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黄金の姫は煉獄の夢を見る~煉獄の迷宮~  作者: 昴
二章 最果ての迷宮
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第二幕

 同僚の男が去った室内は静けさを取り戻し、室長室が役員官舎の二階の一室と言う、平素でもあまり職員の往来が多くは無い環境にある事と、夜間勤務以外の職員が帰宅の徒に着いている刻限が相まって辺りの空気や雰囲気は静寂と呼ぶより物悲しさが先に立つ、そんな情景へと変化を遂げている。


 そんな中、ロイは休む様子も無くまた台帳を手に取るとグランツへと繋がりそうな大物の存在の影を探す。もしグランツがクロムウェルを私怨とは別の思惑で拐ったのだとしたらその目的は自ずと知れる。


 奴隷売買……想像しただけで胸糞が悪くなる話ではあるが、器量の良い若い娘を金に換える方法としてこれ以上に楽な術は他に無い。


 アリステイア王国は奴隷制度を不道徳として推奨はせず、奴隷商人たちを交易商としての認可対象から除外する事で多額の税金を『商品(奴隷)』の売上金に掛けている。しかし同時にそれは法の下に禁止されてはいないと言う事をも意味し、また魔道具の発達に伴い、奴隷の意思と行動を縛る阻害系魔法が比較的容易く持続出来る環境が整っている為に、中央の一部の地域や東域では奴隷売買が盛んに行われ、奴隷の存在が常態化しているとロイは風の噂で聞いていた。


 勿論それは遥か彼方の地での話であり、このルメリアには奴隷も奴隷商人も存在してはいない。つまりグランツがクロムウェルを金に換える為には外の世界に人脈と手段を有する第三者の協力が必要不可欠となる。もし……いや、仮定の話としてグランツが『外』に持ち出せれば何倍もの価値にもなる例の鉱石を、何者かと結託して『外』に流通させようとしていたならば、扱う商品の一覧にクロムウェルの名が商品(奴隷)として書き加えられていたとしても、それは発想の飛躍とも言えない可能性の一つではないだろうか。


 しかし、これらの仮定はグランツの存在以外はロイの憶測と推測を重ねて紡ぎあげたモノが論拠の土台となっている為に、最後の部分で詰まってしまうのだ。


 『外』から闇市に流入してくる品々は、組合が契約している領都の商会が定期的に編成している商隊《キャラバン》からの横流し品であり、闇市の顔役たちがそれら商人たちとの間に独自の繋がりを持ってはいても、ルメリアを得意客とする様な大手商会では無い中小の交易商人たちの内に、組合の目を誤魔化しながら一回の取引で金貨数百枚が動くような大規模な取引が出来る程の豊富な資金力を持つ商人など居ない事は組合の職員であるロイの方が良く知っている。


 確実に存在しているルメリアを覆う何者かの意思……しかしどれだけ調べてもまるで深き霧の内に在るような見通せぬ先と、どれだけ手を伸ばしても空を切るその感覚に……ロイは一人頭を抱える。


 全ては自分の妄執が産み出した虚構の絵空事であるのなら、黒幕など居なくて当然であり、最後の段で無理を重ねた辻褄が合わなくなる事は何ら不思議な話では無い。寧ろ簡単に導き出せる解答《こたえ》など始めから他にある。


 鉱石とグランツの間には何の繋がりも無く、クロムウェルを拐った理由は単純な私怨が動機の短絡的な犯行。ゆえにグランツが行方を晦ませたのは、恥を掻かされた少女を激情に任せて暴行した結果、死に至らしめてしまった計画性の無さゆえ。そう考えるなら簡単に整合性と辻褄が合ってしまう。


 逃亡する時間稼ぎに殺した少女の死体を森にでも遺棄したのなら、未だクロムウェルの所在が掴めぬ理由の説明も容易くついてしまう。始めに浮かび、最初に否定した真実《こたえ》が再び首を擡げ……折れ掛かるロイの脳裏にリサの顔が浮かぶ。


 事件を知って芯の強い女性であるリサの取り乱した姿を……自分のせいだと、責任なのだと、塞ぎ込む彼女の悲嘆の涙が、ロイの弱った心を叱咤するが如くリサへの想いが埋め尽くす。


 リサは……いや、リサだけでは無い。何も厭わないと、助けて欲しいと、恥も外聞も捨てて地に頭をつけてまで頼み込んできたカイルやニコも、そしてロイ自身もまた全ては己の責任なのだと自分を責め続けている。


