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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さくらじゅんのにっき

作者: 勝華麗







にせんろく年よん月いち日 はれ

 しょうがくせいになったの、でおかあさんににっきをもらいました、なんだかかいてるとあたまよくなるそうです、ぼくも、じょうきゅうせいのおにいさんおねえさんみたいになりたいのでがんば、ってにっきをまいにちつづけたいとおもいます


二せんろく年よん月二日 はれ

 きょうはしょうがっこうのじゅぎょうをうけてきました、かんじをならいました、一、二、三です、こんどのこくごで、はよんをならいます、はやくおとなみたいにかんじをつかいたいです、きょうのおゆうはんはおかあさんがかってきてくれたはんばーぐ、です、ねむかったけどおいしかったです


二せんろく年よん月三日 くもり

 がっこうおやすみでした、おかあさんはぼくがおきるまえにどこかへいったので、きょうはずっとおうちでひとりでした、おうちのしたのこたちみたいに、ぼくもはやくおともだちをつくりたい、とおもいました


二せんろく年ご月ご日 あめ

 かいてないのがばれたので、かきます、きょうもやすみでした、おりがみをおってました、つるはかっこよくないのにむずかしいです、かみひこうきはかんたんでかっこいいです、ひこうきだいすき


二せん六年五月六日 はれ

 うんこちんこ


二せん六年五月なな日 ちょっとはれちょっとくもり

 かくことなくて。らくがきしたらおこられました。がっこうでぶんしょうについてならいました。。と、のつかいわけがだいじなそうです。あたらしいことって。たのしいな。。。。。。


二せん六年五月はち日 あめ

 きょうは、おかあさんになんでまいにちあめがふるのかときくと、つゆだからとかえされました。つゆとはなんでしょう、あしたせんせいにきいてみよう、


二せん六年七月二〇日 はれ

 きょうはいろいろあったのとひさびさなので、いっぱいかきます。きょうまでともだちができなかったぼくですが、あしたからながいながいなつやすみになるので、けっしんしてじぶんからともだちになろうとさそいました。でも、こたえはのーでした。なんでってきいたら、ぼくがだんちのこだからそうです。ぼくみたいなのと、ともだちになるなってじぶんたちのおとうさんとおかあさんにいわれたそうです。だんちのことについてはよくわからないけど、おかあさんといっしょにいるこのいえのことはぼくはすきなのでおこっちゃいました。けんかになって、せんせいからもふたりともわるいいわれたけど、ともだちになるまでぼくからはぜったいにあやまりません。


二せん六年七月二三日 はれ

 にっきをみたおかあさんがきのうなきました。なんでってきくと、こんなことでしかぼくをやしなえなくてごめんなさいってあやまってきました。こんなことがよくわからないけど、おかあさんはよくおとこのおともだちをつれてきます。おかしをくれるいいひともいれば、たばこのひをちかづけるわるいひともいます。そういうひとたちにいつもおかねをもらってるのをみたので、そういうことなのってききかえしたらおかあさんはまたなきました。五がつはすぎたのに、つゆみたいでした。


二〇一〇年一月一日 雪

 二〇〇〇年も十年をすぎたので、記ねんになにかしないとと考えていたら、この日記を見つけたので書くことにします。ぼくは小学四年生です。身長は前のときより二〇センチはのびました。あの事件がきっかけでぼくにはまだともだちがいません。でも、お母さんと一緒にいられれば平気です。早く仕事について楽をさせてあげたいです。将来の夢は、パイロットです。


二〇一三年三月二二日 晴れ

 小学校卒業。次は中学校だ。あまりお金をかけたくないが、義務教育はさすがに仕方がない


二〇一三年四月一六日 曇り

 やってしまった。

 今日、ぼくは一日に二度も喧嘩をしてしまった。ひとりがクラスのトップカーストにいる杉山。ぼくと昔、喧嘩した彼だ。あいつ、家のことだけじゃなくてお母さんのことまでクラスのみんなにバラしやがった。お母さんだって、好きであんなことしてるわけないだろ。気づいたら殴ってしまっていた。

 そしてそのお母さん関係でもうひとりだ。今日きた男は特に横暴だった。ぼくがなにを言ってもきかず、お母さんまであいつを庇いだしたから、最終的に殴りかかってしまった。しかしなぜお母さんはあんな最低の男を庇うんだ?


