3:魔法のようなもの
3歳になってから半年ほどたった。
相変わらず、午前中はリサの相手をしなければならない。
「きょうは、なにするー? こうえんいく? ゆうしゃごっこやる?」
「……ねるよ。おやすみ」
勇者ごっこは勘弁だ。
前にやらされた時は、俺が寝れば寝るだけ強くなる勇者みたいな設定にされた。
リサが魔王役で、俺が勇者。
もし本当にそうなったら、世界は終わりだ。
リサの力は俺には止められない。
「なら、わたしもねる!」
あれ、今日はおとなしく帰ってくれるのか。
まーたまにはそういう日もある。
常にこのテンションだとしんどいもんな。
「いっしょにねよーねー」
「えぇ、せまいって」
あろうことか、俺のベットにもぐりこんできた。
一瞬でも安眠を期待した俺が馬鹿だったんだ。
「ふたりだと、あったかいねー」
「あついよ」
こいつといると、不安になる。
はっきりとは言えないけれど、どこか自分を壊されているようで怖くなる。
俺は死にたいはずなのに。
そうさ、こんな日々なんて無駄なだけだ。
地獄を思い出せ。
あの快楽はここでは味わえない。
ここに居ても、したいことなんて無いじゃないか。
リサなんて無視して、寝てしまおう。
思考にフタをするんだ。
余計な事は考えなくていい。
「もうねちゃった? かーわいっ」
耳元でささやかれた小さな声が、こそばゆい。
結局その日は、一睡もせずにお昼を迎えた。
この時間になると、リサは家に帰る。
ここからが俺の安眠の時間だったのだが、最近はお昼に父が仕事から戻ってくるようになった。
午後からは父とお勉強の時間だ。
最初は手品でもするのかと思い、拒否しようとした。しかし、常識とかいろんなことを教えてくれるとのことだったので興味をひかれて受けている。
「さぁ、今日は魔法のことを教えよう。とは言っても、ジルはまだ使えないから、教えられることは少ないんだけどね」
でた。
宗教教育だ。
この黒髪は口を開くと宗教のことだ。
手品ができたらこの村では生きていけるのだろうか。
3歳児に教える内容ではないと思う。
俺のことを何だと思っているんだろう。
これのおかげで、堅い枝は常に背負わないといけないし、あともう半年したら才能がないって言われるはずだ。
枝と一体になったように見せる手品なんてできない。
「まず、魔法には詠唱魔法と無詠唱魔法がある。詠唱をするかどうかの違いだ」
「えいしょうって?」
「そこからだったね。決まった文章を唱えることで、魔法を発動させる方法のことを詠唱っていうんだ。前に見せたろう?」
「あぁ……」
喋ること全部、詠唱になるなら会話もろくにできないな。
そのための杖なのか。
いつになったら、手品でしたって種明かしするんだろう。
「詠唱で魔法を使うには、いくつかの条件を満たす必要がある。それは――」
話によるとその条件はこうだ。
杖と一体になっていて、その杖を具現化させていること。
明確な魔法のイメージと、それを使うという意思があること。
イメージに合った詠唱ができていること。
これらがそろって、見合う魔力を持っていればやっと発動するという考えらしい。
それさえクリアすればあとは自動で魔力が動くんだと。
誰が考えたんだ。
「次は無詠唱魔法だ。これは魔力を自分で動かす必要がある。量、速度、性質、すべての要素を自分で決めていかないといけない。ちょっとコツがいるから、応用だね」
「父さんはできるの?」
「もちろん。父さんは、これのほうが好きなんだ。杖を出さなくても魔力があれば使えるから」
それなら杖を隠し持っていなくても、つじつまが合う。
詐欺師並みに騙すのがうまいな。
宗教の話だから嘘はついていないんだろう。
そういう教えなのだ。
「見て」
父はそう呟くと、右手の人差し指をたてた。
指先から白い光が現れる。
どうやっているんだろう。本当に魔法みたいだ。
この辺りでは電気は使われていないんだった。
てことは、電球とか細かい物もないわけで。
部屋の明かりはロウソクとか火を使った原始的なものを使っている。
今度はその指を文字を書くようにして動かし始めた。
驚愕する。
そう。
光の文字が空中に残ったのだ。
電気が使えたとしても、こんなことできるのか?
