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第一話

 七曜、それは肉眼で見える惑星を五行と対応させた火星、水星、木星、金星、土星と太陽・月の陰陽を合わせた天体のことである。この七つの天体は七曜星と呼ばれ、近代天文学が発達する以前は世界各地で神々とも同一視され、特別の扱いを受けてきた。その名残が様々な脚色を繰り返しながら今日まで神話として残されているのである。

 この七曜が私たちの生きる現代の日常の中で知られているのが週である。この七つの天体が一日ずつを守護するとされ、それぞれの天体が守護する日をその天体の曜日と呼ぶようになったそうだ。

 その七曜の元になった思想が陰陽五行説である。この陰陽五行説は中国の戦国時代に端を発した陰陽説と五行説が漢代に結びついた思想だ。この思想は陰陽の二要素と木火土金水の五行の組合せで、森羅万象の盛衰や吉凶禍福を読み解く理論であり、暦・医術・音楽などの諸学術の理論的基礎となったり、易占や干支とも結びつき、方角や道教系のまじないの理論の元にもなったと言われている。

 この理論が中国から断片的に日本に移入されて日本で誕生した思想が陰陽道である。この陰陽道という名称が一般的になったのが安倍晴明が活躍した十世紀以降と言われている。この頃の時代は陰陽道のような思想を国の運用に取り入れられていたが、時代の変遷とともに宗教的な体系を持つ思想・考え方は次第に国の統治とは切り離され、人々の生活に寄り添う心の拠り所としての位置づけに変わっていった。

 しかし、日本ではこれらの思想・考え方が確立する遥か昔に、七曜の天体の神秘の力によって祭政一致の考えをもとに統治していた七つの国があった。そしてこのうちの一つの国を統治していた一族が呼びかけ、七つの国を統一する動きがあったが、不調に終わり、その後はこの七つの国はそれぞれが細分化を繰り返し、時代の流れにその存在は埋もれていったが、唯一、その細分化されていった名残として現代に残ったものが、全国各地に数多く存在する祭りである。

 これは日本の歴史として埋もれていた、七曜の力で日本の統一を目指した一族、その末裔である私達七人の、私達が生きるこの時代の、私達なりの日本統一に向けた物語である。



「おはよう、お母さん、お爺」

「おはよう、陽向」

「おはよう、陽向。今日も寝起きでも綺麗だな。日曜日だからどこかに遊びに行くのか?」

 そして私はいつものようにお爺が余計なひと言を言ったので、必ず持ち歩いているメモ帳を取り出して、自分の気持ちを書いてお爺に見せた。そう、私は声が出ない。話せない。

『もう、お爺、いつも言ってるでしょ。私はそんな言葉は欲しくないの。私は綺麗じゃない』

「そんなことないぞ。陽向は凄く素敵な女性だぞ。私はお前の親族なんだから、褒めるくらいさせてくれよ」

『だって、私、私、・・・話せないから。お爺だってあんなに私の声は素敵だって言ってくれてたのに、あの時から話せなくなった。そう、あの時、お父さんを殺したのは私。そんな私だから、いくら外見を褒められたって、私は所詮、父親殺しの醜い女なのよ』

「もう、陽向、また、その話。あの時からずっと言ってるのに、いい加減、そんな考え方はしちゃダメだって言ってるでしょ。そんなことお父さんだって思ってないから。そんな陽向をお父さんは泣いて見てるよ」

『だってお母さん、だって本当のことだもん』

 私は小学校一年生の夏休みのあの事故を境に話せなくなった。それは家族で行った海水浴だった。私はまだ泳げないので浮輪に体を入れて父と一緒に浮いていた。でも私は浮輪があるという安心感から、私は父が少し目を離した時に、人の少ない防波堤沿いに一人で向かった。

「お父さん、ほら、私ここまで来たよ。見て見て」

 そう言った途端、私は凄い勢いで沖に向かって流され、あっという間に遊泳禁止ラインを示すブイの辺りで孤立してしまった。私は必死に浜辺に向かって泳いだが、所詮、小学一年生の泳げない女の子の泳力なんて知れていた。それに離岸流に乗った場合の対処法も間違っていたので、私はどんどん沖に流される一方だった。