二〇一四年九月一九日 ちょっと晴れ

 お母さんが死んだ。死んだ。死んだ。


二〇一四年九月二〇日 晴れ

 自殺だった。家に帰ってきたら、首を吊っていて遺書があった。こんなことを書いている場合でないのかもしれない。だが、なにかをせずにはいられなかった。なにかをしなければという衝動にかられていた。遺書には、以前ぼくが喧嘩したあの男がぼくの実の父親であると書かれていた。そしてずっと金を強請られていたこと。生きていればぼくが大学にいける分まで貯めたお金まで渡してしまいそうなので、その前に死ぬと記されていた。封筒には、受取人にぼくの名前が記載されていた保険金の書類があった。


二〇一四年一一月七日 曇り

 まだ冬に入ったばかりなのに寒かった。独りでいるだけなのに、気温以上に冷えていると感じる。施設にくるかと誘われたが断って、まだアパートの一室にいる。お金のことを考えればそうするのが正しいのだろうが、お母さんがもういない以上、そんなことを気にしても意味はなかった。でもお金のことがどうでもいいのなら、中学卒業後、就職させてくれると約束した近所の工場についてはどうしよう? なにも考えられないので、今日はもう眠ることにする。


二〇一六年三月二十日 雨

 中学卒業。母の遺言通りに進学をすることにしたので、就職の件については断られてもらった。しかし高校にいったところで、ぼくはなにをすればいいのだろうか?


二〇一六年三月三一日 雨ときどき曇り

 虚無だ。明日ははれの入学式だというのに、ぼくの頭の中にはなにもない。あの男は既に死体になっている。噂では母が死んだ数日後、ヤクザに殺されたらしい。復讐さえもできなかった。おそらくぼくはこのままなにも成し遂げられずに空っぽの亡骸として死んでいくだろう。あんなにがんばってもらったのにごめんねお母さん


二〇一六年四月一日 晴れ

 好きな人ができた。


二〇一六年四月二日 晴れ

 初恋だった。実は生まれてから今まで、ぼくは恋をしたことがなかった。だから正直、どんな感情なのか分からないまま死ぬかと思っていたがやっと分かった。あの娘を見た瞬間、胸が高鳴った。心臓がギュッと締まった。あの娘のことを想うだけで痛くなる。でも、不思議と嫌じゃなかった。痛ければ痛いほど、心が満たされていく。声をかけてみようか? いやでも団地の子だってバレたら……とりあえずどんな娘なのか知っている人に聞いてみよう。なんでもいいから彼女のことが知りたい。


二〇一六年四月九日 晴れ

 あの娘について、メモしたことをここに纏めようと思う。

 名前は緑野みどりの さくら。身長は一六二センチ、体重は五八キロ。スリーサイズは不明だが、胸もお尻も小ぶりでお腹がちょっと出ているらしい(ぼくは制服姿しか見たことないから分からない)。趣味はボトルシップ作り。部活は弓道部。好きな食べ物は母の卵焼き、嫌いな食べ物は母のほうれん草のおひたし。

 こんなところだった。正直、風の噂の類もあるので全てが真実というわけでないだろう。それについてはこれから知っていきたい。ただ、彼女は自分の名前が嫌いらしい。ぼくは素敵だと思うのだがなぜだろう?


