戦えるかよ。逃げるぞ、わあ、助けてくれ」

 その男性のとんでもない行動にビビって三人組は逃げて行った。その男性は三人組が見えなくなるとため息をついて、近くにあった神社の水呑場に手を突っ込んで火を消した。

「はあ、花笠まつり、初めて見にきて、凄く楽しかったのに、最後の最後でケチがついちまったぜ。あ!そんな俺のことはいいや。君達、大丈夫だったかい。怪我は、ああ、ダメだ、水に手を突っ込んだからビショビショだ。もう大丈夫だ」

 私達は自分たちを心配してくれる男性をただただ、ビックリした表情で眺めていた。

「ごめん、驚かせちゃったな。大丈夫、何ともないから、ほら」

「本当に大丈夫なんですか。見せて下さい。火傷とかしてないんですか?」

 私はその男性に駆け寄って手を見せてもらった。男性の手を両手で握った私は引き裂かれた浴衣を抑えていたのを忘れて、浴衣の破れたところから素肌が見えていた。その男性はその姿を見て赤くなっていた。

「手は大丈夫だよ。でもごめん、君さ、そこ、浴衣、君のその姿、目のやり場に困るからさ」

 私はその言葉にハッとして浴衣の破れた箇所を隠した。

「やだ、見ないで」

「いや、見たくて見た訳じゃ。でも見たくて?あれでも見たくて見た、不可抗力でも見たくて見たことは事実か?何言ってるのか分からなくなってきた。いい、とにかく、君達三人に大きな怪我がなくて良かったよ。さあ、帰ろう。送っていくから」

 そして私達はこの優しくて勇敢な男性とタクシーに乗り、帰って行った。最初は喜美の家、次が香奈の家、最後が私の家の順に帰ったが、この男性にはふんだり蹴ったりだった。喜美の家でも香奈の家でも、自分の娘の汚れた浴衣を確認した父親に勘違いされて一発ずつ殴られたからだ。

「ママ、私よ、喜美」

「どうだった?楽し・・・?な、何だ喜美、その格好は」

「あのねパパ、これは」

 ガシッ

「貴様、うちの大事な娘に何をした」

「バカ、パパ、何てことするのよ。この人は私達が男性三人に襲われていたところを助けてくれた人なのに」

「な、何だと」

「もう、分かるでしょ。私達に酷いことをした人がわざわざタクシーで送ってくれる訳ないでしょ」

「痛ってー」

「これはいや、勘違いとは言え、申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。喜美さん、それじゃあね、ゆっくり休んで。お父様もお母様も優しくしてあげて下さい。かなり怖い思いをされたので、それでは」

 そして香奈の家でも。

「ママ、ただいま」

「お帰り、遅かったな。・・・」

「貴様、何だこれは」

「いえ、お父様、これは」

「うるさい、問答無用、お前にお父様と言われる筋合いはない」

 ガシッ。

「もう、パパのバカ。何で殴るのよ」

「香奈、こいつに何をされた。言ってみろ」

「ちょっともう、落ち着いて聞いてパパ。この方は命の恩人なの。私達が男に襲われてたところを一人で助けてくれたの。何で私に何も聞かないで、いきなり暴力を振るうのよ」

「いててて、香奈さんのお父様からはこっちの頬か、参ったな」

「もう、本当にパパのバカ。この方、あ、そう言えばお名前聞いてませんでした。お願いします、教えてもらえませんか?」

「はい、名前は熱身火練、昨日、花笠まつりを見るために初めて網走市から来たんです」

「熱身さんは喜美のパパにも勘違いでこっちの頬を殴られてるんだよ」

「申し訳ない、熱身さん。早とちりで殴ってしまって」

「本当よ、早とちりも甚だしいわ。加害者が堂々と被害者の家に来る訳ないでしょ。考えなくても分かるでしょ」

「いや、この通り、謝ります」

「大丈夫です。学生の頃は結構やんちゃでしたから。殴られることには慣れてますから。じゃあ、香奈さんもゆっくり休んで。お父様、お母様、せっかくの綺麗な浴衣、台無しにしてしまって。もう少し早く気づいてたら。申し訳ありませんでした」

「いえ、熱身さん、助けて頂いただけで十分です。娘が危ないところをありがとうございました」

 最後は私の家。

「ママ、私よ、ただいま」

「月、どうだった、最終日はちょっと見に行けなか・・・、な、月、どうした、その浴衣、汚れて、それにそんなところ破れてるじゃないか」

 ゴン。

「貴様、私の一番大切な宝物に傷をつけおって。許さんぞ。ほら、もう一度こっちを向け。もう一発俺の頭突きをお見舞いしてやる」

「やめて、パパ。熱身さん、ごめんなさい。結局、私もパパの勘違いを防げなかった」

「ああ?月、何だ勘違いって?」

「もう、考えたら分かるでしょ。この方、熱身さんて言うの。花笠を見るために北海道から出てきて、今日ね、私達が男に襲われてるところに一人で助けに来てくれたの。もう!喜美のパパも、香奈のパパも、そしてパパも。娘の話を何も聞かずに熱身さんのこと殴るんだもん。熱身さんが可愛そう」

