二つの希望
村にたどり着いた弘達は直ぐに公民館に駆け込んだ。見回りの拠点になっているため、人が常駐しているからだ。運よく会議中で人が集まっていたため、すぐに報告が行われた。
初めは騒然としていた会議室も次第に静かになっていった。弘たちが報告を終えると、皆が息をのみ黙り込んでしまった。
村長は唖然としながらも口を開いた。
「熊のリーダーは人間並みの知性をもち、障壁を張れるレベルの個体。部下は障壁張れる個体が一体、山中君が苦戦するレベルが二体。ほか、数十匹の熊がいる巨大な群れか……。本当に間違いは無いのか?」
村長は震える声で言った。
「間違いないです」
弘はきっぱりと言い切った。
弘の言葉を理解した者たちが次第に騒ぎ始めた。
「村長無理です直に逃げ出しましょう」
「直に警察に連絡を」
「適応者組合の支部に応援要請を」
「もうだめだ」
皆が言いたいことを叫び合い、しまいには天井を見上げて祈る者も出る始末だった。
「静まれ!」
村長が一喝した。それまで騒然としていた場が一気に静まり返った。今まで村をまとめてきた歴史が、村長の言葉に重みを付けていた。
「まずは連絡をする。その後対応を決定する」
村長は落ち着いた声で、言い聞かせるように言った。騒いだり、反対する者はだれ一人としていなかった。
皆が冷静さを取り戻し始めていたタイミングで、突如として室内の電灯が一斉に消えた。村人が再びざわめきだすも、村長が手を叩くと直ぐに冷静さを取り戻した。幸いにして外は明るく、直ぐに問題になることはなかった。
「ブレーカーの故障だといいのじゃが」
ため息をつき、村長は言った。発した本人自身もあり得ないことだと理解している様子だった。あまりにもタイミングが良すぎたからだ。
すぐさまブレーカーが確認されたが、なんら異常はなかった。
近場の民家も一斉に停電していた。
「村人全員、一度公民館に集合してもらいたい。村のこの先を決める大切な時間じゃ。今から一時間後をめどに始める」
村長はけわしい表情で言った。
公民館から出ていく村人の中に楽観的な者は居らず、みな顔に暗い影をおとしていた。
館内に残ったのは村長を除くと、弘、クロ、才華、信玄、一之介の五名だった。
「奥さんと孫を呼びに行かんでええのか」
一之介は村長に言った。
「すぐそこだ、後でも行ける。それよりも大切な話がしたい」
村長は真剣な表情で才華に言った。
「いいですよ」
「どんな条件でも構いません。勝つ方法はないのですか?ここに保管してある武器を盛大に使ったとしても無理ですか?」
村長はすがるように才華に言った。昔は冒険者の宿泊地として栄えていたため、大量の装備品やアイテム、さらには火器の類いもあった。大多数は売りさばかれたが、在庫と冒険者の寄贈品を合わせるとかなりの量がまだ残っていた。
「一番口径が大きいのは?」
「12.7ミリじゃ」
「M2ですか?」
才華の問いに村長は無言でうなずいた。
才華は口に手を当て考え込む。ブローニングM2重機関銃は素晴らしい火器だ。普通の熊なら一瞬でミンチ肉になり下がる。しかし、障壁もちの適応個体を相手どるには少々心許なかった。ボス熊の障壁はまず突破できない。子分の障壁なら可能性がなくもない程度だった。
「いけそうですか?」
「M2が子分の障壁を突破できると仮定するなら、障壁持ちを私と弘が何とかします。そして残りの熊を村人全員と信玄、クロで相手取れば勝算はあります」
才華は少し言いにくそうに言った。この案はかなりの死人が出る方法だった。下手を打てば村人全滅もあり得る話だった。
「M2って障壁貫通できんの?」
弘が首をかしげる。大口径の重火器で障壁を突破した話を聞いたことがあった。しかし、M2は記憶になかった。
「最下位クラスの障壁ならなんとか」
才華はバツが悪そうに言った。M2の重量は四十キロ近くある。反動のことも考えると弘以外に運用できる人物はいなかった。しかも通じなかった時点で手も足も出なくなる。
