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第三幕

「さて、どうしたものか……」


 瓦礫に座り込み天を仰ぐクロムウェルの蒼い瞳に映るのは遥か高き天井のみで、当然の如く地中深くに在る悩み深き少女の下に日の光が届くべくも無かった。


「あの悪魔ガイチュウめ、派手に暴れおってからに……主の宝が台無しでは無いか」


 と、手持ち無沙汰な様子で床に着かぬ右足を揺らしながら歪に凝固した金塊の一片を軽く蹴って見た。鈍い音と共に弾かれる感覚にクロムウェルは僅かに表情を歪める。


 そう……ちょっと痛かったのだ。


「ま……まあ良かろう、主が健在ならば守銭奴……おほんっ、貯蓄家であった主が発狂しかねぬ状況ではあるが……我にとってはどうというモノでもなし」


 迷宮の最深部であるこの階層には此処と似た様な宝物庫が後数十部屋はある。然るに一部屋分の財宝が少し熔けた程度左程の問題でもない。


「それに熔けても黄金である事は変らぬしのう」


 何れ何かに使えるだろう、とその辺はあっさりと割り切っていた。


「問題はこれからどうするべきか……なのだがな」


 迷宮の機能を本格的に再起動させる事は今のクロムウェルであれば容易い事ではある。しかしその前にやはり下準備は必要不可欠であり、リディアの為にも人間の協力者を探さねばならない。


 ふむっ、とクロムウェルは形の良い小さな顎に自らの指を添える。瞑想と呼ぶ程のモノでも無く単純にリディアの記憶を遡る為だ。

 

 リディア・メレク・アリステイアとしての記憶は十四年分しか存在していないが、他に当てがある筈も無し、順当にその記憶の中から協力者を探すしかないだろう。

 とは言え、それに問題が無い訳でもない。簡単に言えばリディアの記憶は本人の主観的なモノに限られている……つまりはリディアが生前好ましく想っていた者や味方だと信じていた者が客観的な視点で見た場合それがそのまま当て嵌るとは限らないと言う事だ。


 極端な話、信じていた者が裏切り者である可能性も、慕っていた相手がとんだ外道である場合すらある。

 リディアが聡い娘であった事は言うまでも無いが、さりとてまだ経験の浅い純粋な十四歳の少女であった事も事実であり、その記憶そのものを過信する訳にはいかないと言う厳しい現実もまた存在している。


 協力者を記憶の中で探す内にクロムウェルはリディアの主観の上で、と言う注釈は付くものの、概ね現状を把握していた。


 「現在のアリステイア王国の災禍の源は概ね二つ」


 悪魔の力を借りて国王を傀儡と化し王都を掌握している第一王女派。

 そして、天使の力を借りていち早く王都を離れ地方の有力貴族たちを糾合している第二王女派。


 この両者の内乱と陰で暗闘を繰り広げている天使と悪魔の抗争が戦禍と疫病を王国全土にばら撒き荒廃させている。


 快楽主義者の第一王女と狂信者の第二王女。

 蒼き戦乙女と聖女。

 全くモノは言い様である。


「王家に直系の男子が生まれてさえいれば……或いはリディアも」


 と、口に出し掛けクロムウェルは自嘲する。


 リディアの記憶だけを見れば次期国王の選定……つまりは後継者争いが事の発端の様に思えるのは仕方が無い事ではあったが、千年以上の長き歴史を有するアリステイア王国に置いてそれだけが理由の全てであろう筈が無い。


 人間とは弱き者。

 何時の世も人は悪魔に唆され天使に縋る。


 例え男子の後継者が誕生していたとしても、歴代の王家の血筋の中でも稀有な魔力を有していたリディアが政争とは無縁の存在として生きられたとは到底思えない……その運命が大きく異なり最善の結末を迎えられたかなどそれこそ誰にも分からぬのだ。ゆえにそんな可能性を追う事自体無意味な事。


「むう~~~~っ」


 熟考に熟考を重ねるクロムウェル。

 幾人かの候補者を選び……最終候補に二人が残り、最後は一人に絞り込む。

 最終候補の二人で随分迷ったが、その内の一人が王都に居を構える貴族であった為に候補からは外す事にした。リディアの記憶の上では生存が確認されてはいるが、王女救出の立役者の一人である彼が後の粛清で処刑されている可能性は低くない。ならば最初は生存している可能性の高い方を選ぶのが妥当な選択と言うモノであろう。


「リディアの想い人でもあるし出来れば彼には生きていて欲しいところではあるがな」


 勿論クロムウェルにリディアが抱いていたであろう感情は存在しない。

 記憶を奪うと言う行為は歴史書で歴史を知る事に似ている。

 『知る』事は歴史上の人物に『成る』事では無い。

 感情を持たぬゆえに奪った記憶に呑まれる事も無い。

 複数の記憶が混じり合い歪な人格が構成されて精神を病む……或いは破壊される事も無い。

 『魂喰らい(ソウル・イーター)』とは己を何処までも客観視できる魔道具モノであるクロムウェルだからこそある種に置いて成立しているスキルとすら言えるのだ。


 「地上に出るのは五百年ぶりか」


 クロムウェルはひょいっ、と瓦礫から飛びのくと石床へと降り立つ。

 そしてそのまま地上へと転移しようとしてはた、と自分の異変に気付く。


「ふむっ……少し眠い……な」


 その言葉を最後にクロムウェルはその場に倒れ込み、すやすや、と寝息を立てながら昏倒していた。


 地上に出るのは五百年ぶり……つまりは人の身を得たのも五百年ぶりなのだ……膨大な魔力を行使すれば生身の肉体は疲労する。人間は疲れれば睡眠を必要とする事をクロムウェルは知ってはいたが理解が及んでいない。それが今、現実の障害として現れていた。


 この後目覚めたクロムウェルは空腹に悩まされ更に出立が遅れる事となるのだが……それはまた別の物語。


 煉獄の魔女リディア・クロムウェルの前途は……多難であった。




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