「お父さーーん、助けてーー」

 私の父は泳いで私のところまで来てくれた。そして冷静な父は浜辺に対して平行に私を押して泳いで離岸流から逃れた。そして私達に気付いて助けにきた救助隊員が近づいている時に父は体力が限界に来ていた。浜辺の方から沖に流された私のところまで全力で泳ぎ、そして離岸流を避けるために残った体力を使い果たした父は私の目の前で優しい笑顔で海の中へ沈んで行った。

「良かった、陽向、大丈夫だな。良かった。・・・・」

 私は父が沈んでいく顔を涙を流して見ているしかなかった。私はその父の顔が忘れられない。そしてその笑顔が辛すぎて、その時から私は話せなくなった。

 話せなくなった私は気のない男子生徒達のイジメを受けるようになった。でも私はこのことは誰にも言わなかった。母と祖父にこれ以上心配をかけたくなかったし、何より父が命をかけて救ってくれた私のいままで通りの日常を変えたくなかった。だから自分がどんなに辛くても、高校を卒業して就職するまで一人で闘い続けた。それが父を殺した自分への罰だと思って生き続けてきたから。そんな私も高校を卒業して中堅文具メーカーに就職してから十年が経ち、二十八歳になった。

 私は光太陽向、大阪市の天王寺区に、母の陽子と祖父の陽立(ひだち)と三人で暮らしている。



「パパ、ママ、おはよう。もう、何で起こしてくれないのよ。私だってこの夜長サクランボ園の従業員なんだよ」

「だってよ、月が気持ち良さそうに寝てたからな。あんまり可愛かったから起こさなかっただ。お前はここの従業員である前に、パパの一番大切な一人娘だからな。だから月は自分の好きなことを頑張ってろ。パパとママの手伝いは気が向いたらしてくれればいいから」

「ああ、パパ、また私の部屋勝手に開けて私の寝顔見たのね。でもありがとうパパ。そうだよね、私はパパの一番の宝物だもんね。私、パパの気持ちを大切にして自分の好きなこと頑張るね。でもたまには手伝うし、どうしても必要な時は言ってね」

「もう、月は。あなたはどこまで素直なんだか。普通はしっかり手伝いするよって言うところじゃないの?それに意味合いはそうかもしれないけど、宝物だなんてパパは言ってないよ。本当に月はちょっと頭のネジが緩んでるのよね」

「もう、ママ!自分の娘をディスってどうするのよ」

「ほら、ママ、いいから。月のこんなところも私にとっては最高に可愛いところなんだから」

 私は夜長月、月と書いて名前はセレーナと読む。ギリシャ語で月のこと。ギリシャかぶれの父が付けた名前なのだ。私は高校を卒業してから両親がやっているサクランボ園を手伝いながら、趣味で友達とダンスグループを結成して、気ままな家事手伝い生活をさせてもらっている二十一歳。そう、自分でも分かってるけど、両親に甘えているわがまま娘なのだ。

「月、今から練習しない?花笠も近いから。あ!おじさん、おばさん、こんにちは」

「ああ、喜美ちゃん、香奈ちゃん、こんにちは。月、いいよ、行ってきなさい。花笠、近いんだから。私たちも月が喜美ちゃんと香奈ちゃんと花笠踊る姿は毎年楽しみにしてるんだ。家の手伝いより、ほら。喜美ちゃん、香奈ちゃん、よろしくね。ほら、行く前に、そこのサクランボ、好きなだけ食べて行きなさい」

