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第一話 ストーカー童貞を捧げる

 学校から帰宅すると、お嬢様がハイヤーから降りる所だった。


 お嬢様の名前は、千道彩。千道家の一人娘で歳は十六。近所の変哲もない高校に通っている女子高生だ。


 艶やかな黒髪に、膝下まで伸びたスカート、化粧は最低限の原石仕様。女性の魅力溢れるスタイルに、お淑やかな雰囲気が相まって、誰もが二度見したくなる要素が揃い踏み。一人で歩けば、スカウトが寄ってくるのは間違いない存在だ。


 俺も知らずに街で見掛ければ、そりゃ虜にもなっただろうが、生憎と幼い頃から共に育ち、雇用主の娘と労働者の関係だ。


 男どもは口を揃えて「羨ましい」と主張するが、俺の立場にもなって考えて欲しい。

 彩最高〜! マジ可愛い!!なんて言ってる使用人を雇用すると思うか? 答えはNOだ。


 逆のパターンも同じだ。彩? 全然可愛くないぜ? 趣味悪いね〜。即座に解雇されるに違いない。

 だから俺はお嬢様の会話を振られるのが嫌いでしょうがない。


「お帰りなさいませ」

 右手を胸に掲げ、腰を曲げ頭を下げる。無論返事など返ってこない。


 黒いブレザーの学生服を着た彩は、スタスタと屋敷に入ると、そのまま食堂に入り、一人掛のソファーに腰を下ろし、スマホをいじり始める。


 俺は急いで厨房に入り、彩が毎日飲んでいるお気に入りの紅茶を入れ、配給する。

「ダージリン ファーストフラッシュです」

 無論、返事など返って来ない。

 興味なしと言わんばかりに、スマホから目を離す事はない。

 いったい何をみてるのやら。


 俺は男共にこう言いたい。お嬢様? 全然可愛くねぇーよ! てね。




 俺の名前は、百氏直樹。彩と同じ高校に通う十七歳の高校二年の男子だ。


 一点をのぞけば、ごく平凡な高校だ。成績だって真ん中から数えた方が早いし、部活だってやってない。趣味という趣味もない。休みの日はゲームかYoutubeを見て、たまに友達と出かけるぐらいだ。百人いたら、八十人は俺と同じ事をしている自信がある、そのぐらい普通だ。そんな普通を俺は溺愛している。何故なら普通じゃない時間が存在するからだ。


 それは俺が働いていると言う事だ。俺の家、百氏家は仙道家に代々仕えている。その為、自動的に働かざる負えなくなり、友達と遊ぶ時間や部活を切り捨てる事になった。


 それでも周りは言ってくる。この時代に仕事ある事はいい事だ、とか、給料もらえるの? 羨ましい! とか聞き飽きた文句だ。そりゃ普通の使用人の仕事なら、俺もそう思ったに違いない。だが現実は違う。


 そろそろ時間だな。

 俺は腕時計を確認しながら、階段隅の玄関付近を覗ける場所に身を隠す。


 すると周りをキョロキョロ見渡しながら現れたのは、目ぶかに被った帽子にサングラスとマスクの三点セットを装備したお嬢様こと、彩だ。

 俺は内心溜息を吐き、彩にこっそりと近づく。


「お嬢様、お出かけですか?」


 ヒィと息を吸い上げビクリと体を震わせて倒れ込むその姿は芸人魂を感じるリアクションだ。


 彩に手を差し伸べ、起き上がるように催促すると、その手を無視して立ち上がる。

 俺はやるせない手を引っ込めニッコリと笑顔を作る。


 彩の表情は、三点セットに守られ窺い知ることは出来ないが、愉快な事になっているに違いない。


 彩はスカートをほろうと口を開く。

「少しコンビニに行ってきます」

「コンビニなら私が向かいますが?」


 彩の表情が曇るのが手に取るように判る。なにも俺は意地悪したい訳じゃない。これが使用人としての精一杯の悪足掻きなんだと理解して欲しいぐらいだ。

「歩きたい気分なの」

 ピリッとした空気が張り詰める。俺は頭を下げ降参する。


「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

 ここが潮時てやつだろう。

 彩は無言で屋敷を後にした。


 そして俺の仕事の本場はこれからだ。急いで自室に戻り、着替えを始める。ジーンズに無印のTシャツ、ベルトもこの間買った地味なやつを選ぶ。帽子を被り、メガネをかける。あとはスニーカーに履き替え、チラリと携帯を覗き、屋敷を後にする。


 遠く先を歩く彩の足取りに迷いはない。ちょうど二方向に分かれる分岐路に差し掛かる。右手がコンビニのある道だ。それを迷う素振りも見せず左手に曲がっている。俺は「はぁ」と溜息を吐き、少し早歩きぎみに後を追う。行く場所は十中八九決まっている。