「弘が苦戦するレベルの熊が二匹と通常の熊数十匹を俺と信玄、それに村人で相手するの?半分ぐらい死ぬと思うよ」
クロが率直に言った。
「やはり犠牲は避けられないですか」
村長が肩を落とし言った。
「ええ残念ながら。せめて障壁持ちがあと二人いや一人でもいれば何とかなったのですが」
才華は首をふって言った。
「思い出した!」
信玄は記憶の発掘に成功し、大声で叫んだ。
「何よ、うるさいわね」
しょうもないことだったら殴る、才華の目が物語っていた。
「あるんだよ、この状況を覆すかも知れない秘訣が」
信玄は才華を指差し、自信たっぷりに言った。
「何ですか、それは!」
村長は信玄の真ん前に顔を突き出してきた。
「うわ、近!」
信玄は思わず後ずさった。
「すいません」
村長は頭を下げて離れた。
「たぶん有ると思うのですけど。保管庫にピンポン玉サイズの変わった金属球ありませんか?」
「見たような気がしないでもないですが……。どうしてそれが?」
村長は首を傾げた。状況を覆すアイテムには到底思えなかったからだ。
「まさか触媒とか言わないわよね」
「そのまさかだよ!」
「馴染むまで障壁張れないでしょ。しかも量も足りてないし」
才華は信玄の肩を掴み左右に揺らした。
「それが行けるんだよ。融合型の触媒だったら」
信玄は揺らされながら言った。
「説明。簡潔にね」
才華は信玄から手を離すと言った。
「使ったその日から障壁が張れる。なじませる必要なし。触媒の希少金属も少なくて済む。ただし副作用も人によってはある」
「あなたの言ったことがほんとなら、夢のようね。でも私も村長も弘のお爺さんも知らない。これって、副作用で廃れたか規制されたかのどっちかでしょう」
才華は信玄に詰め寄った。隠し事は絶対に許さないと顔に書いていた。
「副作用については弘だと絶対に問題ない」
信玄は自信を持って断言した。
「そうなのか?」
弘は首を傾げた。
「説明」
「例えばだけど、接触型の触媒が障壁の強さを一から十まで少しずつ慣らしていくとする。でも融合型は最初から三とか出しちゃう。だから、自称適応者の一般人と大して変わらないやつが使うとやばい。たいていが、耐えきれずに死ぬか重度の障害が残ることになる」
信玄は淀みなく、スラスラ、と言った。確かにそれならば、素の身体能力で才華を上回る弘なら問題はないだろう。
「規制とかは?」
「売買禁止、破ったら実刑あり。確か二年だったかな。でも譲渡する分には問題ない。でも、売れないから製造は終了している」
得意げに言い切ると、信玄は満足そうな表情を浮かべていた。
皆、よほど驚いたのか、ポカーン、と信玄を見ていた。
「やけに詳しいわね」
「ああ、放課後や休みの日はよく資料室や図書館にいるからな。楽に強くなるために、努力は惜しまない」
信玄は少し努力の方向性を間違えた残念な男だった。
「これだけ言って無かったら笑えるわね」
「たぶん有ると思うよ」
保管庫は公民館の地下にあった。かつてここに武器の販売所があった名残だ。銀行の金庫を思わせるような、頑丈な扉がゆっくりと開かれた。
金庫の中から金属や火薬の臭いが流れ出してきた。
「クロ、才華が持っている触媒と匂いの似ているやつを頼むな」
弘はクロを持ち上げると、棚の一番上から順にスキャナーのように動かして言った。
二十分ほどで調べ終わり、保管庫からは合計で二つの融合型触媒が見つかった。木箱にきっちりと納められており、蓋をとると二つの金属球が姿を現した。
「あったな」
弘の視線は金属球にくぎ付けだった。
「そうね。もしかして有るってわかっていた?」
才華は信玄をじっと見ていた。
「まあ十中八九あると踏んでいた」
「説明」
クロは才華をまねて言った。全然似ていなかったが。
「融合型の触媒は処分に金かかるんだよ。それで規制前に売り逃げできなかったやつは抱え込むはめになる」
「でしょうね」
才華は頷いた。少し前まで売れば金が手に入ったのに、今は処分費という形で金を取られる。納得のできない人も結構いただろう。