「ありがとう、パパ。じゃあ、行ってくるね」



「親父、ちょっと息抜きしてくるな」

「ああ、また店の裏で踊ってくるんだな。いいけど、あまり曲の音量を大きくするんじゃないぞ、分かってるのか?」

「ああ、分かってる。十分だけだから。戻ってきらたすぐに二ポポ作るのに集中するから」

「おう、頼むぞ。俺たちも頑張って作ってるけど、何と言ってもこの店ではお前の作る二ポポが一番人気だからな。もうお前の作る二ポポの在庫があと五体しかないんだから」

「分かりました、親父店長様、戻ったら頑張ります」

「な、何だよ、変な呼び方するんじゃねーよ、火練」

 ここは俺の住む町、北海道網走市、俺はこの町の親父の店で二ポポを作っている。二ポポ、それは網走市の民芸品、アイヌ語で“木の小さな子または人形”という意味で“幸運のお守り”として作られてきたものだ。何故か分からないが、俺の作る二ポポはこの店でも、そして市内で二ポポを売っている全店でも一番の売り上げを誇っている。俺は中学卒業後にすぐに親父に弟子入りして二ポポ作りを始めたので今年で十年目だが、周りの先輩たちと比べればひよっこ同然だ。それなのに俺の作る二ポポは・・・?俺にもその理由は分からない。あ!俺の名前は熱身火練だ。

「よし、さあ、作業に戻るぞ」

「おい、火練、早く丁寧にだぞ。もうお前の在庫売れちゃったからな。今、もう三人待ってるからな。ほら、そこで待ってる可愛いお嬢さんたちだ」

「どうも、すいません。役所の人に聞いたら、ここの熱身さんが作る二ポポが凄い人気だって聞いたので。それでそこに飾ってある見本を見て、もう最高に気に入っちゃいました。凄く可愛くて素敵だったので」

「くそ、俺だって熱身なんだけどな」

「すいません、おじさん。役所で教えて頂いたのはイケメンの若い熱身さんだったので」

「くーーーう、俺だって若かりし頃はモテたんだけどな」

「わりーな、親父。俺の勝ちだ。さあ、今から作るからね。申し訳ないね。一体十分くらいかかるから、三十分くらい待っててね」

 そう、俺はこんな風に故郷、網走の伝統品を受け継ぎながら、時に大好きなダンスで心も体もリフレッシュしながら、大自然の中で暮らしていた。



 ここは宮崎県西都市、私は両親と五歳下の弟と四人で暮らしている。名前は流水稀、二十歳、この町で介護士として働いている社会人二年生である。

「ごめんね、水稀、パパとママ、先に出ないといけないから。あなたも大変なのにお弁当作りまで任せてしまって。海斗のこと宜しくね」

「うん、大丈夫だよ、ママ。いつものことだから大丈夫だよ」

「姉さん、いいよ。姉さんも仕事に行けよ。戸締りは俺がして、一人で学校行くから」

「ダメだよ、海斗。そんなこと無理に決まってるでしょ。あなたは車椅子なんだから。一人で学校に行くなんて無理。ここは坂道が多いんだから、あなたが一人で動くにはまだまだ難しい町なんだから。それに海斗は私のためにそんな体に」

「ほら、姉さん、俺はそれが嫌なんだよ。あの事故は姉さんが悪いんじゃない。何回言ったら分かるんだよ。それなのに姉さんはずっと俺に対して引け目を感じてる。俺は姉さんのその優しい瞳が好きだけど、眼の奥はずっと俺に謝り続けてる。俺は姉さんをそんな気持ちにさせるためにこの体になったんじゃない。もう嫌だ、姉さんが俺のためにそんな気持ちでいる限り、俺、今日から学校行かない」

 海斗はそう言って怒って下を向いて目を瞑ってしまった。そう海斗は小学五年生の時に歩道でダンスの練習をしていた私を飲酒運転で突っ込んできた車から助けるために、自分が脊髄を損傷して歩けなくなってしまったのだ。私はそれ以来、人前で踊ることを辞めた。

「ちょっと海斗、水稀を困らせちゃダメでしょ。そんなこと言ってたらパパとママも仕事に行けないでしょ」

「ごめんね、海斗。お願いだから学校に行こうよ」

「嫌だ、ほら、姉さん、僕が事故に遭う前はそんな言葉遣いじゃなかった。もっと俺に対して遠慮なく話してたのに。姉さんは優しすぎるんだよ。介護士になったのも俺に気を遣ってのことだろ。分かってるんだ。嫌だ、もう家から出ない」

