第十二話
私の知らないところで光星たち六人が作業を始めた頃、私は今までずっと迷惑をかけてきた祖父と母親への恩返しとして、カラオケに行ったり、祖父や母親の友人たちの前で歌声を披露していた。そんなこともあって、私はいつの間にかその歌声の噂が広まり始めていた。
そんな自分自身も充実した一月を過ごし、二月に入った最初の週末、光星は実家に帰るために荷造りしていた。
「ねえ、光ちゃん。私も光ちゃんの実家に行きたいよ。だってお父様とお母様に新年のご挨拶もしてないんだよ。直接お会いして言いたいよ」
「うん、分かったから。でもそれはまた今度ね。今日はどうしてもダメなんだよ。向こうで大事な友達とちょっとやることがあるからさ」
「大事な友達って誰?私にも話したことない友達?」
「あ、ああ、うん、あ!もうこんな時間だ。ごめんな陽向、もう出かけないと新幹線の時間に間に合わないよ。じゃあね」
「ちょっと、光ちゃん、まだ話が・・・」
光星は私との話を途中で切り上げて出かけてしまった。
「あーーあ、行っちゃった。酷いな。でも何か光ちゃん、歯切れが悪かったな?」
私は光星の対応に少し疑問を持ちつつ、家に戻ろうと歩いているとスマホに着信があった。画面を見ると光星の父親からだった。
「はい、陽向です」
「ああ、ごめんね、陽向さん。まだちょっと朝、早かったから寝てたかな?」
「いえ、大丈夫です。おはようございます、お父様。こんな時間に私に何か御用ですか?」
「あ、いや、別に特別な用という訳ではないんけどね、ちょっと真波がね」
「え!お母様が何か?」
「うん、ちょっと言い難いんだけど、陽向さんの誕生日ってさ」
「はい、私の誕生日は来月の六日ですけど」
「だよね。そうだよね、ゴメン、真波がね間違えて今月だと勘違いしてそちらにプレゼントをもう送ってしまったんだ。多分、今日の午前中に届くと思うんだけど」
「ええ、そんな、私、まだ、お父様やお母様にご迷惑ばかりかけてて、特にお母様には良く思われてないと思ってたのに」
「何言ってるんだい、陽向さん。そんなことはないよ。陽向さんは光星が認めた素敵な女性なんだから。私も真波も光星が大怪我したあの時に、陽向さんが一途に尽くしてくれる姿を見てるから、私達も陽向さんのことは大好きだよ」
「ありがとうございます」
「でね、そんな陽向さんに誕生日プレゼントをね、張り切って真波が選んだんだけど、ちょっと気持ちが暴走して、フライングしちゃったから、そのことを届く前に伝えておこうと思ってね。真波が自分で陽向さんに話すの恥ずかしいから私がね電話したという次第なんだ」
「本当にありがとうございます。凄く嬉しいです。あの、お願いします、お父様、お母様に代わって頂けませんか?」
「ほら、真波、陽向さんが代わってほしいって言ってるから」
「嫌よ、だって恥ずかしい」
「いいから、ほら」
「あ、陽向さん、あのね、ごめんね、私、勘違いで」
「お母様、本当にこんな私のために。もう全く予想してなかったので、ビックリで。何かこんな素敵なサプライズ電話で、グスン、何か涙が出てきちゃいました。お母様、お父様、大好きです。あ、もうダメだ、こんな電話だけじゃ我慢できなくなってきちゃった。あの、お母様、お願いがあるんですけど?」
「何?」
「あの、今日、光星さん、そちらに今向かってるじゃないですか?」
「え?は?光星がうちに?」
「あれ?だって光星さん、今日、実家で地元の友人とやることがあるから帰るって、経った今出かけて行ったんですけど」
「あら?あなた、今日、光星、戻ってくるって、そんな話聞いてる?」
「いや、何も聞いてないぞ?」
「可笑しいわね、うちでこっちの友人に会うなら、一言くらい私達に何か言ってくれてもいいはずなのに」
私は光星が両親に帰省することを伝えてなかったことと、さっきの歯切れの悪い対応にさらに疑心暗鬼になった。
「そうですか?だから光星さんもそちらに向かってるので、という訳でもないんですけど、さっき出かける光星さんにも伝えたんですけど、まだお父様とお母様に直接新年のご挨拶もできてないから一緒に行きたいって言ったんですけど、ダメだって言われて。でも、こんな素敵なサプライズをしてもらったので、どうしても私、そちらに伺ってお礼が言いたいんです。私もそちらに今から伺ってもいいですか?」
「いえ、陽向さん、いいから、そんなに気を遣わなくて。私が失礼なフライングをしただけだから」
「いえ、そんな失礼だなんて。だって私のためにお母様が真剣に選んで下さったんですよね。電話じゃなく、直接お二人にお礼が言いたいんです。それとも私が伺ったらご迷惑ですか?」
「そんなことないわよ。だって光星の大切な彼女なんだから。私だって陽向さんのことはもう娘だって思ってるから。こんな素敵な娘ができて私もお父さんも凄く嬉しくて。陽向さんにプレゼント選んでる時も、女の子のものを選ぶなんてお隣の咲良ちゃんへのプレゼントの時以来だったから楽しくてね。分かったわ、陽向さん。でも本当にいいの?」
「はい、私がどうしても行きたいんです」
「ありがとう、陽向さん。でも急がないで、気を付けてね」
「はい、じゃあ、今からそちらに向かいます」
そして私は光星が出かけてから三十分後に、東京に向かった。
光星の実家には続々と七人でのパフォーマンスの打合せのために陽向以外のメンバーが集結していた。
「はい、どちら様?」
「ヤッホー、光星さんのパパ、ママ」
「だから、月さん、君が挨拶すると面倒なことになるから」
「ちょっと、もう」
「すいません、こちら金愛光星さんのご実家でよろしいですか?」
「はい」
「すいません、私、熱身火練と言います。火の国当主の末裔と申し上げたらご理解いただけますでしょうか?」
「ああ、そ、そうですか。分かりました。今、玄関、お開けしますね」
「すいません、今日、こちらで光星さんと打合せをすることになってまして、お邪魔したんですが」
「まあ、そうですか。そう言うことだったのね。それならそうとあの子も言っておいてくれれば良かったのに。さあ、どうぞ」
「ヤッホー、そうか、こちらが光星さんのママか、ふーん、やっぱり光星さんのママだけあって綺麗なママだね」
「ちょっと、月さん、まだ、名乗ってもいないのに、失礼でしょ」
