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模擬戦1

 広場は冬だというのに異様な熱気に包まれていた。村人が全員この場にいるといわれても信じることができた。実際、九割をこえる人数がこの場にいた。残りの村人も始まるまでにはそろうことだろう。

 弘と才華、二人の模擬戦は、それほどまでに村人の興味を駆り立てた。

「早いわね」

 才華は弘をすぐに発見し、言った。二メートル近い巨体のため人が集まった広場でもひときわ目立っていた。

「居ても立ってもいられなくてな。同年代と殴り合うなんて、今までなかったからな」

 弘は心底嬉しそうな表情で言った。その風貌もあいまって、どこか肉食獣が笑うのを連想させた。

「殴り合いとか、野蛮ね。でもそういう言い方私も好きよ」

 才華は弘の目をまっすぐ見つめ、言った。

「殴り合いと言ったが、もちろんそいつを使ってくれても大丈夫だ」

 弘は才華が携えている触媒の棒を見て言った。武器を使われても勝つ自信があるのだと挑発した。

「あら、素手でも貴方を圧倒する自信はあるわよ」

 才華は口の端を歪めて笑った。明らかに弘のことを挑発していた。

「ほう」

 弘は、低く唸った。

「最初はお互い素手で、二回目は武器有りでどう?後、急所への攻撃はなしね」

 才華は弘の威圧を何事もないかのように受け流す。

「いいだろう」

 弘はゆっくりと頷いた。

「羊羹、羊羹」 

 弘と才華が言い合っているさなか、クロは信玄に纏わりついていた。二人の話には全く興味がない様子だった。はた目にも羊羹のことしか頭にないのが丸分かりだった。

「おまえ、マジですごいよ。この空気の中食い物のことしか頭にないって」

「それほどでも」

「ほめてねーよ。ほれ、約束通り三つだ」

 信玄はしゃがみ込みクロの前に羊羹を差し出した。一つ一つが手のひらにずっしりと納まる大きさで、ぴったりとパックに入っていた。

「開けて、開けて」

 クロの視線は羊羹に釘付けだった。尻尾を激しく振り信玄に頼む。

「ほらよ」

 信玄はパックを割いて羊羹を押し出した。瑞々しい羊羹がクロの目の前に姿を現す。

 クロは残像が残るような速度で羊羹に食いつき、口に収める。羊羹を口いっぱいに頬張り、クロは幸せそうに咀嚼していた。

「美味い!おかわり」

 羊羹を飲み込み、クロは言った。

「あまり食べると弘さんに怒られますよ」

 夏奈はやんわりと注意した。

「いけるよ。いける」

「なにが、いけるよ、だ。羊羹ありがとな」

 才華との話に区切りがついた弘が割って入った。

「ああ、それでどうする」

 信玄は未開封の羊羹二つを見た。今から模擬戦闘を行う弘に渡すわけにはいかなかった。しかし、クロに渡すと勝手に食べてしまうのは目に見えていた。

「夏奈、すまんけど預かっといてくれるか?」

「いいですよ」

 夏奈は羊羹を受け取り鞄にしまう。

「おい!」

 羊羹の動きを目で追っていたクロが抗議の声を上げた。

「うまいぞ」

 弘は用意していた犬用のビーフジャーキーを取り出しクロの目の前に持っていった。羊羹より低カロリーで太る心配も少なかった。

「弘、好き」

 クロは弘の足にひっつき頬ずりをした。

「すっげー、現金な犬だな」

 クロの早変わりを見た信玄苦笑する。

 そうこうしているうちに、開始十分前を知らせる町内放送が流れ始めた。

「鞄頼む、袋に入ってあるお菓子とかジュース好きにつまんでくれ」

 弘は夏奈に鞄を手渡す。

「これ預かってて」

 才華が布にくるまれた触媒の棒を信玄に手渡す。

 二人は広場の中央に向かった。これから一戦交えようというのに、まるでコンビニに行くような軽い足取りだった。

 

 広場の中央で距離をあけ二人は向かい合っていた。

 弘は、灰色のタンクトップに短パン、運動靴といったシンプルな服装だった。剥きだしになった筋肉は、野生の肉食獣を彷彿させる凄味を持っていた。

 才華は上下ともに学生服で、足には支給されたブーツを身に着けている。弘が肉食獣だとすると、才華は鍛え上げられた日本刀のような、冷たく鋭利な凄味を出していた。

「開始五分前となりました、観戦される方はお急ぎください」

 町内放送が開始までの時刻を告げる。

 広場の端には簡易テントが張られている。即席の実況席だ。

「さあ!時間がやってまいりました。北の方角に佇むのは、百九十五センチ、百二十キロ、山中弘!!そして、南に佇むのは百八十二センチ、体重は極秘事項、鏡才華だ!!」

 観客の歓声が沸き起こる。

「両者準備はよろしいでしょうか?それでは、はじめっ!」

 ゴングの甲高い音が響き渡った。

 互いに、にらみ合ったまま、慎重に距離を測っていた。手の内を知らないもの同士、緊張がはしった。

 最初にしかけたのは、才華だった。弘の懐に飛び込み顔面に鋭いジャブを打ち込む。弘の腕に防がれるが、あいた腹部へ拳を叩きこむ。しかし、固めた腹筋によって止められた。

 お返しと言わんばかりに、才華の顔面めがけて弘の剛腕が唸る。女だからとか、そういう手加減は一切なかった。しかし、才華は難なくかわし、弘の腹部に打撃を当てる。続けざまに放たれた左の拳を回避し、一旦距離を開けた。

