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黒薔薇冥府ノ当主様  作者: Bee
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序章 -交渉成立-

 死後の世界ってあると思います?

 あ、すみません、唐突な質問でしたね。

実は以前、死後の世界を深く考えすぎてしまったことがありまして。いわゆる「タナトフォビア」という、死や死に関するものに恐怖を覚えるようになる症状ですね。


 ご安心ください、今ではその症状も消えて、毎日楽しく過ごしています。今回はそんな死の恐怖から解放され、幸せに過ごす私の日常をお話したいと思います。これはまだほんの始まり……ですが、退屈はさせません。それではぜひご覧下さい――――死後の世界での日常を。



「お兄様、私、もう1人用心棒が欲しいと思っているのだけれど」


 ある豪邸の廊下を歩きながら、少女が淡々とした声で呟く。

 腕には数枚の資料が抱えられており、その束から1枚、また1枚とこぼれ落ちる紙が、後ろからついてくる少年によって拾い上げられていた。


「相変わらずの唐突な話題の切り替えだな。

これから大事な客人に会うんだ……用心棒だか何だか知らないが、その事を考えていて交渉決裂しました、なんて言ったらぶちのめすからな」


 拾った資料を少女の腕の中に戻しながら、こちらも淡々とした返事を少年が返す。

 足取りですら淡々としている2人はふかふかとした踏み心地のいい廊下を左へ曲がる。そこには、これでもかと大量の黒いバラの彫刻を誂えた巨大な扉が、待ち構えるようにそびえ立っていた。その荘厳さにも飲まれず、小柄な2人からすると少し高いようにも思えるドアノッカーを、少女が掴んで4回扉に当てる。

 トン、トン……と、木製の戸を叩くと聞こえる耳障りの良い余韻が消え去ったあとに、ゆっくりと扉を引いていく。ギィィ……と鈍い音が響く中を2人は静かに歩き、客の待つ席へ向かう。


 客人の座るソファと対面する場所に置かれた、もう一脚のソファ。その横にまずは立ち静かに一礼をする。そこでちょうどメイドがドアを閉め、一気に息をするのも窮屈な重い空気が肩に乗りかかった。

 ゆっくり立ち上がった相手は中肉中背の40代後半の男。葉巻を蒸かしながら自身よりも幼く経験のなさそうな子供たちを見下すように立ち尽くす。だが少女は決してそれに怯むことなくスカートの裾をあげてお辞儀をする。


「初めまして、黒薔薇冥府(くろばらめいふ)32代当主のエクス・ヴァルキュリアです。

本日は我が屋敷へ足をお運び頂けたことを光栄に思いますわ」


続けて、少年も頭を下げる。


「初めまして、同じく黒薔薇冥府32代当主のキラ・ヴァルキュリアです

本日、主な交渉はエクスに任せますので、私のことはお気になさらずに」


 短い沈黙のあと、男性もシルクハットを脱いでお辞儀をする。


「どうも、龍剣冥府(りゅうけんめいふ)より参りました、ハワード・プロッツェンです」


 頭を下げる時間も挨拶も短い。内面に隠し持っている意地汚い部分が滲み出ている何よりの証拠だ。

 しかしエクスはその態度にも反応せず静かにソファに腰掛ける。キラは座らずにエクスの横で手を後ろに組んで立つ。彼も言った通り、今回は交渉に参加するわけではなく、エクスの護衛を務めることになっている。少女が長い銀色の髪を払って席に着いたのを確認して、先にハワードが口を開いた。


「それで……早速本題に入りますと、私が本日ここに参りましたのは他でもなく、我々龍剣冥府の重要機密情報の情報窃盗についてお聞きしたいがためなのですがねぇ……」


 口から煙を吐き出しながら話すハワードの目が少し細められる。瞼の隙間から覗く瞳は幼い子供二人を交互に見やっている。

 彼は死後の世界である〈冥府〉の中にある〈龍剣冥府〉という一家に属する貴族。今回はエクス達が当主に座している〈黒薔薇冥府〉の貴族が情報窃盗を行ったとして、一先ず面会するということになったのだ。いくら相手が子供といえど部下の不始末は罰されなければならない。どうひねり潰そうか心の中でほくそ笑む。

 そんな腹の中も知らないエクスは幼げの残る声で笑いかけた。


「情報といいますと、こちらでございましょうか?」


 そう言いながら机の上に1枚の写真を滑らせる。

 それはハワードとスーツの男が会話をしているシーンだった。2人の背後には謎の木箱が山積みになっている。

一見ただの写真のように見えるそれだが、ハワードは突然目の色を変えて吸い込まれるように手を机について顔を近づける。先程の余裕はどこかに消え去っている。放り投げられた葉巻がそれを物語っていた。そしてそのままの体制で震えを抑えながら声を振り絞る。


「貴様……これは……」


 汗をかき始める後頭部を見下ろすエクスはさらに資料の束を漁りだす。


「はい、ハワードさんと違法兵器販売人との交渉時の写真です。

あっ、申し訳ございません、こちらでしたかね……?」


 最初の写真に添えるもう一枚の写真。今度は再び映るスーツの男と華美な服で飾り立てた男が面会している。

 それを見るやいなや、またしもハワードは獲物に飛びかかる肉食獣のように食いつく。ついに声の震えも止められず、さらには体も小鹿のように戦慄く(わななく)