「そうか、ゴメン。どうも、私、山形から来た夜長セレーナ、外人じゃないよ。月って書いてセレーナって読むの。西洋かぶれのパパがね、名前つけたのよ。ギリシャ語読みで月のことなのよ、宜しくね、光星さんママ。ちなみに月の国当主でーーす」
「ん!真波、お客さんか?」
「はい、この前、大阪で光星がお会いしたって言ってたでしょ。七曜国当主の方々。そのうちのお二人みたい、こちらが火の国当主の熱身火練さん、それからこちらのお綺麗なお嬢さんが月の国当主の夜長月さん、月と書いてセレーナと読むそうよ」
「初めまして、光星の父親の星輝と言います。さあさあ、こんなところではなんですから、どうぞ、上がって下さい」
続いてまた二人がやってきた。
「はい」
「すいません。こちらは金愛光星さんのおご実家で宜しいですか?」
「はい」
「私、この前大阪で光星さんとお会いした流水稀と言います」
「はーい、今、お開けしますね。こんにちは、どうぞ、入って下さい」
「え?まだ・・・」
「いいのよ、上がって下さい。七曜国当主の方でしょ?もうお二人、見えてますから」
「あ、そうなんですか。私、水の国当主の末裔です。それとこっちは私の弟です。海斗と言います」
「どうも、初めまして。流海斗と言います。すいません、車椅子なんですが、お邪魔していいですか?」
「どうぞどうぞ、あ、あなた、ほら、濡らしたタオル持って来て。それとよし、これを出さないと」
そう言って光星の母親は玄関の靴箱の下に収納してあった折りたたんだスロープを取り出して玄関に設置し、さらに濡れたタオルで手際よく車椅子のタイヤを拭いた。
「さあ、どうぞ水稀さん、海斗さん」
「うわあ、凄い手際の良さですね。ありがとうございます」
「姉さんすごいね、光星さんのお母さん、まるで介護士だった姉さんみたいだね。流れるような手際の良さ」
「ありがとうね、もう何十年もやってることだから」
「ええ!じゃあまさかお母様って?」
「はい、ご想像のとおり、ベテラン介護士です」
「すごい、じゃあ、姉さんの大先輩だね」
「すいません、お邪魔します、先輩」
「やめてよ水稀さん。さあお二人ともどうぞ」
しばらくしてまた一人。
「はい」
「こちら金愛光星さんのご実家でしょうか?」
「はい、今、お開けしますね。どうぞ」
「え?まだ、自己紹介も何も」
「はい、大丈夫です。光星のご友人、七曜国当主の方ですよね」
「あ、はい。私、静岡から来ました樹神優風と言います。木の国当主の末裔です」
「どうぞ、光星と土門さんはまだですけど、熱身さん、夜長さん、流さんは上がっていただいてますので」
「そうですか、ありがとうございます。お邪魔します」
「やあ、久しぶりだね、優風さん」
「ああ、どうも土門さん、ご無沙汰してました」
「どうもこの前は新年早々失礼しました。お父様、お母様」
「こんにちは、土門さん。お元気そうですね」
「はい、おかげ様で。あの時に光星くんと想いを共有できて、自分の、いや私達の目標に向かって動き出せたので、私も楽しくて」
「そうですか、良かったです。ああ、まだ光星はまだ帰ってきてないですけど、他の皆さんはもう中でお待ちですよ。皆さんが集まって打合せすると言うことは、この前言ってたことをそれぞれ持ち寄って、最初の調整をするんですね」
「はい、そうです」
その時、光星の母親は何かを思い出して大声を上げた。
「ああ!だからか。どうしよう」
「うわ!ビックリした。どうしたんですかお母様」
「ごめんなさい、だからだったんだね。陽向さんに光星がダメだって言ったのは」
「何のことですか?」
「私ね、ちょっと陽向さんに謝ることがあってね、午前中に電話したのよ。それで今日、光星がここに帰ってくるって聞いたの。その時初めてそれを聞いたから、光星が何のために帰ってくるのか分からなくてね。陽向さんは光星と一緒に来たいと言ったみたいなんだけど、一人でこちらに向かったみたいなの。でもその後、陽向さんと話してて、陽向さんも来たいと言ったから、私ね、いいよって言っちゃったのよ」
「ええ!ヤバいな、それは」
「皆さんの打合せだって分かってれば私だって事情は知ってたから、そのつもりで対応したのに。ごめんなさい、土門さん」
「いや、これはお母様が謝ることでは」
そこに光星が帰ってきた。
「ああ、父さん、母さんただいま。土門さん、お久しぶりですね。もう皆さん、来てる?」
「光星くん、それどころじゃないよ。何で私達が君の実家で打合せすること、ご両親に言っておかなかったんだい。もうすぐ陽向さん、ここに来ちゃうよ」
「ええ!何で?どういこと?」
光星の母親は陽向が来ることになった経緯を簡単に説明した。
「ああ、まさかそんなことが」
「ごめんね、光星」
「いや、これは母さんが謝ることじゃないよ。俺の詰めが甘かった。まさか、母さんがもう陽向へのプレゼントを用意してたなんて。それもイレギュラーだけど、まさかそのことを謝るために今日のこのタイミングで陽向に連絡を取るなんて。超イレギュラーな事象が重なったんだ。どうしよう、ねえ、土門さん、どうしよう」
「いや、こればかりは私に相談されてもね。素直に経緯を説明して、謝るしかないのでは?」
リビングで話してるとチャイムが鳴った。
「はーい」
「ああーー、来ちゃったよ。よし、もうどうしようもない。真正面から陽向に謝ろう」
「お父様、お母様、陽向です」
「い、いらっしゃい。ど、どうぞ」
「まずはお母様、お父様、プレゼントありがとうございます。まだ出てくる時に届いてなかったんですけど」
「いいえ、気に入ってくれるといいけど」
リビングに通されると私以外の六人が勢ぞろいしていた。そして光星は土下座していた。
「な、何で?土門さん、月ちゃん、水稀ちゃん、優風さん、火練さん、それとこちらの方は?」
「陽向さん、これは私の弟です」
「どうも、初めまして、水稀の弟の海斗と言います」
海斗は陽向を見て小声で水稀に言った。
「ねえ、姉さん、凄いね。月さんも凄く綺麗だけど、何これ。陽向さんも凄い美女だね。やっぱり昔、一国をまとめた女王様というのは伊達じゃないね」
「ごめん、海斗くん、思い切り聞こえてる。やめてよ、お世辞でも嬉しいけど恥ずかしいから」
「だって姉さんも含めて本当のことを言ったまでだよ」
「ちょっと、海斗、私のことはやめてよ」
「海斗くん、中々言うね。喋りが上手いな」
「そんなことないですよ。素直な感想を言ったまでだもん」
「ねえ、そんなことより、何で?何で皆さんが光ちゃんの実家に勢揃いしてるの?ねえ、光ちゃん、何で?まさか?大事な友達とやることがあるって?このことなの?」