二〇一六年四月一一日 曇り

 彼女に会えない日々が辛かった。胸が苦しいのに、会えないなんて悲しかった。でもやっと会える。天井を見上げ続ける日々は今日で終わりだった。こんなにも次の日を迎えるのが楽しみなんて、本当に久しぶりだった。


二〇一六年四月一五日 晴れときどき曇り

 初めて桜さんと会話した。彼女が落とした消しゴムを拾った時に、ありがとうと言われた。すごくうれしかった。顔が風邪にかかった時みたいに熱くなり、思わず慌てて目を反らしてしまった。ぼくからもなにか言えばよかったと考えるのだが、実際どんな言葉を口にすればよかったのだろう? 自然に出てくる言葉は、きみのことが好きだ、恋をしている、素敵な瞳だ。こんな言葉、恥ずかしすぎるしなによりもぼくのことをなんとも思ってない桜さんに失礼で絶対に口にできなかった。


二〇一六年四月一七日 雨

 雨の中で、桜さんを想う。なぜかぼくは、雨に当たっている彼女を想像してしまった。なんでだろう? 雨なんて冷たいだけで彼女の身体に悪いのに。


二〇一六年四月二三日 雨ときどき晴れ

 ずっと作っていたボトルシップが完成した。拙い出来だが、なんとかやり遂げた。少しずつだけど積み上げていくように作るのは楽しかったが、桜さんも同じ気持ちでボトルシップを作っていたんだろうか。少しでも彼女と同じ気持ちになれたら嬉しかった。


二〇一六年四月二六日 晴れ

 どうやら桜さんの趣味は、本当はボトルシップではなかったようだ。せっかく作ったので見てほしいとぼくは学校に持っていった。休み時間ごとに、いつ見せるかいつ見せるかと機会を伺うのだが無情にも時間は流れていって電子ベルは複数回鳴る。結局見せられたのは一日を過ぎたあとの昼休みだった。ちょうど友達が出払って暇をしていたところにボトルシップを見せながら声をかけた。よくできてるね、と褒めてくれたが別に一回も自分自身では作ったことはないらしい。でも彼女に、面白い人だね、って言われたのはなによりも幸せな気持ちだった。


二〇一六年五月六日 雨

 桜さんの好きなタイプが筋肉に厚みのある男だと判明していたので、GWは筋トレに励んでいた。腕立て、腹筋、スクワット、ランニング。どれも少しずつ回数と距離が増えていくのは楽しかった。体に触れると少し筋張って硬くなった気がする。このままロック様みたいになろうと夢を見る。

 それにしてもここのところ雨が多い。やはりお母さんの言った通り、つゆは神様が悲しむ時期でよく泣くみたいだ。好きなだけ涙を流すといい。ぼくの中にあるのはもう枯れ果ててしまったから、代わりに泣いてくれ。


二〇一六年五月一〇日 曇りときどき雨

 桜さんの本当の趣味である編みぐるみを作って持っていった。ぼくのウサギは初めてにしては上出来というか評価と、でもまだまだだねと厳しい批評をもらった。真剣な眼差しを編みぐるみへ向ける彼女はいつもと違うかわいさというか綺麗さというか、なんというか氷の彫像のように美しかった。


二〇一六年五月一四日 雨

 今日は喜ばしいことがあった。あの桜さんが、ぼくを頼ってきてくれた。

 来週、中間テストが行われると教師に伝えられた。すると彼女は、ぼくへ勉強を教えてと頭を下げてきた。ぼくが真面目にノートを取っているのを評価してのことらしい。正直、ぼくはそんなに頭はよくないのだが頼まれたのなら応えてあげたかった。彼女に教えるところを徹夜で勉強して、頑張っていこうと思う。


二〇一六年五月一五日 雨

 今日は社会を教えた。うん。わりとぼくもやるじゃないか。しっかりとテスト範囲内の勉強を教えられた。いやそもそも、ぼくは歴史とかが嫌いじゃなかった。キツイのはこれから。次は苦手な国語だから徹底的にやらないと。でも土日挟むからわりと楽勝だろ。


二〇一六年五月一八日 雨ときどき晴れ

 古文を教へき。苦手なりしが、勉強せしおかげになんとか誤魔化せた。明日は理科なり。多分なんとかなる。


二〇一六年五月一九日 曇り

 理科は余裕だった。元からわりとできたほうだから、ちょっと予習しただけで全部掴めた。でも明日と明後日にする英語と数学は地獄だ。でも土日は国語を勉強するのに時間を費やしたため、一夜漬けでどちらも学ぶしかなかった。たぶん中間テスト終わるまで、ぼくは眠れない日々が続く。


二〇一六年五月二〇日 Sun

 I taught Sakura to English today. Since I was taught the tendency of problems that came up in class beforehand, it was enough to reduce the points. This will probably give you a score.