 そこには十分程でついた『ゲーム』と書かれた店だ。つまり、ゲームセンターだ。勿論、俺が好きで来た訳ではない、我が彩お嬢様の通いの店だ。かれこれ一年ぐらい通う常連だ。


 なぜこんなストーカーまがいの行為をしてるかと言うと、これが『仕事』だからだ。彩が遊びに行くたびに、陰ながら安全を確保すると言う名目で、ストーキングしている。


 名目と言うのは、彩の父、旦那様が彩に変な虫が寄って来ないように俺を派遣しているのが実情だ。男と遊んだ時と良からぬ遊びを覚えた時は、すぐさま連絡しろと言われている。


 旦那様の不安は余所に、男の影は一度も見た事が無い。しかし、良からぬ遊びはどうだろうか。俺からすればゲーム趣味は悪いものでは無いが、旦那様からしたらアウトだろう。それでも報告はしていない。


 最初、彩がここに来た時は、たまたまだったと思う。周りを不思議そうに眺めながら、うろちょろするだけだった。だが、興味を持ったのか2回目の来店。その時、始めてゲームと言うものに触れたのだろう。怯えながら、お金を入れてゲームをする。ストーカーながらに、微笑ましいもんだった。


 本来はそこで旦那様に報告するべきだったのだろう。だがしなかった。彩があんなに楽しそうにしていたのを、久しぶりに見て少し感情に浸ってしまった。


 それが俺の運の尽きだった。


 俺の気持ちなど知らない彩は、そこから気が狂ったように通い始める。俺は内心猛烈に後悔した。でも、今更報告なんかできない。そこからは泥沼だ。自らの失態を隠す為に、彩の隠蔽工作を陰ながら手伝う事もあった。


 俺も何度も葛藤した。格ゲーで負けて、台パンした時は本気で旦那様に報告しようかと思った。でも結局、俺の足は動かなかった。


 今も俺は巨大ロボに乗って戦場に旅立つ彩を見守ってるだけで、共に戦う事も、止める事も出来ては居ない。


 俺は休憩がてら、自販機で黒い悪魔を購入し、一気に胃に流し込む。彩は巨大ロボで戦場に旅立てば三十分は帰って来ない。


「直樹君!?」


 そこに居たのは、同級生の五十鈴凛。髪の色は少し明るく、耳にはピアス。大きな瞳に伸びたまつ毛。間違いなく美人筆頭だ。


 しかし、俺の変装は何の防御力も無かったらしい。あまりに呆気なく看破されたせいで「な、な、何故わかった!?」なんて下手なセリフすら恥ずかしくて言えなくなったぜ、チクショー。


「貴方の直樹君ですよ凛さんや」

「その軽い感じは直樹だ。なに、なに? 何してここに居るの!?」


 なぜ、意外って感じのリアクションをしているんだ?この歳ならゲームくらいするだろうよ、普通。

「ここに居る時点でゲームしかないだろ?」

 冷静に、沈着に一般論を振りかざす。間違ってもストーカーしてますなんて言える訳が無い。そんな事言えばノータイムで通報される自信がある。ただでさえ最近、周りの目が厳しくなってきたんだ。どうして俺ばっかりこんな役回りなのか。誰か変わってくれー!


「直樹君がゲーム? うち初めて聞いたよ? ゲームより一人でプリクラ撮りに来たって言った方が説得力あるよ?」

「んな訳あるか! お前の俺の印象はどうなってんだ!」

「あはは! 冗談冗談!」

 笑い声を上げながら、俺の肩を叩いてくる。左手で口元を隠してる姿が妙に色っぽい。


「凛だって何しに来たんだ?」

「うち? ここに来たのは偶々ちゃ偶々だけど……ゲーム?しに来た!」


 こう言っちゃなんだが、めちゃくちゃ意外だ。学校で女子を牛耳っている凛がゲーム好きとは、人は見た目では判断出来んもんだ。


「そうか楽しんでな、俺はそろそろ帰るよ」

 しれっと撤退する高等テクは、凛の小さな手に阻まれる。

「まぁまぁ直樹君や、そう恥ずかしがらずに、一つぐらい付き合ってあげるよ」

 こちらに親指を立て、さもわかってますよ感を全快にしてますけど、貴方何一つわかってませんからね! こんな事してる場合じゃないだよ、まったく。

「じゃあこれで遊ぼうぜ」

 俺の心とは裏腹に、口から思っても無い言葉が漏れている。我ながら恐ろしい。

「え、これ!?」

 凛は俺の袖を引っ張り、機械に入り込む。


 そうして俺は、凛と二人で人生初のプリクラを撮った。


ーー俺はこの時の選択を後悔する事になる。

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