「大丈夫。まさか月さんのお父様が頭突きで来るとは思わなかったですけど。さすがに頭突きは強烈ですね。お父様の月さんへの思いがこもってるから頭がクラクラします」

 火練はふらついた。

「熱身さん、大丈夫ですか?少しうちで休んでいってください。いいでしょ、パパ、ママ」

 そして私はリビングで火練の手当てをしようとしたが、また火練に自分の天然さを注意された。

「熱身さん、本当にごめんなさい。痛かったでしょ」

「ああ、大丈夫だって言ったけどね、実際はかなり強烈だったよ。何と言ってもお父様たちの拳と頭は君達三人を想う気持ちがこもってるからね。あの時の三人とは比べものにならないよ」

 私は火練の頬を両手で包み込むようにそっと摩った。

「熱身さん、見せてみて」

「いいよ、月さん、大丈夫だから」

「いいから、ほら」

「というか、月さんはもしかして天然?まずさ、自分のことをしようよ。さっき俺言ったよね。浴衣破れてるんだからさ」

「やだ、そうだった。少しだけ待っててね、熱身さん。シャワー浴びて着替えてくる」

 私がシャワーを浴びてる間に火練は両親と会話が弾み、私が着替えて戻った時には仲良くなっていた。

「ハハハ、そうなんですか、おじさん、おばさん。やっぱりそうなんですね」

「あれ?パパ、ママ、何を楽しそうに熱身さんと話してたの?何よ、もう仲良くなって」

「ああ、月、お前のことで盛り上がってたんだよ。月の天然話でな」

「何よ、私のいないところで私の悪口言ってたのね。酷い」

「いや、月さん、別に君の悪口じゃないよ。君の行動やしぐさでほっこりする話をおじさんとおばさんに聞いてたんだよ」

「ああ、そんなことより熱身さん、ほらパパ連中が殴った傷見せて」

「おい、月さん、今の話は終わりかよ」

「ほら、熱身さん、さっき言ってたこと分かったでしょ。月は他のことに意識が行くと今まで話してたことをすぐにすっ飛ばして別の話をするんだよ」

「本当ですね」

「ほら熱身さん、いいからここに座って」

「おい、話を聞けよ」

 私はそんな話は完全にそっちのけで火練の頬を触った。そして先程父に頭突きを受けたオデコのコブも優しく撫でた。すると不思議な現象が起こり、火練の口内の切れた箇所、そしてオデコのコブもすうっーと引いていった。

「え?何これ、口の中の傷も無くなった。ええ!オデコのコブも引いた。月さん、一体何したの?」

「え?別に何もしてないよ。熱身さんだって見てたでしょ。熱身さんの顔を触ってただけじゃない。熱身さんの回復する力が凄いんでしょ」

「あ、ああ、月さんがそう言うなら信じようかな。何と言っても君は不思議ちゃんみたいだから」

「もう、何よ、それって私を褒めてるの?それともけなしてるの?」

「ハハハ、本当に月さんて一緒にいると楽しい娘ですね。おじさん、おばさん」

「熱身さんにそう言ってもらえると私たちも嬉しいよ」

「でもさっきもそうだったけど、あまりに天然すぎてちょっと腹の立つ時もありますけど。それでは、外にタクシーも待たせてありますし、私はそろそろ宿泊してる駅前のホテルに戻ります。明日、北海道に帰る準備もしないといけないので。あ、そうだ。もし良かったらこれ、僕の名刺、渡しておきます。網走市で二ポポっていう民芸品を父親と一緒に作ってますから、機会があれば遊びに来てください」

「ありがとう、喜美ちゃんと香奈ちゃんの家にも伝えておくよ」

「どうも遅くまでお邪魔してすいませんでした」

「いや、お礼を言うのはこちらの方だよ。大事な娘の危機を救って頂いて、本当にありがとうございました」

 そして火練は私の窮地を救った翌日、故郷に帰っていった。


 8月二十八日、今日は旧暦でいう8月一日に当たる。そう今日はいよいよ下水流臼太鼓踊の奉納日だ。

 この下水流臼太鼓踊は私の住む西都市のうち、穂北の下水流地区に伝わる踊りで、宮崎県・熊本県・沖縄県の各地で行われる臼太鼓踊りのひとつ。毎年旧暦の8月一日に、五穀豊穣と水難・火難除けの祈願を込めて南方神社・一ツ瀬川原・火の神前に奉納される、臼形の大きな太鼓を打ちながら踊るものである。起源は文禄・慶長の役の際の加藤清正の戦術にあると言われている。市内の小・中学校ではこの踊りをアレンジしたものを運動会などで踊っているので、私達は小さい頃から馴染みがある踊りなのだ。