224×9年√25月1011-990日 9

 π=3.1415 9264 8777 6988 6924


二〇一六年五月二二日 雨

 な、なんとか無事に終われた。ぶっちゃけ自分がなにを書いたのか覚えてない。でも、桜さんが満足そうだったからそれならぼくも満足だった。疲れた。今日は眠ることにする。


二〇一六年五月二六日 晴れ

 五〇時間以上の丸二日の睡眠と少しの日々の経過のあと、中間テストの結果が返ってきた。桜さんはなんと十位以内に入ったらしい。凄い! 天才だよ桜さんは! ぼくは赤点がいくつかあって追試だ。うーんやっぱりぼく自身の頭の出来はよくないようだった。さすがに赤点回避はできるように常日頃から精進だな。


二〇一六年五月二七日 曇りときどき晴れ

 女神からの祝福だ。いや違った。桜さんからお礼にクッキーをもらった。違わなかった。

 ぼくのおかげでテストの点数がよかったと喜んでいた。ありがたいことだ。日頃から暇つぶしにノートをとっていた甲斐があった。これで追試も頑張れることだ。

 ちなみに桜さんのクッキーはケースを買ってきて飾ってある。クッキーは食べ物なので消費期限が過ぎるまでには胃に納めておきたいが、それにしても勿体なかった。


二〇一六年五月三〇日 晴れ

 筋トレを続けたおかげか、体に見違えるように筋肉がついた。腹筋が割れだして、手の甲に血管が浮き出てきた。そろそろプールの授業がはじまる。できるだけかっこいい自分を桜さんへ見せたいな。


二〇一六年六月三日 晴れときどき曇り

 追試一発合格。全部、満点だった。


二〇一六年六月四日 晴れ

 アルバイト先の先輩に告白された。気持ちは痛いほどで分かるので心苦しかったが、桜さんしか考えられないので断った。言い方が悪くなってしまうが、おそらく受けて恋人らしい行動をしても先輩のことより桜さんとこういうことができたらいいなという想像をしてしまっていただろう。それでは失礼過ぎる。でも先輩、別れ際に泣いていた。ぼくももし桜さんに告白して断られたらああなってしまうだろう。とても憂鬱な気持ちになった。


二〇一六年六月一八日 曇り

 駄目だ。告白の件が気になって眠れない。告白なんて考えてもいなかったのに、どうしても意識してしまう。ただ桜さんを好きな気持ちを持っていただけで、その先のことなんてなにも考えてなかった。次の体育では念願のプール授業なのに気持ちが晴れず、作りかけの編みぐるみをそのまま放置してしまっていた。つゆが過ぎてこのところ晴れが多かったのに急などんよりとした曇り。不穏な予兆のようなものを感じた。


二〇一六年六月二〇日 晴れときどき曇り

 やけに胸騒ぎがする。ボーっとしてしまって、勉強にも編みぐるみにも手がつかなかった。


二〇一六年六月二一日 晴れ

 見た。見た。見た。痛い。痛い。痛い。

 プール授業が始まった。筋トレの成果か、ぼくを見た女子たちはキャーキャーと黄色い声を出した。でもそんなことより、ぼくの視界にはとてつもないものが映っていた。

 駄目だ。思い出すだけで体の一部が痛くなる。

 水着姿の桜さん。紺色の学校指定の水着が身体に張り付いて全身のラインを露にしていた。桜さんの肉体そのもの。白い肌に、男子の目線を意識してか恥じらいを含んで赤くなっている顔。

 痛い。痛い。痛い。

 股が痛い。固い棒のようなものが伸びようとしている。昼間の桜さんのことを思い出すと、よりいっそう固くなろうとして折れたところの痛みが増幅する。これはなんだ? 脳裏には、なぜかお母さんと男が隣の居間で抱き合っているところが浮かぶ。ぼくは謎の罪悪感にかられながらも、激痛を沈めるために股の中心に手を添えた。