「あ、いや、それはね」
「だって、光ちゃん出かける時、私の知らない友人とだって言ったよ」
「あ、いや、あのな陽向」
「酷い、何で嘘ついたの?何で私は呼ばれてないの?」
「陽向、聞いてくれ」
「いや!みんなで私を仲間外れにしたの?」
「いや、違うんだ。これはな」
「酷いよ、私の知らないところで私だけ除け者にしたのね。バカ、光ちゃんのバカ。私もう帰る」
私は光星とともに他の五人とも強い絆で繋がっていると思っていた気持ちを完全に裏切られたという感情が膨れ上がって、履いてきたパンプスも履かずに外へ飛び出した。
「おい、陽向、俺の話を聞いてくれ、おい」
「いやーーー」
私は玄関を出て道に飛び出したところで光星に手首を掴まれて止められた。
「待てって、陽向」
「いや、離してよ。もうみんな嫌い」
「ごめん、みんなは悪くないんだ。全部俺が悪いんだよ」
私は土門さんが正月に光星の実家に来た時からこれまでの経緯を聞かされた。
「だから、土門さんから陽向の俺に対する想いを聞かされてたから、とにかくこの七人で作るパフォーマンスの内容がある程度形になるまで、陽向には伝えない方がいいと思ったんだ。でもそれは俺のエゴだったね。この通り、謝るよ」
「そうだよ、許せない。だって今、光ちゃん、言ったよ。七人で作るパフォーマンスだって。だったら何で最初から私を入れてくれないの?これじゃあ、六人のパフォーマンスじゃない。これでも私だって太陽の国当主の末裔なんだよ。そしてこれでも私は光ちゃんの彼女なんだから。光ちゃんが無理するようなことがあったり、苦しい時は私が支えてあげたい。そんな風に思っちゃダメなの?」
「悪かった、陽向」
そう言って俺は実家の道端で陽向に土下座してると右隣の玄関の前から声がした。
「こうちゃん?どうしたの、そんな家の前で土下座なんてして」
「あ!おじさん、おばさん」
「何?光ちゃん、誰?」
「ああ、ほら、この前、俺が大怪我した時に病院で俺の父さんから聞いただろ、咲良のこと。こちら咲良のご両親」
私はあの時に光星に同じような境遇で助けられなかった者と助けられた者として咲良さんに妙な親近感を抱いていたので、光星が隠れて行動してたことに怒っていた気持ちが完全に吹っ飛び、咲良さんのご両親の方に気持ちが移行していた。
「え!こちらの方が咲良さんのご両親なの?ねえ、光ちゃん、紹介して」
「あ、ああ。こちら俺の幼馴染だった咲良のご両親。こちらが咲良のお父さん、春風颯太さん、そしてこちらがお母さんの緑さん」
「どうも、初めまして」
「こうちゃん、こちらの方は、どなた?」
「おじさん、おばさん、紹介します。僕が今、働いてる大阪の営業所の同僚の光太陽向さん、そして今、僕が一番大切にしている女性です」
「じゃあ、もしかして、真波ちゃんが言ってたこうちゃんの彼女なの?」
「はい、そうです」
そして咲良の両親は涙を流して私の両手を握って話しかけてきた。
「そう、あなたがこうちゃんの、そう。良かった。そう、凄く綺麗なお嬢さんね。陽向さんて言うのね。これから、こうちゃんのこと宜しくね。本当にこうちゃんは誰にでも優しくて素晴らしい好青年だから、大切にしてあげてね。今まで咲良のことで本当に辛い想いばかりさせてきたから、とにかくこうちゃんにはこれから幸せになってほしいの。ね、だからこの通り、お願いします。今、何かこうちゃんが責められてたみたいだけど、こうちゃんが陽向さんに酷いことしたなら私達が謝ります。でもこうちゃんは深い意味もなく酷いことをするような、そんな人じゃないから。ね、陽向さん、まだ怒ってるなら、私達がいくらでも頭を下げるから、許してあげて」
咲良の両親は俺の代わりに二人で道端で堂々と土下座した。
「そ、そんな止めて下さい。咲良さんのお父様、お母様。私、咲良さんのご両親にそんなことされたら、ダメ、涙が出てきちゃった。ごめんなさい、もう怒ってませんから、お願いしますからもう、立って下さい」
「良かった」
「私の方こそ良かったです。いつか咲良さんのご両親にもお会いしたいと思ってたんです。私も咲良さんと同じように光ちゃんに命を救ってもらいました」
「おい、陽向、同じようにじゃないぞ。俺は咲良のことを助けられなかったんだ」
「こうちゃん、いいのよ。助けられなかったことは結果のことでしょ。結果も大事だけど、それよりももっと大事なのは咲良を助けようとしてくれたその気持ちと勇気、そこが一番大事なんだから。そう、こうちゃん、今度こそは結果も良い方向に繋げられたのね。良かった、素敵だわ。こうちゃん、今度こそは、助けられたのね。自分よりも大切と思える命を。咲良のこともそう思って飛び込んだって言ってくれたもんね」
「でも助けられなかったから」
「ごめん、こうちゃん。そんな責めるつもりで言った訳じゃないのよ」
「ごめんなさい、何か私、お二人に凄く酷いことを言ったような気がします。それよりも同じ境遇で助かった私がお二人の前にいることが失礼なのかも・・」
そう最後まで言おうとした私を咲良の母親が抱きしめた。
「違うよ、そんな風に思わないで、陽向さん。私達はとにかく嬉しいの。咲良のために命を賭けて助けようとしてくれたこうちゃんがやっと前向きに自分のために動きだしてくれたこと。それから、同じ境遇でお二人が危険な目に遭ったことは辛いことだけど、今度は陽向さんもこうちゃんも二人とも無事だったから。こんな素晴らしい結果はないでしょ。それに陽向さんもこんなに優しい気遣いのできる素敵な女性。咲良は小学生の時の感触しかないけど、何かこうして陽向さんを抱きしめてると、咲良が今、生きてたらこんな風に温もりを感じられるのかなと思って。咲良が生き返ってくれたみたい。あ、ごめんね陽向さん、勝手に抱きしめて」
「いえ、そんな。私こそ、優しいご両親が増えたみたいで嬉しいです。光ちゃんのご両親も素敵な方ですし、それに私、父親を早くに無くしてるので、父親が二人、母親が二人も増えたみたいで、凄く幸せを感じます」
「良かった。そんな風に思ってもらえると私達ももう少し長生きしようと思えるわ。だから陽向さん、光ちゃん、また、私達のところにも遊びに来てもらえる?私達の寿命をもう少し伸ばしてほしいから」
「ちょっと、緑ちゃん、何言ってるの」