 本来、奉納の踊りは成人男性が担当するものだが、私はその踊りのスキルを買われて中学生の時に特例として女性で初めて奉納の踊り手として参加したことがあった。私は本当に踊ることが大好きなのだ。だけど、あの事故以来、私は人前で踊ることが怖くてずっと自分の気持ちを押し殺している。今年もその踊りを見物するだけ。それでも私はこの踊りを楽しみにしている。そう、私は海斗があんなことにならなければ、中学を卒業したらダンススクールに通わせてもらってプロになるという夢を持っていた。だから今でもどうしても踊りたくなる時がある。そんな時は家で一人になった時や海斗が自分の部屋にいる時だけ、家の庭で誰にも見られないように踊っているのだ。

「何か、今日、奉納踊があると思うと、自分でも体を動かしたくなっちゃうな。よし、確か海斗は部屋にいるから、少しだけ踊ろう」

 私は久し振りにイヤホンで音楽を聴きながら踊った。

「はあ、はあ、やっぱり気持ちいいな。よし、もう一曲」

 しかし、この姿を海斗は家の中でこっそり見ていた。

「姉さん、やっぱり。踊ってる時の姉さんはやっぱり綺麗だ。それに本当に楽しそうだな。やっぱり姉さんはここで自分のために犠牲になってちゃダメだ。よし、こうなったら俺だって」

 そう心に決めた海斗は自分一人でもこの街で生活できるようにと、まずは坂道の多いこの街でも一人で出かけられるように、一人で外出していった。

「よし、そろそろ海斗と一緒に奉納踊見に行こうかな。海斗、ごめん、お待たせ。出かけよう」

 そう言って海斗の部屋のドアを開けたが、海斗の姿はなかった。

「あれ、海斗、どこ?トイレなの?いるの?ねえ返事して。やだ、どこ行っちゃったの。海斗、海斗―ー」

 私は海斗を探しに家から飛び出した。

「海斗―――。海斗――――。お願い、どこ行ったのよ。返事してよ」

 私は早くも涙目になっていた。

「何だよ、水稀、どうしたんだよ」

 今日、奉納踊を一緒に見に行く予定にしていた雷蔵が家から出てきてくれた。

「雷蔵、どうしよう。海斗が、海斗がいなくなっちゃったの」

「何だよ、お前、家にいて海斗が出て行くことに気付かなかったのかよ」

「うん、ごめんなさい。それは・・・」

「まあいい。そんなこと言ってる場合じゃない。よし、一緒に探すぞ。海斗は車椅子だし、それにこの坂道の多さだ。そんなに遠くには行ってないはずだ」

 私は雷蔵と一緒に海斗を探しに出かけた。

 一方、一人で出かけた海斗は。

「うわあ、やっぱり姉さんの言ってたとおり、坂道が多いし、歩道は狭い所やない所が多い。段差も多いし、奉納踊の会場まで行けるかな?あ、いや、ダメだ。こんなこと言ってたら。行けるかなじゃない。行かなきゃいけないんだ。自分一人で動けるところを見せて、絶対に姉さんを自由にするんだ」

 そう言って再び車椅子を動かし始めた海斗の背後から乗用車が近づいてきた。そして海斗は次の瞬間、後ろから物凄い衝撃を受けて気付くと道の路肩に横たわっていた。そして反対の路肩には元の形状を留めない車椅子が転がっていた。

「痛いよ。うううっ」

 海斗を撥ねた乗用車は少し先で停車し、ドライバーと同乗者一人が降りてきた。

「おい、ヤバいぞ、これは。どうする?」

「おい、どうせこんな田舎だ。目撃者もいなさそうだから。それに坂道が多いから、車椅子の操作を誤って、ほら、そこから車椅子ごと落ちたことにしちゃおうぜ」

 海斗を撥ねた加害者二人はそう言ってまず壊れた車椅子を崖から落とした。

「よし、後はあいつだ。二人でこっちの路肩まで引き摺っていくぞ」

 二人が海斗の手を掴んで引き摺り始めたその時。

「おい、お前ら、何やってるんだ。俺は見てたからな。おい、その手を放せ。潰れた車椅子を落としたのも見てたぞ」

「やばいぞ。どうする?」

 そして道路に横たわる海斗を私は発見した。

「か、海斗!どうしたの?」

「ね、姉さん、ごめん。また、姉さんに心配かけちゃった」

「あ、君、その子のお姉さんか?その子、こいつらに撥ねられたんだよ。それでこいつら救護措置もせずにその子をここから落とそうとしてたんだ。車椅子はもうそこの崖下だよ」