おもむろに、その文字に細い手を伸ばした。
触れば、どうなっているかわかるはず。
透明な板でも使っているんだろうか。
「えっ」
すり抜けた。
手を戻しても光は残ったまま。
こんなこと、ありえない。
絶対に異常だ。
「魔法は使い方次第で、何だってできる。発想と技術は必要だけどね」
言い終わると、光が静かに消えていく。
それが無くなるまで目が離せなかった。
背中の枝が、そんな力をくれるのだろうか。
俺の知らない科学的な技術で、空中に光をとどまらせたんじゃないか。
いや、この村に最先端の技術があれば、もっと違うところに使われているはずだ。
電気だって通っているはずなんだ。
だからこれは、魔法……なん、だろう。
まだ疑っているが、教えてもらう価値はある。
「さっきのも4歳になったら、教えてあげるよ。そうだ、リサちゃんに見せてあげなさい。きっと喜んでくれるから」
「いやだよ……」
「ジル、あんまり不愛想だと、遊んでくれなくなるぞ。それに、女性には優しくしないとな」
にやけながら、無造作に俺の頭を撫でた。
父と同じ黒髪が乱れる。
毎日、俺が拒んでいることを知って言っているんだろうか。
「さて、話を戻すよ。次は魔力の話だ。これは――」
人間は誰でも魔力を持っているらしい。
生きている限り、魔力は常に作られている。
個人が持てる量には限りがあって、そこに空きが無くなっても作られ続ける。
その場合、古い魔力は外に自然と排出されると言っていた。
俺が背負っているこの杖を取り込むことによって、体内の魔力を自分の意思で操れるようになるらしい。
1年も持たないといけない理由は、自分の魔力に慣れさせるためだとか。
他人の魔力と、自分のものとでは、何か違いがあるのだろう。
「魔力を作るペースと、持てる量は人によって違う。魔法を使っていると、そのうち増えてくるはずだ」
筋肉みたいなもんか。
そういえばリサは力の割に腕細いよなぁ。
あれも魔法が関係しているのかな?
でも、魔法使えないって言ってたし。
「さて、ここでジルに問題だ。魔力は杖がないと操れない。じゃあなんで、魔力は人間、だれしもが持っていると思う?」
「そういうもの、だから?」
「残念、不正解だ。魔力にも役割がある」
人間の体は、自分以外から作られた魔力を極端に嫌うらしい。
外に漂っている魔力が体の中にはいると、体調が悪くなりそれが理由で死ぬこともある。
それから守っているのが、体内にある魔力。
常に体の中を循環していて、影響が出る前に外に出してくれる。
魔法を使って魔力が減りすぎると、危険になる前に意識が飛ぶとも言っていた。
体の中を巡っている魔力はそれ自体が一つの魔法になっていて、いろんなものから体を守っているらしい。
「これはまだ研究が進んでなくて、分からないことが多いんだ。まぁ、なんとなく覚えてくれたらいいよ」
もしかしたら、これが彼女の力の秘密なのかもしれない。
というかそれ以外考えられないな。
半年前なら、ここまで真剣に話を聞いてなかった。
魔法が何でもできるなら、俺が死ぬ方法も見つかるかもしれない。
めんどうだけど、魔法は調べる価値がありそうだ。
今はまだ、杖を背負うことしかできないんだけどね。
「よし、今日はここまで」
その声を聴きながら、俺は魔法に興味を持った。
俺は死にたいんだ。
そのためなら、少しぐらい努力してもいい気がする。
でも、神が不老不死にしたんだったら、何やっても無理なんじゃないか。
やっぱりめんどうかも。