「だって真波ちゃん、咲良も今、生きてたら陽向さんみたいにこんな風に綺麗で優しい女性になってたかなって思いたいじゃない。だから、私達もこうちゃんと陽向さんの幸せを応援したいのよ」
「ねえ、光ちゃん、咲良さんのご両親、やっぱり素敵な方ね。私、今日、光ちゃんの実家に来て良かった」
「でも、さっき帰るって?」
「もういいの。何か怒ってたことが咲良さんのご両親にお会いして吹き飛んじゃった。だからこれからは私のことも仲間に入れてね」
「ああ、もちろん」
「よし、これで落ち着いたね。これを諺で一件落着って言うんだっけ?」
「月さん、また?違うよ、それは諺じゃないだろ。四字熟語。書いたものを見れば分かるだろ?また月さんワールド全開かよ」
その修正内容を海斗が月に突っ込んだ。
「月さん、それを言うなら、終わり良ければ総て良し、だよね」
「ああ!それそれ、それだ。聞いたことある。海斗は頭いいんだね、いい子いい子」
「ね、姉さん、月さんていつもこんな感じなの?」
「う、うん、それは私に聞かれてもね、まあ、大阪で初めて会った時もこんな感じだったけど、その辺はどうなの?火練さん」
「ごめんな海斗くん。君もさすがに戸惑うよな。いいよ、あまりまともに月さんとの会話は深く考えないで。いつもこんな感じで月さんは喋り方も話の内容もぶっ飛んでるから」
「ふーーん、でもそんなところも含めて可愛いね月さんて」
「おう、よしよし、海斗。君は中々私の良さを分かってるじゃないの」
「もう、月さん、僕をガキ扱いするのは止めてよね。これでも来年度は高校二年生なんだから」
「さあ、陽向さんにも全て内容が伝わったし、七人全員で打合せを始めましょう」
「そうですね。皆さん、すいませんでした。俺と陽向のことでちょっとお騒がせしてしまって」
「全くだよ。まあ、終わり良ければ総て良しだったからいいけど」
「月さん、ちょっと覚えたからって。使いたがりだな」
「へへへ、バレタか」
光星の実家のリビングに戻った私達は、お互いがこの一か月間、自分らしさとは何かを考えて得た結論を語り合った。
「いいかい陽向、くれぐれも発案者のお爺様には内緒だよ。全員が納得できる最高の状態のものをお爺様にはお見せしたいからね」
「うん、分かった。でも私は知らなかったから何も用意してないけど、皆さんはどんなことを考えてきたの?」
「じゃあ、まずは俺からいいかな?土門さんにこの話を頂いた時に、やっぱりキーワードは俺達に共通する七曜国だと思うんだ。それと俺たちのこの不思議な能力。やっぱりこれをパフォーマンスに組み入れない手はないと思うんだ。でも陽向さんのお爺様が能力の大々的な表現は控えた方がいいと言ってたから、見せ方としては映像を撮るときは能力を使うけど、話としては3Ⅾの表現で押し通す。本格的に人前では使わないようにする。だから能力を使わなくても人々の心を動かせるようなパフォーマンスができるようにそのスキルはとことん磨き上げてる最中なんだ。それと、もう一つ、自分の能力で新たな発見もあったんだ。これを使えば映像的にはいいものを作れる武器にはなると思うんだ」
そう言うと火練はその能力を使って軽く踊って見せた。
「どう?俺さ、火種はいらなかったんだよ。自分の意志で火を点けたり消したりできることが分かったんだ」
「すげー、姉さん、火練さんてすげーよ。完全にワンピースの兄貴、エースの実写版じゃないか。かっこいいな」
「そうだね、凄いね。海斗が言うように凄い、火練さん。私も自分らしさって何かを考えてた。そう考えると私も火練さんと同じこと考えてた。自分も水の能力を使うしかない。ただ、その能力を使わなくても、それを凌駕できるようなダンススキルの向上が必要不可欠だと思ったの。それからもう一つ、ほら、海斗、火練さんに見惚れてないで、あなたから皆さんに発表しなさい」
「あ、はい、ごめん、姉さん。皆さん、実は僕はここに姉さんと一緒にお邪魔させて頂きましたけど、姉さんみたいにあんな能力は使えません。それと僕はこの通り、こんな体です。本当は僕も姉さんみたいにダンスが大好きでした。この車椅子生活じゃなかった時は姉さんとも一緒に楽しく踊ってました。この今の体になってからは自分自身からダンスという言葉は頭の中から消してました。でも姉さんが土門さんからこの話をもらった時に、僕に言ってくれたんです。あなたみたいに体の不自由な人でもダンスが好きな人は大勢いるはず。そんな人達を元気づけるために、あなただからこそできるパフォーマンスがあるはずだから、僕にも車椅子を使ったダンスを考案してみないって言われたんです。姉さんみたいに能力は使えないけど、僕だって水の国当主の末裔なんだからって。何か姉さんに無茶苦茶なこと言われたなって思ったんですけど、僕思ったんです。これができたら、また姉さんと一緒に踊れる。障害者でも普通の人と一緒に楽しく踊れるってことを見せたいなって、思いました」
「そう、私は自分らしさを取り戻させてくれた弟の海斗にももっと前向きに自分らしく生きてほしいから、車椅子でどんなパフォーマンスができるのかは未知数だけど、海斗にも参加してもらいました。皆さん、どう思いますか?」
この話に優風が呼応した。
「いや、素晴らしいよ、水稀さん、海斗くん。実は僕も似たようなことを考えてたんだ。もちろん、僕も能力が使えるから、その能力を使ったパフォーマンスは自分らしさだと思う。それと今の自分にとって大切な家族という温もりをもたらしてくれた瑠々には本当に感謝してるんだ。だから僕は自分らしさを表現するダンスとともに高度なダンススキルがなくても老若男女が楽しく踊れるダンスを瑠々と一緒に考えてきたんだ。だって本来、僕たちが大好きな祭というものはそう言うものでしょ?参加する人だけではなく、観客だって楽しめる、いつの間にか参加してしまっている、そんなパフォーマンスができたらいいなと思ってね」
「うん、やっぱりみんな凄いね。温かい人達ばかり。良かった、喜美と香奈と考えきたことは間違ってなかったみたい。パフォーマンスの全体を見据えたことは私、難しいから考えなかったの。私はただ、自分らしさでみんなと一緒に何ができるかを大切な親友と考えてきたの。私はあまり実感ないけど、喜美にも香奈にも、周りのみんなに存在が癒しだって言われる。そして私は女性だから、そのことを軸にしてパフォーマンスのターゲットを絞って考えたの。私の地元の花笠をベースに考えてみたんだけど、踊りは女性的な薫風最上川と男性的な蔵王山暁光があるんだけど、女性らしさを前面に出したものを考えてきた。みんなが広い視点で自分らしさを考えてたから、私的な狭い考えでパフォーマンスを考えてきて申し訳ないんだけど、私は火練さんのことを考えながら作ってきたの」
