6:アカデミーに入学して
リサは今頃、アカデミーで勉強しているだろう。
最近はあまり、遊びに来なくなった。
4年以上も一緒だった人がいなくなると、少しは思うところもある。
誰かにそれを示したりはしないが。
もう少しすれば俺も入学しなければならない。
俺は魔法アカデミーに行く意味があるのだろうか。
読み書きは既にできる。
算数も問題ない。
魔法は自分で研究できる程度には知っているつもりだ。
もしわからないことがあっても、質問できる人がいる。
常識についても教えられているので、この村のことも分かってきた。
この村はもともと本当に小さな名もない村だったが、ラシス一族に村長が変わってから、怒涛の勢いで発展していった。
今となっては、ラシス村は村という規模を大幅に超えている。
主な収入源は周辺の村から依頼される魔物や悪党の退治だ。
村に所属している戦士、魔法使いの役割は様々だが大きく分けると二つある。
先に言った村の外で依頼をこなすことと、この村を守ることの二つ。
父は後者を担当している。
魔物は人が少ない所で自然に湧き出てくる化け物だ。
様々な種類の魔物がいるのだが、全て凶暴で人を襲うらしい。
まだ見たことはないが、いずれ戦うことがあるだろうか。
アカデミーでは希望者は商人や戦闘以外の仕事に就くための教育を受けることもできる。
それらは戦闘の教育より劣るため、卒業後に別の大きな都市に行って学び直すこともあるそうだ。
ラシス村は非常に戦力という面で優れている。
村の中で生活している限り安全であるため、都市から知識を身につけて戻ってくる人も少なくないらしい。
魔法アカデミーで俺が得られるものはなんだ?
死にたいけど、戦いたいわけじゃないしなぁ。
とは言っても、親に強制的に行かせられるのなら抵抗するのもめんどうだ。
入学してすぐに卒業試験受けてみるか。
卒業した後は、またその時考えよう。
7歳で仕事させられるとは思えないし、少しぐらい時間稼げるだろ。
その間に、死ぬ方法を見つければいいんだ。
「それにしても暇だ」
少しだけ寂しい1年だった。
「改めて、魔法アカデミーへようこそ!」
前に立つ先生は、俺たち一人一人の顔を見回す。
入学式が終わり教室に案内されたのだ。
新入生は20名ほどで、一つの教室に収まる人数だ。
「君たちの担任をするダンプだ。分からないことがあったらすぐに、先生に聞きに来るように」
学校のルールなどを説明し始める先生は、朗らかな顔をしている。
村に所属すると、仕事は村長と直接話して、そこで希望を言い最終的な判断は村長が行うらしい。
適任だ。
「――よし、ここまで何か聞きたいことはあるかな? 手を挙げて教えて欲しい」
静かに手を上げる。
俺だけか。
「お、ジルくん。何だい?」
「卒業試験を受けたい」
一瞬の静寂のあと、生徒がざわつく。
馬鹿にしたような笑い声も聞こえてきた。
合格すれば、ガキ共とはおさらばだ。
笑うなら笑え。
「こーら、静かに。皆は知らないと思うけど、ジルくんのお父さんは、このアカデミーを最短で卒業した記録を持ってるんだ。ジル君はそれを破りたいんだね?」
「早く卒業したいだけ」
「わかってるよ。でも、卒業試験はジルくんが思っているより厳しい。先生はまだ早いと思う」
この場にいる全員に舐められている。
先生から悪意は感じない。
俺の身を本当に心配して言っているのだろうけど、必要のないものだ。
「どうしても受けるというなら、後で先生のところにおいで。試験の説明をしよう」
そう言って話が終わった。
さっさと受けさせてくれないものか。
戦闘に特化した試験だとしても、魔法を使うならなんとかなるだろう。
実戦はしたことないが、自分は何度も殺しているし。
「よし今日はこれで終わりだ。みんなは気を付けて帰るように」
しばらくすると、先生はそう言って生徒を帰らせた。
俺は帰らずに、説明を聞きに行く。
「お父さんを超えたい気持ちはわかるけど、大怪我をするかもしれない。それでも受けてみるかい?」
「受ける」
「うーん、分かったよ。受からなくても、ジル君にはいい勉強になるだろう」
その後、試験の説明を聞いた。
毎年、試験官が変わり、内容も様々だ。
一度に試験を受ける人数によって、内容を変える人もいれば、すべて同じ試験にする人もいるらしい。
卒業試験には実技と筆記がある。
二つともではなく、どちらか一つを選んで受けるらしい。
戦闘以外を仕事にしたい人のために筆記がある。
