0話 記憶、再びの誓い
「だったら、私に仕えなさい、こき使ってあげるわ」
少女は、何よりも美しかった。
それは、幻想の中にいる女神のようで。
無邪気で、わがままだけど、優しくて。
そんな少女に、俺は救われたんだ。
□
ここはどこだろうか。
光が差し込むような真っ白な空間。
そこには何も無く、目の前にただ1人の少女がいるだけ。
俺はその少女を知っている。
少女が微笑み、俺に問いかける。
「当然、私の事は覚えてるわよね?」
その少女は、この世界の誰よりも、何よりも美しい。
「忘れるわけないだろ」
はっきりと答える。
というか、それ以外の答えなんてない。
俺にとってこの少女と過ごした時間は1番大切で、それでいて悲しくて、忘れられる記憶とは程遠いもので、決して忘れてはならない時間だった。
少女は、少し悲しみを含んだ笑顔を作る。
「そうよね、あの日々をあなたが忘れるわけがないもの、私にとっても、大切な……かけがえのない時間よ」
そう答える少女はなぜ、ここにいるのだろう。
深く考えようとすると思考がぼんやりしてしまう。
ここは夢の中なのだろうか。
時間が限られているのだろうか。
少しずつ、確実に意識は不明瞭になっていく。
そこにいるのは、とても大切な人なのに、ずっと会いたいと願っていたのに。
……もっと話がしたいのに。
「ごめんなさい、私はあなたにお願いを伝えるためにこういう形で逢いに来たの」
「逢いに、来た?」
「うん、やっぱり時間は限られてるみたいだけど」
少女は申し訳なさそうに、寂しそうに言葉を連ねていく。
無理やり作ったような笑顔で。
「その、願……い……って?」
意識が少しずつ薄れて行く。
言葉を発するのが難しくなってくる。
「私のことは、忘れなさい……」
少女は、悲しい笑顔を崩さないままそう告げた。
その姿も、やはり美しかった。
なん……で…
ほんの少しの言葉すら、発せなくなってしまった。
何も考えられない。
意識が遠のくような感覚。
「もう、時間がないのね……本当はもっとお話したかったんだけどな……」
だったら……まだ、話そう…
「ううん、それは無理」
まって……
「それじゃあね……私の事は忘れて、どうか幸せに生きて」
そう言葉を告げる少女は、微かに涙を浮かべている。
かつて、俺はこの少女を守れなかった、大切な約束すらも果たせないままに。
悔いて悔いて悔いまくって、絶望の淵に落とされた。
二度と繰り返さないと誓った。
もう一度、そこへ辿り着くと誓った。
伝えろ、自分の言葉を。
彼女がそうしてくれたように。
でなければ、絶対に後悔する。
魂から叫べ。
手放すな。
「お……れは、諦め……ないぞ、絶対…に!!」
「……なんでよ、あなたは、なんで……」
堪えていた涙が、少女の宝石のような瞳から溢れ出す。
「約束…だろ」
ぼんやりなんかしていられない。
全力で意識を、保て、呼び覚ませ。
彼女をまた悲しませるつもりか。
「この空間を保つのも、もう限界なのにっ……どうしてあなたはいつも……!! 諦めてくれないのよ!! 私はもう、あなたの苦しむ姿を見たくないの!!」
少女はまるで子供のように泣きじゃくり、それでも美しく、言葉を投げつけてきた。
「見ていてくれたんだな……」
「当たり前じゃない……!! 私のせいで苦しんでしまっているあなたを、放ってなんておけない!ようやくこのお願いを伝えることが出来たのに、また……あなたは!!」
少女はどんな思いを抱いて過ごしてきたのだろうか、随分と長い時間、自分が1番辛い状況にいたはずだ。
……いや、今も苦しんでいるはずだ。
それなのに、少女は俺の状況を見ていてくれたという。
だからこそ。
どうやら……俺は最低な男らしい。
少女が力を振り絞ってまで伝えに来た願いを断ってしまうのだから。
「俺は、絶対に諦めない、忘れてなんてやらない……お前の願いならどんな願いでも応えたかったけど、その願いだけは聴いてやれない」
「なんであなたはそんなに、諦めないでいてくれるのよ……」
「約束したからだ」
これから先、何度問われようと同じ数だけそう答えてやる。
「あんな約束、子どもの時の夢みたいなものじゃない……」
「それでも、俺にとって、俺たちにとって1番大切な記憶だ」
それは、小さな少年と、小さな少女が交わした約束。
2人しか知らない大切な約束。
幼き身でありながら、自分の人生に絶望していた少女。
そんな少女を守りたいと願った、力なき小さな少年。
そんな小さな2人を繋いだ、小さな希望。
小さな少年だった男、ユウガはその小さな希望を再び胸に刻み込む。
大きな希望へと昇華させるために。
「リリエット、俺はお前の為に生きる 今までも、これからもだ」
「本当に……いいの……?」
「いいもなにも、最初からそのつもりだ」
「分かった……だったら私も、諦めない……ずっと考えてた事があるの」
「考えてた事?」
「うん、でも、詳しく説明してる暇はないの……ごめんなさい」
「あぁ、分かった」
「私も誓うわ、あなたが想ってくれている限り、絶対諦めないって」
俺たちは再び誓い合った。
全ての始まりは、ここから。