「お願い、海斗。そんなこと言わないで」

 私も両親も困っていると突然、玄関のドアが開いた。

「おじさん、おばさん、おお、水稀、おはよう。朝っぱらからデカい声で何をわがまま言ってるんだ海斗。ほら、おじさん、おばさん、水稀、仕事に行って。このわがまま野郎は俺が学校に連れてってやるから。ほら行くぞ、海斗」

 そう、今、勢いよく玄関のドアを開けて入ってきたこの身長190㎝近いムキムキの男性、私の同級生の春正雷蔵、西都市で焼酎を製造・販売している酒造会社の息子である。家は私の家の左隣なので、大声で私達が話していれば筒抜けなのだ。

 雷蔵はとにかくこの体格だし、学生の頃から家の手伝いをしていたので、とにかく物凄い怪力なのだ。だから雷蔵は車椅子にしがみついてる海斗を無理矢理引き剥がし、海斗を肩に担ぎ、車椅子をたたんで片手で持った。

「嫌だ、何するんだよ雷蔵、離せ。学校なんて行かないって言ってるだろ」

「やかましい。我がままばかり言いよってからに。おじさんとおばさん、それに水稀を困らせるな。水稀、お前もお前だぞ。お前がそんな気持ちで海斗を甘やかすから、こいつもこんなにひねくれるんだよ」

「だって、だってね雷蔵、海斗は私のせいで・・・」

「もういい。時間もないからおじさんもおばさんも行って。水稀も。後は俺に任せてくれればいいから」

 私はこんな姉想いの弟と優しい幼馴染の同級生に支えられながら生活していた。



「ふううーー、今日も気持ちいい朝だな。やっぱりこの森は最高だな。優しく植物と風が語りかけてくれる。おはよう・・って、こんな森の中で一人暮らしなのに。誰かに見られたらかなり危ない奴に見えるんだろうな」

 私の名前は樹神優風、静岡県掛川市の市街地から離れた森の中で一人暮らしをしている、三十五歳独身である。家から車で四十分の県内の某大学で植物学を教えている准教授である。

「よし、今日もこの気持ちいい朝に感謝して、木と風が奏でる音楽に乗って踊ろう」

 そう、天気のいい日はいつも大好きなダンスをしてから大学にでかける。

「よし、今日はここまでにする」

 私は一日の予定の講義が終わると、五時から六時までは顧問を務めているダンスサークルの指導をしている。

「みんな、お疲れ様」

「お疲れ様です、樹神先生」

「おお、お疲れ、優風」

「バカヤロー、安藤。何回言ったら分かるんだ。俺は先生だぞ。それにお前らより一回りも年上だぞ。いい加減、その名前の呼び捨てはやめろよな」

「いいじゃんか、優風。固いこと言うなよ」

「全く、もういいもういい。さあ、みんな時間がなくなるから、早速練習始めよう」

 そして私はダンスサークルの練習を見た後、いつもは自分の部屋に戻り、自分の研究を進めるが、この日は珍しくすぐに帰宅した。

「今日は何だか疲れたな」

 私はすぐにシャワーを浴びてリビングで休憩しているとインターホンが鳴った。

「はい」

「樹神さん、お疲れのところごめんなさい」

「あれ?風見さん、はい、今開けます」

「ごめんなさい、お疲れのところ」

「いえ、どうしたんですか?」

「あ、今日ね、私、ジャガイモと人参、それから他にも沢山野菜が採れたから肉じゃがを作ったの。でもね調子に乗って作り過ぎちゃって。良かったら樹神さんに食べて頂けないかなと思って」

