フィールドワーク1
才華は携帯のアラームが鳴る丁度三十秒前に目を覚ました。手を伸ばし、目覚ましを解除していると七時になる。起き上がり周囲を見ると部屋の隅で丸まって寝ている信玄が目に入った。昨日、公民館で爆睡していた信玄を引き取って、持ち帰った。わざわざ布団を引くのも手間だったので、毛布に包み部屋の隅に転がし放置しておいた。
起きる気配もない信玄を置いたまま、才華は部屋を出た。
洗面所に向かうと、夏奈がいた。
「おはようございます」
ドライヤーを置くと、夏奈は言った。
「おはよう」
「早いですね、よく眠れましたか?」
「ええ、十分眠れたわ。それに夏奈ちゃんの方が早いじゃない」
「最後までいませんでしたから」
はにかみながら少し気まずそうに、夏奈は言った。歓迎会は日付が変わるまで行われた。しかし、途中で帰った者もいる。最後まで公民館にいた人の方が少なかった。才華と信玄は後者で、夏奈は前者だった。
「気にしないでいいわよ、最後までいたのは酒のみと私たちぐらいだから。まあ、信玄は最後の方寝ていたけどね」
名目上は自分たちの歓迎会なので、流石に途中で帰ることは憚られた。たとえ途中から、ほとんどただの飲み会になっていたとしても。
「おじいちゃんたち凄く元気ですから」
苦笑し、夏奈は言った。最後まで残っていたのはすべて還暦を超える者たちばかりだった。
「昨日身をもって知ったわ」
才華も苦笑した。
「話は変わるけど、弘の家ってどこか知っている?できれば案内してほしいのだけど」
「いいですよ。でもどうしたのですか?」
「フィールドワークに付き合ってもらう約束したの、集合場所言い忘れて」
才華は困ったような表情で言った。歓迎会の帰りに弘を誘うといい返事がすぐに帰ってきた。しかし肝心の集合場所を決め忘れたのだった。弘ならば村長の家に来てくれるだろうが、誘った手前できればこちらから伺いたかった。
「わかりました、何時頃にします」
「九時に出発だから、八時半ごろにはつきたいわ」
「じゃあ、八時過ぎに出ましょう」
「まかせたわ」
「はい。それと後で朝食持って行きますね」
「ありがとう」
加奈を見送ると才華は洗面台に向かい合う。おしゃれに気遣う女子ならば一時間は固い。しかし、才華は化粧などはしないので、身だしなみを整えるのに十分程度しかかからなかった。
部屋に戻ると信玄は案の定起きていなかった。多少手荒だが才華は毛布ごと弘を蹴り飛ばした。
「おうぇ」
蹴り飛ばされた信玄は何が起こったのか理解できないまま飛び起きた。辺りを小動物のようにせわしなく見まわしていた。
「おはよう」
満面の笑顔で才華は言った。
「おはよう。…………じゃなくて、もう少し起こし方を選んでほしい」
しかめっ面で信玄は不満そうだった。
「今日のフィールドワークだけど弘に案内頼んだから。八時過ぎに出るから遅れないでよ」
才華は不満を聞き流し連絡事項を伝えた。
「初めて聞いたのだけど?」
「でしょうね、初めて言ったもの。それと、朝食持ってきてくれるからそれまでに毛布とか畳んでおくのよ」
「わかってるよ」
信玄は手早く毛布を畳むと、押し入れに突っ込んだ。時計を見るとすでに出発までに、一時間を切っていた。
「完璧だな」
バックパックの蓋を閉めると、弘は満足そうに肯いた。昨日寝る前に詰めた物を再度点検していたのだが不備は一切見当たらなかった。
バックパックやテントは村を去る適応者がくれたものだった。かなり昔のものだが、造りがよく今でも十分に使えた。
「なにが?」
部屋の隅を見ると熟睡していたはずのクロが目を覚ましていた。
「登山の準備。フィールドワークとか言うのに誘われた」
「えっ?何それ、初めて聞いた」
クロは目を見開き大げさに驚いた。
「そりゃ、初めて言ったからな。一緒に来るだろ?」
