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フィールドワーク2

 日が傾き、辺りが闇に包まれ始める。今だに太陽は空にあるが、木々の枝葉が光を遮り、森の中では一足早く夜が訪れる。三人と一匹は手頃な場所に陣取り、テントの設営をし始めた。

 才華と信玄は手慣れたもので、ものの数分で設営し終えた。出来栄えも見事なもので、歪んだところもなく、お手本として使えそうな出来栄えだった。

 一方、弘とクロは少し時間がかかっていた。

 手間取るほどではないが、なれない作業のため相応の時間がかかった。

 信玄は声をかけようとしたが踏み止まった。弘の手つきにぎごちなさはあるが、迷いは無かった。クロも器用に前足で押さえたり、口で固定するなどをして手伝っていた。

 信玄は手伝う必要がないことを理解すると、焚き火にくべる枯れ木を集め始めた。

「やっとできた」

 弘は最後にテント全体を整え終えると、ふうっ、と息を吐いた。自画自賛かもしれないが、なかなかの出来だった。

 冬の雪山と言う厳しい自然環境の中だが、これなら快適に夜を明かすこともできるだろう。

「完璧や」

 テントを見上げ、クロは言った。

「予習は完璧ってことか」

「まあな、昨日寝る前に一回組み立てたからな」

 弘は振り向きながら言った。装備品に不良個所があっては目も当てられない、テントを含め装備品の確認はすべて行っていた。

 弘は自分の身体が人一倍丈夫だと理解していた。だが、流石に不具合のある装備で、冬の雪山にチャレンジするほど無謀ではなかった。

「こいつずっと倉庫番やったし」

 クロは前足でテントをつついた。

「定期的に手入れはしていたけどな」

「かなりしっかりとした造りね。おじいさんが使っていたの?」

 テントを見て、才華は言った。

「いや、ちがう。昔、村にいたなじみの適応者からもらった。小さい頃はさ、適応者の持ち物が何でもかっこよく見えて引退する人にせがんだんだ」

「刀とかかっこいいからな」

 枯れ木を集め終えた信玄が出てきた。両脇には辺りからかき集めてきた枯れ木を抱えている。しゃがみ込み、地面に枯れ木を置くと焚き火の準備を始めた。

「ああ。でも小さかったから、一番欲しかった武器は危ないって理由でもらえなかった。防具はサイズが合わないし」

「それでテントってわけ?」

 才華は弘の全体を見た。今でこそ平均身長を軽く上回り屈強な体格をしているが、さすがに子供の時はそれ相応だったのかと納得した。

「そうそう、いかにもそれっぽいだろ。それに秘密基地みたいでわくわくしたよ」

「確かに男子が好きそうね」

「秘密基地っていいよな。俺も雑木林とかで友達と作って遊んだわ」

 枯れ木を器用に組みながら、信玄が言った。話しながらも淀みなく組み上げていく。ここでちゃんと組んでおかないとしっかりと燃えてくれないのだ。

 弘はじっと信玄の手元を見つめていた。

「上手いな」

 弘がぽつりと呟いた。

「まあ、慣れだな」

「前は適当に積んで、煙ばっかりで不完全燃焼起こしたものね」

 才華が唇を歪め意地の悪い笑みを浮かべた。

「みんな最初から上手くできるってわけじゃないからな」

「あんたが説明聞き流していたからでしょ」

「そうだったか?」

 痛いところを突かれても、信玄は素知らぬ顔で聞き流した。

「それなに?」

 クロは信玄の手元を見つめ、言った。スティックのりのような物を枯れ木に擦りつけようとしていた。

「なんだと思う?」

 信玄はクロの目の前に突き出す。

 クロは鼻を近づけると、鼻の穴が、ひくひく、と動いた。

「うーん……、まずそう」

 クロは顔をしかめた。興味がなくなったのか、顔を離す。

「着火剤だよ。これが塗ってあると簡単に火がつく。ちなみに食べられないからな」

 信玄は枯れ木の塗ってあるところを指差した。枯れ木の表面がワックスでも掛けたようにてかっていた。複数の枯れ木に手際よく塗り終えると代わりに金属の棒を取り出した。鉛筆程度の太さで、十センチ弱程度の長さだ。勢いよくナイフのバックに擦りつけると、火花が飛び、枯れ木が燃え上がった。すぐに火の勢いは収まりじわじわ燃え続けた。