二〇一六年七月一七日 晴れときどき曇り

 あの日からずっと桜さんのことしか考えられなかった。いやその前からそうだったのだが、その時までに抱いていた気持ちとはどこか違う気がした。想いが豹変した。今は落ち着いているが、すぐにさっきまでと同じように衝動的に股間へぼくは手を伸ばしてしまうだろう。水着だけじゃない、普段の制服の桜さん、部活中の袴の桜さん、編みぐるみの前の桜さん、お弁当をほおばる桜さん。理性もなにもかも消え、桜さんのことだけで頭の中身が埋め尽くされていく。


二〇一六年七月二一日 晴れ

 終業式。桜さんに再開を約束したお別れの言葉をかけられるが、ぼくはなにも返せなかった。最低だ。でも今のぼくは、彼女に対してそんなことをしてはいけない気がした。


二〇一六年八月三一日 晴れ

 駄目だった。今日までずっと桜さんのことを想い続けてしまった。ありもしない妄想までしてしまった。一日たりとも鎮められなかった。気持ちさに浸る日々は幸せなはずなのに、すればするほど桜さんに申し訳ない気持ちになった。ぼくはいったい、どのような顔をして明日彼女に会えばいいのだろうか?


二〇一六年九月一日 曇り

 ぼくの小さな悩みなんてどうでもいい大事件が起こった。

 あの杉山が転校してきた。

 かつてお母さんのことを言いふらして、ぼくが殴った男だ。幸い、今日は話してもないのでなにも問題は起きなかった。できればぼくのことなんか忘れていて、二度と思い出さないことを願うばかりだった。沈んだ気分を晴らすため、今夜も桜さんを想うことにした。


二〇一六年九月八日 雨

 杉山は、どうやらぼくのことを覚えていたようだ。

 昼休み、いつものように机に突っ伏しているとニタニタと笑いながら声をかけてきた。「おまえ、ここでも友達いないんだな」「まだ団地に住んでいるのか?」。ぼくは徹底的に無視を続けた。本当は殴ってやりたかったが、昔のクラスメイトのような怯えた目で桜さんから見られるのは嫌だった。そんなぼくが気に入らなかったらしく、彼は教室全体に聞こえるように大声で叫んだ。

「おまえの母親はまだマンコを売って、おまえを育てているのか?」

 プッツン、と張り詰めた糸が切れた音がした。拳を握って立ち上がろうとした。しかしその前に、杉山は桜さんに頬をはたかれた。それから先、彼女はぼくの母親を称えてくれて、それを馬鹿にする杉山を否定した。涙が出た。もう失われていたはずなのに、堰を切ったように流れだした。そんなこと言ってくれる人は初めてだった。他の人はこの話を聞いても軽蔑するか憐れみを抱くかのどちらかの反応しか示さなかった。

 この人に恋してよかった。心からそう思えた瞬間だった。この日、ぼくは密かに彼女を想うことはなかった。


二〇一六年九月一九日 晴れ

 命日なので、お母さんの墓参りをした。

 掃除を終えてから、手を合わせながら心の中で言った。お母さん、ぼく桜さんに告白しようと思います。断られてもいい。ただ、気持ちを隠すなんて真似は彼女にしたくなかった。

 がんばりなさい。

 母はそう言って、ぼくの背中を押してくれた気がした。休日が明けたら、すぐにでも伝えよう。


二〇一六年九月二一日 晴れ

 桜さんに彼氏ができた。

 放課後、校舎裏に呼び出そうと声をかけた。そうしたらひっそりと仲良しのぼくにだけ教えてくれると、彼氏ができたと伝えてくれた。


二〇一六年九月二二日 晴れ

 眠れない。喉が渇く。水を飲んで吐き出して、飲むという行為を繰り返す。


二〇一六年九月二三日 晴れときどき曇り

 今日は学校に行かなかった。行けなかった。桜さんが彼氏と楽しそうに一緒にいる姿を想像するだけで、視界がガラスみたいに割れて頭の中に欠片が飛び散ってグシャグシャになる。おかしいなおかしいな。ぼくはまだ告白してないのに、桜さんに恋人ができてる。スタートラインで落盤事故。いいやそもそもスタートは既に切られていたのに、ぼくだけ入場門から勝手に出てこないで