「おう!直ぐに準備せ…………んでもいいか。荷物とかもたんし」
「そうだな。でも一要犬用のリュックもあるけど背負う?」
弘がクロに言った。クロの体格に合わせた小型犬用のリュックなので小さく、あまり物を詰め込むことはできないがお菓子ぐらいは十分はいる。
「いらん」
首を振ってクロは拒否した。元より身体に何か身につけるのが嫌いな犬だった。首輪ですらつけるのに難色を示す。
「だろうな、そう言うと思っていたよ。泊りがけだから何か持って行きたいものがあったら言ってくれ。かさばる物はだめだからな」
「羊羹」
「昨日もらったやつなら入れといたぞ」
「一個しか残っていないから家のやつも追加で頼む」
「分かった。じゃあ、飯食って村長の家に行くか」
弘は素早く立ち上がる。
「おう、ちなみにメニューは?」
「おにぎりとゆで卵、それに……唐揚げだ」
勿体ぶりながら弘は言った。実際は作り置きの茹で卵と、冷凍食品の唐揚げなのでおにぎりしか作っていなかった。それも握って海苔を巻いただけだが。
「よっっしゃぁ」
クロは叫ぶと尻尾を振りながら一目散に走っていた。爪が床の木材とぶつかり、カチカチ、と音をたてた。
一目見てわかるほどのテンションの上がりようだった。クロにとって好物の唐揚げが二日連続で出てくるのは嬉しい出来事だったからだ。
慌ただしく居間に駆けていくクロの後ろ姿を見ながら、弘も部屋を後にした。その足取りはいつもより数段軽かった。
朝食を終えた二人は村長の家の前まで来て立ち止まっていた。
辺りで一番大きい純和風の建築物だった。少々古びた所はあるが、漆喰の塀が相応の威圧感を放っていた。
「ちょっと早く来すぎたかな」
弘は腕時計を確認する。時計の針は午前八時を過ぎたところだった。かなり速く着いてしまったが、遅れるよりはましだと自分に言い聞かせた。
呼び鈴に手を伸ばすと、押す直前に内側から扉が開いた。
弘と才華の目と目があった。
「おはよう、早いわね」
先に口を開いたのは才華だった。
「そっちこそ」
お互い顔を見合せて笑った。
「ごめんね。昨日集合場所伝え忘れて」
才華が門から出て来ると後ろから信玄、夏奈と続いて出てきた。それぞれが挨拶を交わしす。
「夏奈ちゃんごめんね、わざわざ出てきてもらったのに」
才華は申し訳なさそうに言った。
「いえ、別にいいですよ。みんな気をつけて行ってくださいね」
夏奈は全員を笑顔で見送った。
三人と一匹は山の麓までやってきていた。裾がかなり広く、森とも隣接して互いの境界線があいまいになっていた。見晴らしは悪くなく、天候が崩れたり、濃霧さえ発生しなければはぐれたり迷う危険性は少ないだろう。
「なあ、具体的に何を手伝えばいいのだ?」
弘は才華に尋ねた。昨日は夜遅くだったため、フィールドワークの手伝いとしか聞いていなかった。予定もなく、どんなことをするか興味があったのですぐに参加を決めた。
「ここを案内してほしいの」
山と森を指差し、才華はいった。才華たちは案内人を探していた。野生動物や魔物のいる山や森で活動するのはかなりの労力を伴う。もちろん、二人だけでも出来ないこともないのだが、案内人の有無で難易度は変化する。
このあたり一帯を知り尽くした弘がいれば、イージーモード確定だった。
「そんなのでいいの?」
「ええ」
「なら任しとけ、俺は村で一番詳しいからな」
腕を組み自信満々に弘は言った。
「頼りにしているわ」
「おう」
クロは鷹揚に頷いた。
「…………」
信玄はじっとクロを見ていたが無言だった。
「どしたん?」
「足冷たくないのかなって」
信玄の視線はクロの足元に向いていた。四本の足が雪に埋まって、見るからに冷たそうだった。
犬に衣服を着せるのはあまりよく思っていない人でも靴は有りだという人は一定数いた。なぜなら、真夏の熱したコンクリートや冬場の氷ついた路面から足を保護できるからだ。
