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2:身の回りのこと

 ビリビリと全身に激しい電流が流れている。

 ここではどれだけ痛かろうが、なんともならないんだ。

 だってもう死んでいるんだから。

 懐かしい快感が体にいきわたっていく。

 あと3秒。


 電流のあとは切断だ。

 血も出ないし実際に切れるわけでもない。

 アナウンスが聞こえて、拷問が始まる。


 もうここから出たくない。


 そんな思いとは裏腹に俺は目を覚ました。

 抱き枕にしては堅い枝を抱きしめて寝ていたらしい。

 床に転がしておいたはずなんだがな。


「ジル、朝よ。起きて」


 落ち着いた色合いのゆるい部屋着で母が入ってきた。

 いつも朝食ができると起こしに来る。

 そうしないと、俺は1階に行かないからだ。

 今までは生きるつもりなんてなかったから、何も考えずにすごしてきた。

 でも、死ねないとわかった今、それではダメなんじゃないかと思うところもある。


「おれは、なんのために、いきればいいのかな」


 言葉が漏れる。

 母は少し困った顔をしてから、そうねと呟いて話し始めた。

 ただの独り言で誰かに聞いた訳ではないんだけど。


「ジルは生きたくて、産まれてきたの?」

「いや」

「ええ、そう。母さんもそうよ。誰だってそんなこと選べないもの」

「で、なに?」


 何が言いたいんだ。

 俺は転生なんかしたくなかった。

 ただ何も考えなくていいように、消えたかっただけだ。


「生きるのに意味なんていらないの。みーんな偶然、産まれてきたんだから、その理由を考えても仕方ないでしょう?」

「でも……」


 意味が無いのに、生きろっていうのか。

 俺にはできないよ。


「さ、下らないこと言ってないでお食事よ。父さんが待ってるわ」


 1メートルほどの枝をどけて、ベットから立ち上がる。

 地獄ではお腹が空かなかった。

 それ以外は耐えられるが、空腹感はまだ慣れていない。


「あっ、待って待って。杖くくってあげるから」


 そういうと、慣れた手際で俺の背中に杖を縛り付け始めた。

 紐は黒色で、これといった特徴はない。

 ここで生きていくなら、このよくわからん宗教も覚えないといけないのか。



 暗い心持ちで1階に降りて食事を始める。


「杖、似合ってるじゃないか。4歳になったら、魔法を教えるからな」

「うん」


 その真面目そうな顔で、魔法とか言わないでほしい。

 やってることはただの手品だ。

 しかも、本人は杖を持っていない。

 昨日はどこかに隠し持っていたんだろうけど、ずっと持っているわけじゃないだろう。


「その頃になれば魔法の才能がわかるんだ。父さんのように杖と一つになれれば魔法が使える。ジルならきっと大丈夫だ」

「ひとつに?」


 一回しか見たことない手品を一年で練習しろってことか?

 せめて種と仕掛けを教えてから言ってくれ。

 今のままだと絶対に無理だ。


「そう。まぁ、正確には杖に宿る精霊と、なんだけどね。1年もすればわかるよ」

「はぁ……」


 この枝に精霊ねぇ。

 宗教教育より、数学とか教えたほうがいいんじゃないか。

 他に子供に教えるべきことは沢山あるだろうに。


「リサちゃんはダメだったみたいだけど、あそこは騎士の家系だからね」


 血が関係しているのか。

 男は魔法使えるとかじゃないのね。

 どうでもいい……とも言ってられないんだよな。


「ジル、そうえいば今日もリサちゃん来るわよ」

「えぇ」

「そう嫌そうにしないの。私と3人でお散歩しましょう」


 この家の外に出るのか。

 寝ていたいけれど、少しだけ興味もある。

 あれが来るんだったら、どうせ抱えてでも連れ出されるだろうから今日はおとなしくついていくか。


 そうして食事が終わり、しばらくすると父が魔法使いのお仕事に行く時間になった。

 薄い青色のローブを着て、家を出ていく。

 いつも暑くないのかと思っていたけれど、これも宗教のためか。

 大層な信仰心だ。


 それから程なくして、彼女が家にやってきた。

 母と共に玄関で迎えると、もう一人、大きな男がそこにいた。


「せわしない子ですけど、娘をお願いします」


 熊だ。

 いや、彼女の父親だろう。

 あまりのガタイの良さに熊かと思った。

 力が強いのはこの人譲りってわけだ。

 母と少し会話してから、リサを置いて帰っていく。

 熊は付いて来ないのか。


「じゃあ行きましょうか」

「はーい! ジル、たのしみだね!」


 ニコニコと何故かこちらに手を差し伸べている。

 その手は何だ。

 何か欲しいのか?

