1:小さな君のこと
テーブルの上には少しだけ豪華な食事が並んでいる。
豪華とは言ってもどうせ味はしない。
どうやって料理すればそうなるのかはわからないが、いつもすべて無味無臭だ。
お腹は満たされる。
だが、それを美味しいと言って食べる父はどうかしていると思う。
俺が住んでいるこの家では、電気が通っていない。
この家は3人で住むには広めの大きさのため、貧乏で電気代が払えないというわけではないだろう。
ここに電化製品が流通していないのかもしれない。
「ジル、3歳のお誕生日おめでとう! あ、食べるのはちょっと待ってね。今日はあなたにお客さんがいるの」
茶髪の美女が、きれいな声で話す。
日本語とも英語とも違う言語だ。
これも理解するまでに時間がかかった。
それでも赤ん坊の頭っていうのはすごいと思う。
小さなテーブルでともに食卓を囲むのは、この美女のほかにもう一人。
真面目そうな黒髪の男が対面に座っている。
この二人が僕の両親だ。
年はどちらも20代過ぎといったところで、まだまだ若さを感じられる。
「おきゃくさん?」
俺は産まれてから一度も、この家の外に出たことがない。
友人なんていないし知り合いも、もちろんいない。
両親以外に、誕生日を祝う人なんていないはずだ。
そもそも毎年、誕生日を祝う習慣もこの世界にはないらしい。
普通なら7歳と15歳のときだけ祝うというのを父から聞いた。
15歳になったら大人だと言っていたから、それが成人の歳なんだろう。
「そうだ。いつもお昼寝もいいけど、そろそろお友達と遊ばないとなー」
「べつにいいよ」
「まぁ、そういうな。きっと楽しいぞ」
父はいつも落ち着いた声で話しかけてくる。
普段は寝ている時間が多いのだが、父はそれを気にしているようだ。
あそことは違って、ここではすぐに眠れてしまう。
ただ最近は物足りなさを感じている。
なぜか、身体が痛みを欲しがっているのだ。
「リサちゃん! 入ってきてー」
母の声に合わせ、リサと呼ばれた彼女は部屋の扉を開けて姿を現した。
目に優しい程度の赤い髪を揺らしてニコニコしている。
身長は俺より少し高いか。
1、2歳だけ年上だろう。
これの相手をしないといけないのか。
めんどうだな。
「はじめましてっ! おとなりにすんでるリサよ」
「ほら、あなたも挨拶しなさい?」
「……ジルだ」
愛想なくしていれば、そのうちどこかへ行くだろう。
子供は、小さな足で近づいてくる。
そして俺の顔を赤い瞳で覗き込むようにして、無理やり目を合わせてきた。
「おたんじょうび、おめでとー! これから、よろしくね。ジルくん!」
元気がありあまっているなら、外に行けばいいのに。
そっと視界から彼女を追いだして、食事を始める。
ここではお箸ではなく、フォークとスプーンを使うみたいだ。
俺が使うものは子供用だ。普通よりも小さめだが、大きさ以外は大人が使っているものと変わらない。
先が2つにしか分かれていないフォークを右手で手に取る。
非常に使いずらいので、せめてもう少しとがらせてほしい。
「ごめんね、リサちゃん。ちょっと恥ずかしがっているだけなの」
「いーの! ふふ」
赤い髪はそれでも楽しそうに笑顔を振りまいている。
一つ空いている席に座ると、フォークも持たずに、俺に笑いかけてくる。
「こら、ジル。そんな態度だと、プレゼントあげないぞー」
「ならいらないよ」
「それでも嫌われるぞ。初めてのお友達なんだから、仲良くしなさい」
父は毎回、誕生日になると贈り物をくれる。
この小さいフォークとスプーンの食器はそうしてもらったものだ。
どうせまた食器だろう。
俺は何もしたくないんだ。
欲しい物なんてあるはずもなかった。
「わたしはだいじょーぶだよ。だからね、ジルくんに、あげて?」
「ははっ、リサちゃんはしっかり者だなー。この子のこと、頼むよ」
「うん。まかせて!」