 私はその状況を聞いて激しい怒りを覚えた。

「何てことを。酷い。あなたたち、それでも人間なの?」

「そんなことより、早く、お姉さん、救急車を呼んで」

「そうですね、あ!ダメだ。スマホ家に置いてきちゃった」

「え、そうなの?参ったな。君みたいな若い娘だったら必ず出かける時はスマホくらい持ってると思ったんだけど。俺、持ってるんだけど、さっき充電切れちゃって」

「おい、目撃者がいたけど、俺たち、ついてるかもな。この二人、見事に連絡手段持ってないから。三人ともないものにしちゃえばさ」

「くそ、何て下種な奴らなんだよ」

「うるさい、よし、まずはこのおっさんを潰してから、そっちの二人をやろうぜ」

 そして海斗を撥ねた二人は目撃者の男性を襲った。目撃者の男性は二人がかりで襲われたこともあったけど、喧嘩はダメなようだった。

「アハハ、このおっさん、弱いな。簡単に終わっちゃったよ。よし、今度は撥ねちゃった弟の方を先に落としてしまうか」

「止めて、海斗は怪我してるの。触らないで」

 私は襲いかかろうとする加害者の一人から庇うように横たわる海斗に被さった。

「姉さん、逃げろよ。俺のためにこんな奴らに姉さんが傷つけられることなんかないよ。俺はどうせこんな体なんだ。俺がいなくなれば姉さんだって自由になれるだろ」

「何言ってるのよ、海斗。あなたが死んだら、私だって生きて行けないよ。今度は私が海斗のために命を賭けるんだから。今度は私があなたを守るんだから」

「おい、お涙ちょうだいの姉弟愛劇場はあの世でやってくれ。おい、女、どけよ。先に弟から落としてやるって」

「嫌よ、海斗には手を出させない。やるなら先に私をやればいいでしょ」

「しょうがねーな。お望みなら仕方ない。先にしてやるよ」

 男はそう言って手に握っていたバールを私に振り下ろしてきた。私は咄嗟に路肩を流れていた用水の綺麗な水に浸かっていた右手を翳した。その時、全く予想していなかったとてつもなく不思議な現象が起こった。私にバールを振り下ろした男はバールを弾かれて後ろに尻餅をついた。

「な、何だ?お前、何だよそれ?」

 咄嗟に翳した右手を見ると、私は右手に何かを握っていた。何て表現したらいいのか?私は水を握って?いたのだ。その握った水が棒のようになっていたのだ。

「何これ?」

「ね、姉さん!何なの?それ?」

「分からない。私の体、どうなっちゃったの?」

「くそ、何だよこの女。武器なんて持ってなかったはずだろ?何だよ、それは。くそ、今度こそ」

 再び、男が襲いかかってきた時、私は男の持っているバールを何とかしようと心の中で思った。すると棒のようになっていた水が今度はしなやかな鞭のように変化した。私はそれを男に向かって振った。その鞭は男のバールに巻き付き、それを奪って遠くに飛ばした。

「うわあ、しまった。何だよ、一体、何なんだよ、この女、化け物かよ」

 男のバールを奪った後、少しホッとした私の右手からは水が流れ落ちた。

「よし、あの不思議なものが無くなった。今度こそ」

 私は男に首を絞められ始めた。

「うううー、」

「やめろよ。姉さんを離せ」

 私の後ろにいた海斗が助けてくれようとしている。海斗を助けてくれた男性は倒れながらももう一人の加害者の足にしがみつき、蹴られてもこちらの男に加勢するのを阻止してくれている。でももうダメだ。意識が薄れていきそうだった、その瞬間、私の首を絞めていた男が消えた。

「テメー、俺の一番大事な女に何してるんだ。許さねえぞ」

 雷蔵だった。雷蔵は私が殺されそうになっていたのを見て、完全にキレていた。雷蔵はその男に馬乗りになって、その大きな体のパワーで二発殴った。もっと殴ろうとしたが、私が咳込んだのに気付いて、私に駆け寄った。

「ゴホッ、ゴホッ。はあはあ」

「水稀、大丈夫か。しっかりしろ水稀」

「ありがとう、雷蔵。私は大丈夫。でも海斗が、お願い、雷蔵。スマホ持ってる」

「ああ、あるよ」

「救急車呼んで。海斗は、海斗が車に撥ねられたの。早く病院に連れていきたい」

「分かった」

 雷蔵は救急車を呼んだ。

「くそ、この状況はまずい。おい、逃げるぞ」

 男たち二人は車に戻り、逃げようとした。



 俺は男たち二人にボコボコにされて倒れていたが、そのうちの一人が、今、姉弟を襲っている別の一人に加勢しないように、男の足に必死にしがみついていた。

「おい、離せよ。弱いくせにしつこいな、このおっさん」

 この後、体の大きな男性があの姉弟を助けた。

「うわっ、何だあのバカデカい奴は。まずいな。分かった、よし、逃げよう。は・な・せ・よ」

 俺の拘束から逃れた男は、もう一人と逃げて、車に乗り込んだ。俺は弱いくせに立ち上がってから逃がしたことと、自分の弱さに腹を立ててくやしがった。

「くそ、逃がした。何で俺はこんなに喧嘩がダメなんだろう」

 俺は逃げた男たちの車が動き出し、遠ざかっていくのを見ながら自分の不甲斐なさを地面にぶつけるように右足で地団駄を踏んだ。その後、俺はビックリするような光景を目撃した。逃げていく車の進行方向の道路がひび割れ、隆起したのだ。車はその突然の自然の悪戯に足をすくわれた。車は横転し、天地逆になって、男たちは車から出られなくなってしまった。

