第2部:痛み-1
本作品は、前作『約束された出会い』編の続編となります。先にそちらをお読みになられた方が、スムースに作品世界観をご理解戴けることと思います。
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2;痛み
「今、心の中では笑っているでしょう。でもね、本当よ」
初対面の人物の部屋で少女のような少年は、ころころと笑いながらすっかり寛いでいる。
「今朝の教師を見て判らないかしら。あんな《日向》みたいなヤクザ者にならない限り、教師の革スリッパに怯えなくちゃいけないんですもの。泣いて堪えている人間、少なくないのよ。まして両方に逆らって生きるのは辛すぎるわ」
可愛らしい言葉遣いをするのだが、信吾の言葉の節々に、カズヤは毒を感じた。
「な、アキラは、どうしてたんだ?」
「聞かないでも判ってるくせに」
信吾は口に手を当ててコロコロと笑った。
「アキラちゃんが自分の信念を曲げると思う?媚びることなんかできないでしょ、彼女は。迷わず反教師・反日向を唱える人間を集ったわ。
けど、結局彼女も都合で神森だっけ、そこに引っ越すことになっちゃって、空中分解。みんな彼女がいなければ臆病者になっちゃうの。それだけ貫くのが辛いってこと。
まあ、暫くこの学校の実態を観察しててごらんなさいな。あたしの傍にいれば、《日向》も教師も、あたしの所為だと思って、暫くは咎めてこないはずだから」
信吾は可愛らしく笑った。
「まあ、アキラちゃんが何て言ったか知らないけど、あたしはカズヤくんがどうしようと、何も言えないし、言うつもりもない。自分を曲げるか貫くか、ゆっくり考えてみて。
じゃ、新学期早々付き合ってもらってごめんなさいね。そろそろお暇するわ」
「あ、ああ……」
一方的に喋って帰っていく信吾に、カズヤは生返事しかできなかった。
「あら、あの可愛らしい男の子、帰っちゃったのヮ?」
お茶請けを持って現れたカズヤの母親は、その後ろ姿を残念そうに見送った。
「ああ。何か変わったやつだったけど」
「あら。神森のシキくんに似て可愛かったじゃない。ああいうのがカズヤの好みなの?」
「母さん、からかうなよな。それにシキはオネエ言葉は使わないし」
「冗談よ。サキくんがいないから、これからはあなた一人で頑張らないと。早速いい友達ができてよかったわ。やっぱり心配だから」
「あのなあ、母さん……」
カズヤは悪戯っ子のように笑う母親に、反論する気が湧かなかった。
偶然にもアキラを知る人がいる学校に転校し、彼女が抱えていた問題を知ることになり、少なからず考えさせられたのだ。しかも、母親も指摘した通り、これからはサキがいないのだ。
そう、誰もカズヤを庇ってくれる人がいないということは、カズヤが何をしようと文句を言う人もいないということだ。
カズヤにだって、それが責任重大なことだということくらい、簡単に理解できていた。
転入してから一週間が経ったが、カズヤの格好は一向に改められていなかった。
簾のような前髪や、詰め襟を覆うくらいの後ろ髪、タックの入ったズボン、そして神森中の校章のままのボタン。カバンも神森中で愛用の赤いカバンをそのまま使っていた。
改める気がない。それがカズヤの意思表示だった。
サキやアキラに守られることなく、弱い自分がどこまで強く信念を貫き通せるか。
他人に流されやすい自分が、どこまで自分らしさを追求できるか。
好きなアキラに対し、どこまで恥ずかしくない自分でいられるか。
信吾が自分で言っていた通り、初めは彼にとばっちりがいっていたらしかったが、彼は教師にも、そしてカズヤにも何も言わなかった。
だが、それにも限界はある。
ある日、とうとうカズヤ自身が職員室に呼び出された。
「鈴木、校則を言ってみろ」
担任の体育教師は、尊大な態度で言った。
「はあ、制服は学生服を身に着けること」
カズヤはそれだけ言った。
何しろ竹刀を持って椅子にふんぞり返って、まるで威嚇するような格好が気に入らない。こっちの礼も失せるというものだ。
「前の中学はそれでも良かっただろうがな、お前は今はここの生徒だろう。言ってみろ」
「あんなの、憶えてられませんよ。第一、オレにとってここは行かなきゃいけないから来ている塾みたいなもんで、オレの出身中学は神森中以外、考えられない」
ただ聞いていたら駄々っ子のような言い分だが、カズヤはそれしか言葉が見つけられなかった。
「生意気言うんじゃねえっ!」
体育教師の革スリッパを、カズヤは皮一枚の所で躱した。
「次は手加減しねぇぞ」
担任は、自分が手加減をしたからカズヤに当たらなかったのだと思っているようだった。カズヤが空手を嗜んでいたことは、当然知らない所為もある。次の革スリッパ攻撃は、大袈裟な動作で躱してみせた。
「そんな攻撃、オレにはちょっと……。
それと、オレの名前は鈴木和哉で、たかだか会って一ヶ月そこいらの人に、担任だからってだけで『お前』と呼ばれる覚えはありません。例え先生だって失礼でしょうが。
生徒だって一人の人間、教師だって一人の人間だから、お互い尊重するべきだと、普通に教わってきたものですから、今まで。こちらはどうもその辺が遅れているようですが、気の所為でしょうか、オレの。
ついでだからお世話になった先生の口癖を一つ。
『規則が多ければ多いほど、人間は破りたくなるものだ。適度であれば、人間は自由と義務の意味を考える』ですって」
カズヤは今までの自分らしくない発言に、自分で驚いていたのだが、担任の体育教師の額の青筋を見て、妙に冷静になっていた。
冗談のように浮かび上がってきた青筋が、これまた冗談のようにひくついているのが、肉眼ではっきり見えるのだ。
笑いたくて仕方ない。
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