年上だから調子に乗っているんだろう。
まぁ、子供だしそんなもんか。
どうだっていいや。
どうせすぐに飽きて、関わらなくなるんだ。
「わたしのことはリサってよんでいいから、ジルくんのことはジルってよんでいい?」
あ、なんでこの3年間もの間、忘れていたんだろう。
そういえば、転生するときに神様らしき人が、言っていたな。
望みを教えろって。
結局あれはどうなったんだろうか。
「んっ」
初めての感覚に驚いて小さく声が出た。
脳裏に情報が浮かび上がってきたのだ。
それははっきりと僕に情報を伝えてきた。
ステータス
ギフト:不老不死
スキル:精神耐性S
物理耐性A
変温耐性A
痛覚無視
嗅覚無視
味覚無視
毒無効
それぞれの意味も、細かくは分からないがニュアンス程度なら伝わってくる。
どうやら、ギフトっていうのが神様から貰った力らしい。
それ以外のスキルは、自分が持っている能力を表している。
「やった! ジルってよんでいいんだ!」
「よかったわね、リサちゃん」
無視ってなんだ。
するなら無効にしてくれ。
というか味覚は無効にしないでくれ。
あ、意識で切り替えられるのか。
スキルについての疑問を思い浮かべると、それの詳細な情報が言語を通さずに直接、伝わってくる。
一通り調べ終わると一つの結論に達した。
まずい。
非常にまずい。
適当に過ごして、生きるのが本当にめんどくさくなったら自殺しようと思っていた。
だがそこで立ちはだかるのが、ギフトだ。
『不老不死』これの効果はシンプルでわかりやすい。
まず不老になる。
もちろん老いないということだが、俺は現に赤ちゃんからこの年まで成長して初めに比べれば体は大きくなっている。
おかしいと思っていたら、その答えをすぐに教えてくれた。
どうやら、15歳の時点で老いなくなるらしい。
それはいいとして、問題は不老の部分だ。
どれだけ痛い思いをしても死なない。
たとえ、血がすべて抜かれようが死なない。
もちろん自殺は不可能になる。
スキルのように切り替えられるのならとも思ったが、ギフトはそれができない。
「あらジル、どうしたの? まだ残っているわよ?」
俺は静かに席を立った。
のそりのそりと、重い足を動かして部屋から出ていく。
「トイレか? 戻ってきたらプレゼント渡すから、早く済ませて来いよー」
廊下から階段を上がり、転びそうになりながら2階にたどり着く。
一番手前の部屋、そのドアを開く。
そこは俺にあてられた部屋だ。
鍵なんてついていないので、プライバシーはゼロ。
まぁ、3歳の子にプライバシーを主張されても困るか。
中は簡素な机とベットが置いてある。
ベットに寝転がって、思考を進める。
どうすればいい?
このギフトが偽物ではないことは直感で理解している。
これならまだ、あの地獄の方がマシだったかもしれない。
何もしたいことが無いのに、何もすることが無いのに、死ねない体に変えられた。
やっぱりこれも拷問じゃないか。
本当にめんどうだ。
それから少し考えても、解決策はない。
やっぱりこうするしかないか。
思考を放棄して、今日も眠りにつこう。
何もしない人形になるんだ。
階段を勢いよく上ってくる足音がそれを妨げた。
この部屋の前で止まり、ドアを勢いで開け放つ。
「ジル! プレゼント、もらいにいこう!」
俺の前で止まって、小さな手を差し伸べてくる。
閉じかけた目で、ちらりと視線をやると何が楽しいのか彼女はにこりと顔を緩ませた。
呼び捨てを許可した覚えはないんだけど、まーいいか。
寝よう。
「ほーら、いくよ。おきて!」
目を閉じて意識を落としていく。
寝ている時は何も考えなくていいし、時間をつぶすには一番だ。
「うごかないんだったら、ひっぱるよー」
リサは俺の手を両手で持って引きずり始めた。
彼女より俺の体は確かに小さいが、さして変わらない。
細い腕のどこにそんな力があるのか。