「な、何だよ。何が起こったんだ。でも凄いタイミングだな。地震かな?いや、違うか?こんな近くにいて、俺が揺れを感じてないんだから。よし、そんなことより、あの姉弟が心配だ。それにあのお姉さんの方、大丈夫だったのかな?あいつバールを持ってたけど」

 俺は姉弟と助けに駆け付けた男性に合流した。



「しっかりしてよ、海斗。どう、どこか痛いところはない?」

「うん、痛っ!」

 海斗をよく見ると、右手の小指が有り得ない方向に折れていた。

「ああ、海斗、小指が」

「そうだね、折れちゃったみたい。ごめん姉さん。俺、また姉さんを危険な目に遭わせちゃったよ」

「バカ、またって何よ。あの時は海斗のせいじゃないでしょ。あの時は海斗が私のために命を賭けて助けてくれたんじゃない」

「雷蔵もごめんね。俺、何とか姉さんに迷惑・・・」

「いいよ、海斗。ほら、そんなことより、救急車が来たから。まずは早く病院へ」

「良かった、お姉さんも弟さんも何とか無事みたいですね」

「あ、雷蔵、この人が事故の目撃者、最初に海斗を助けてくれた人」

「どうも、土門振と言います。ここには下水流臼太鼓踊りを楽しみにして来たんですが、まさか会場に行く時にこんなことに遭遇するとは。でも申し訳なかったです。お二人を私が助けられれば良かったんですが、喧嘩はからっきしで。おかげでこの通り」

「いえ、そんなこと。海斗が助かったのはあなたのおかげです。ありがとうございました」

「僕からもお礼を言います。この二人は俺の大切な家族なんです。本当に助かりました。さあ、あなたもかなりお怪我されてるようですから、一緒に病院へ」



 四人は救急車で病院へ搬送され、海斗を轢いた犯人達は動けなくなった車から救出され、その場で即逮捕された。これも全て土門さんの目撃情報のおかげだった。犯人は素直に事情聴取に応じていたそうだ。

 海斗の怪我も奇跡的にあの右手小指の骨折以外は数か所の擦り傷だけで、内部には全く異常なしと診断された。土門さんもあれだけ犯人に殴られ蹴られたが、大事には至らず、全治二週間の打撲で済んだ。

「土門さん、手当てを受けてすぐに警察の事情聴取まで、本当に弟のことで大変ご迷惑をおかけしました」

「いえ、弟さんも小指の骨折はあったけど大事には至らず、そしてあなたにも怪我がなくて良かった。あ、そう言えば、まだ皆さんのお名前聞いてませんでしたね」

「す、すいません、失礼しました。私は流水稀と言います。そしてこっちは私の弟で海斗です。そしてこちらは」

「どうも、私は春正雷蔵と言います」

「あれ?でもさっき、あの現場で水稀さんと海斗くんは大切な家族だって。苗字違うんですね」

「もう、雷蔵のバカ。あんたがあんなこと言うから、土門さん勘違いしてるじゃない」

「いやあ、わりー。だってよ、俺にとってはそれくらい大切だっていう気持ちだったんだから。すいません土門さん。俺は水稀の幼馴染の同級生。家も隣同士で生まれた時からずっと一緒なんで」

「それにね、雷蔵はね、姉さんにベタ惚れだから」

「ば、バカ、海斗何言ってるんだよ。そんな訳あるか」

「照れちゃって。もう俺、分かっちゃったもんね。だって、あの現場で姉さんを助けた時、あの男に思い切り叫んでたじゃないか。俺、全部覚えてるからな」

「何だよ、俺、何か言ったか?俺、頭にきてて全く憶えてないわ」

「だって、“テメー、俺の一番大事な女に何してるんだ。許さねーぞ”ってさ。あの時の雷蔵の顔、怖すぎて見てた僕も震えがきちゃうくらいだったからさ」

 私は雷蔵と目が合い、お互い下を向いた。

「やだ、雷蔵、何よ、冗談はやめてよね」

「ああ、冗談だよ、冗談」

「もう、姉さんだって、本当は雷蔵のこと、まんざらでもないくせに。二人とも素直じゃないんだから。全く、ウブだね」

「バカヤロー、お前が言うな」

「そうだよ、海斗、弟のくせに。姉さんをからかわないの」

「ハハハ、そうなんだ。お似合いだね。三人ともとても仲がいいし。素敵な家族じゃないですか」

「だから、土門さん、家族じゃないって言ってるでしょ」

「いや、お互いが三人ともそれぞれのことを思いやってて、素敵ですよ。羨ましいですよ」

「あれ?土門さんて今、おいくつなんですか?」

「三十八です。もうアラフォーです。でも独身で、彼女なし。だから今の言葉なんですよ。お二人は?海斗くんは?」

「俺と水稀は今年で二十歳です。水稀は誕生日が9月なんでまだ十九だけど。海斗は俺達の五歳下、十五です」

「高校一年です」

「そうか、若いっていいですね」

「そうですか。独身で彼女なしか。土門さんも頑張って俺みたいに最高の女と出会えるといいですね」

「あ、雷蔵くん、年下のくせにまさかの上から目線ですか」

「そうよ、雷蔵。それにあなたの女って誰よ。まさか私のこと言ってるの?あなたの彼女になるなんて一言も言ってないんですけど。勝手に自分の中で決めないでよね、失礼しちゃう」