「恐ろしいほど、鍛え上げられた筋肉ね。速度重視で打ったとはいえ、ほとんど通らないとは思わなかったわ」

 才華は弘の筋肉を称賛した。実際、才華の打撃は分厚い筋肉の鎧に阻まれほとんどダメージを与えられなかった。

「そりゃ、どうも。そっちもいい速度だったぜ」

 弘は才華を見つめ言った。ダメージがほとんどないとは言え、弘の攻撃は全てかわされたのだ、最初の攻防は才華に分があがった。

 再び至近距離での応酬が始まった。

 先ほどの大ぶりな一撃とは違い、弘の打撃は鋭くコンパクトになった。それでも、才華にかわされ、いなされ、流された。しかし、才華が回避と防御に集中した分、弘の被弾回数も減り、結果として降着状態がつづいた。

 才華には余裕があった。弘と比べ、幾多の対人戦闘を経験しているからだった。

 弘のパワー、タフネスはともに才華を上回る。しかしそれだけだった。確かに脅威ではあるが、どうとでもなる範囲内だった。

「うらぁぁ」

 才華の攻撃に合わせた弘の一撃が身体を捉え、突き飛ばすようにして押し込む。

「くっ」

 才華はとっさに、ガードするも受け流し切れず体勢を崩した。

「もらった!」

 弘の渾身の一撃が放たれる。十分に体重のった右ストレートが唸りを上げて才華に襲いかかった。

「だめよ、すぐに引っ掛かったら」

 体勢を崩したはずの才華がニヤリと笑った。

 才華は弘の腕に飛び付き、流れるように関節を決めた。強力な一撃とはいえ、事前に分かれば対処などた易いことだった。


「今どっちが優勢なのですか」

 弘と才華、二人の拳の応酬を見て夏奈はいった。夏奈の目には二人共すごい、としか映っていなかった。

「弘」

 弘の動きを見て、クロは言った。

「才華だな」

 才華の動きを見て、信玄は言った。

 クロ、信玄ともに自分の相棒が優勢だと言い張った。

「あんなへちょい攻撃なんか弘にきかんわ」

 クロは信玄を見て言った。

「あほか、お前の主人の攻撃まともに当たってないだろ」

 信玄はクロに言い返した。

「つまり、拮抗しているのですか?」

「そう……だな」

 口に手をあて信玄は言った。確かにいまの所二人は拮抗状態にあった。しかし、それも長く続かないという確信が信玄にはあった。

 そして、ついに拮抗状態が崩れた。才華が体勢を崩したのだ。

「これで決まりだな。才華の勝ちだ」

 才華の態勢が崩れたのを見て、信玄が言った。フェイントだと一目で分かったからだ。

 体勢を崩したはずの才華が一瞬で弘の腕に絡みついた。 

「えっ!」

 夏奈は驚きの声を上げた。見慣れないものにとって、一瞬の攻防はまるで魔法のように映ったにちがいない。

「終わったわ」

 クロが呟いた。

「なかなか頑張ったよ、お前のご主人も」

 信玄がクロに言った。

「ちがうよ、才華が終わったんよ」

「どういう……」

 信玄の言葉は最後まで続かなかった。広場の中心部から、獣のような雄叫びが聞こえたからだ。


「うがあああああああっ!」

 広場全体に弘の雄叫びが響き渡る。

 弘は今まで同年代に本気になったことは、一度たりともなかった。まだ身体能力の差が少なかった小学生の頃ですら、いつも無意識に手加減していた。自分が本気を出すとどうなるか本能で理解していたからだ。

 弘が拳を握り締めると、腕全体の筋肉が隆起した。関節技とは逆方向に筋肉が動き、完全にかかるのを一瞬防ぐ。だがその一瞬で弘には十分だった。倒れこむようにして、腕を才華ごと地面に叩きつける。

 才華は弾けるように腕から離れる。直後弘の拳が地面に直撃した。積った雪ごと地面を押しつぶし拳の型が出来上がる。

 間一髪で回避に成功した才華は空中で体をひねりきれいに着地し体勢を立て直す。

「ゆくぞ」

 弘は拳についた土を払うと構えた。

 一気に才華との距離を詰めた。再び至近距離での拳の応酬が始まる。俊敏性ではまだ才華の方に分があった。しかしパワーが先ほどとは段違いだった。

「さっきまでとは段違いね」

 才華は受け流した腕の痺れに顔をしかめる。

「ああ、どこかで自分に枷をはめていた。でも才華相手なら全力がだせる!」

 弘は心底嬉しそうに言った。

「そう、それはなにより」

 弘の殺人的な拳をかわし、お返しと言わんばかりに後ろ回し蹴りが弘の顎を跳ね上げる角度で放たれる。

 関節技はかかりきる前に対処され、拳による打撃も今のままでは効果が薄い。だから、腕の力の数倍と言われる足を使うのは必然だった。

「しゃらくせえ!」

 弘は迫りくる才華の足を右腕でガードした。百キロを超える巨体が宙に浮く。しかし、左腕で才華の足をつかむことに成功した。抵抗する間を与えず一気に引きよせ殴りかかった。

「まだやるかい」

 勝ち誇った表情で、弘は言った。

 振りぬかれた拳は才華の目の前で止まっていた。もしも、直前で止めなければ才華の鼻骨は砕かれていただろう。

「いえ」

 首を左右に振り、才華は言った。

 弘は掴んでいた才華の腕を開放した。

「試合終了、一戦目の勝者は山中弘!二戦目は休息を挟んだ後に開始されます」

 決着を告げるアナウンスが広場に流れた。

「武器ありだと、こうはいかないわよ」

「だろうな、楽しみだ」


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