このままだと、ベットから降ろされるのもすぐだ。
あぁ、うっとうしい。
「やめろ……」
「いやなら、じぶんであるく! ほらたって!」
俺は不老不死と言えど、一生子供は作らないだろう。
それを実感した。
迷惑だ。
子供だから、仕方ないのかもしれないがほっといてほしい。
「たたないの? じゃあ、わたしがつれてってあげるねー」
そう言うなり、ひょいと軽々しく俺を抱き上げた。
こいつどんだけ力、持ってるんだ。
驚いて少し目を開けると、赤い瞳がこちらを覗いていた。
「わたしのことはね、おねーちゃんだとおもっていいよ」
なぜか何も言えなかった。
文句の一つでも言ってやろうとしたのだが、口から言葉が出なかった。
まぁ、いいか。
抵抗するのもめんどうだ。
勝手にしてくれ。
下のへやに戻ると、二人がほほえましそうに見ていた。
強制的に椅子に降ろされる。
このフォークを首に突き刺したら、どうなるんだろう。
案外、簡単に死んだりして。
そんなわけないか。
「ジル、今年のプレゼントはこれだ」
そう言って、父が取り出したのは木の枝だ。
俺の身長よりも長いそれは、どこをどうみてもただの枝である。
ゴミか。
いやさすがにただのゴミではないだろう。
きっとここの民族は、3歳になれば木の枝を渡す習慣があるんだな。
「今、いらないっていう顔したな。魔法のためにこれから最低でも1年は肌身離さず持っておいてもらうから大事にするんだぞ」
「は?」
頭大丈夫か。
やっぱりこの家は貧乏なのかもしれない。
食器を買えなくなったから、適当な理由を付けて枝を渡したんだろう。
魔法って言っとけば文句言わないと考えて。
別にプレゼントなんかいいって言っているのに、無理するからそうなるんだ。
「魔法を使うにはな、杖に自分の魔力を馴染ませないといけないんだ。まーまだわからないだろうから、もう少ししたらしっかり教えてやる」
「父さんはね、この村を守る魔法使いなのよ。だからジルにもきっと使えるようになるわ」
はぁ?
あ、宗教か。
そう考えれば、納得がいく。
呪術を信じているってことだろう。
電気が通っていないのも、宗教が理由かもしれない。
今日のような例外を除いて、基本的に日中は父は家を出る。
仕事に行っているんだと思っていたが、魔法使いをやっていたのか。
いい年して。
押し付けられるように受け取ると、先のほうに俺の名前が彫ってあった。
長すぎて取り扱いに困る。
さすがに今、床に落として捨てるといろいろ言ってくるだろうから、ここは素直に持っておこう。
「わたしは、まほーつかえないから、うらやましーなー」
まぁ、その力で魔法使えたらただの化け物だよ。
つかえなくてもかなり化け物だ。
女性は使えないってことか?
ここでも男尊女卑の文化。
「じゃあ、すこし見せてあげよう。ジルもよく見ておくんだよ」
「やったね、ジル! みせてくれるって!」
あーあ、見栄はった。
さすがにそれは言わなかったほうがよかったんじゃないか。
かなりしょぼいことをするんだろう。
えー、それだけーって言われるやつだ。
変な空気になるやつだ。
父はどこからともなく杖を右手で取り出すと、そこの深いお皿をもう一方の手で持った。
皿には何も入っていない。
あぁ、分かった。
手品だ。
確かに魔法に見えるよ。
種も仕掛けもあるんだろう。
「水よ」
その言葉と同時に、杖から水が流れてくる。
やっぱり手品じゃないか。
馬鹿力を持つ子はまんまと騙されて目をキラキラさせている。
そうやって宗教を刷り込んでいくのか。
火を出したり風を起こしたり、いつくかの手品を見せられる。
こんな枝を持たせるより手先を鍛えさせた方がいい。
まぁ、そういう宗教なのだから、そうもいかないのだろう。
「ジルならこれぐらい、すぐにできるようになる」
「そうなんだー。ジルもすごいねー!」
俺はそんなのやる気ないって。