「これ?」
クロは前足の片方を持ち上げる。足に裏に見事な肉球があるのが見て取れた。
「そうそう」
「俺の肉球はスペシャルやからな」
「さわってもいいかしら?」
才華はクロの足の裏を興味心身に見ていた。
「いいよ」
クロが返事をすると、才華は目の前にしゃがみ込んだ。クロの前足を手のひらで包むと、肉球を親指で押さえた。
「俺も」
信玄も残った方の前足に手を伸ばした。クロが足を上げるとがっちりと包み込み、もむようにして触った。
二人の手には硬い皮膚のようではあるがしっかりとした弾力を持つ肉球の感触がダイレクトに伝わった。
「捕まった」
クロは器用に首を回し、弘の方を見て言った。
「捕獲された宇宙人見たいだな」
弘はクロのポーズに見覚えがあった。テレビで見た人間に捕まった宇宙人の姿だ。人間に捕まった宇宙人の写真が紹介されたのだが、かなり眉唾物の写真だったので逆に記憶に残っていた。
「ひー!実験台にされる!」
クロはわざとらしく悲鳴を上げた。
「とりあえず血を抜くか」
「内臓も切り取りましょう」
「おい!左右で怖いこと言うなよ!」
クロは、ぶるっ、と震えると尻尾が丸まり後ろ足の間に収まった。
「ごめんね」
才華は謝ると、肉球から手を放し立ち上がった。
「案外怖がりなのだな」
信玄はほほえましい目でクロを見つめた。
「こ、怖がってないし!」
クロは強気で言った。しかし尻尾は丸まったままだった。
「そうだな、そろそろ行くか」
弘はクロの頭を、ぽんぽんっ、と叩くと立ち上がり言った。
クロは何か言いたそうな顔だったが、何も言わないまま歩き始めた。
才華と信玄にとって、雪が積る中でのフィールドワークは初めてだった。しかし、驚くほどスムーズに作業は進んで言った。植物の大まかな分布の確認に採取、どれも問題なくこなしていった。普通なら慣れない環境下で作業は遅れるのだが、恐るべき適応力で二人は環境に馴染んで言った。
そして、クロの嗅覚、これが恐ろしく役に立っていた。
「ここ」
クロが雪の一部を鼻で突っついた。パッと見何も無い場所だった。しかし、信玄がその場の雪をかきわけると、雪の下からは目的の植物が出てきた。
「あった!マジですごいなお前の嗅覚」
植物を採取し、信玄は言った。
雪に埋もれている植物を探すのはかなりの労力を伴う。しかし、クロの嗅覚はその労力の大半を無かったことにした。雪に埋もれてようが問答無用で嗅ぎ分けるのだ。しかも、すぐそばにある物だけでなく、ある程度距離が開いていても問題無かった。
「次はこれをお願い」
才華は手持ちの資料を弘に見せた。
「……どこだったっけな、見かけたことはあるのだが。クロ覚えているか?」
「うーん…………、あっ!これ、あのくっそ不味いやつや」
植物の見本を睨みつけるように見て、クロが言った。
普通の犬でも訓練すれば雪に埋もれた物を探し出すことはできる。だが、この様な場において確実にクロの方が一枚上手だった。
クロの長所は意思疎通が容易なとこにあった。普通の犬なら資料を見せただけで発見するのはまず不可能だった。同じ匂いのサンプルがあって初めてできる芸当である。しかし、クロは人間と変わらぬ知性を持ち、完璧にコミュニケーションがとれた。これがどれほど探索でアドバンテージになるかは言うまでもなかった。
「あの悶えてたやつか?」
当時のクロが余りにも大げさな反応をするので、弘の記憶にも刻み込まれていた。
「うん」
クロは記憶の底から蘇った味覚に顔をしかめた。苦みにえぐみ、とてもじゃないが食用には適さない強烈な味だった。
「こうやって意思疎通できるっていいわね」
才華は資料を閉じて持ち直した。
「ほめていいのやで」
クロは尻尾を左右に振った。
「すごい、すごい」
才華はクロの顔を、わしわし、と撫でた。
