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プロローグ

 耳障りな雑音と無粋な気配に我は久方ぶりの目覚めへと促され……その元凶たる人間に不快感を隠す事無く大仰に眉を顰めて見る。

 いやいや、表現に若干の語弊があった……我は人に非ず、生物に非ず、只の魔道具モノ。従って顰めるべき眉は無く、視界に映す、と言う表現すらも本来は相応しいモノではないだろう。


 まあこの際その辺りの微細な問題は省略するとして、数百年ぶりに我が祭壇を訪れた希少なる賓客をもてなす事にする。人様の安眠を妨げた不敬な輩ではあるがそれはそれ、儀礼的な展開と笑われ様が一応の礼節は尽くさねばなるまい。


『よく来たな人の子よ、さあ我を手にし己が願いを謳うが良い』


 などと語り掛けてやる。

 吾輩は願望器まどうぐ……人の欲望を喰らうモノであるゆえに。



               ★★★



『よく来たな人の子よ、さあ我を手にし己が願いを謳うが良い』


 リディアは突然脳内に響いた声にきゃっ、と可愛らしい悲鳴を短く漏らすと埃が積もるひび割れた石床へと尻もちをついた。


「だれ……誰ですか!!」


 視線を彷徨わせ周囲を見渡すが語り掛けて来た声の主の姿も気配すらも感じない。そもそも薄暗い聖堂らしきこの場所が何処なのかも分らぬリディアにとって不意に生じた声に安心感など抱ける筈も無く、それとは正反対と言うべき心細さと共に生じた恐怖に身を縮ませる。


 地下に群生するヒカリゴケの淡い輝きだけが光源の全てである様に思えるこの場所が地上の何処か……とは到底思えず……リディアは理屈では無く直観的に或いは無意識に一つの場所を思い浮かべていた。


 【アリステイア大坑道】


 古の歴史書で語られる大坑道……嘗てはアリステイア王国が誇る希少鉱物の宝庫にして王国の発展の象徴とすら称され……煉獄の魔女の出現と共に大陸史上最悪の地下迷宮へと変貌を遂げた禁忌の地。


 五百年前の大震災の折にその入口は土砂で地中深くに完全に埋没し、その後王国に属する高名な魔術師たちの手により幾重にも封印が施された……決して人が立ち入る事が適わない忘れ去られた人外の迷宮。


「そんな……まさか」


 突き動かされる程の恐怖から自分の突飛過ぎる想像を即座に否定しようとして……しかし自身がその末裔であるがゆえに、正統なるアリステイア王国の第三王女として受けて来た教育ゆえに、リディアはそれを完全な妄想と拒絶する事が出来ない。


 歴代の王家によって秘匿されてきた……転移装置の行く先がアリステイア大坑道の最深部、と言うその可能性を誰よりも王家の歴史を学んできたリディアだからこそ完全に否定出来ずにいたのだ。


『あ~~おほんっ、よく来たな人の子よ、さあ我を手にし己が願いを謳うが良い』


 混乱の極みにあったリディアの脳裏に再度声が響く。


 何処か呑気な様子すら感じさせる『声』とは対照的にそんな余裕などある筈も無いリディアは慄いた様子でまた慌てて周囲を見渡すが、薄暗く狭い視界には変わらぬ薄闇が広がるばかりで声の主の存在を認識する事は出来なかった。


『なるほど、人には過ぎたる闇であったな』


 子羊の如く挙動不審な姿を晒すリディアの様子をどうやら声の主の方は正確に見通しているらしく、リディアが何か反応するよりも早く周囲の状況が一変する。


 つい先程まで翳した掌を目視できるかどうか、という深い闇は一瞬で霧散し、急速に開けた視界に、強い光の灯火に闇に目が慣れかけていたリディアは無意識に瞳を庇い腕を挙げていた。


 数秒の時間を消費して腕の隙間から徐々に光から瞳を慣らしたリディアは、変貌を遂げた周囲の情景を、自身を取り巻く空間の劇的な変化に茫然と立ち尽くす。


 計算され配置されているだろう事は疑いない無数の燭台から発する明かりが部屋……いや、広大な広間全体を余す事無く照らし出し、想像していたより遥かに広い……視界に映す全てを金色の色に染め上げる如く光を反射する金銀財宝が宝物庫ひろまを埋め尽くしていた。


「これが……伝承に伝わる魔女の財……まさか本当に存在していたなんて……」


 アリステイア大坑道には煉獄の魔女が残せし大陸の財の全てが眠っている。


 王国に伝わるお伽話にはこの手の財宝を巡る冒険譚や英雄譚が数多語り伝えられてきた。しかし千年の時を経て今尚残るのは童話や作劇の類のもの……リディア自身、今こうしてそれを目の前にするまで一片すら信じてなどいなかった……つい先程までは。


『さあ、我が下へと来るが良い、人の子よ』


『声』に促され見上げた視線の先にソレはあった。


 目を奪われる財宝の数々。無造作に積み上げられている金貨。しかし良く見ればそれらが只の引き立て役の供え物でしかない事は黄金の通路が導くべき祭壇へと連なっていることからも明らかであった。


 そう……此処は厳密には宝物庫では無く祭壇の間なのだ、とリディアは直観的に……そして視覚的に気づく。


 祭壇に納められている『モノ』こそが本物の魔女の財であり『声』の主なのだと。


 ふらふらと覚束ない足取りでリディアは歩き出す。


 その声の下へと。


 熱に浮かされている様な、魅入られている様な、そんな緩慢な足取りで辿り着いた祭壇の黄金の階段を一歩一歩リディアは上り……遂に壇上に納められた声の主とリディアは対面を果たす。


 視界に映した『ソレ』を目にしたリディアは言葉に詰まる。だがしかし、それは概ね悪い意味で。


 自分の価値基準に置いて……いや、リディアにとってソレは、その『腕輪』は此処に置かれている数々の財宝に比べ見て……いや、比べるべきも無く、極々有り触れた市井の露天商が扱う様な価値の薄い只の安物の腕輪にしか見てとれなかったのだ。


 急速に熱が冷める様な感覚に襲われるリディアの脳裏にまた『声』が響く。


『人の子よ……我を紛い物扱いするでない』

 

 まるで自分の心情を見透かしたかの様な詰問口調な抗議を……リディアは逡巡したのち、取り敢えず聞こえなかった事にするのであった。


 


リハビリを兼ねて不定期更新となります。

ゆっくりとですがお付き合いして頂ければ幸いです。

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