「ごめんね、樹神さん。嫌いなら持って帰るから」

「いえ、ありがとうございます。僕、肉じゃが大好きだから。本当にいいんですか?」

「良かった。どうぞどうぞ、喜んで頂けたみたいで何よりです。それとこれ、まだ調理しきれていない野菜も持ってきたんだけど、これも良かったらどうぞ」

「もう、本当にいつもありがとうございます。一番のご近所さんとは言え、それでもかなりの距離があるのに、こんな時間に。お気遣い頂いて」

「いいのよ。それにこの娘が樹神さんのこと大好きだから、持って行くって」

「はい、どうぞ、優兄ちゃん」

「ありがとう、瑠々ちゃん。こんなにまだ小さいのに僕のこと心配してくれたんだね。本当に瑠々ちゃんは優しい娘ですね」

 私はそう言いながら瑠々の頭を撫でた。

「すいません、ありがとうございました。気を付けて帰って下さいね。バイバイ、瑠々ちゃん」

 風見さんご家族は私の家の一番のご近所さんだが、それでも車で五分以上はかかる。それでも一人暮らしの私を気遣い、二日に一回は心のこもった料理や食材を届けてくれるとても素敵なご家族なのだ。私は心から感謝していた。



 東京都府中市、ここが俺の住む町、俺は生まれた時からずっとここで両親と暮らしている。俺の名前は金愛光星、三十歳、今はこの町の中堅文具メーカーの営業部に勤務している。

「おい、金愛、ちょっといいか?」

「はい、課長、何でしょうか?」

「あのな、突然で申し訳ないがな・・・」

「な、何ですか?」

「ああ、ちょっと言い難いんだが、今までの金愛の頑張り、この営業部での実績は所長を始め、社長も凄く評価している。お前が高校を卒業してから今まで、もう一二年になるか?ずっとこの営業所で働き続けてくれた。それがお前の出した条件だったからな。お前の度胸は今でもこの会社の伝説になってるからな。この会社に就職する時の社長との最終面接で、“この営業所でずっと働かせて下さい。やりたい仕事は営業です。僕だけの売り上げで四年で売り上げを二十%アップして見せます。これが達成できなかったら辞表を出します。だからこの会社に入れて下さい”だもんな。さすがに社長もあの時のお前の圧には引いてたからな。まだ高校生だったお前があんな覚悟を口にするとは社長も夢にも思ってなかったんだろうな。現実としてお前は四年どころか十二年もの間、ずっとこの営業所の右肩上がりの発展を支えてきてくれた」

「あの、すいません、課長。今までの私のことの振り返りが言い難いことなんですか?こんな話を聞いてる暇があるなら、もう少し時間があるので、外回りしたいんですけど」

「ああ、金愛、悪い、そういう事じゃないんだ。実はな、お前のこの実績を社長は本当に高く評価しているんだ。所長ももちろん、私もだ。うちの営業所には大きな痛手にはなるんだが、お前が指導してくれた山賀や里中もいるから、これからは何とか二人に頑張ってもらう。お前はずっとこの営業所で働きたいという条件を社長面接の時に出していたが、すまん、お前に何とかしてもらいたい営業所があるんだ」

「え!もしかして転勤の話ってことですか?」

「ああ、だからお前に言い難くて、すまん、前置きが長くなった。どうにかお願いできないだろうか?」

「ううん、課長、どこの営業所ですか?それにいつ頃ですか?」

「ああ、お願いしたいのは天王寺区にある大阪営業所なんだ。できれば急遽になるんだが、7月上旬には向こうに行ってもらいたいと思ってるんだ。どうだ金愛」

「はい、ううん、課長、少し考えさせてもらえますか?来週の金曜日には返事をします」

「分かった。何とか前向きに検討してくれ、頼むよ」

 課長から転勤の話を聞かされた金曜日の二日後の日曜日、俺はとある墓地にいた。

「咲良、俺がお前の命を奪ってもう二十年が経つんだな。ごめんな、俺があの時、この能力を使ってなければ、きっとお前は助かってたはずなのに。やはりこれからも俺はこの町でずっと咲良のことを見守っていくよ。だから転勤の話は断るよ」

