白い隙間を覗く星々
2019/04/12/FRI 一部修正を加えました。
セシリアはコートを羽織り、新雪の積もる裏庭へ静かに出る。魔法の炎を閉じ込めたランタンは柔らかな光を放って薄暗い視界を温かく照らす。
久々にたくさんのことを話し、いっぱいいっぱいになった頭をなんとかすべく……というのは言い訳になるけれど。うん、気分転換がしたくなったのだ。
さくさくと空気を含んだ雪が圧縮される音がする。
靴越しから伝わる熱で雪を溶かし、液体になった瞬間から外気によってすぐさま氷へと姿を変えるのだ。
年中通して雪に包まれた森は魔力に満ちている。
森の葉は永い年月を経て本来の色を失った。
魔力の干渉によってゆっくりと緑から白へ移り変わっていったと言う。強い光に透かさない限り今では緑の欠片も見つけられないほどに退色したんだと書籍から学んだ。
「……師匠がいれば、この問題だって瞬く間に解決してしまうんだろうな」
多種多様な精霊に愛され、師匠が望めばどんな魔法も操れるそれこそ賢者とも呼ばれた存在。それが煙のように消えたことは魔法王国としても大打撃。師匠に鍛えられた魔術師達はまだマシでも師匠が決めた合格ラインにたどり着いていない魔法騎士達は中途半端に投げ出されたと聞く。
面倒だなぁ〜と口で言いながらも浮いた表情はとても明るいもので。弟子である私が言うのだから間違いはない。何よりも自分の幸福よりもその他大勢の幸福を優先し、力を、杖を振るう。そんな人物なのだ。
その勇姿は弟子として見ても立派なものではあったけど、その側面で英雄と讃えられる師匠は影ではかなり苦しんでいたことを私以外誰も知らない。
仮面のような笑みを浮かべて隠してしまうのだ。
人懐っこさのある顔と度を超えるお人好しな体質が枯渇した魔力を補うために生命を削る行為を繰り返すなんてなんて大馬鹿者なんだろうとも今では思う。
近代のグリネード・マーナ魔法王国で師匠を越える魔法使いはいないのだ。頭角を見せていてもまだ、師匠が決めたラインの一歩手前でグルグルと足止めを食らって目指すべき姿を見失い迷子になっているのだ。
「……師匠、本当に、どこへ行ったんですか」
何気なく呟いたセシリアに答えは返ってこない。
求めている訳ではない。
だけれども、弱気になっているのは間違いない。
知らないものには恐怖を抱く。至って人間らしい心理とも言える。
師匠さえ居れば、私は外に出ずとも。
この生命が尽きる日まで閉ざされたこの白い森の中で一人、次の世代を担う魔女が現れるまで生を全うするものだとばかり思ってた。今までの魔女や魔法使いも魔力枯渇による引退や老衰、特殊任務による解放など。
過去をたどれば形態様々だがセシリアにはどれも縁がないものだと決め込んでいたのだ。
「……明朝に、離宮にて何かが起こる」
それだけはハッキリとわかっている。
私が地脈との接触を試みることで、何かが起こっても不思議ではないのだから。首元に揺れるペンダントを縋るように握り締める。鎖が擦れる金属の音。
今まで触れることのなかったものに触れる。
そこで分かることが少しでもあるのならば……。
「師匠……どうか、どうか私にヒントとなる道標を残してくれていますように」
そう願わずには居られなかった。
白い木々の隙間から覗く星々は何も示すことなくただただ煌めくのみ。だいぶ夜も更けて早起きをしなくてはならないとセシリアは意気込んで寝具に潜り込んだものの、眠りが彼女を夢に誘うことはなかった。
ただただ長い、夜を与えただけだった。
***
「殿下、まだ起きていらしたのですか」
同室になった良き友人であり従者であるエイデンは欠伸を噛み殺せず出来うる限り口元を押さえつつ、主人シリウスに声を掛けた。
「他の者は別室……今は敬語は抜きにしよう。
今の“ 僕 ”は王太子という重い鎧を、脱ぎたいんだ」
背を向ける友人にエイデンはわかった、と返事する。
羽根ペンが紙の上を滑る音からして彼は国王に提出する報告書をまとめているようだった。
「普段ならもう少しのんびりしてるもんな。
お父君────国王様が体調不良とか、お前も不安で堪らないよな。王妃様と弟君が代わりについているとはいえ」
単調に動いていた羽根の音が止まる。
枕に半分寄りかかる形で話していたエイデンはいつの間にかこちらを向いていた彼の青眼に気付き、内心ゾワッと焦りを覚えた。
「こればっかりは仕方がないことだ。国王に代わって王妃から直々の命令、異論は無かったから僕はそれに従った。……本当に、それだけだよ」
シリウスは目を細めフッと笑う。
ランタンの光が弱くなったことで彼も書類作成することを諦めざる得ないと考えたらしく、並べられていた寝具へもぞもぞと潜った。
「命令通り離宮へ連れて、原因究明を果たせる。
僕達が課せられた任務は彼女を無事に入国させ王城区域へ届けることだ。何があるか分からないから王妃は騎士以外にも魔法騎士と魔術師をチームに編成したのだと思う」
「残念ながら俺は生活魔法くらいしか使えない。
……まぁ、実戦で頑張るさ」
そう言いながら撫でた剣は過去にシリウスから贈られた特別なもの。その剣はギフテッドと呼ばれている。
シリウスともう一人の悪友が騎士になる俺のために作ってくれた最高傑作、だと思っている。
精霊の祝福を込められた魔宝石をスロットに嵌め込むことで属性を変化させる特殊なもの。使い方次第では神話に出てくる事象を実現可能、と悪友は曇りなき瞳で語ってきたがそんなことをしたら確実に剥げる。
大地は地肌を剥き出しにするだろうし、湖はたちまち干上がり木々は枝を残し根まで枯れてしまうだろう。
そんなことを起こさせないし、込められたマナを無駄使いしない為にも極力スロットには石を嵌めず慎重かつ丁寧に扱っている。
贈り主はガンガン使ってくれれば良いのに、と困り顔をしているのは今更のこと。王族と中位貴族の懐事情が違い過ぎることを忘れているからこそ起きてしまう感覚だった。従者の俺はもう諦めている。
「……あぁ、頼むよ。僕の剣」
煌々としていた光が少しずつ闇へ溶けていく。
明朝に立つというのに眠気が来ない。
まだなにか話そうかと思いをめぐらせていればさっきまで話していた人物は静かに眠りについていた。
「何も言わずに寝入ったのか……」
今回の任務で同伴する人物の姿を思い浮かべる。
白金の髪、白くも朱が差す頬と唇に宝石のような薔薇色の双眸。魔女と言うから本でよくある鴉のような姿を思い浮かべていたが遭遇した際は真逆じゃないかと素直に思ってしまったのだ。人間と言うよりも人形と言われても違和感がない容姿だった。それが魔女。
シルヴェールの森を管理する魔女。
白き森の管理人は白いと聞いていても例外があると勝手に思い込んだことがそもそもの間違いでもあった。
「……俺は何も言わなかったがお前は案外、彼女のような女性と居た方が幸せになれるかもしれないな」
埋められないものを彼女はきっと持っている。
シリウスの欠けている何かを、失ってから取り戻せずにいる何かを。だから期待してもいいだろう?
友が王冠を戴き隣に彼女が立つのなら、その風景はきっと最上級の絵画になるのではないだろうか。
エイデンはそう考えながら、思考の海から眠りの海へゆっくりと泳ぎながら渡ることとなった。