「実は融合型の触媒って大都市以外では販売してなかった。当時はネットも無かったし、地方では知らない人も結構いた」
「なるほど」
村長と一之介はしきりに頷いていた。
「でもわざわざ地方まで行くのだるくないか。昔は今ほど交通の便も良くないし。それこそ金がかかる」
「各地でおいしい素材が取れた時期ってあるだろ。この村の時期はちょうど規制の後にも被っているからな」
「稼ぐついでに置いていくのか」
「でも見知らぬ物を渡されたら不審に思うことない?」
才華は言った。誰だって見知らぬ人物から、見知らぬ物を渡されると警戒するはずだ。
「個人は無理。だから村に寄贈する。他の物と一緒くたに渡せばだいたいいける。人手が足りなかったらチェックも甘くなる。もしもの時のために身分証の控えもあるしな」
信玄は、ニヤリ、と笑った。当時おいしい素材が獲れるとなると、一攫千金を夢見て大量の適応者が押し寄せた。人口が急激に増え、村などでは人口の数倍の人数が押し寄せてくるなどざらにあった。当然のごとく役場も非常に混雑していた。
この方法なら、後からばれても罰せられる事は無い。狡賢い方法だがよく考えられていた。
「これは一本取られた」
村長は豪快に笑った。
「でも、そのおかげで未来が見えますぞ」
一之介が言った。視線の中には直径四センチの金属球が並んでいた。
「使いかたは身体に押し付けるだけ。模様が浮かび上がったら終了。十秒ぐらいで済むらしいよ。あっ!直接は掴まないように。手に入りこむから」
信玄は慌てて付け足した。適応者の戦闘において、手は思いのほか簡単に千切れるのだ。
「手じゃダメなのか?」
「駄目じゃないけど、胴体がベストかな。戦闘で手足を失うとかあるからな。腕で胴体は守れるけど逆はヤバいだろ」
信玄は笑って怖いことを言った。頭部もありだが、模様が浮かび上がる関係上控えておくのが無難だった。
「わかった」
弘は上半身裸になると、一緒に合った手袋をはめ、自分の身体に融合型の触媒を押し付けた。胸の間、鳩尾より少し上の場所に触媒が少しずつめり込んでいった。
痛みもまるでなく問題なく終わった。
「違和感が全くないな。金属の塊が入り込んでいるとは思えん」
弘は浮かび上がってきた模様を指先でなぞる。絡み合ったツタのような模様が弘の身体に浮かび上がっていた。
「次は俺の番だな」
信玄は喜びを隠しきれない様子だった。忘れていたとはいえ、欲しかった物が急に手に入ったからだ。しかし、伸ばした手は空を切った。
空箱の横には、伏せの体勢で床に腹部を押し付けるクロがいた。
「おまえ…………、もしかして使った?」
震える声で信玄はクロを指差した。
「すまんな」
立ち上がるとクロは言った。
「まあ、仕方ないか」
信玄はため息をつき肩を落とした。クロの心情もある程度理解できるために強くは出られなかった。
「依頼の報酬とは別に、ここにある物ならいくつか差し上げますぞ」
信玄のことを気の毒に思ったのか、村長は言った。売れ残りの在庫だ、懐はそこまで痛まない。士気高揚の役に立つならその方が良かった。流石に全部よこせと言われれば断るが、常識的な範囲なら譲るつもりだった。
「本当に!」
信玄は簡単に釣りあげられた。
「ええ。熊を倒した後ならどれでもどうぞ。戦闘に必要なら今でも構いませんが」
村長は棚の方を指差し笑顔で答えた。
「ありがとございます」
信玄は礼を言うと、一目散に刀剣類を保管している棚に向かった。
「裏に空き地がある。手合わせ頼めるか」
弘は信玄から視線を外すと才華に言った。流石にぶっつけ本番で上手くいくと考えるほど無謀ではなかった。
「いいわよ」
「一旦解散にしましょうか。わしも家族をよびにいきます」
村長が言うと、一同が頷いた。
「信玄。私たち一旦上がるわね」
一心不乱に漁っている信玄に才華は信玄に声をかけると、返事を待たずに弘達と保管庫を後にした。