 俺、金とか持ってないぞ。


「ほーら、おててつなぐよー」


 左手をとられる。

 振りほどこうか。

 いや、害はないし。


「仲良しね。母さんもつないじゃおう」


 右手をとられる。

 逃げられなくなった。

 俺の気が変わらないうちに、出発するつもりか。


 あったかいな。

 変な気分だ。

 炎で焼かれるときとは違う。

 全身が燃やされるのではなくて、なんだろう。

 どこか体の奥の方に温度を感じる。


 外に出ると、想像よりも村は開拓されていた。

 見渡す限り、かなりの範囲に家が建っている。

 俺が住んでいる家は大きい方だな。

 もっと少数民族というかそんなイメージをしていたのだが、違うようだ。


 リサは時折すれ違う人に大きな声であいさつをしながら、母にあれこれと質問をしている。


「あれは? あかでみーってかいてある!」

「ここは魔法アカデミーね。ジルが7歳になったら入学するところよ。もう少し先に戦士アカデミーがあるわ。リサちゃんはそこね」

「わたし4さいだから、まだまだだー」


 木製の看板にそう書いてあった。

 ひときわ大きい建物で、運動場のような場所もある。

 遠目なのでよく見えないが、何人かが杖を振り回している。

 あ、火が宙に浮いた。

 これ本当に手品なのかなぁ。

 燃やしてるものをどうにかして吊るしてるとか?

 じゃあ、あの水が浮いてるのは何なんだ。

 わかんねぇなぁ。

 でも、魔法なんてあるはずないし手品だよな。


「どっちも村の人なら入学できる学校よ。だいたい5年間で卒業できるわ」

「そうなんだ! 楽しみだねー」

「……べつに」


 そうして村の中をしばらく歩いて回る。

 電気はどこも使われていないようだ。

 どうやって家を建てているんだろう。

 この3年間、俺は家の中にこもっていた。

 ロクに運動もせず寝てばかりいたらどうなるか。


「はぁ……しんど」

「もう疲れちゃった? これだけ歩いたの初めてだし、そうよね」

「ジル、だいじょーぶ? だっこする?」

「しないよ」


 もしするとしても母さんにしてもらうわ。

 眠くなってきた。

 やっぱり何も考えずに寝ているほうが楽でいい。

 自分から動くもんじゃないな。


「そろそろお昼だし、帰りましょうか。リサちゃんもお昼食べて帰る?」

「うーん、きょうはいいや。おうちでたべる!」


 帰っちゃうのか。


 あれ、なんで俺?

 ゆっくり寝られそうだし、帰ってくれた方がいいじゃないか。


「なら、お家まで送ってお別れね」


 それから、来た道とは違う道でゆっくりと家まで戻る。

 道中も赤髪のおしゃべりは止まらない。

 話によると、ここはラシス村という場所で、アカデミーは母さんが生まれた頃に設立されたらしい。

 母さんも父さんも魔法アカデミー出身とのことだ。

 父さんは最短記録で10歳で卒業したと言っていた。

 普通が12歳のことを考えると2年短縮している。

 申請すればいつでも卒業試験というのを受けられるらしい。

 それに合格するとその時点で卒業ってわけだ。


 家まで帰ってきた。

 リサの手が離れるときに、自分も握り返していたことに気づく。


「いつでも遊びに来ていいから、ジルの相手してあげてね」

「うん! じゃーねー!」


 また来るのか。

 本当にめんどうだ。


 それから彼女は毎日のように遊びに来た。

 お絵かきしようとか、かけっこしようとか。

 何かと理由を付けて俺をベットから引きずり下ろす。

 めんどうだから、やりたくはなかったけれど、力負けしてやらされるのだ。


 そんな日々の中、俺は珍しく夜中に目が覚める。

 寝る時も、背中に括り付けられている枝にすこし慣れてきたのだが、まだ寝返りを打つ時に邪魔で仕方がない。


「リサちゃんのところ、下の子、産まれなかったようだけど、ジルと仲良くしてくれてよかったわ」

「あぁ、ジルの話し相手になってくれて本当に助かる。またお礼を言っておかないとね」



 まだ隣の部屋の両親が起きているようだ。

 下の子?

 リサの弟か妹ってことか。

 そういえば、姉だと思っていいって言ってたっけ。

 だからどうってことはないんだけど。


 もう少し相手をしてやってもいいかな。

 そんなことを思いながら俺は再び意識を落とした。


「今日はちゃんと杖を身に着けてるな」


 そんな父さんの声が聞こえた気がした。

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