「あ、いや、それは・・・」

「プっ、雷蔵、心の声が漏れ過ぎ」

「うるさい、海斗。お前こそ、五歳も年下のくせに悟り過ぎだ」

「はあ、本当に仲がいいね。本当にみんな無事で良かった。でも水稀さんも雷蔵くんも、もっとしっかり海斗くんのこと見ててあげないとね。僕も西都市、車でだけど少し見て回ったけど、坂が多いし、道路の整備に関しても、とても車椅子の人が介助なしで出歩くには厳しいと思うよ。観光で来てる僕のような部外者がそう思うんだから、地元の君達がその辺り、感じてないはずないよね」

 私と雷蔵が土門さんに責められるような言葉を投げかけられると、海斗が反論した。

「違うんだよ、土門さん。今日のことは全部、僕が悪いんだ。姉さんや雷蔵には、いつも口が酸っぱくなるほど、今のことは言われてたんだ。今日、本当に一人で出かけてみて、その意味がよく分かったよ」

「そうだよ、海斗。何で、何で、突然、勝手に一人で出かけたの。私、もうビックリして、心配で心配でたまらなかったんだよ」

「ごめんよ姉さん。でも今日のあの姉さんの姿を見たら、俺、どうしても、これ以上、姉さんに頼ってちゃいけないなって思ったんだ」

「何で?どういうこと」

「姉さん、俺、知ってるんだよ。姉さんが隠れて誰にも見られないように、たまに家の庭で踊ってること」

「え!海斗、見てたの」

「うん、少し前から気付いてたよ。姉さんは昔から踊ることが大好きだったし、それに凄く上手じゃないか。だから本当は中学の時は卒業したらプロになるって、あんなに瞳を輝かせてたのに。俺のせいで」

「だからそれはあなたのせいじゃ」

「うん、ごめん、もうそれはいいんだ。それよりも俺、姉さんが隠れて踊ってる姿を見て思ったんだ。姉さんはやっぱり踊ってる時が最高に綺麗で素敵だって。それに踊ってる時はどんな時より楽しそうな顔してるんだ。やっぱり姉さんは夢を追いかけなきゃいけない、そう思ったんだ。だから姉さんの夢を俺が潰す訳にはいかない。だからそのためには何でも一人でできるようにならなきゃ、そう思ってまずは最初に一人で出歩けるようになって、姉さんを、姉さんを自由にしたかったんだ。だから、だから。でもダメだった。結局、こんなに、雷蔵や土門さんにまで迷惑かけて。くそ、この足さえ動いてくれたら、くそ、くそー」

 私は泣きながら骨折してギプスをしている右手で自分の腿を叩く海斗を止めた。

「ダメだよ、海斗。止めて、怪我した手でダメ」

 私もこの海斗の想いを聞いて、涙が止まらなかった。

「ごめんね、海斗。私が隠れて、まだ踊ることに未練を残してるからこんなことに」

「違うよ、姉さんが悪いんじゃないよ」

 私が海斗とお互いを庇い合ってると、雷蔵が口を挟んだ。雷蔵も涙を流していた。

「本当に水稀も海斗も、お互いのことを思いすぎて自分を責め過ぎだ。ダメだ、もう見てられない。よし、決めた」

 そこへ連絡を受けた父と母が飛び込んできた。

「海斗、水稀。大丈夫か、え、どうなんだ」

「パパ、ママ、ごめんね心配かけて、全部私がいけないの。家で海斗から目を離したから」

「何で姉さんが謝るんだよ。姉さんの言うことを守らなかったのは俺だから、父さん、母さん、全部俺が悪いんだ」

「もう、今はそんなことどうでもいいのよ。怪我は、どうなの?」

「うん、私は大丈夫よ。でも海斗は右手の小指が、骨折だって。でもそれ以外は大きな怪我はなかったの」

「でも話を聞いたら、その後、海斗を轢いた男たちに殺されそうになったと聞いたぞ」

「うん、でもこちらの海斗が魅かれたのを見ててくれた土門さんが体を張って助けてくれたの」

「まあ、それは。何てお礼を申し上げたらいいんでしょう。だから、こんなにお怪我されてるのね。申し訳ありません」

「いえ、これは、私が弱いからです。私、喧嘩は滅法苦手なので、犯人たちにボコボコにされてしまって。海斗くんを守ったのは私ではなく、水稀さんですよ。最後は雷蔵くんが助けたみたいですけど、それまでは水稀さんが。凄いんですよ水稀さん。多分あれはバールを持って殴ろうとしてたと思うんですけど、いつの間にかそれを奪って、海斗くんを守ったんですから」

