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煉獄の魔女は再臨す

 少女の……リディアの手が躊躇いがちに、しかし確実な想いを籠めて腕輪へと伸ばされる。得体の知れぬモノへの躊躇いと恐怖、迷いながらも葛藤を抱えながらも退けないと言う強い意志がその蒼い瞳からは窺えた。


『待て人の子よ、そこまでだ』


 制止する『声』に腕輪に触れ掛かっていたリディアの指先が反射的に止まる。

 これまで幾度となく自分を誘っていた『声』が発した相反する言葉の意図が分からず、リディアは腕を下ろすと台座に納められている腕輪を凝視していた。


『すまぬな人の子よ、此処までは只の余興……面倒極まりないが一応我が創造主の趣味……おほんっ、意向であったのでな』


 独白めいた『声』の主張に当然の如く流れるのは沈黙。

 問いですらない『声』にリディアには応える言葉が無いのは必然で、そもそも問答にすらなっていないのだから。


『今の人の世でどう伝承されているかは知らぬが我は願望を叶える万能器に非ず、我は欲望を喰らう略奪器……ゆえに人の子よ、身を滅ぼす望みは捨て去り己が世界へと帰るがよかろう』


「そんな……信じません……それを信じてしまったら……私は……私を送り出す為に死んでいった者たちは一体何の為に……」


 リディアの瞳から流れる涙が白い頬を伝い流れて落ちる。

 極限の中、それでも最後の最後でリディアを辛うじて支えていた希望と言う名の支えが取り去られた様に感じられ、脱力したようにぺたり、と床に座り込む少女の姿を前に再度『声』は語る。


『人の子よ、王家の娘よ、人の世の混乱は人の手で、人の意思で解決すべき問題なのだ、例えその結末が破滅に向かおうとも、それでも我の様な魔道具ただのモノに委ねて良い程、人間とは定め軽き生き物ではあるまいに』


 淡々と、しかし何処か優し気で諭す様な響きが籠められた『声』に促され、リディアは涙に濡れる瞳を腕輪へと向ける。


 自分が何故王家の者であると知っているのか。今アリステイア王国全土を襲っている惨状を察しているかの様な『声』の物言いに当然の如く疑問が湧く……しかし同時にそういう魔道具モノなのだろう、と不思議と納得がいっていた。


 この腕輪もまた人為らざる人外であるのは疑い様もない事実ではあるが、少なくともリディアが知る人外……『天使』や『悪魔』の様に人間を見下してなどいない。それだけでリディアには価値があり……いや、十分であったのだ。


『今の我でも其方を地上へと帰してやる程度の力はある、我に対峙するだけの豪胆さがあるのなら己が力と威を以て世を正して見せよ、それが人の子の生き方と言うモノだ』


「それでも……貴方の言葉が真理であったとしても、私は戻れません」


『愚かしい選択だ、我を求める事はその身の破滅と知れ』


 『声』の警告に従い立ち上がるリディア。一見、その様にも見えなくもない情景ではあったのだが……再度腕輪へと伸びる手が警告とは真逆の選択をリディアが定めている事を語らずとも示していた。


『我が保有する固有ユニークスキルの名は『魂喰らい(ソウル・イーター)』、所有者の魂を喰らいその記憶と能力そして肉体すら奪い去る外法と呼ぶべき悍ましき権能である、認識を改めよ、其方が如何に王家の血筋であろうとも我が能力に抗う術など持たぬと言う事を』


「貴方は優しい方ですね」


 脳裏に響く強い『声』にリディアの口元に笑みが零れる。

 本当に不思議だ、とリディア自身も驚いていた。


 この状況で笑えるなど本来正気の沙汰とは思えない。自分は狂ってしまったのかも、とそんな考えが脳裏を過ったのも事実である。でもそうじゃない……そうではないのだと信じられた。淡々と語る『声』の警告は確かに冷淡に感じられる……でもそれは不器用さの裏返しにも思え、突き放した物言いには確かな温かみが感じ取れた。

 

 元よりもう選択肢など存在しないこの身には本当にそれだけで十分であったのだ。例えそれが救いと呼ぶにはちっぽけでとても儚いモノだとしてもだ。この感情が絶望でも諦めでも無く……希望であるのだから。


「私の名はリディア・メレク・アリステイア。誇り高きメレク家の三女にしてアリステイア王国第三王位継承者です」


 腕輪を手にしたリディアは高らかに告げた。


 抱く望みも、悲しみも恨みも怒りも口に出す必要は無い。記憶を受け継ぐのなら『声』……いや『彼』には直ぐに『分る』事だから。それでもこの名だけは自分の口で伝えて置きたかった。私と言う存在を記憶としてでは無く言葉として伝えたかった。


 我ながら妙な感傷だとリディアはまた笑ってしまった。

 

『理解できぬな人の子よ……叶わぬ望みを前にして己の愚かさを嗤うのか?』


「結果はまだ分かりませんよ、私が貴方を制したならばその力を以て私が王国を救います……でももし力及ばす貴方に呑まれたならば……お願いです、私の魂を対価にどうか王国を御救い下さい……」


『随分と手前勝手な望みであるな』


 仰る通りですね、とリディアは悪びれた様子も無く微笑む。


「でも願いとはそういうモノではありませんか?」


『なるほど……真理ではあるな』


 腕輪の答えに満足したのかリディアはそのまま手にした腕輪を自らの左腕に通していく。


「最後に一つだけお願いがあるのですが」


『図々しい人の子だ』


「はい、私は欲張りなんです……だから教えて下さい、もし貴方に名前があるのなら直接言葉で伝えて下さい」


 僅かな沈黙が流れ。


『クロムウェル……創造主である彼女は我をそう呼んでいた』


「クロムウェル……」


 良い名ですね、とリディアは微笑み。

 その瞬間、かちりっ、という小さな音を鳴らし左腕に腕輪が嵌る。


 それがリディア・メレク・アリステイアと言う少女が最後に残した言葉となるのであった。





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