二〇一六年九月二四日 晴れ

 今日も学校に行かないでいると、桜さんが大丈夫? と心配のメールを送ってきてくれた。これ以上は迷惑をかけないように、明日は行こうと思う。


二〇一六年九月二五日 雨

 桜さんに彼氏を紹介された。名前は柏木修平。

 小さい顔に似合わない大きな四角眼鏡。チビでやけに肌が白くて体が細い。本の虫がこうじて図書委員になったそうだ。

 ここまで書いた通り、柏木は桜さんが言っていたタイプの男性像とは真逆だった。


二〇一六年九月二六日 曇りときどき晴れ

 ボトルシップも編みぐるみも、ゴミ箱に突っこんだ。

 なんで? なんであんなヒョロガリなんか? 

 疑問うず巻く脳内。

 答えは出ることなく、喉は乾き続けて嘔吐を繰り返す。


二〇一六年九月二七日 晴れ

 アルバイト先で、桜さんと柏木に遭遇した。デートだそうだ。ぼくが仕事をしていると、目の端々で彼女らが一緒にいるのが映る。心から楽しそうだった。学校では一度も見せたことない表情までしていた。その姿は本当に魅力的で、それを引き出せる柏木に感謝と憎しみの心が芽生えた。


二〇一六年九月二八日 曇りときどき晴れ

 どうしてぼくじゃなくてあの柏木なんだ?

 自問自答を続ける内に閃いた。

 そうか。ぼくも柏木みたいになればいいんだ

 包丁を買うと、自宅でついた筋肉を切ってこそぎ落とす。今、血がドクトクと耳元で流れているのが聞こえる。この休憩が終わったら、次は右腕だ。


二〇一六年九月三〇日 曇り

 起きたら、病院にいた。どうやらぼくは日記を書いている内に出血多量で倒れてしまったらしい。保護者である叔父さんに、次にやったらあのアパートを引き払ってウチに来てもらうぞと忠告された。それは困る。あれはお母さんとぼくが生きていた証で、叔父さんの家は他県にあるから転校することになってしまう。

 しかしどうすれば桜さんの気を引けるのか? ぼくは次の方法を考えることにする。


二〇一六年十月三日 雨

 入院になったので、しばらく病院にいた。その間、ぼくはそもそもなにをしたいのか考えていた。本来、ぼくはこの日記に書いた通り、告白を断られてもよかった。つまりそれは桜さんが他の男と付き合うことを認めてもいたということだ。でも実際に桜さんが柏木と恋人になっていたのを目にしたら、嫉妬にかられてしまった。ぼくは本当は桜さんを自分のモノにしたいのだろうか? あのゴミ屑みたいにお母さんを扱いたいのか?

 クソ。そんなわけないのに、つい気が滅入って変なことまで思い浮かんでしまう。ともかく退院は近い。桜さんと直に顔を合わせれば答えも出るだろう。


二〇一六年一〇月四日 雨

 桜が、あの男と一緒にお見舞いにきた。嬉しいはずなのに、布団の下でぼくは拳を作っていた。


二〇一六年一〇月五日 晴れ

 また来た。なにか話をしたが忘れてしまった。やめてくれ。ぼくの前で、その顔をしないでくれ。


二〇一六年一〇月七日 晴れ

 今日は桜だけが来た。チャンスだと思い、柏木に不満がないのか訊いてみた。これでなにかあるなら、そこを上手く付けば。しかし彼女は答えるどころか、ぼくに怒ってきた。そのうえで柏木の魅力を照れ混じりに話してきた。

 だんだん桜のことそのものが憎らしくなってきた。


二〇一六年一〇月一〇日 晴れ

 家に帰ってくると、まだ捨ててない編みぐるみとボトルシップがあった。早速、袋に入れてゴミ置き場に放ってきた。桜との思い出が蘇るたびに、泥を飲んだように不快になっていく。


