歯車が動く少し前
2019/04/12/FRI 一部修正、加筆を加えました。
「悪いが私の代わりに迎えに行ってくれないか」
それは青天の霹靂だった。
長期に及ぶ留学を終え、久方振りに父の元を訪れれば心を病んで床に沈むなど誰が予知できたと言うのか。
カーテンの閉められた寝具の中から弱った声が願いを乞った。国王──────もとい、父上は気を病み、包容力溢れた寝具に優しく抱き寄せられてからこの部屋を離れることが出来なくなった。
今は宰相と王妃を中心にして弟と情報共有した私でなんとか国を回している。
魔法邸から王国全土に供給されていた魔力が回らなくなっているという報告を受け、詳細を求めるべく調査チームを派遣した。結果は大地の枯渇が原因と出てから父は会う度にいち早く森の管理人に助力を求めよ、と雑音混じりの声で繰り返した。
「父上、どうして森の管理人にこだわっているのでしょうか。この国には優秀な魔法使いも魔術師も揃っているというのに。なぜ世捨て人とも言える白い森の魔法使いを指名する必要があるのです」
傍に控えていた母上……いや金色のローリエ冠を被っている時は王妃だ。王妃が立ち上がる。
まっすぐと佇むその姿は昔の勇姿を思い出すと数々の家臣が口を揃える。元は閃光の魔法使いと呼ばれ全盛期は前線に立ち彼女が歩む場所には光が生まれると言われていたと聞く。その冠は髪と同調させその美しき琥珀色の瞳がシリウスを見据えた。
「この王国に魔法を与えたのがかつての管理人。
そこに代々勤めるのは能力が高く純粋な者達ばかり、それこそ一癖も二癖もあるでしょう。
グリネード・マーナ魔法王国、我が息子で王位継承権第一位、王太子であるシリウス・フレイム=マーナ。
国王代理として森の管理人であるセシリアを城へ連れてくることを命ずる。彼女が到着するまで王妃である私が国を回します。準備を終え次第、すぐに行く事」
さぁお行きなさい、力強い声がシリウスの背を押す。
父の部屋から出るとさっき見た同じ色の琥珀が自分の姿をとらえていた。
「……盗み聞きとは感心しないな、我が弟よ」
柔らかな栗毛色の髪に琥珀の瞳。
母によく似て、キラキラと光るその姿は同い年にしては少々幼さを残す不思議な人物でもあった。
名はユーゴ。ユーゴーン・ソレイユ=マーナ。
私の数日違いの弟だ。
「はははっ。偶然だよ、偶然。僕は純粋に父さんのことが心配だから顔を出そうとしたら出くわしただけだってば。全く、僕の兄は相変わらず疑り深いね」
光を愛し、光に愛された男。
出生日数の差はわずか三日ほど。決して彼とは双子ではない。それにしては風貌が違いすぎるからだ。
マーナ王室には“ 青眼 ”を持つ人間がいない。
氷のような薄氷色や、海みたいな蒼眼はいても焔に似た青眼は存在しない。過去王族の肖像画が並ぶ廊下がありそこは冠の間と呼ばれている。炎が揺らめくようなその青を持つ人間は自分以外誰一人して存在しない。寂しく思うことはあると言えばある。
誰にも重ねられないのは少しばかり悔しい。
私は拾われたらしい。
ユーゴが生まれる数日前の夜、その夜は大規模の流星群が空を覆ったのだという。王城の後ろに鬱蒼と繁る森の中で私は見つけられた、と教えられた。
周りには人の気配も動物の気配すら無く、柔らかな草に包まれた赤子を抱いた国王の姿に数々の当事者いわくちょっとした騒ぎになったと今になっては笑い話になったと聞く。王妃が臨月に入って間もないのに身元不明の赤子を抱く国王、となれば驚くのも無理はないだろう。
王族の血縁者ですらないのに父と母。その周囲にいた家臣達は本来の王位継承権のあるユーゴと分け隔てなく根無し草とも言える私を育てた。学院へ入る前に行った属性診断で炎が出た時、王城に勤める人間のほとんどが喜んだ。
ユーゴは母譲りで光に適性を出した。
入学してからすぐに各々の属性のものが効率よく乗る媒介探しをした。私は剣、ユーゴは杖。
学院を卒業してからも鍛錬は怠らないように務めた。
シリウスは討伐隊の指揮を執り、ユーゴは防御と治癒方面に優れていたため害獣討伐隊の遠征によく同行していた。気づけば結構一緒にいることが多い。
今回はユーゴには母と共に留守を任せる。
そう伝えた時は少し残念そうに肩を落としたが出来ることはしっかりこなすから心配しないで、と笑った顔は頼もしさが滲み出ていた。
森の管理人の迎えに行くのは早くも明日になりそうだ。急ぐことであるから尚更。
国内には魔法邸、と呼ばれる所がある。
国内で魔法を使える者が籍を置いている魔法使い専用の役所、傭兵みたく戦えるものから支援型の治癒士まで幅の広い人材をまとめるギルドとしての役割も担っている。さて、近々その奥に引きこもっているアレを引っ張り出さないといけないな。
「……森の、管理人か」
シルヴェールの森に住む管理人。
白に身を包んだ、純粋な魔女とも聞く。
どんな人物なのか、興味があった。
簡単な資料にはまだ未成年ながらも高位の祝福を施せる魔法使いの弟子であり、マナを回復させる食品を制作していたと書かれていた。それ以上の情報は要らなかった、いや情報が手に入らなかったというのが正しいかもしれない。
「……彼女には何か、あったのだろうか」
様々な外国へ留学している間に何があったのか、知らないことがあまりにも多過ぎた。何かと情報を持っているエイデンや顔の広いユーゴ、それからかつての学友達を頼ってみるのもありだな。
そうこう考えているうちに自分の書斎へたどり着き、ふと書斎机を見れば手紙が複数届いている。そこには手紙を書くこと自体が億劫で絶対に書かないと豪語していた人物の名前が綴られたものがありすぐさま、ペーパーナイフで封を切り中身を引っ張り出した。
そこにはまたシンプルに書かれたものだった。
『森の管理人は誉高き英雄であり罪深き殺戮魔である』