始まり
以前書いていたものが詰まってしまったので、昔に書いたものを少し手を加えて投稿します。
評価を頂けると幸いです。
大垣精神病院。
広大な敷地面積を有するその場所で、突如それは起こった。
月光の降り注ぐ初春の真夜中。
雲ひとつない澄みきった夜空の下、紅蓮の炎が燃え上がる。
炎は瞬く間に凄まじい奔流となり、ドス黒い煙を立ち昇らせる。
空へと立ち昇るそれは、月の輝きを、星の光をその身に呑み込み、一瞬の内に地上を闇へと捧げ出す。
その中において、唯一の灯火である紅蓮の炎は、大垣精神病院全域へと、その流れを拡げてゆく。
拡がりゆくその流れの途上、炎は業火となり広大な土地とそこに建つ数十の建物を、呑み込み焼き尽くす。
硝子は砕け散り、壁は崩れ、その内建物それ自体が崩壊する。
大小様々な建造物は、時間と共に崩れ落ち中の人間を押し潰すことになる。
建造物の崩壊を祝福するかの様に、紅き花びらとなった火の粉が、舞い散っては消えてゆく。
高熱の龍が舞い踊り、全てが灰へと還る大火災。
それは、一人の少女の起こしたものだった。
そもそも、大垣精神病院の本質は研究施設だった。
人の身に余りある『能力』を持つ人間を、精神病の名目で収容隔離し、その『能力』を調べ、それを保持する『能力者』を都合よく利用する。
それこそが、この施設が存在する本来の理由。
しかし、それが今度の厄災を呼んだ。
とある実験中、『能力者』である少女の力が『暴走』したのだった。
制御を失った少女の力は、その主が拒否したもの全てを焼き尽くす。
人も、物も、建物も、少女の拒否したもの全てが例外なく焼かれゆく。
その破滅の業火の中、銃器で武装した施設の人間や、少女と同じ『能力者』たちが、この火災の原因である少女を探し、走り回っている。
燃え上がる炎から難を逃れた一部の者が、少女の命を狙っていた。
施設の人間は施設を守るために。『能力者』たちは生き残るために。
少女の命を絶てば全てが終わる。紅き龍は力を失い、これ以上の存在を焼くことはなくなる。
施設の人間も『能力者』たちも、それを望んでいた。
大垣精神病院最大の地上十数階建てのビル。
その中に少女はいた。
紅に染まるビルの廊下を、少女もまた生きる為に走る。
漆黒の長髪を大きく揺らし、息を切らせながら走り続ける。
その後ろを追いすがるのは、銃を持った白衣の男たち。
力を持つ少女から見れば、彼等はただの非力な人間。退けることも、殺すことも造作もない相手だ。
だが、少女は力を行使することなくただ逃げる。
この惨事を引き起こした、自らの力を忌み嫌い行使することをさける少女は、生きることを望みながらも、そのために力を使って他者の命を奪おうとはしなかった。
その少女の行く手に、数人の人影が現れた。
着ているものは白い病院着のようなもので、その首からは銀に光るドッグタグ。
それらは、施設に収容されてしる『能力者』たちの着せられるもの。つまり、その人影は『能力者』たちだ。
「いたぞ!あいつだ!」
『能力者』の一人の怒号が響く。
同時に後ろから追いすがっていた、施設の人間が銃を構える音も聞こえた。
ここに来て、少女は逃げ場を失った。前は『能力者』、後ろは施設の人間。
少女は壁に背を預け、覚悟を決めた。
戦う覚悟だ。
意識を集中して、その感情を炎として繰る用意をする。
次の瞬間、銃声が響き『能力者』たちの力が放たれる。
しかし、そのどれもが少女に届くことなく焼き尽くされた。
少女の放った炎は、それだけでは止まらず、攻撃を放った本人たちも焼き尽くす。
だがその炎の中、苦痛に叫びを上げながらも、少女の命を絶とうと立ち上がる影があった。
数人いた『能力者』の一人だ。
死力を尽くし、力を行使したその姿はもはや人のものではない。
全身から毛をはやし、四肢をついて立つその姿は獣のもの。
少女がその姿を認め、次の炎を放とうとした瞬間には、その獣はすでに少女に飛びかかっていた。
鋭い牙を、爪を少女へと降り下ろす。
終わった。そう思い少女は目を閉じる。
残された時間は、獣の爪に八つ裂きにされるまでの、ほんのわずかな時間だけ。
それがすぎれば、少女の世界は終わるのだ。
だが、いつまでたっても終わりは訪れなかった。
状況を確かめようと、少女は恐る恐る瞼を上げる。
再び目を開けた少女が見たのは、紅の明かりに照らされた、少年の姿だった。
年頃は少女と同じくらいだろう。
その少年は、少女以外の全てを焼き尽くすはずの炎の中、悠然と少女の方を向いて佇んでいた。
それが二人の、少年・浅間 刃と少女・深切 綾の出会いだった。
後にこの大火災は、史上最悪の暴走と呼ばれることとなる。