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4:変化の一歩

「ジル、こうえんいこ!」


 赤い髪をゆらして、大きな声で今日もリサが来た。

 外で遊びたい気分なのか。


 たまには遊んでやってもいいかもしれない。

 そう思って、ベットから立ち上がる。

 毎日のように部屋に来られると、従ったほうが疲れないことがわかってきた。


「はいはい」

「きょうは、いってくれるんだー。やったぁ」


 嫌と言っても無理に連れていく癖に。

 なんでそんなに嬉しそうなんだろう。


 1階に降りて母と共に家を出る。

 まだ大人と一緒じゃないと外を出歩けない。

 本来、3歳児というのはもっと親に迷惑をかけるものだと思う。

 俺は一切泣かないし、父に至っては魔法を教え始める始末だ。

 この家はやっぱりおかしい。


 家の近くにある自然豊かな公園には、ポツポツと数人の人がいた。

 公園とは言っても、遊具はない。

 広場という方が正しいのかもしれない。

 周囲には子供とその親ぐらいしかいないので、使われ方は確かに公園だ。


 母は端の方で、俺たちを見ながら他の親と話している。


「ジル、みてみて! へんないし、ふたつも、みつけた。ひとつ、ぷれぜんと!」


 バタバタと近づいてきて、拾った石を渡してくる。

 縦にとがっただけ、どこにでもある石だ。

 これの何がいいんだろう。


 何も考えずに、後ろにひょいと投げ捨てた。

 少し悲しそうに眉を寄せて、その石を彼女が見ている。

 それでもすぐにまた、笑ってはしゃぎ始める。


 もう捨てたという行動は覆せない。

 なぜか、胸が痛くなった。

 とっくに痛みは感じなくなったはずなのに、これは何だろう。


「ジル? だいじょーぶ?」

「気にしないで」


 言ってから、背中を向けた。

 顔に出てしまっていたようだ。


 こちらを気にする彼女を見ていられない。

 逃げ出したかった。


 『ごめん』の言葉すら口からは出ない。


「ごめんね。きにいらなかった? ちがういし、さがすね!」


 後ろから声がかかる。

 自分が悪いことは気づいているんだ。

 耐えきれなくなって、うつむく。


「もう、やめてくれ……」


 誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。

 この苦痛は初めてだ。

 今からでも、謝ろう。

 きっと、許してくれる。


 少し悩んだあと、伏せた顔をあげる。

 本当に情けないな。


「ジル君だね?」


 いつからそこにいたんだろう。

 黒いシルクハットを被っている男が視界に飛び込んできた。

 右手にお年寄りが持つような杖を持っている。

 木製で造られているが、俺が背負っているような枝ではない。

 顔は絵にかいたような笑顔を張り付けていて、歳は父と同じぐらいか。


 明らかに不審だ。


「お兄さんはね、パパのお友達なんだ。今日はちょっと顔を見に来ただけ、だったけど……」


 男はそういうと一度言葉を切る。

 しゃがんでから俺を上から下まで見るともう一度、口を開いた。


「想像よりすごいねぇ君。今のうちにその杖、折っちゃおうか」


 左手がせまる。

 男の人にしてはキレイな指だ。

 肩の上をめがけて伸ばされた手は、杖に到達することなく止められた。

 母が男の手首を掴んだのだ。

 さっきまで近くにいなかったはずなのに。


「うちの子に、何かご用ですか?」


 初めて聞いた冷たい声だ。

 父を怒る時もこんな声は出さない。


「これはこれは、申し訳ない。頭にゴミが付いていましたから、とってあげようと思いまして。もう風で飛んで行ったようですね」


 母が手を離すと、胡散臭いその男は立ち上がって頭を少し下げた。


「私はこれで失礼します」


 母にそう言ってから、俺に目を合わせる。


「またね」


 見計らったかのように風が吹くと、男は消えた。

 最初から存在しなかったように、いなくなった。


 どこに行ったんだ?


「逃げられたか――ジル、ケガはない? もし、またあの人が近づいてきたら全力で逃げなさい」

「う、うん」


 殺すつもりなら、わざと捕まってもいいかな。

 どうせ死にはしないんだけど。

 でもなんで、名前を知っていたんだろう。

 分からないことだらけだ。


「今日はもう大丈夫よ。逃げていったわ」


 俺がそんなに不安そうに見えたのか、母はそう教えてくれた。

 どこかで、また接触してくるのだろうか。

 目的も何もわからない。

 どうでもいいか。

 殺すなら勝手にしてくれって感じだ。


「ジル、これどーぞ!」


 振り向くと、彼女が少しだけ色の変わった石を持ってきた。

 珍しくもない普通の石ころだ。


「ふふっ、ジルのために頑張って探してきてくれたのね」

「うん! だって、あしたは、ジルのおたんじょーびでしょ?」


 そうだっけ。

 もう彼女と会って一年が経つのか。


「ジル、リサちゃんに何か言うことない?」


 あぁ、そうだった。言わないと。

 一年も俺の手を取ってくれた彼女に、足りないのは分かっているけど一言だけでも感謝を伝えよう。

 今日からでもいい。

 少しずつ、返していこう。


「あっ、あり――」


 強制的に意識が落とされる。

 前に力なく倒れると、リサに受け止められた。

 本当に君は力が強いな。


 暗闇が広がっていく。

 視界が無くなった。

 周囲の音が遠ざかる。




あるじの生涯の杖となることを誓う」


 ゆらゆらと安定しない意識の中、透き通った声が入り込んでくる。

 この声は自分が発していて、それを聞いているのも自分だ。

 何が起こっているのかはわかる。

 これが杖と一体になるということなんだろう。

 それにしても最悪のタイミングだ。


「我が名を呼べ」


 指示されるがまま、心に浮かび上がってきたその情報のままに叫ぶ。

 声はでないけれど。


「契約は成された」


 その瞬間、杖の使い方を理解した。

 契約が成立すると、杖は実体をなくすのだ。

 俺の意思で、具現化したり消したりすることができるようになる。

 あくまでも具現化しているだけなので、折られても問題ない。

 他人でも触れて、堅さもある。

 魔法が使えなくても、かなり便利だな。


「共に歩もう」


 あぁ、この夢から覚めるんだ。

 真っ暗だった視界が白く塗りつぶされていく。


 俺は死んでみせるから。

 その思いが揺るいでいる気がして、不安を感じた。


 生きてたら、いけないのに。

 意味がないんだから――




 目を開けると、朝だった。

 自室のベットで寝かされていたようだ。

 背中に違和感がある。

 あぁ、杖がないんだ。


 ぼんやりとする頭で、杖を出すように念じる。

 思った通りの位置に出てきた。

 何もない所から、突然出てくる。

 消えろ。

 そう思うと、あっさり消えていく。

 成功なのか。


 階段を上ってくる足音。

 今日は早いな。


「ジル、起きてる! だいじょーぶ? なんともない?」


 心配かけたのか。


「ごめん」


 一言、それがまだ精一杯だ。

 もう少しだけ待ってくれ。


「げんきなら、いいの! おたんじょーび、おめでとう!」


 やっぱり君はすごいな。

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