二〇一六年一〇月一一日 晴れ

 あの女を殴りたい蹴りたい殺したい殺したい殺したい殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね


二〇一六年一〇月一三日 晴れときどき曇り

 登校すると、幸せな二人をよく目にするようになった。上っ面だけじゃなく、本当に今を楽しんでいた。

 ぼくはこの日、決心をした。


二〇一六年一〇月二〇日 晴れ

 包丁を念入りに研いだ。今、桜はデート帰りに自宅にいる。ここ最近、尾行をし続けたら行動パターンは分かっていた。

 ぼくは今日、桜を殺す。

 ぼくのモノにならないなら、いらない。本当は嬲ってやりたかったが、そんな時間はないだろうから確実に殺せるように刺す。

 おそらくこれがこの日記への最後の書き込みになるだろう。最後まで書けばいいことがあるよとお母さんは言っていたが、ごめん、これ以上は無理そうだ。でも、この日記のおかげで自分の気持ちを掴めたからあって助かった。ありがとうお母さん。もうすぐぼくもそっちへ行きます。今日にしたのは、二人だけの記念すべき日だからです。


二〇一六年一〇月二〇日 雨

 また書けた。でも、なんて書けばいいんだろう。分からないし疲れたので、今日は寝ます。


二〇一六年一〇月二一日 曇り

 書きたいに書けない。ページを無駄にするようで悪いが、また明日に見送ることにする。


二〇一六年一〇月二二日 晴れ

 結論から書こう。

 ぼくは、桜を殺せなかった。

 あの日、桜の家に行っても彼女はいなかった。驚いていると鳴る電話。どうやらぼくの家の近くにいるらしいので、ならば都合がいいとなにも考えずに帰ることにした。アパートの前にいたのは、二人で桜だけじゃなく柏木もいた。いっそのこと二人とも殺すかと思ったぼくに、先に白い箱のようなものが渡された。急かされて早く開くと、中身はケーキだった。誕生日おめでとう、とチョコレートで書かれていた。

 ぼくはその場で包丁を落とした。呑気にケーキナイフ持ってたのかサプライズ失敗、と嘆く彼女の前でぼくは泣き崩れた。

 朝も近いので、続きは明日書くことにしよう。


二〇一六年一〇月二三日 雨

 日記なのに、こういう形式で書くのもおかしな話だがこれはお母さんからもらったぼくだけの日記だ。書きかたなんてものは全部ぼくが決める。

 桜も柏木も、ぼくを家に引っ張ってきて祝ってくれた。ロウソクも律儀に一六本もたてて、消すのが大変だった。楽しい誕生日だった。こんなに楽しいのはお母さんといた時以来だった。それ以外は、孤独に時間が過ぎるのを待っていて、あまりにも虚無だから自分で具体的な日にちまで忘れていた。

 ぼくはもしかしたら本当は友達が欲しかっただけなのかもしれない。だから自分でも驚くくらい、憎しみが消え失せているのだろう。ここ数日、あの二人と一緒にいるのはとても楽しかった。


二〇一六年一〇月二九日 晴れ

 今日は返りに三人でカラオケに行った。最近流行りのアイドル曲を歌う桜、意外にかっこいい外国の曲をこれまたかっこいい低音で歌いこなす柏木。ぼくはとても音痴で最近の歌とかもよく分からないため恥ずかしくなったのだが、どうしてもやってと言われたので昔見たアニメのOPを歌ったらなぜか盛り上がった。


二〇一六年一〇月三十一日 晴れ

 柏木におすすめされた本を読み終わった。面白いなこれ。あいつずっと本を読んでいるだけに、センスがすごくいい。明日はまた違うおすすめを紹介してもらうことにしよう。


二〇一六年一一月二日 晴れ

 思わず苗字じゃなくて、桜と呼んでしまった。嫌われると怯えていると、彼女は、やっと呼んでもらえたと笑顔で返してくれた。理由を尋ねると、親友だからと答えられた。チクリ、と刺された思いをするのはまだぼくが彼女を諦めきれてないからだろうか?