「な、何?月さん、どういうこと?」
「うん、だって火練さんとの出会いは、花笠の時にあの三人組から助けてくれたでしょ。あの時ね、男性ってやっぱり、みんな火練さんみたいに女性を守ってくれる存在であってほしいと思ったの。だから自分勝手だけど、私、火練さんのね、癒しの存在になりたい、そんなことを思って喜美と香奈に手伝ってもらって踊りを作ってきた。それがこれを見てくれる女性の後押しって言うのかな、愛する男性に癒しを与えられる表現になったら嬉しいなって、そんなことを思ったの。私が今、火練さんの癒しの存在になれてるかどうかは分からないけど。何かね、陽向さんと光星さんとの関係、水稀さんと彼の関係、優風さんと恵さん、瑠々ちゃんとの関係を知ったからかな、私も火練さんのこんな素敵な癒しになりたいなって」
「月さん、ありがとう。まさか月さんが何かそんな深いこと思って作り上げて来るとは思ってなかったよ。そこまで俺のことを想いながら作ってくれた月さんの踊り、楽しみだな。今の月さんは十分俺の癒しになってるよ」
「本当に?嬉しい。でも火練さん、まさか私がって、どういこと?何か引っかかったんだけど」
「あ、いや、それは・・・」
「私がいつも的外れなことばかり言ってると思ってるから、私が適当に考えてきたと思ったんでしょ。失礼ね」
「あああ、いやあ・・・、ごめん、否定できない。でもねそんな月さんの全てが俺の癒しだから。月さんはそのままでいてほしい」
「まあ、いいや、許してあげる」
「いやあ、これは想像以上に凄いものが作れそうだね。皆さんのそれぞれの素晴らしい自分らしさを持って来てくれたようだから。後で皆さんの持って来てくれたものを見るのが楽しみだな。じゃあ、次は僕の想いだね。僕も皆さんに一月二日に連絡してから実家に戻って早速自分でも行動を始めたよ。突然だけど実は僕も二十代の時に水稀さんと同じようにプロのダンサーを目指して上京してた時があったんだ」
「ええ、土門さん、そうだったの?」
「うん、でもちょっとね、その頃、母親が体を悪くして、家の仕事のこともあったから、実家に戻ったんだ。それから今までずっと家の仕事をしてきた」
「じゃあ、土門さんもこれからまた夢を追うの?プロを目指すの?」
「あ、いや、僕はもうこの歳だからね。こんなこと言うと水稀さんには、夢を追いかけるのに歳は関係ないって言われそうだけど」
「うん、今、そう言いたかった」
「やっぱりね。だから、夢は追いかけるよ。でもねそれは昔目指したプロダンサーになるってことじゃないんだ。東京から実家に戻って、今まで故郷で過ごしてきた今までの自分の人生を振り返って、そして祖父の想いを継いで全国を旅してみてね、新たな夢ができたんだ。もちろん、今、皆さんと作り上げようとしているこのプロジェクトも僕の大きな夢です。それと僕はこの延長戦上に新しい夢があるんです。それは全国のいろんな祭のリニューアルと言うのか、いや、違うな、活性化というべきかな。もっと全国にあるいろんな祭を盛り上げたい。そんなこと考えてるんだ。僕はそのキッカケ作りをしたい。それが今の僕の夢です」
「さすが最年長の土門さんだ、何か相当深いことを考えてるんですね」
「光星くん、最年長を付けるのは止めてくれよ。これでもまだ四十前なんだから。これでもまだ結構動けるんだぞ。あまりそのフレーズを聞くと結構凹むんだからさ」
「あ、いや、すいません。別に深い意味はないですから、単なるイジりです」
「おーーい。まあ、それはいいか?」
「で、土門さん、具体的にはどんなことをこの先考えてるんですか?」
「うん、僕ね、祖父の願いだったあの絵の真実を探して全国の祭を巡る旅をしてきました。まだ途中だからずっと続けていくつもりなんだけど、その旅の中で思ったことがあってね。全国各地の祭はやっぱりどの祭も昔からの伝統を大切にしてることは良く分かったんだ。でも見てると何か祭に参加してる方は失礼だけど高齢の方が多くて若者の参加者が少ないように見られたんだ。だからね、これからの祭を続けていく、盛り上げていくには若者の参加が必要不可欠だと思うんだ。そう考えると、若者にもっと自分たちの地元の祭に興味を持ってもらうためには、伝統だけに囚われていてはいけない。これから祭の伝統を守り支えていく若者がもっと積極的に参加できる祭に変化していく必要があると思った。だって今まで続いてきた全国各地の祭だって最初から今の形だった訳じゃないはずなんだ。その時代、その時代に合わせて少しずつ変化してきたはずなんだ。だから世界との交流が頻繁にできるようになって、外からの日本にはなかったいろんな音楽や踊りの要素が沢山入ってくるようになった今こそ、これからの若者が変えていくべきだと思うんだ。もちろん、その祭のベースになる伝統は無くしちゃいけないんだけどね。木に例えるなら祭の基本となる伝統は幹で、その幹がしっかりしてるから、そこから別れる枝葉は元気に育ち、やがてしっかりした実をつけると思うんだ。きっと今までの全国の祭だって、そうやって広がってきたはずだからさ。僕はそんな全国の祭を守り、育てていく若者を増やせるような、そんな仕掛けをこれからも全国を回って作っていきたいと思ってるんだ」
「やっぱり土門さんは凄い人だな。そんなとこまで考えてだんですね。だからなんですね、俺たち七人で何か新しいパフォーマンスを作ることを提案したのは。その土門さんの夢の第一歩って訳ですね」
「ごめん、光星くんには分かっちゃったみたいだね。そう、僕も含めてここに集まった七人は全国各地、それぞれ異なる地域で育ってきて、みんな祭が大好きでその地域の祭に積極的に携わってきたって言ってたでしょ。だからそんな七人の力を結集したら、全国のいろんな祭のエッセンスを取り入れた誰もが楽しめるものが作れるんじゃないかと思って。申し訳ないです。なんか自分の夢のために皆さんを利用したみたいになってしまって」
