7:人を思う人
土の触手が後ろから迫っている。
もう一度捕まれば、降参するしかない。
『不老不死』には体を治す能力がある。
実際には治らなくても死なないので、これはおまけにすぎない。
それは疲労と魔力が治らないことからも分かるだろう。
魔力を使うと意識が飛ぶらしい。
8割が通常の限度だと聞いた。
それが健康を維持できる最低ラインだ。
俺ならこの一線を超えられる。
走りながら先生を見た。
「ずっと無表情。つまらないわ」
余計なお世話だ。
土の速度が上がる。
もともと寝てばかりいたため、すぐに追いつかれそうだ。
魔力を全身にいきわたらせる。
頭のてっぺんから、両足の小指の先まで。
リサが持つ力の原理を利用した荒業だ。
全身を強化できる代わりにその間、魔力を使い続けなければならない。
体は余裕で持つんだ。
速度を上げて、先生と距離を詰めていく。
いつもの3倍は速く動けるな。
普段が遅いから、あんまり早くないかもしれないけど。
「さっきから、器用なことするのね」
土の魔法を置き去りにして、先生の目前までたどり着いた。
あとは、思いっきり殴ればダメージぐらい与えられるだろ。
握った拳を先生に向けて突き出す。
さっきのお返しに、鳩尾あたりを狙った。
「やっぱりダメね」
後ろから声がかかる。
人型の土に貫通した手は抜けない。
もともとこの土で造られた人形と戦っていたのか?
「はぁ……降参」
「試験は終わり。あなたは不合格ね」
俺が学んだのはあくまでも基礎ってことか。
実戦的な方法を学ばなければ卒業はできそうにない。
アカデミーが終わって家に帰ってきた。
早くベッドで寝よう。
「おかえりー、今日はどうだった?」
「どうもないよ」
母を軽くあしらって、自分の部屋に行く。
アカデミーに入学したこともあり、父のお勉強はなくなった。
父は家にいないことが多いのだが、夕方にはいつも帰ってくる。
しばらく寝転がっていると、赤い髪の女の子が扉を蹴破るような勢いでやってきた。
「ジル、怪我してない?」
「ん」
久しぶりに会った気がする。
前はいつだったか。
「本当に、大丈夫?」
「ん」
なんでこんなに聞いてくるんだ?
何も話してないはずだけど。
会ってすらないし。
「卒業試験受けたんだよね」
まぁ、知ってるから体のこと聞いてきたんだよな。
少し間を開けてから、返事をした。
「みんながジルのこと話してたの!」
リサのアカデミーまで俺のこと噂になってたのか。
あっけなく負けたのも知ってるんだなぁ。
赤い瞳に見られるのが今日はなぜか嫌だった。
悔しいという思いは特にないが、彼女に負けたことを知られるのがなぜか嫌でたまらなかった。
「ジル、すごいね!」
「……なにが?」
「早く試験受けた人は、骨折れちゃったりするって聞いたよ! それなのに、ジルはいつもどうりだから」
それは俺の力じゃないんだ。
もし『不老不死』がなかったら、ボロボロだ。
首の向きを変えて、リサを見ないようにした。
少し静かになった後、彼女から声がかかる。
「でも、危ないことはダメだよ? すごーく心配したんだから」
「ん」
「ジルは強くならなくてもいいの。何かあったらお姉ちゃんが守るからね!」
最後の言葉には返事をしなかった。
俺を守るために、リサが傷つくなんてあってはならないことだ。
でも俺がそういう危機なって、彼女が近くにいたら、きっと守ってくれるんだろうな。
俺が何と言っても、体を張って守ろうとするだろう。
その時、俺はどうすればいいんだろう。
不安が胸にこびりついた。
「リサ」
「ん、なに?」
「やっぱりいい」
「そう? 何でも言ってね」
次に受ける時は必ず合格しよう。
なぜかその思いがつよくなった。
教室に入ると、中にいた一部の男子が駆け寄ってくる。
『ジルさん、おはようございます!』
無駄にそろった声だ。
何だこいつら。
「なに?」
「ジルさん、俺らを子分にしてください! 試験、すごかったです!」
「無理。離れて」
理解不能だ。
それだけ言って、自分の席に向かう。
「マジかっこいいよなぁ、ジルさん」
そんな声がいくつか後ろから聞こえてきた。
なんなんだろう。
まるで俺が試験で勝ったみたいじゃないか。
今日の最初の授業は魔法についてだ。
父とのお勉強と比べれば、ゆっくりとしたペースで進んでいる。
「昔は、魔法には属性という分け方がありました。ですが、これは無詠唱魔法の進展により――」
これも習った内容だ。
退屈な授業は時間が進まない。
こういう時は、やはり寝るに限る。
机に体重を預けて、睡眠を開始する。
当分は、そんな授業が多いだろう。
戦闘を実戦で教えてもらえるようになるまで、ここに来る必要は薄い。
「おーい、ジル! 起きろジル!」
普通に寝かせてはくれないか。
顔をゆっくり上げて先生を見る。
「ジル、属性の種類を全部答えてみろ」
「火、水、土、風、光、闇とそれ以外」
「正解だ。分かっていてもしっかり聞くように」
よし寝よう。
これでしばらくは、怒鳴らないだろ。
本当にめんどうだ。
「かっけぇ」
そんな声がまた聞こえた。