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第一幕

 アリステイア大坑道の最深部。

 

 祭壇の頂に立つ少女は天を……遥かな地上を見上げていた。

 少女の腰まで届く艶やかな金髪が僅かに靡き、澄んだ泉の如き蒼き瞳から涙の滴が頬へと流れる。

 まさに物語に伝わる黄金の姫を想起させる立ち姿は墓所の如きこの寂れた場所すらもその美しさを際立たせる道具になり果てているとすら思わせる程に余りにも可憐な姿であった。


「他に選択肢はなかった……か。ならば憐れと評すのは侮辱の極みであろうな」


 ゆえに少女は大儀であった、と自らが流した覚えの無い最後の涙をその指で拭い取る。払われた指の先、最早涙の痕は無い。残るのはただ確固とした意志を宿す蒼き瞳。


 少女の視線がゆっくりと祭壇の下……その先へと流れていく。


 少女の時と同様に本来ならば立ち入れぬ筈の気配が其処に在る。

 アリステイア大坑道は大迷宮と称しても憚れぬ程の魔境である。ましてその最深部ともなれば踏破した者など過去の歴史を紐解いても存在などしない。それがこうも次々と簡単に生者が現れるなど本来ならば前代未聞の事態と言えよう。


「なるほど……こうなるのか」


 僅かに生じた疑問は少女の記憶を辿る事で解消した。寧ろ得心が行く。

 

「転移装置との繋がりを断ち、防壁を再度張り直さねばなるまい……我が住処にほいほいと害虫風情に入り込まれては堪らぬからな」


 視線の先に映る男に向けて少女は嗤う。だがそれは可憐さとは掛け離れた挑発的で獰猛な好戦的な笑みであった。


「これはどういう事ですかな姫様。突然、信号シグナルが途絶え、心配の余り直接お迎えに参ったと言うのに……それに此処は」


「迎えを頼んだ覚えは無いのだがな、ラウン子爵……いや、悪魔『グラニード』と呼んだ方が良いか?」


 少女はクスリ、と嗤う。

 それは花の様な、と例えるには余りにも寒々しい正に冷笑であった。


「貴様……リディアでは無いな、何者だ」


 姿見は第三王女そのもの……しかし演技と呼ぶには余りにも気配が違い過ぎる。別人がスキルを使って王女に化けている。グラニードは瞬時に冷静にそう判断を下した。


「我が名を知りたいとな……ふむっ、ではその対価に其方は何を支払う悪魔ガイチュウ


 少女の挑発を受けラウン子爵の身体が変化を遂げる。

 二回りは盛り上がった体躯。

 背から生える漆黒の翼。

 爬虫類が如き鱗に覆われた肌。

 猛禽類を思わせる鋭い爪。

 

 正に物語に登場する悪魔……そのモノの姿に。


「正体の知れぬ相手に出し惜しみせぬ辺りは流石に爵位カウント持ちというところか」


 リディアの記憶が確かならばラウン子爵に受肉した悪魔『グラニード』もまた地獄の序列は子爵。人間の基準で言うならば大悪魔の末席に座す大物とも言える。


「偽物め……本物のリディアを何処に匿ったかは知らぬが無駄な事。既にあの姫と主との契約は完了しているのだ。例え地の果てまで逃れようと今宵我が主は姫の身体に受肉され人の世に御復活を果される。無駄な努力であったな人間」


 子爵級の悪魔が主と呼ぶ程の上位悪魔。リディアの記憶には無かったその存在が少女の記憶の欠けていた欠片ピースを埋める。


「上位悪魔の力を得る為に実の妹を売るとはな……度し難い」


 王家の血筋は極めて高い魔力の資質を受け継ぐ子が稀に誕生する。今代に置いてそれがリディアであったのだろう。


 それに目を付けて幽閉したのが第一王女であるならばリディアの記憶と合致する。

 傷を再生されながら受けた凄惨な拷問の数々は持たざる姉が抱いた嫉妬と憎悪の現れ。

 その後に待ち受けていた男たちによる凌辱の嵐は悪魔との契約を行う為にその魂を堕落させ汚す為。


 決死の覚悟でリディアを救出した王都に残る第三王女派の貴族たちはその場で殺されるか後に処刑され……王家の転移装置で辛うじて逃げ延びた王女の行き着いた先が地の底の祭壇とは……一周廻って皮肉の極みである。


 結果として我に食われるか、悪魔に食われるかの二択しか残されていなかった少女の……まだ幼き身でありながら男たちに女としての尊厳の全てを奪われて尚、少女が最後に祈った願いは。


「スキル『魔眼』」


 少女の発した言霊と共にその蒼き瞳が緋色へと変化し。

 

解放リベレイション


 瞬間、爆発的に高まった少女の魔力は放出され、その姿が祭壇から掻き消える。


 「!!!!」


 凄まじい轟音を響かせて文字通り祭壇の間を揺らす程の衝撃を受けたグラニードの巨体が財宝の海へと吹き飛ばされる。撒き散らされた金貨が天に舞い、減り込む様に床へと叩き付けられたグラニードの頭部の半分は圧殺され消失していた。


 「ぐがああああああああああああああああああああっ!!」


 激痛に床を転げまわる悪魔を見下ろし少女は嗤う。


 「我が主は稀代の魔術師ではあったが些か好戦的な女性でな、魔法以外の保有スキルの大半が近接戦闘に特化したモノで占められている……これもその一つ」


 現実に起きた事象は少女が転移した訳では無くただ移動しただけ。ただ右の拳で殴りつけただけ。

 『魔眼』とは内在する魔力を運動能力へと転化させ爆発的に身体能力を向上させる『強化』スキルの上位互換でしかない。

 グラニードにとって不幸であったのはリディアの潜在魔力を取り込んだ少女の魔力量が最早人間の領域を遥かに超越しているという一点に尽きるだろう。

 子爵級の悪魔ですら反応すら出来ぬ程の速度と鋼鉄すら凌ぐ外皮を紙きれの如く撃ち抜いた爆発力……驚異的ではあれどどれもごく初歩の体術でしかない。


 つまり少女は言っているのだ。

 お前など所詮この程度の相手なのだ、と。


 「我に狩り殺されるだけのお前に名を告げるなど無意味の極みではあるが……今の一撃を以て先程の問いの対価としよう」


 頭部の半分を一瞬で消し飛ばされても滅びぬのは流石は子爵級の悪魔、と言うべきなのだろうが、それでも流石に再生が追い付かず床を転げまわるグラニードを少女は冷笑を張り付かせ無言で見つめる。


 「我は煉獄の魔女リディア・クロムウェル」


 冷淡に……そして最上級の侮蔑を籠めて、少女、リディア・クロムウェルは嗤うのであった。






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