「そんな……な、なぜ……」


 その様子を冷めた目で見つめながらエクスは続ける。見られないことをいいことに、その細い指は楽しそうなリズムでソファを叩く。


「龍剣冥府の当主様ですよね、1枚目と同じ写真の方と話していらっしゃるシーンです。

あれ、これじゃありませんか……?では……」


 そう言ってまた資料の束に手をかけたその時、気が動転した男が懐から銃を取り出し少女に向ける。追い詰められた人間というものは、他人でも自分でも予想がつかない行動をとるものだ。現にハワードは銃を向けたはいいものの、引き金には指を置けないで自分の行いに呆然と驚いている。

 しかし、そのスキを見計らったキラが即座にテーブルに手をついて飛び越え、エクスに向けられた銃を蹴り飛ばす。そのままハワードをうつ伏せに押さえつけ、胸元から取り出したナイフを首筋に当てる。そこへワンテンポ遅れてハワードの部下が銃を取り出す。本当に一瞬の出来事。空気までもがビリビリと揺れ始める。お互い、少しでも動いてはいけない……否、動くことは許されるがそれは自分の最期となる。


 そんな中、エクスだけがスッと立ち上がり机の横を通っていく。いくら銃を向けられようともその足取りは変わらない。そのままうつ伏せになった後頭部へ顔を近づけ語りかける。


「取引をいたしましょう。

か弱いガキからのお願いです。私はこれをいつでも(おおやけ)にすることが出来ます」


そこで先の写真2枚をちらつかせる。もちろんハワードには見えない。


「ですが、貴殿がこれ以上黒薔薇冥府と関わりを持たないのならばここにいる者だけの内緒といたします……いかがしましょう?」


「わかった、そうしよう、約束する!!」


 切羽詰まった声はエクスが話終える前に飛び出していた。自分と、その主が裁判所で天秤にかけられるところなど想像したくないのだろう。

 しっかりとその声を聞き届けると、キラがハワードの背広の襟からチップを取り出す。


「交渉……いや、脅迫材料ですか……

先程の言葉の通りならばこれはもう必要ありませんね」


その小さな金属片が床に滑るように投げられる。それがちょうどエクスの足元に着いた瞬間、彼女は葉巻と一緒に踏み潰してから微笑みかける。


「本日はお互いにとてもよいお話となりましたね。

それでは、メイドに案内させますのでお帰りください」


 キラもナイフをしまい、部下も警戒しながら銃を戻す。そこでようやく重々しい空気がすっと溶けるように消える。

扉の前に立っていたメイドが3人の客人の元へ行き、ふらつくハワードを支えながら部屋を出ていった。

そしてその様子を見送りながら、美しい髪を耳にかけるエクスはキラに向き直った。


「それで、用心棒の話なのだけれど……」



「んで……どうしたものか

黒薔薇冥府……あそこは手綱さえ握れれば非常に強力なんだけどよぉ」


とある廃墟のとある一室。

ボロボロのカーテンや壁紙、絨毯とは不釣り合いの革張りの2つの椅子。そこに深く腰掛ける2人の男。夜闇の中唯一の光源は細く差し込む月明かりのみ。


「元よりここは冥府です。現世で不可能な絶対統制も不可能ではありません」


「よせや、縁起でもねぇ

正直、ここは焦らずのんびり…っつーのを期待していたが、黒薔薇冥府がいるともなればそうはいかねぇな」


「ですね……」


そこで片方の男が赤く輝く髪をかきあげながら窓の外を見遣る。そこには双子の兄の手を引く銀髪の少女の姿があった。


「おっと、こんな夜中に当の本人様はお仕事か……?」


その声に黒縁の眼鏡の位置を直しながらもう1人の男が窓に近づく。


「なぜここに……私達の存在を知って……?

いや、さすがにそれは考えすぎですね……」


動揺を隠せない男を横目で見る男は窓枠に肘をつく。気付けば双子の姿は消えていた。


「考えすぎってわけでもねぇと思うぜ。

なんせ相手は〈冥府〉の中でも最も危険な国〈修羅(しゅら)〉に広く根を張る貴族〈九大薔薇冥府(くだいばらめいふ)〉、その一角にして修羅の……いや、冥府のデータベースも同然の存在である〈黒薔薇冥府〉なんだからよ

その当主様は知らねぇことはねぇってくらいの噂だ」


その言葉にまさか、というように笑った眼鏡の男は自分の席へ向かう。

だが次の瞬間、その耳を何かが掠めて壁に突き刺さった。闇夜に包まれ暗くなった部屋に差し込む月の光。それが照らし出したものに2人は言葉を失う。


「おいおい……本当に知らねぇことはねんじゃねぇのか……?」


おそらく窓から投げ込まれたのだろう。

ナイフの刃は半分ほど壁にめり込んでいる。そしてその柄には黒い薔薇がしっかりと巻き付けられていた。

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