二〇一六年一一月九日 雪

 今日は桜が遅れて、柏木と長く二人っきりでいた。いい機会だから、ぼくは疑問を口にした。

 柏木は恋人でも友達でもないぼくがいつも一緒にいて邪魔じゃないのか?

 その言葉を聞いた途端、本を静かに読んでいたあいつは顔を上げて、わたしたち友達じゃないんですか? と質問を質問で返してきた。表情はものすごいショックを受けたというような感じだった。

 そうか。友達だったのかぼくたち。

 もしぼくが桜への恋心をまだ残していたとしたら、柏木ははじめてできたぼくの純粋な友達かもしれなかった。


二〇一六年一二月九日 曇り

 期末テストの勉強。柏木はかなり頭がよくて、ぼく自身かなり勉強になった。桜は弓道部の部活で疲れてダウンしていた。


二〇一六年一二月二五日 晴れ

 期末テストを赤点なしで切り抜けたぼくたちは、スキー場にきていた。初めてのスキーは緊張したが、柏木と一緒に桜の猛特訓を受けて最後には滑れるようになった。


二〇一六年一月一日 晴れ

 初詣に三人で行った。桜は部活で都大会優勝、柏木はいい本が生まれるようにと願ったらしい。ぼくは気づけば、この二人の幸せを祈っていた。

 まだ失恋はしていない。もし柏木と別れることになったら、すぐにアプローチを仕掛けるはずだ。でもそうなってほしくなかった。柏木と桜はずっと一緒にいてほしかった。


二〇一六年二月一四日 雨

 バレンタインデー。はじめての同世代からの義理チョコ。バイト先の先輩からは本命チョコとしてもらった。うーむ気持ちは分かるが、ぼくはまだ桜が好きなので食べ物だけもらう。先輩のほうが美味いぞ桜、もっと精進しなきゃ柏木を他の女にもっていかれるぞと励ましのメールを送るともうチョコあげないからと返信がきた。


二〇一六年三月二七日 晴れ

 遊園地に三人で行った。進級したら今度は三人一緒のクラスがいいねと話した。


二〇一六年四月二日 晴れ

 早く起きたので始業式が始まるまでに日記を書くことにした。とはいっても書くことがないので、今日はぼくが桜に恋したきっかけを語ることにする。

 入学式の前に、ぼくは迷わないように学校へ下見に行ってみた。この町の桜は枯れるのが早い。だから緑の桜の影を踏みながら進んでいたら、木を見上げている桜に出会った。狭い道で通るのに邪魔なので、どかそうとテキトーに「この木が好きなのですか?」と声をかけた。桜の答えは「好きよ。だって花と違って、わたしを置いていかないんだもん」だった。たったそれだけ。特別なことはない。でもぼくは、それだけで惚れてしまった。なんでかな? 理由は考えても分からないが、まあ恋ってそういうものなのかもしれなかった。

 ここまで書いて、驚くべきを発見した。

 実はこのページで日記は終了、そして最後の余白にはお母さんからのメッセージが書かれていた。お母さんの計算では、小学生の内に終わるようだったが実に長い道となってしまった。ごめんなさいお母さん、やっとあなたの言葉を読めました。

 でははたして内容通り、ぼくは平凡で順風円満な人生を今日まで送れただろうか? それはこれから分かることだ。だって、ぼくはまだ一六年しか生きていない。これからチャランポランに生き続ければ、チャランポランの人生と呼べるほど人生は果てしなく長いのだから。さてそろそろ時間だ。受験を頑張るほど切羽詰まった二年生の時間は、柏木と桜と一緒に三人で楽しく過ごそうと思う。それではお母さん、ぼくはお母さんの言う通りの未来を築けるよう歩み出したいと思います。また見る日まで、拾い直してきたボトルシップや編みぐるみの棚に置いておきます。




―――――




 トラックによる交通事故の発生。

 現場である緑の桜の下で、ふたりの少年少女が倒れていた。少女のほうは軽傷だが、少女を庇った少年は衝突して即死。

 ほぼ原型を留めてない死体だったが、彼は心の奥底から満たされたように笑っていた。

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