 この話を聞いて思い出したように海斗が話し始めた。

「そう、土門さんの言うとおり、姉さん、凄いんだよ。まるでマジックを見てるみたいだった。というかマジックでもあんなことできないと思う」

「何だよ、海斗、水稀がどうしたんだよ」

「うん、雷蔵も聞いてね。あの時、姉さんは僕を守ろうとして、僕を庇ってくれてたんだ。そこに男がバールで姉さんに殴りかかろうとしたんだ。でね、姉さんが右手を翳したら、姉さんが翳した手に持っていた棒に男のバールが当たって弾き飛ばされたんだ」

「でも、海斗、あの場所にそんな棒みたいなもの落ちてなかったぞ」

「うん、それが不思議なんだ。その棒、水でできてたんだ。その後、再び男が殴りかかろうとしたら、今度はその姉さんが持っていた棒が鞭みたいに変化して、男のバールに巻き付けて飛ばしてしまったんだ」

 この海斗の話に父も母も、雷蔵、土門さんも完全に海斗を疑いの目で見つめた。

「ちょっと、父さん、母さん、雷蔵、土門さんまで、本当なんだって。じゃあ、姉さんに聞いてみろよ。俺を守ってくれたのは姉さんなんだから」

 そう言うとみんなの視線は私に向けられた。そして私に視線を移した土門さんは私の右肩に、着ていたタンクトップに少し隠れた痣を見つけた。そして土門さんはいきなり私に近づいて私のタンクトップの右肩の部分をめくった。しかし、この土門さんのいきなりの行動に父と雷蔵が凄い剣幕で怒った。

「水稀さん、え、その右肩の痣って?まさか、見せて」

「いや、土門さん、何するんですか」

「ちょっと、土門さん、うちの娘に何を」

「土門さん、何するんだよ。俺の大事な水稀に、いくら二人の恩人でも、やっていいことと悪いことがあるんだよ」

 土門さんは雷蔵に首を掴まれて私から引きはがされた。

「ううっ、い、や、雷蔵くん、ご、め、ん。頼む離してくれ。ふう、はあはあ。水稀さん、ごめん思わずつい。でもお願いだ。別に水稀さんに酷いことをしようとした訳ではないんだ。私はその痣に凄い興味があって。水稀さん、その痣、全部見せて欲しいんだ」

 私は自分でタンクトップをめくり、土門さんに痣を見せた。

「やっぱりだ。間違いない。こんなにはっきりと。模様は私のと違うけど、じいにもらったあの絵にあった模様の一つだ」

「土門さん、この痣がどうかしたんですか?」

 土門さんは自分のズボンの右脚の裾をまくりあげて、脹脛を見せた。

「実は水稀さんの痣とは形が違うけど、私の脹脛にも似たような痣があるんです」

「本当だ。でもこれが何か?」

「はい、今まで私もこれ、ごく普通の痣だと思ってたんです。でも先日、亡くなった祖父にうちの家系に昔から伝わっている、ある一枚の絵を託されたんです。今、持ってますから見て下さい」

 そう言って土門さんはリュックから額縁を取り出した。

「見て下さい」

 その絵を見せられた私、両親、海斗、雷蔵がみんな目を見開いていた。

「うそ!これ、この模様、私の右肩の痣と全く一緒の模様。わあ、本当、土門さんの脚にある模様も。土門さん、何ですか、この絵?どんな意味の絵なんですか?」

「うん、実は祖父に託された時に私も聞いたんですけど、この絵がどんな意味を持つか、時代を経て行くうちに薄れて上手く伝わらなかったようなんだ。でもいつか絶対に必要になる時が来るからということで、ずっと大事に引き継がれてきたみたいなんだ。詳しいことは分からないけど、どうやら祭に関係するものであることは確かみたいなんだ。だから私は祖父の思いも継いでこの絵の真意を確かめる目的で今、全国の祭を見て歩いている途中なんだ」

「姉さん、何か、不思議だね。土門さんに俺が助けられたこと、そして土門さんと姉さんがその痣のことで繋がりがあるかもって。それにそれが祭と関連するなんて可能性があるって。それが本当なら、もしかしたら姉さんの大好きな踊ることとも関連してるかもしれない。そんな可能性があるならやっぱり姉さんは、踊り続けないといけないんだよ。だからね、姉さん、僕のことはもう気にしないで、姉さんの夢を追って欲しいんだ」

「でも、でも」

「あーー、もうじれったいな、水稀は。少しは海斗の優しさ、覚悟を汲んでやれよ」

 雷蔵はそう言うと、私の両親の目の前で土下座した。

「おじさん、おばさん、お願いします。今までこいつが諦めてた夢、プロのダンサーになることを追いかけさせてやってくれませんか?海斗だってそれを望んでるんです」

「ちょっと、雷蔵。あなたがお願いすることじゃないでしょ」

「うるさい、水稀は黙ってろ。これは俺の夢でもあるんだ。海斗も言ってたけどお前が踊ってるときのあのキラキラ感、あれは本当に五年前から無くなってしまっていた。俺もあの本当に楽しそうに踊る水稀の笑顔が取り戻せるなら、海斗に加勢する。お願いします、おじさん、おばさん、海斗の面倒は全て俺が見ます。学校への送り迎え、弁当の準備。料理はほとんどしたことないけど、我慢しろよな海斗。やってれば少しは上手くなるはずだからよ」