その時、背後から声がした。

「こうちゃん」

 それは咲良の両親だった。

「おじさん、おばさん」

「毎年、ありがとう、こうちゃん。でももういいよ、こうちゃん。もうこうちゃんも三十歳でしょ、咲良のことはいいから、自分の幸せを考えて」

「いや、でも俺があの時、もっと咲良のことを考えていれば、咲良は。俺が咲良を死に追いやったんです。そんな俺が自分の幸せなんて」

「もう、こうちゃん、こうちゃんはあの時、咲良のために自分のことを顧みず助けてくれようと飛び込んでくれたでしょ。もうそれだけで私達は十分なのに。今までずっと咲良のことを想って自分を責め続けてる。本当にもういいから、こうちゃん」

 そう、俺はずっと自分のことが許せない辛い過去を持っている。それは小学五年生の春の遠足の時に遭った事故のことだ。その時の春の遠足は小学生でも高学年なら十分楽に上れる山登りだった。でもこの時は普通に登っていれば問題のないコースだったが、小学生の悪ふざけでコースの途中でおふざけが始まり、友達同士の押し合いが始まり、咲良がクラスメイトに押されてコースの淵から崖下にバランスを崩して落ちそうになったのだ。

 俺と咲良は家が隣同士で生まれた時からずっと一緒に育ってきた幼馴染だった。それに二人とも大好きだったダンスを一緒にいるときはずっとペアで踊っていた切っても切れない本当に仲のいい親友だった。

 俺はバランスを崩して崖下に落ちそうになった咲良を庇って、自分が下になって咲良と一緒に崖下に落ちていった。この時に俺は自分が持っていた不思議な能力を使った。自分でも何でこんな能力を持っているのかはわからないが、自分の体を金属みたいな硬度に変化できるのだ。俺は咲良と崖下に落ちていく時にその能力を使って自分の体を硬くした。俺と咲良は崖下の途中にある木に激突して止まった。この時に咲良は俺の金属のように硬くなった体に激突した。多分、俺がこの能力を使わずに咲良のクッションになっていたら、落下の衝撃を吸収できて助かったに違いない。それなのに俺は自分のことを第一に考えて能力を使ってしまった。まだ幼かった小学生の俺はそんなことまで考えて能力を使った訳ではないが、後々考えたらそれが原因だと自分で分析して、それが許せなくて今まで贖罪の念を抱いて生きて来たのだ。

「俺はやっぱりこれからも咲良のために・・」

「こうちゃん、本当にもう十分だから。こうちゃんが咲良のことを想ってくれるなら、お願い、これからは自分の幸せを考えて。きっと咲良もこうちゃんの幸せを願ってるはずだから」

 俺は咲良の両親の手を握りしめて跪いて涙を流した。

「おじさん、おばさん、本当にごめんなさい。咲良を助けられなくて。うううーーー」

「こうちゃん、いいから。ほら、もう泣かないで。二十年間もずっと咲良のためにありがとう。私たちも今はこうちゃんのことを本当の子供だと思ってる。あなたの幸せを願ってるから。だからね、これからは自分のためにね」

「ありがとうございます、おじさん、おばさん」

 この咲良の墓参りを機に俺は自分の気持ちに一つの区切りをつけて転勤の決意を固めた。



 俺は香川県観音寺市のレタス農家の一人息子、土門振。年齢はアラフォーの三十八歳。父の和男、母の芽衣、今年、九十歳になる祖父の新右衛門と四人で暮らしている。観音寺市はレタスの収穫量では全国でもトップ5に入る。うちもその一翼を担っている。

「おい、振、ボーっとしてるんじゃない。さっさと手を動かせ、バカたれ」

「痛いな、じい。何も後頭部を殴ることないだろ」

「何を言ってるんだ。どうせまたお前は琴弾大祭のことでも考えとったんだろ。本当に振は小さい頃から祭りが大好きだもんな。でも今は仕事をしっかりせえ」

「何だよ祭り好きはじいの影響だろ。でもごめん、分かったよ、じい」

 そう、この日で九十歳になる祖父は、この歳になっても現役で、俺よりもパワフルに畑仕事をこなすのだ。俺は小さい頃から祖父にべったりで、その祖父が祭りが大好きということもあって、その影響で自分も祭り、特に踊ることが大好きなのだ。