クロもまんざらでもない様子で、かわいく鳴き声を上げていた。
「昼飯どうする?そろそろ休息がほしい」
少し疲れたような表情で、信玄が言った。出発してからいままで三時間以上休息なしだった。出発時はまだ浅いとこにいた太陽も真上に近いところまで登っていた。
信玄も体力にはまだ余裕はあった。しかし、人間を半分やめているような二人と、適応個体の犬についていくにはいささか心もたなかった。
「そうね、じゃあ一旦休みましょうか」
才華はクロから手を放し言った。思う存分クロを撫でまわしてご満悦と言った表情だった。
各自が昼飯を取り出すと、バックパックに腰掛けた。
弘とクロの昼食はラップに包まれた巨大なおにぎりだった。特に弘専用のおにぎりはハンドボールぐらいの大きさがあった。表面はとろろ昆布で被われていて、中の具は全く予想できなかった。
「でかい……なあ」
今まで見たこともない大きさのおにぎりに信玄は目を見開いた。
「そうね、店ではまず見かけない大きさね」
才華も目を見開き言った。才華なら完食することは可能だが、普通の女性は――いや、男性であっても少しためらう大きさだった。
「量食うからな。小さいのをいっぱい握るより大きいのを一個作る方が楽だ」
「普通のサイズで握っていたら面倒くさくもなるか」
巨大おにぎりを見つめ、信玄は言った。確かに使用されている米の量を考えると、小分けにするよりは一回で握る方が随分と楽そうだった。
「まあな。そっちはそんなので足りるのか?」
二人の手元には銀色のパックに包まれた携帯食料があった。
「満腹にはならんな。でも、まあまあ腹にたまるから」
パックを開封しながら信玄は言った。中からはヌガー状の半固形物が出てきた。甘ったるい香りが弘の鼻まで届いた。
「完全栄養食と言っていいほど栄養価はばつぐんよ。味は……微妙だけど」
才華は携帯食料を噛みちぎり、飲みこむ。食べにくい形状の携帯食料を器用に食べる姿は様になっていた。
「ほんとそれな」
「予備あるから食べてみる?」
才華はバックパックの隙間に手を突っ込むと、携帯食料を取り出し弘に差し出した。
今までに味わったことのない食べ物が弘の興味をかきたたせた。
「ありがとう」
弘は受け取り礼を言った。
「私が言うのもあれだけど、あんまり期待しない方がいいかも」
「凄く良い匂いだったけどな」
洋菓子系統の甘い香りを弘は感じ取っていた。
「食べたら分かるわ」
「そうする。これ、良かったら食べてくれ」
弘はリンゴを取り出し、才華に差し出した。
ちょうど旬の時期のためか、大ぶりで瑞瑞しい美味しそうなリンゴだった。
「ありがとう」
才華は笑顔で受け取った。リンゴの上部にあるくぼみに指をかけると、器用に二つに割ると片割れを信玄に差し出す。
「ありがとう」
信玄は礼を言うとすぐさまリンゴに齧りついた。程よい酸味のある果汁が口いっぱいに広がった。
「このリンゴ美味いな」
信玄が林檎の美味さに舌鼓をうつ。このリンゴは村の特産品だった。普段あまり果物を食べない人でさえ、毎日食べたいと思うほど評判が良かった。残念ながら今は村で消費される分程度しか生産されていなかった。
「ええ。すごく美味しいわ」
才華も自然と笑みがこぼれた。
「弘俺もリンゴ」
クロはおにぎりをきれいに食べ終えていた。ラップに米粒一つ残ってない徹底ぶりだった。
「ほらよ」
弘がクロの前にリンゴを置いた。
「半分にして」
「俺は別にいいから丸ごと食えよ」
「違う。パカッとしてほしい。そんで分け合う」
「わかった」
弘は頷き、リンゴを二つに割ると片方をクロに差し出した。
クロは嬉しそうに齧りつくと芯までペロリと食べきった。
弘もリンゴを頬張った。さすがにクロとは違い芯は食べ無かったが、それ以外は美味しく頂いた。