「何言ってるんですか、土門さん。ここに集まったみんなは祭大好きな七人が集まってるんですよ。それに俺達は祭を通して国をまとめていた七曜国当主の末裔だよ。形は違うけど、昔、我々の先代が目指した日本統一の第一歩じゃないですか。何か話しがデカくなり過ぎてる気もするけど。まあ、自分たちの大好きな音楽、踊りを通して日本を元気にしたい、そんな想いを共有できてるから。今、語ってくれた土門さんの夢は俺達の夢だよ」
「ありがとう、火練くん。みんなもそう思ってくれてるのかな?」
「土門さん、そんなこと確認しなくてもいいよ。土門さんにこの話をもらった時点で想いは一緒よ。そう、こんなことをんーーー何て言うんだっけ?ねえ、火練さん、はい、私の代わりに付け足して」
「それは以心伝心ってことを言いたいのかな?月さん」
「そう、それそれ。正解」
「さすがだね、月ちゃんと火練さんは。言いたいことがお互いすぐに分かっちゃうんだね」
「じゃあ、最後は僕だね」
「いやあ、楽しみだな。光星くんがどんな曲を作ってくれたのか」
「土門さん、あんまりハードルを上げないでよ。曲としては自分でいいものができたと思ってる。もちろん詩も陽向が書いたものだから、素材的にはいいものが揃ったって感じなんだけどね・・・」
「じゃあ、早く聞かせてよ、光星くん」
「ああ、光ちゃん、分かった。自分の歌のこと心配してるのね」
「ああ、陽向の言うとおり。皆さん、僕の歌唱力については勘弁してね。あんまり期待して聞かれると、な、陽向。あーーあ、こんな気持ちになるなら、最初から陽向に話して陽向にお願いしてれば良かったな。じゃあ、かけるね」
そして私達は光星の作った曲に聞き入った。
「はあ」
「ふう」
「え!何?土門さん、火練さん、その溜息は。みんなも、何か疲れたなって顔は。ごめん、自分ではいいものができたと思ったんだけど、陽向、陽向も気に入らな・・」
光星が話してる途中で水稀が口を開いた。
「光星さん、素敵な曲ですね。近代的な楽器の音色も取り入れながら、日本の音を代表する太鼓とか日本古来の楽器も組み合わせて、日本らしさを表現してる。ごめんなさい、何か聞いてるうちに自分の中でビートを刻んでいて、どんな風に踊ろうか考えてたら、曲が終わった後に疲れちゃって、思わず光星さんを不安にさせるような反応になっちゃった」
「うん、水稀さんの言うとおり、いいね、何か聞いてると心躍るというか、日本に生まれて良かったと思えるような、そんな曲だね。凄いね光星さん、とても趣味レベルじゃないよ」
「海斗くんもどうかな?どう思った?感想を聞かせてくれないか」
「はい、僕、今、感動してます。皆さんの祭や踊りに対する想いを聞かせてもらって、それから光星さんが今聞かせてくれた曲を聴いて、人を楽しませる元気にさせる、そんなパフォーマンスがしたい、そんな姿勢をビシビシ感じました。皆さん、姉さんと同じ、いやそれ以上に踊ることや歌うことが大好きなんだなって。姉さん、僕、こんな素敵な空間に連れてきてもらって、こんな凄い皆さんと作品作りに携われると思うとワクワクするよ。ありがとう、姉さん」
「良かった。初対面の海斗くんにも嬉しい感想をもらえた。陽向、この曲も自信を持っていいのかな?」
「うん、私に聞かなくても皆さんの反応を見れば、ね」
「あ、ただ、光星さん、一つだけ付け加えていい?」
「な、何、海斗くん」
「やっぱり、光星さんが自分で言ったとおり、自信がないなら歌わない方がいいと思うよ」
「ガーン、そうか、やっぱりな。海斗くんにまでバッサリ切られたか」
「バカ、海斗、光星さんに失礼でしょ。ごめんなさい、光星さん、弟は思ったことすぐに口に出してしまうタイプなので。ほら、海斗、謝りなさい」
「いや、水稀さん、いいよ。分かってたことだから。それにそんな海斗くんなら、その前に言ってくれた曲の感想も嘘のない率直な感想だって受け取れるから。ありがとう、海斗くん、これからは歌うことは陽向に任せることにするよ」
「光ちゃん、ありがとう。また私の書いた詩を使ってくれたんだね。それもこの詩を」
「うん、ここに集まった素敵な皆さんと初めて作るパフォーマンスだったから、陽向が辛い時期の切実な想いを綴ったこの“いつか一緒に”を選んだんだ」
「じゃあ、この曲のタイトルはその“いつか一緒に”ってことにするの?」
「いや、実はね月さんが言うとおり、そのままタイトルを使おうと思ったんだけど、陽向はこうして今は話せるし、歌えるようになったから。その陽向の歌声とここにいる皆さんで、遥か昔に我々の祖先が目指した日本統一にあやかって、僕たちは自分らしさを表現するこの新しいパフォーマンスで日本を一つにしようという願いを込めて、僕なりにタイトルを考えてみたんだ。陽向、ごめんな」
「ううん、いいよ。だって私が書いた詩にこんな素敵なメロディをつけてくれたんだもん。私は光ちゃんが作ってくれた曲を心を込めて歌うだけだから。で、タイトルは?」
「うん、みんなで作る最初の作品だろ。だから目標は大きくと言うか、僕たちで新しい日本の祭を作っていこうという想いを込めて、“NEO ZIPANG UTAGE”っていうタイトルでどうかな?」
「うん、賛成!何か響きがいいから。ね、みんないいよね、決定」
「もう、月さん、まだみんな何も言ってないだろ」
「いいじゃない。みんな賛成って顔してるじゃない」
「火練さん、月さんの言うとおり、みんな賛成だよ。光星くんがタイトルに込めた想いも含めて、これから僕たちがやろうとしてる活動にピッタリなんじゃないかな。そうじゃない?」
「はい、皆さんもそう思うんですね」
「皆さん、ありがとうございます。じゃあ、歌は陽向、君に任せるからね」
「うん、お爺にばれないように練習するからね」
「あと、振り付けについては、陽向以外の皆さんにお願いしていいですか?」
「もちろん、じゃあ、まずはそれぞれで考えて、そうですね、一度、どこかで集まって調整しましょう。そこで陽向さんを中心にしてどんなパフォーマンスにするかを固めるってことで。あ、でもその前に陽向さん、個々で考える時によりイメージが湧くように、陽向さんの声のデモが欲しいな。ちょっと光星くんのデモでは・・・」
「うわ!自分でも分かってるんだけど、土門さんのそのトーンで言われると凹むな」
「いやいや、ごめん、悪気はないんだよ、光星くん」
「分かってます。最高のものを作るには、最高の歌声が必要です。陽向、急がせるけど、なるべく早めにみんなにデモを送ってあげて」
「うん、分かった」
「あ、あとね、振り付けを考えてもらう皆さんに一つだけ、僕からお願いが」