 だからこそ愛する者に、大人として若者たちに、ロイは胸を張って言ってやりたかった。


 誰も悪くなど無いのだ、と。

 

 被害者の側が己を責め続け、苦しみ続けるなど間違っている。罪を問われるべきは、裁かれるべき悪党は他に居るのだから。笑って最後にそう言ってやる為に絶対にクロムウェルを救い出す。それがロイが定めた覚悟と意思であり、ゆえに簡単な真実《こたえ》などを、報われぬ真実《こたえ》などを、ロイは断じて受け入れる事など出来はしなかった。


 自分の推測が誇大妄想ではないと証明する為の最後の欠片《ピース》。ロイはそれを探し求め再び分厚い台帳をひたすら捲っていく。若者たちの様に闇市で情報を集めて回るだけの体力も荒事に対処出来る程に身を守る術も持たないロイにとっては、組合の職員として培ってきた実務能力と知識のみが振るうべき己の剣であり、例え狭き一室であろうとも此処こそが退けぬ戦場であったのだ。


 そんな紙の音と燭台の蝋が熱で溶ける微かな音色だけが支配する黙した空間に、ぎいいっ、と木製の扉特有の湿った音を響かせて扉はゆっくりと開かれていき、


「なんだ? 忘れ物でもしたのか?」


 と、そちらを良く見もせずにロイが声を掛けたのは、時間の経過を考慮に入れても、同僚の男が戻って来たと考えたのは不思議な事では無いだろう。


「お待たせしました、室長」


 しかし、予想に反して聞こえてきた女性の声音にロイは慌てて視線を向ける。


 其処には見知らぬ若い女の姿が在る。


「君は……誰だ?」


「嫌ですわ室長、貴方の部下の…………ですよ」


「ああっ…………君か」


 自分の部下だと名乗った顔も名も知らぬ謎の女の言葉に……ロイは安堵したように、ほっ、と短く息を吐く。常識的に考えてもこのロイの女に対する態度や感情は異常の一言に尽き、当たり前の如く抱く筈の疑念と違和感は其処に無く、不審な女の言葉を否定する記憶が有りながらも何故かロイはその矛盾に気づけない。


「こんな時間にどうした? 急用なのか?」


「そうですわね、急用かしら……『室長』に頼まれていた、自殺した男の宿を再度捜索した折りに、隠し棚を発見致しましたの、その奥にこれが」


 謎の女は懐から封のされた一枚の封筒を取り出してロイへと手渡す。


「俺が君に死んだ男の部屋を再捜索しろと言ったのか?」


 それはあり得ない話である。ロイは男の死に組合員が関与している可能性を疑っていた。ゆえに他の誰かに再捜索を頼むなど絶対にあり得ないのだ。


「あら、『失敗』してしまったかしら」


 自分に向けられているロイの眼差しの色に気づいた謎の女が薄く笑う。


「私の固有スキルに僅かながらでも抵抗出来るなんて中々に見所の在る殿方ですわね、ではこうしましょう……『貴方』が自分で男の部屋を捜索してこの封筒を見つけた、それで宜しくて?」


「俺が……自分で?」


「ええ、そうですわ、そうですわよね室長?」


「ああっ……そうだったな済まない」


 謎の女の言葉でロイは自分の『独断』で男の部屋に忍び込み、隠し棚の奥からこの封筒を発見した事を思い出す。顔も名前も知らないが彼女は自分の部下であり、そんな彼女を一瞬でも疑った自分にロイは羞恥すら感じていた。


「ちゃんと自分の内で辻褄は合わせて下さいましね、そう出来ないと『壊れて』しまいますから御気をつけて」


 謎の女は自分の記憶を『改竄』して処理しているのであろう、呆然として座るロイに忠告を残し背を向ける。


「御主人様《マスター》の意に沿う働きを期待しておりますわ、人間」


 謎の女の最後の言葉はロイには届かず……一人残されたロイが我に返り、手にしていた封筒を開いた時には不都合な記憶の全ての改竄は終わっていた。


 封筒の中の数枚の便箋は、目にした内容は、ロイが求めていた最後の欠片《ピース》。


 便箋に綴られていたのは南の街道を荒らす盗賊団とグランツたちが結託して目論んでいた鉱石と人身売買の取引に関する詳細な遣り取り。そして取引の日時を示す模写されたミストラウドの麓の詳細な地図には、取引場所に大きな印が打たれこう記されていた。


 アリステイア大坑道、と。




 

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