 三人と一匹が焚き火を取り囲み、腰を下ろしていた。氷点下を下回る雪山の中で、そこだけは別世界のように暖かかった。

 金属製の串に刺されたパンや干し肉が火に炙られ、なんとも言えない匂いをあたりにまき散らしていた。

「いただきます」

 三人と一匹の挨拶が見事に一致した。

「よかったらどうぞ」

 弘は良いかんじに炙られた干し肉を二人に差し出すと二人はうれしそうに受け取った。

「ありがとう」

 才華は干し肉にかぶりつくと、顔をほころばせた。

「マジでありがたい。晩飯もこれだからさ、中身は違うけど」

 信玄は昼間と同じような銀色の包みを手の中で揺らした。

「俺やったら耐えられんわ」

 クロは干し肉を噛みながら言った。食べることが大好きなクロにとって、あの保存食は食事に値しなかった。

「本番を想定しているからな。俺も好き好んで食べたくはないな」

「高カロリーで嵩張らないし、調理の手間もかからず素早く摂取できるからね。私たちみたいな職業には必需品よ」

「現地調達できればするよ。でも冬の雪山じゃなあ」

「目ぼしい物は無いな。山菜とかはあく抜きしないと食えたものじゃないし。猪やクマとかいたら狩ったんだけどな」

 弘は残念そうに顔をしかめた。今日一日でかなりの広範囲を歩いたが野生の動物に一度も遭遇しなかった。普段なら足跡や糞などの痕跡ぐらいは見つけだすこともできるのだが、今回はそれすらなかった。いつもなら嬉しそうに獲物を知らせてくるクロが、何も言わないとこをみると、見落とした可能性はほとんどなかった。

 ちらり、とクロのほうを見ると、

「今日は発見できなかった。猪肉ぅ」

 無念そうに耳がたれていた。

「今食っているだろ」

「これはこれで旨いけど、狩りたての猪肉は最高!」

「えっ、これ猪肉だったの?」

 咀嚼し飲み込むと、才華は弘に尋ねた。

「そうだけど、もしかしてだめだった?」

「いえ、大丈夫よ。ただ今まで食べたことない味だったから疑問に思っただけ。ちょっと癖はあるけど美味しいわよ」

 才華は再び残った猪肉にかぶりついた。

「正直旨かったらなんでもいいしな。でも虫とかは簡便な」

「そう?結構いけるわよ」

「旨いのは認めるよ。でも生理的にきついんだよ。あの複数本ある足とか、筋張っているとことかが」

 食べた時を思い出したのか、信玄は身体を震わせた。

「それ言ったら、蟹とか海老も結構なものよ」

「シャコとかも見た目は微妙だな」

 弘は甲殻類の見た目など全く気にせず食べるが、苦手だという人も確かにいた。

「そいつらは不思議といけるんだよ。でも、よく見るとグロいよな」

 信玄は不思議そうに首をひねった。

「俺も蟹はちょっと苦手。特に鋏の辺りが」

 クロは前足をさすりながら顔をしかめた。

「そうなの?」

「こいつ、昔蟹に前足挟まれたんだよ。生きたままの蟹をもらって、発砲スチロールの中に入れていたんだけど、ちょっかいを出したらしくてな」

弘は、くっくっ、と笑いを噛み殺し言った。

「笑いごとちゃうぞ!マジで痛かったんやから」

「すまん、すまん」

 弘は荒ぶるクロの頭をなでる。しかしまったく悪びれる様子もなかった。

「よく無事だったな」

「蟹ってかなり力強いのにね」

 二人揃ってクロの前足を見た。きれいに毛並みも整っており、見た感じ傷跡などはなかった。ひどい傷だとその部分が禿げてしまい、痛々しい痕になってのこる。

「爺さんがすぐ近くにいて助けたからな」

「爺さんほんとにありがとう」

 クロは右前足をさすりしみじみと言った。


 食事も終わり、会話にひと段落つくと、

「先に休んどいていいわよ」

 才華は弘とクロに向かって言った。

「何かあるのか?」

「火の番。交代で見張っとくから気にしなくてもいいわよ」

「そういうこと、これも課題のうちだから」

「交代ってことは一人で火の番?」

「そうよ」

「俺も手伝うは見張り役。一人だとつまらんだろ」

 弘は才華たちに言った。弘は二人の手助けをしたい気持ちももちろんあった。しかし、それ以上に弘は思うことがあった。こんなそれらしいイベントに参加せずに眠るだけなのはもったいないと。

「マジで?たすかる」

「ありがとう。寝るのは先と後どっちがいい?」

「まだ、眠くないから後から寝る」

 弘は数瞬考えると才華に言った。

「じゃあ、お先に失礼するわ。もし何かあったらすぐに知らせてね」

「すぐ起きると思うが、万が一起きなかったら蹴飛ばしてくれてもいいから。必要ならこれ使ってくれ」

 信玄は着火剤などを弘に手渡した。

「ああ」 

「おう、任せとけ」

 クロは自信満々に返事をした。

 二人は一度会釈するとテントの中に入って行った。

 弘は二人を見送ると焚き火の前に腰を下ろす。駆け寄ってきたクロを持ち上げ、足の上に招き入れた。


 腕時計を確認すると交代の時間まであと五分程度にまで迫っていた。クロととりとめもない会話でだべっているだけで、時間があっという間に過ぎて言った。周りの雰囲気もあるのだろう、何時もより楽しく感じた。

特に問題も起こらず、火が消えないように、定期的に枯れ木をくべるだけだった。

「おはよう」

 二人がテントから姿を現す。背中をそらして伸びをしていた。

「おはよう。時間ぴったりだな」

「俺だと無理や。目覚まし無いと起きれんわ」

 クロは自慢にならないことを自信満々に言った。 

「慣れかな」

「慣れね」

 二人はこともなげに言った。最初は無理だったが、慣れてしまえば当たり前のようにできるようになった。

「後は任せた。これありがとう」

 弘は預かっていた着火剤などを信玄に返却した。

「ああ、お休み」

 信玄は受け取ると焚き火の前に陣取った。

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