「何?光星くん」
「あの、一つだけ、どうしても入れて欲しい振り付けがあるんです。大阪の陽向の家で皆さんにも見て頂いたじゃないですか?七曜国それぞれの紋様を8を横にした形で繋いだ絵」
「ああ、あの絵ね」
「あの絵を振り付けで、こんな風に手で横向きの8を書くようなイメージで。こんな振りを入れてほしいんです。僕らの繋がりを示す大事な形だから」
「いいね、これはいいよ。かっこいい」
「姉さん、いいね。これなら僕ら車椅子でも手だけで表現できて」
「そうだね」
「皆さん、じゃあ、最初の曲について後はお任せします。じゃあ、二曲目に移りましょう」
「え!な、何?光星くん、二曲目?嘘だろ、こんな短期間に二曲も!光星くん、君、しっかり寝てるかい?」
「大丈夫ですよ、いつもは毎日五時間くらい寝てたのを三時間減らしただけです。今までが寝過ぎだったから問題ないですよ」
「バカ、何言ってるの光ちゃん。そうしたら年明けから今まで毎日二時間しか寝てなかったってこと?」
「大丈夫だよ、心配するなよ、二時間も寝られれば十分だよ。本当はもう少し睡眠時間取れるはずだったんだけどね、どうしても皆さんの自分らしさを表現するパートの音源づくりと、それからお爺様の想いを綴った作詞に時間がかかってしまってね。この二曲目は皆さん個々の自分らしさを表現すること、それとお爺様の平和への想いを組み合わせた作品にしたかったから」
「まさか、光ちゃん、作詞もできるの?」
「いや、作詞はさすがに初めてだよ。陽向の家で夕食をご馳走になってる時、お爺様と二人で話してる時にね、お爺様の戦争体験の話や今の陽向やお母様への想い、今まで九十年生きてきた中での平和に対する想いとか、いろんな話を僕にしてくれたんだ。そんな話を聞いて、陽向のお爺様は本当に素晴らしい人だと改めて思ったよ。だから、陽向みたいにはできてないかもしれないし、お爺様の想いをどこまで表現できてるか分からないけど、やってみたかったんだ」
「光星くん、あれほど、二日に君の実家に伺った日に陽向さんが心配するから無理しちゃダメだって釘を刺したのに」
「すいません、土門さん。土門さんに陽向の気持ちは聞いてたんだけど、自分が大好きなことだし、陽向やお爺様、お母様、それから父さん、母さん、それから皆さんがきっと頑張ってるだろうなと思うと、ついつい力が入ってしまって、気付くと集中し過ぎていて。陽向もごめん」
「もう!だから光ちゃんは、私が見てないとダメなんだよ。無理ばかりするんだから」
「ごめん、これが終わったら少しはゆっくりするから。ゴメン」
「うん、分かった。ねえ、光ちゃん、二曲目、聞かせて」
「ああ、でも申し訳ない。歌まで入れてデモを作りたかったんだけど、そこまでできなくてね。デモは歌入れしてないんだ。あとで詩は見せるから、皆さん、まずは曲だけ聞いてください」
私達は光星が作った二曲目の歌入れなしのデモを一通り聞いた。メロディだけだったが、私を含めて聞いていたみんなは唸った。
「す、凄いな、こんな曲初めてだ。光星さん、この間奏部分で使ってる音って?」
「そう、分かりましたか?この部分がとにかく時間がかかったんです。そうです、この間奏部分で陽向以外の皆さんの最高のパフォーマンスを表現したいと思って、月さんは月さんらしさを表現するために癒しのメロディ、火練さんは熱さを表現するメロディ、水稀さんは爽やかさを表現するメロディ、優風さんはすがすがしさを表現するメロディ、土門さんは力強さと落ち着きを表現するメロディを作りあげるという意識で作ってます。だから火練さんの部分は実際の炎の音で音源を作り、水稀さんの部分は川のせせらぎとか水に関する音源、優風さんの部分は風や木々が奏でる音で音源を作って表現してます。月さんと土門さんの部分はちょっと表現が難しくてね、月さんは癒しだから静寂をどう表現しようか、土門さんは地面とか土とか安定というものをどう表現しようか、いろいろ考えた結果、お二人のパートは尺八や太鼓など、日本古来の楽器を組み合わせて表現してみました。歌入れする部分はちょっと自分勝手な想いを入れて申し訳なかったんですが、陽向の歌声とお爺様の想いを僕が支えるというイメージで作りたかったので、特定のコンセプトは考えずに、自分の気分のままに作ったメロディです。どうでしょうか?皆さん」
光星が問いかけたが、少しの間、みんな無言だった。その後、優風が感想を語った。
「本当に、光星さんは凄いな。失礼かも知れないけど、君が音楽に関わる仕事をせずに営業なんて仕事をしてることが信じられないよ。こんな凄い曲が作れるなら絶対に仕事にした方がいいのに」
「いや、優風さん、僕はそのつもりはないんだ。仕事にしちゃうと絶対にいつか作品作りの納期に追われて苦しくなると思うから。自分の大好きなことだから苦しさが蓄積して嫌いになりたくないし、ずっと楽しく続けていきたいから」
「ねえ、光星さん、僕が担当するパフォーマンスや瑠々ちゃんが優風さんと担当するファミリー向けのパフォーマンスはどのパートで作ればいいんですか?」
「ああ、それはね、海斗くんと瑠々ちゃんが担当してもらうパフォーマンスは全員のパートとコラボしてもらいたいから、ちょっと大変だけど特定のパートじゃなくて、曲全体で考えてほしいんだ。誰もが楽しめる曲作りという意味では、海斗くんと瑠々ちゃんに担当してもらうものはとても大事な部分だから。お願いできるかな?」
「うわあ、海斗、責任重大だよ、曲全体を通してなんて。振り付けも考えないといけないけど、体力強化も必要になるよ」
「参ったな、大変なことになったな」
「大変だとか言って、何か、海斗、顔は嬉しそうだよ」
「へへへ、バレタか、何か凄くやりがいがありそうだからさ」
「ねえ、光ちゃん、詩を見せてよ。光ちゃんが書いた詩が私はもっと気になる。お爺の気持ちを表現したって言ったでしょ。早く見せて」
「うん、でも陽向みたいには書けてないよ。俺が初めて書いたものだから陽向も皆さんもあまり期待はしないでね。それともし気になるところがあったらアドバイスを貰えたら嬉しいな。これがその詩、タイトルは“同じ地球に生まれたからには”です」
そして初めて光星が書いた詩の内容がこれだった。
【同じ地球に生まれたからには
平和な世の中になった そんな声が聴こえる
本当にそんなことを胸を張って言える人がいるのだろうか?
