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第二幕

 広々とした大講堂に一人の女性の姿が在る。

 歳の頃にして二十五、六……豊満な肢体を惜しげも無く晒す様な衣装は、彼女の妖艶な魅力を最大限にまで際立たせ、その端正な顔立ちと相まって美の女神の再来を想わせる。いや……女神と称えるには余りにも彼女は神聖さとは相反する魔性《カリスマ》を内包し……例えて傾国の美姫と呼ぶべき存在こそが正しい表現と言えるであろうか。


「姫……アリシア王女殿下」


 人払いを済ませ、宮廷魔術師たちが幾重にも侵入防止の結界を張り巡らせていた筈の講堂内で、他者の存在など皆無である筈のこの場所で、不意に掛けられた自分以外の存在の声に……アリシアはまったく動じた様子すら見せずその美しき碧眼を向ける。


「確認は取れたのですか ギリアム候?」


「出来うる限りの追跡《トレース》は行ったのですが……申し訳御座いません」


「そう……『冥府の王』などと人間の伝承で畏怖されてはいても、そんなおとぎ話は宛にはならないのね、私は無能な輩が大嫌い……存じていますよね? 悪魔『ヴァラク』」


「………………」


 黄金の姫の冷笑に、鋭さを増すアリシアの碧眼に、人の姿を象った闇は何も答えない。


「まあ良いでしょう、確定事項のみを端的に告げなさい」


「はっ……ラワン子爵からの信号《シグナル》が途絶えてから既に数日……足取りは追えませんでしたが『討滅』されたと断定しても問題はないかと」


「そう……便利な『駒』でしたのに残念だわ……でもあのグラニードが討たれるなんて、フレイアたちも今回に限って随分と行動が機敏なこと」


 子爵級の悪魔を滅ぼせる存在など限られている。この時点でほぼ今回の黒幕の正体が実の妹である事をアリシアは確信していた。


「最低でも複数の『力天使《ヴァーチュース》』を降臨させているか『主天使《ドミニオン》』の加護を与えられた人間の存在は確実かと」


「向こうも大分、戦力を整えて来ている様ね……良いわ、楽しくなりそう」


 自身に不利益な情報を前にしてアリシアは心底愉快そうに嗤う。

 目的を果たす為には、抱いた望みを叶える為には、より多くの『駒』が必要となる。それはなにも自身の『陣営』だけの話では無い。


 運命の輪を廻す為、全ては人の未来の為に……世界の全てを賭してこの盤上の遊戯《ゲーム》を始めなければならない。ゆえにこそ多くの駒が必要なのだ……盤上に駒が出揃わねば遊戯《ゲーム》は始められぬのだから。


「それともう一つ……我が同胞《ともがら》である『滅びの王』の受肉の義は失敗に終わりました」


 信号《シグナル》を感知出来ない……と言う事は即ち存在していないと言う事。

 『契約』の刻限を過ぎても存在が確認出来ないと言う事実が何よりもその結果を端的に物語っていた。


「では……リディアは死んだのね……実の姉に狙われて殺されるなんて……本当に哀れな子」


 言葉とは裏腹にアリシアの声音には微塵の揺らぎも見られない。


「地獄の王たちの復活は不可欠な急務……急ぎ新たな適応者《いけにえ》を探しなさい」


「承知致しました」


 氷の如き揺るがぬアリシアの美しき容貌に、だが僅かに一筋流れた涙の滴が頬を伝わり零れて落ちる。アリシアは黙して語らず、また問うべき『闇』もそれに触れる事は無かった。



               ★★★



「ふっ……ふぇくしっ」


「大丈夫ですかお嬢様?」


「うむっ、きっと誰かが我の話でもしているのだろう、くしゃみとはそう言うモノだと我は知っておるからな」


 はあ……と返す言葉に困り困惑げな様子の受付嬢の姿を尻目に、リサに教えられた通りに寄り合い所へと遣って来ていたクロムウェルは、すんっ、と小さく鼻を啜る。


「うむっ、手続きを続けるが良いぞ」


「はあ……では明日一番の早馬でお手紙は運ばせて頂きますので、確認の為にもう一度差出人様のお名前を頂戴させて頂いても宜しいでしょうか」


「リディア、と……それだけで良い」


「リディア様ですね、確かに承りました」


 流石に宛名をリディア・メレク・アリステイアなどと綴れる筈も無く、従ってリディアのみに留めていたが、手紙の文面と署名を見れば相手はちゃんと理解出来る筈であるとクロムウェルは踏んでいた。


 確かな物証も無しに手紙だけでは、と思われるかも知れないが、手紙の文面にはリディアと相手しか知らぬ筈の事柄を随所に散りばめてある。手紙さえ届けば確証は無くとも何らかの動きはある筈であった。


 逆にこれで動かぬ相手なら初めから見込み違いであった、と言う事。その場合は先に外した第二候補を当たるだけ、と言うのがクロムウェルの考えである。


「手紙には『探知』の魔法を付与しておきますので、紛失や破損など、もしも不測の事態に合い手紙が領都まで届かなかった場合や到着時にお知らせする事も可能ですが?」


「どちらの場合も『水曜亭』に知らせを送って貰えると助かる」


「承知致しました……では別途料金も含めまして総額で金貨一枚になりますが宜しいでしょうか」


 うむっ、と何時もの様に無造作に金貨が詰まった皮袋を懐から取り出そうとして……リサの鬼の如き形相と教訓その一を思い出す。


 曰、不用意に大金を持っていると悟らせる行為は控える事……曰、『揉め事(トラブル)』の芽は事前に摘むべし、である。


 クロムウェルは周囲を、さっ、と確認すると、皮袋は取り出さず器用に口紐だけをほどき一枚だけ金貨を取り出すと受付嬢の前のテーブルへと置いた。


 置かれた金貨を手に取り、確かに、と微笑む受付嬢の姿にクロムウェルは手続きの完了を察すると、軽く手を振り受付嬢に別れを告げて寄り合い所を後にする。まだ日差しの高い日中の通りを歩くクロムウェルは大いに満足げな様子で闊歩していた。己の学習能力の高さを自画自賛しながら……。


 そんな上機嫌のクロムウェルの視界に通りの屋台の一つが映り混む。


「この辺りの相場なら屋台の焼き串は銅貨で買える……それなのに手紙一つ送るのに金貨一枚か」


 そう……物流に掛かる費用《コスト》が跳ね上がっているのだ。そしてこの状況が続けば経済力の弱い街から死んでいく……それをクロムウェルは知っている。


「リディアの為にも少し急がねばならぬか}


 計画通りに、思惑通りに事が進めば、この都市は嘗てない程の繁栄を極める事となるだろう。

 隣接する我が迷宮に人間たちを誘《いざな》う為の玄関口として……リディア・メレク・アリステイアの旗の下に集う第三王女派の一大拠点として。


「リディアよ待っておると良い、お前の馬鹿な姉たちにこの我が一泡吹かせてやるゆえな」


 ただ短くそれだけを告げ、己の胸に手を添えて亡き王女に哀悼の意を捧げるのであった。




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