内容は、魔法を使わないお金の計算とか、歴史みたいなもので、俺もそちらを受けようとしたのだが、
「ジル君はもちろん実技だよね」
「いや、俺は――」
「君のお父さんを超えるにはそれしかないよ!」
とかなんとかで、押し切られた。
まぁ大丈夫だろう。
いつも自分に向けていた攻撃を人に当てればいいだけだ。
そして試験当日。
「先生はミリィよ。ちっこいのに、試験を受けるなんて生意気ね」
アカデミーの敷地内の運動場で、俺の目の前に切れ長の目をした女性が立っていた。
白に近い色をしたローブは腰が締まっていて胸のふくらみがわかる。
周囲には少し距離を開けて、新入生全員と数名の教師が見守っている。
卒業試験の難しさを教えたいらしい。
試験自体は毎回変わるから、見せても問題ないとのこと。
「本当にやるの? 始まったら、容赦しないわよ」
こくりとうなずいた。
ガキ共と一緒に、授業なんて受けてられない。
「じゃ、さっさと終わらせようか。試験内容は簡単よ。合格って言うまで、先生と戦うの」
殺さないように気を付けないとな。
いつもは手加減の必要がないから、何も考えずにやってるけれど、今回は人が相手だ。
「降参したり、気絶したり、あなたが戦えなくなったら、試験は不合格よ」
「どこまで、やっていい?」
「ふふっ、思いっきり来なさい。そうじゃないと……」
少しかがんで背を合わせて、俺の耳元で囁く。
「死ぬわよ」
息がかかり、ゾクリとする感覚。
それが試験開始の合図だった。
地面の土が触手のように動き、両足に巻き付く。
腰のあたりまで絡みついてきた。
「動けないでしょ? もう降参したら?」
「しな――」
鳩尾に衝撃がはしる。
膝で蹴られた。
魔法で戦うんじゃないのかよ。
「ふぅん。案外、タフね」
もう一度、膝蹴りの構え。
とりあえず土の拘束を外そうと思い、魔力を足に集めていく。
「かはっ」
1度目よりも強い衝撃。
そのせいで集中がとけ、動かしていた魔力が元に戻った。
「ほら、降参して? みんなの前で情けなく、身の程知らずの僕の負けでーすって言おうねー」
この教師、口悪いな。
不登校になるぞ。
それとも、精神的にも強くないといけないってことなのか。
でも、どうする?
俺の身体能力ではこの土を振り払うことは不可能だ。
魔法を使うなら素早く発動しないと、さっきみたいに中止させられる。
ベットの上でゆっくり魔法を使うのとは違うな。
魔力を一番出しやすいのは練習量の多い右手だ。
そこからなら、蹴られる合間に発動できるだろう。
右手から高威力の魔法を使って、下半身ごと吹っ飛ばすか。
いや、それだと体が治るところを見られる。
足から魔法を発動するには、少しだけ時間が足りない。
なら、その時間を作ろう。
再び魔力を足に動かす。
膝蹴りのタイミングに合わせて、杖を具現化させて衝撃を防いだ。
先生は器用にくるりと回る。
回転から放たれた、すさまじい勢いの蹴り。それが顔にあたったのは、足が動くようになったのとほぼ同時だった。
後ろに大きく吹き飛び、地面を転がる。
「予想どうりね」
完全に読まれている。
ここまで差があるのか。
魔法が思ったように発動できない。
痛みはないし、体のダメージはすぐに回復する。
「あら、まだ立てるのね。丈夫さだけは評価できるわ。でも、それだけね」
一撃だけでも当てよう。
普通にやってもダメだ。
飛ばされて、距離が開いてる。
今のうちに威力が高くて、速い魔法だ。
ホースの先をすぼめるように、魔力の出る範囲を小さくする。
そこに高い密度で魔力を流し込めば、威力も速度も出る。
炎だと危なすぎるから、水にしよう。
水の刃だ。
右手の中で一番慣れている人差し指を使うか。
光の練習がここで役立つとは思わなかった。
狙うのは心臓か?
服で当てずらいな。
なら、頭だ。
脳を貫通させれば、倒せる。
あーでも、殺したらダメなんだった。
「いまさら、攻撃? 実戦ならもう死んでるわ」
それなら嬉しい。
本心は言葉に出さず、極小の水の粒を高速で放つ。
銃弾よりも小さい玉で、速く飛べ。
一瞬で首をかすめて、切り傷が一つ。
「先生もね」
強がったけど、あと5発ぐらいしか打てない。
かなり魔力を使う。
先生は手で傷を確かめると、俺を睨む。
「見えなかったわ。いい魔法だけど、まだ合格にはできないわね」
まだやらないといけないのか。
めんどくさくなってきた。
もう降参しようかな。
でも、今降参したら、次に試験受けさせてもらえるのが、いつになるかわからないし。