終戦後何十年が経った そんなのは嘘だ
戦争は形態を変えただけだ
テロ、宗教戦争、内戦、核保有、武力による威嚇・攻撃はなくならない
私たちは異国で生きている でもその前に考えるべきだ
私たちは同じ地球に生きていることを
だから誰だって平和に暮らしたい
日本は平和な国だ そんな声が聴こえる
本当にそんなことを自慢気に叫んでいていいのか?
日本にいれば安全だよ そんなのは嘘だ
自分のすぐ隣で戦争は起きている
抗争、交通事故、いじめ、虐待、理不尽に命は奪われる
私たちは同じ地球に生きている そしてさらに考えよう
私たちは同じ国に生きていることを
だから誰だって優しさに抱かれたい
私たちは異国で生きるという事実の前に同じ地球に生きているということを大切にしよう
私たちはお互い過去に大きな過ちを繰り返してきた。
私たちはその過ちから本当に前に進めているのだろうか?
振り返ったまま立ち止まっていないだろうか?
だからこそ許し合い、認め合い、平和な未来を夢みて前に進もう
苦しい時は壁を取り払い手を差し伸べよう、支え合おう
同じ地球に生まれたからには
綺麗ごとだと言われてもいい
たとえ一人になろうとも私は叫び続ける
そんな人間が一人もいなくなったら、この地球は終わりだ
だから私は今日もこれからも伝えていきたい
同じ地球に生まれたからには
Anyone wants to live the peaceful earth
ねえ、そうでしょ?】
「皆さん、読んで頂けましたか?皆さんの反応を見るのが怖いな。目を開けるのが怖すぎる」
そんな光星の気持ちとは裏腹に私も含めて詩を読んだ全員が感動してすすり泣いていた。
「光星くん、君は本当に凄いな。初めてでこんな素晴らしい詩が書けるなんて。内容的にも僕は感動したよ。まさに平和への願い溢れる素敵な詩だと思うよ」
「光ちゃん、私も感動したよ。何か光ちゃん、凄すぎて私、委縮しちゃうな。私、光ちゃんに相応しい女性なのか不安になっちゃう」
「何、言ってるんだよ、陽向。この詩を書きたいと思ったのは君のお爺様のおかげだよ。それに内容はお爺様に聞かせてもらった想いを書いただけだよ。だからこれは僕の詩じゃなく、お爺様が書かせてくれたもの。陽向がいなかったら書けていないんだ。だからこの曲は絶対に陽向に歌ってもらわないと成り立たないんだ。あとで下手くそだけど俺が歌ってみるから、最後は陽向、頼むよ」
「分かった、ありがとうね光ちゃん」
「うん、みんなも納得の素晴らしい歌詞だね、俺もそう思うよ。でも一ついいかな?光星さん」
「な、何?火練さん」
「うん、確かに歌詞も素晴らしいし、その歌詞をはめる部分のバラード調のメロディラインも文句のつけようがないと俺も思うんだけどね。さっき光星さんが言ってた俺達が自分らしさを表現する間奏部分の統一感というのかな、それがなさすぎて違和感があるんだよね」
「ああ、やっぱり、そう感じましたか?火練さんの感じたように、作った僕も感じてます。だから最初は僕も火練さんが言われたように統一感を求めて手を加えようと最初は考えたんです。でも止めました」
「な、何で?その方が曲としてはいいんじゃない?」
「敢えてこれでいいと思い直したから。だって僕たちが司る七曜は太陽と月の陰と陽、そして木火土金水の五行でしょ。それぞれの性質は全く異なるものばかりじゃないですか。だから全く違う表現の仕方でいいと思ったんです。むしろ統一感がある方が違和感に繋がると思ったから。でもそんな全く異なるものでも、この七曜というものは、どこに住んでいる人でも昔から人々の営みには必要とされてきたものです。だからこそこの歌詞に表現が異なるものでもベースとなるメロディとしてこのまま入れたかったんです。人々の生活の不変的なものとして、この曲としてもこのメロディは変わりません。だからこそ後は聞く人各々の感性で捉えてもらえればいいんじゃないか?と最終的にはこんな形に落ち着かせてもらいました」
この意見に優風が反応した。
「深いな。光星さん、本当に凄いな。この曲に本当に無駄な部分なんてないんだね。すべてに意味がある。凄いよ。火練さんの意見も聞いてて確かにあるなとは僕も思ったけど、ここまで完璧な意味づけを返されると文句のつけようがないな。ね、火練さん」
「本当に、俺も納得です」
「そうだね、火練さん。いつも説教臭いと言われる火練さんも形無しだね」
「ぷっ!そうなの?火練さん」
「ちょっと、陽向さんも水稀さんまで、酷いよ、そんなに笑うことないだろ。おーーい、月さん、誰が説教臭いって。やめてくれよ」
「だって熱身パパだって言ってたじゃない」
「ちぇ、参ったな」
またいつもの二人のやり取りにリビングは大きな笑い声が響いた。
この後は光星の母親の手料理を囲みながらみんなが持参した仮パフォーマンスの振り付けを見て歓談した。
「やっぱり、皆さん、それぞれ凄いですね。皆さんのダンス、初めて見ましたけど、これならパフォーマンスに関しては皆さんにお任せしていれば安心ですね。海斗くんも瑠々ちゃんのパフォーマンスもカッコいいし、可愛いし。すいません、僕はこの辺りで失礼させてもらっていですか?部屋で休ませてもらっていいですかね」
「光ちゃん、どうしたの?具合でも悪いの?」
「ごめん、今日もギリギリまで作業してたから、今日だけは一睡もしてないんだ。もう限界、眠くて」
「もう、光ちゃんは!いつもいつも、最後まで無茶ばかりするんだから。皆さん、ごめんね、光ちゃん、部屋につれていくから」
「いいよ、陽向。一人で行けるよ。自分の家なんだから」
「ダメ、ほら、フラフラしてるじゃないの」
この日は全員が光星の実家に泊まっていった。私と月、水稀の女性三人は咲良の両親のご厚意で咲良の部屋に泊めてもらった。