「じい、九十歳、おめでとう」

「うるさい、おめでとうじゃないわ。もう俺は十分に生きた。もういつあの世に行ってもいいわい」

「ちょっと、お父さん、せっかく誕生日を祝ってるのに何てこと言ってるのよ、縁起でもない」

「そうだよ、じい。せめてまだ十年、百歳までは元気で生きてくれよな」

「ああ、悪いな、芽衣、振、和男くん、申し訳ない。祝ってもらってる当人が失礼だった。でもまあ、ここまで生きると死ぬことも怖くないと言うか、何か穏やかな気持ちだと言うことを言いたかったんだよ」

「もうじい、それなら素直にそう言えばいいだろ。本当に捻くれてるんだからよ」

 祖父の誕生日祝いも終わり、俺は居間の畳で寝そべっていた。

「おい、振、ちょっと話があるんだけど、私の部屋に来てくれるか」

「うん、どうしたの?じい、珍しく凄い真剣な顔してるけど」

 俺は祖父の部屋に行った。

「何だよ、じい、話って」

「ああ、今日は本当にありがとう。楽しかったよ、みんなで美味いお酒が飲めて。やっぱり振と飲むのは楽しいよ。それでな、さっきは冗談でいつ死んでもいいなんて言ったけどな。本当に私もこの歳だ。いつ死んでもおかしくない。それでだ、お前にだけは最後に伝えておきたいことがあるんだ」

「なんだよ、また、おふざけかよ」

「違う、いいから、これだけは頼むから真剣に聞いてくれ」

 さすがにこの時の祖父の顔は今まで見たことがないほど、真剣で鋭い目つきだったので、俺はその顔に唾を飲み込んだ。

「本当はな、この話は私から娘である芽衣にするはずだったんだが、ほら、お前の右脹脛にあるその痣。それお前が高校生くらいになったら、凄くはっきり浮き出てきただろ」

 そう、俺の右脹脛には不思議な模様の痣がある。

「うん、これがどうかしたのか?」

 すると祖父はA4サイズくらいの額縁に大切にしまってある凄く古そうな絵を見せた。

「何、これ。凄く古そうな絵?」

 その中には7種類の家紋みたいな模様が描かれていた。そして俺はその中の一つに釘づけになった。

「じい、これって?何で、何でこの模様が?じいが書いたの?」

「そんな訳ないだろ。これは代々、うちの家の祖先から受け継がれてきた絵というのかな。私もこれがいつ頃描かれたものかは分からん。でもお前のその痣を見た時に、この絵を思い出したんだ」

「一体何なの、この絵は?」

「ああ、俺もこの絵を親父から受け取った時に言われたんだが、とにかくこれは大事に子孫に受け継いでいけ。そのうちに絶対にこれを必要とする時が来ると言われてな。私が思うにそれが振、お前じゃないかと思ってな。お前の体にそんな痣ができたから、これは偶然じゃないと思うんだ。こんなにはっきり同じ模様が出るなんて。だから芽衣じゃなく、今、お前に話してるんだ」

「ふうん、でもこの絵、どんな意味があるの?」

「ああ、どうも詳しい話は伝わってないみたいだが、先祖が関わってきた祭りに関係があるということだけはずっと言い伝えられているようなんだ。だからきっとお前の体に現れた模様以外も、もしかしたら日本の祭りと何か関係があるんじゃないかと思ってな。だからこれを振、お前に渡しておくよ」

「うん、別にいいけど」

「さっき言ったけど、俺ももうこの歳だ。いつ死ぬか分からん。だからお前に託したいんだ。振にこの痣が出たということは、きっとお前がこの絵の真意を調べろということなんじゃないかってな。もっと早くお前にこの話をすれば良かったのかもしれんが、これを準備するために時間がかかってしまってな」