「でもいくら仲がいいからって、そこまで雷蔵くんに迷惑をかける訳には」

「いいんですよ、おじさん、おばさん。俺がしたいからやるんです。だから迷惑だなんて思ってません」

「仕方ない、我慢してやるか」

「な、何だ海斗、その上から目線の物言いは。俺がおまえの面倒を見てやるって言ってるのに」

「やだやだ、雷蔵。その恩着せがましい言い方。もっとスマートに父さんや母さんにお願いできないかな」

 こんな海斗の言い草にいつも優しい母の鉄拳が落ちた。ゴン!

「痛ってー、な、何するんだよ母さん」

「海斗、いくら冗談でも言葉が過ぎるわよ。雷蔵くんがどれだけの思いでこんなこと言ってるか分かってるの。雷蔵くんだって仕事があるのよ。それも次期社長としての。その仕事にあなたの世話がどれだけの負担になるかは図り知れないわ。それを理解せずにそんなことを言ってるなら、いくら私があなたの母でも許せないわ」

「ちょ、ちょっと、おばさん。俺は別に」

「いいえ、雷蔵くん、これは許せないわ。雷蔵くんのこれだけの覚悟を冗談で返すなんて許せない。雷蔵くん、あなたのお気持ちは嬉しいけど、海斗がこんな気持ちじゃ、雷蔵くんのお願いを聞き入れる訳にはいかないわ」

「おばさん、いいんです。本当に。俺、こんな風に海斗と話すのも大好きだから。本当の弟ができたみたいで。それに俺、もう一つ考えてることがあるんです。海斗が学校を卒業した後のことです。海斗に今持ってる夢があるなら別ですけど、卒業したらうちの会社で働いてもらえたらって考えてるんです。海斗は水稀と違って、ここ、頭の良さはピカイチじゃないですか。良かったらうちの経理を任せられるような人材になってほしいと思ってるんです。海斗、おまえ特に理数系が得意だろ。まあ他に持ってる夢があれば別だけど」

 海斗はこんな真剣に自分のことを考えてくれる雷蔵の言葉に涙で応えた。

「グスン、雷蔵、ありがとう。ただ幼馴染の姉さんの弟ってだけでこんなに自分の将来のことまで考えてくれてるなんて。ごめんなさい、雷蔵の思いも考えずに失礼なこと言って」

「いいよ、お前の姉さん思いのその気持がとにかく俺も嬉しいんだ」

「ちょっと、雷蔵、何であなたはそんなにお人よしなのよ。何で私のためにそこまで」

「当たり前だろ、これくらい。惚れてる女に最高の笑顔でいてほしいと思うのは自然なことだろ。あ!しまった、おじさんとおばさんの前で何を言ってるんだ俺は」

「やっぱり、雷蔵くん、水稀のこと、そんな風に想ってくれてたんだね」

「え、何!パパもママも雷蔵が私のことそんな風に想ってたの気付いてたの?」

「薄々ね。あなたとは人生経験が違うからね。それにしたって水稀はこういうことに鈍感すぎよ。普通なら少しは分かるはずよ」

「だって」

 私はそう言いながら雷蔵を見上げた。目が合って雷蔵と私は目をそらした。

「あーーあ。雷蔵も姉さんもお互い、こういうことにはからっきしなんだね。でも姉さん、雷蔵に何気なくディスられてるの聞き流しちゃうんだね」

「あ、そうだ、忘れてた。雷蔵、あんた、何よ、海斗は私と違って頭の良さはピカイチって」

 私はそう言いながら雷蔵の尻を蹴とばした。

「痛ってー、何するんだよ、水稀。別に俺はディスった訳じゃないだろ。ありのままの事実を言っただけじゃないか、それの何が悪いんだよ」

「もう、雷蔵、まだ言うか」

「やめろよ、叩くなよ。怒るってことは自分でも納得してるってことじゃないのか。やめろって、お願い、蹴るなよ。水稀のケツキック、半端なく痛いんだからよ」

「ハハハ、何かここに来て良かったな。下水流臼太鼓踊りは見られなかったけど、とても素敵な家族愛が見れたし、それにこの絵の真意に少し近づけたかもしれないから」

「ごめんなさい、土門さん。楽しみにしてたんでしょ、臼太鼓踊り」

「いいよ、海斗くんはちょっと小指が大事になっちゃったけど、水稀さんも無事だったんだ。これで御の字にしないと」

「そうよ、土門さん、海斗もすぐに退院できそうですし、うちで晩御飯でもいかがですか」

 そして私はこの日、両親と心優しい弟とずっと私を想い続けてくれる幼馴染に背中を押され、自分の夢を追いかける決心をした。その中でみんなで食べたご飯はとても美味しかった。

 土門さんとはあの不思議な絵と痣の謎もあるので、お互いに連絡先を交換し、土門さんはまた別の祭を求めて旅立っていった。


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