食事の締めに弘は先ほど貰った携帯食料に手をかける。銀色のパックを開けると、何とも言えない甘い香りが広がった。厚みや大きさはスマートフォン同程度で、キャラメルに似た色合いだった。
弘は半分ほど食いちぎると残りをクロに前に置く。クロは鼻先で匂いを、クンクン、と嗅いでいた。嗅ぎ終えるとクロは、器用に舌でパックから剥がし一口で食べた。
「どう?」
才華は微妙な顔で咀嚼している弘をじっと見ていた。
「どっちかと言うと美味い。でもひたすら甘い」
口内から甘味を感じる部分以外抜け落ちたのではないか、そう錯覚するほどの強烈な甘みだった。
弘は水筒の蓋を開け、水を口に含むとゆっくりと飲みこんだ。口の中の暴力的な甘さが和らいだ。
クロは横でまだ口を動かしていた。飲みこむのに苦戦しているようだった。しばらくの間必死の形相で格闘を続けていると、やおら喉が上下に動いた。
「うん、うまい。でも口の中にひっついて大変だった」
クロは甘ったるい息を吐き出し、満足そうな表情を浮かべた。
「期待しない方がいいって言った意味が分かったでしょ」
二人が食べ終わるのを見計らい、才華は言った。
「おう、不味くはないけど好んで食べたいかと言うとそうでもない」
「うん」
クロは水を飲み終わると、一言つぶやいた。
「変わった形のコップだな」
信玄はクロが使用している水筒のコップを見て言った。人間用のとは違い、縁が分厚く丸みを帯びていて口径が大きかった。
「犬用の水筒。ペットショップに行ったときつい買ってしまった」
「そんなのあるんだ。初めて知った」
「私も始めて見たわ」
二人とも物珍しそうに見ていた。犬を飼ったことのない二人には馴染みの無い物だった。犬を飼っている人でさえ専用の水筒を買わない人も結構いた。そのため、そこそこマイナーな物だった。
「そうなのか。二人ともペットは?」
「いないわ。今まで飼ったこともない。ペットを飼う暇があったら、その時間を鍛錬に費やすわ」
すがすがしいほどまでに、才華は言い切った。
「俺も今までに飼ったこと無いな」
「飼っても途中で飽きそうだけどね」
冗談半分に才華は言った。
「そうだな。それが怖い。だって動物を飼うって、そいつの一生を決定づけるんだ。散歩や餌、その他の世話を一身に引き受けて、完璧にこなせる自分が思い浮かばない。だから飼うのはためらうよ」
視線を落とし、信玄はいつになく真面目な顔で言った。
「真面目に考えていたのね。ごめんねちゃかして」
「いや、面倒くさいって気持ちもある。なんていうか零か一じゃなくて、いろんな感情があって最終的に飼わないことを選択したみたいな感じだ」
「したいからする。したくないからせん。それでええやん」
クロは不思議そうに首をかしげた。人間並の知性を持っている動物は今の時代それなりにいる。しかし、基本的に本能に忠実なので、あまり難しく物事を考える個体は少なかった。もちろんクロは本能に忠実な方だった。
「クロって単純でうらやましいよ」
「なんか馬鹿にされた気がする」
「してないよ」
「そうか」
「そう言えばクロって餌とかやっぱ用意してもらってる?」
ふと気になり、信玄がクロに尋ねた。
「うん、だいたいは。でも、たまには自分で用意するよ」
胸を張り、クロは言った
「ドッグフードの袋を開けるだけだけどな」
弘は苦笑しながら言った。
「違うよ、缶詰も開けられるよ」
弘の言葉を否定して、クロは自慢げに言った。
確かに普通の犬と比べればすごいことだった。しかもクロは最後に缶の分別までこなした。
頃合いを見計らい才華は立ち上がった。
「休息終了。そろそろ行くわよ」
「良いペースだよな。今日中に終わるかも」
コップの中身を一気に煽ると信玄も立ち上がった。
「だといいけどね」
「いけるぞ」
バックパックを担ぐと弘は言った。同じ山でも何時もの猟とは勝手が違う。しかし、これはこれでありだなと弘は思った。