 祖父はそう言って俺に通帳を渡した。

「じい、何これ」

「頼む、これを使ってこの絵の意味を調べて欲しいんだ。多分、全国の祭りに何か関係があると思うんだ。私の推測が外れているかもしれんが、その時はその時でいい。当てが外れても祭り好きのお前の糧にはなるはずだ。その間、和男くんと芽衣には家の仕事が大変になるが、隣近所のみんなにはお願いしておいたし、二人には自分で話すのはちょっと恥ずかしいから、お前からこれを渡しておいてくれ」

 渡されたのは父と母へ宛てた手紙とまた別の通帳だった。

「うん、でも何で、何でだよ。祭り好きはじいだってそうだろ。自分が全国の祭りを回った方が楽しかったんじゃないの」

「そう思った時は確かにあったよ。でもな、その時は家の仕事がかなり苦しくてな、私だけが呑気に自分の好きなことで家を空ける訳には行かなかったんだ。和男くんや芽衣だけに負担をかけられないだろ。あの時期はお婆が死んで、特に芽衣には家事の負担も増えて、大変な思いをさせたからな。だから振、お前がこれから全国の祭りを渡り歩いて、お前が肌で感じた感想を聞かせてくれないか。今はそれが私の夢なんだ」

「ありがとう、じい。明日、父さんと母さんにはこれを渡して話してみるよ」

「頼んだぞ、振。良かった、これで私の楽しみが広がった」

 翌朝、俺は目を覚ますと、一階の方から母の大きな泣き声が聞こえていた。俺は母の泣き声が聞こえる祖父の部屋の方に足を進めた。

「な、何だよ、母さん、何泣いてるんだよ」

「ああ、振、お父さんが、お父さんが」

 母の横にはベッドで眠っている祖父の姿があった。そこに急遽呼ばれた馴染みの医師が入ってきた。

「どうも」

「先生、お願いします」

「はい、うん、そうですね。特に外傷もないですし、今の新右衛門さんの状態からすると、恐らく四時頃に心臓の働きになんらかの障害が出たんだと思われます。残念ですが、その時に」

 俺はそう言われて頭が真っ白になった。祖父はまるで生きているみたいに穏やかな綺麗な表情で横たわっていたから。昨日、俺にあの話をして全国の祭りの話を楽しみにしていると、あんなに嬉しそうな笑顔で話していたのに。何だよ、その次の日にこの状態は。俺の眼からは自分でも今まで流したことがないくらいの涙が溢れていた。

「じい、何だよそれ。起きろよ。昨日、俺にあんなに嬉しそうに、絵の話、祭りの話をしてくれたじゃないか。俺が全国の祭りを体験して、その話を聞くことを楽しみにしてるって言っただろ。俺だってじいに言われてやる気になってたのに。じい、起きろよ。これからもっとじいと祭りの話をしたかったのに」

「振、おい、ゆっくり寝かせてあげよう。今まで私達のためにずっとこの歳まで頑張ってくれたんだ」

「ああ、何でだよ、父さんは何で、何でそんなに冷静なんだよ、じいが死んだって言うのに」

「それがお父さんの願いだからだよ。私だってこんな突然にお父さんが亡くなるなんて思ってなかったよ。お前も昨日、お父さんに呼ばれて何かを話しをしてたみたいだけど、その後、私も呼ばれてお願いされたんだ。お前が旅にでることも聞いたよ。家の仕事も大変になるかもしれないが、お願いしますって頭を下げられてな。母さんも御爺ちゃん子だったお前も、一番辛いのは分かってる。だから俺がしっかりしなきゃな」

「じゃあ、昨日、じいが俺に父さんと母さんに渡してくれって言ったこの手紙は?」

「ああ、それは多分、母さんへの最後の想いを伝えるものだろう。本当の娘だからこそ母さんには直接面と向かって言い辛いから手紙にしたんだろう。お父さんは最後の最後まで自分より私達のことを第一に考えてくれてた。だから、家のことは心配するな、振。お父さんの願い、叶える旅に行って来い」

 そして俺は昨日、祖父から渡された手紙と通帳を母に渡した。そして俺は祖父の葬儀を済ませた後、祖父の願いでもある、あの絵の意味の手掛かりを探る目的のもと、全国の祭りを巡る旅に出た。


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